• 学園イノベーション

  • 第一部 栗島新(くりしま あらた)の革新
  • 第三章 プロジェクト・クイーン・サクリファイス
  • 第16話 クイーン・サクリファイスって何ですか?

第16話 クイーン・サクリファイスって何ですか?

 夕焼けが窓の外から僕達の対戦を眺めていた。

 戦いが始まったチェス盤は、観客の視線を目一杯に浴びて赤く染まっている。

 

 「いやー、栗島どの。見違えるほど上手になりましたなー。とても筋が良いのですよ」

 「そうなんですか? あたしには何が何だかサッパリですが」


 観戦者は夕焼けだけではない。


 対局の最中、入江さんも第三視聴覚室を訪れていた。


 今日はコンサル部のミーティングがあるためチェス部には顔を出さないことを事前に伝えていたのだが、明日の集合時間の確認をしたいとかで、気づいたら如月さんと一緒にチェス盤を覗き込んでいる。


 観客の声に耳を貸さず、僕は無言で白い駒を動かす。


 戦局は意外にも拮抗していた。

 末永さんが僕に合わせて打ってくれているだけなのかもしれないが、迂闊な指し手によって自軍の駒をやすやすと取られてしまったり、相手の意図を予測し切れずに窮地に追いやられるといったことはまだ起こっていない。


 入江さんが言う通り、ここ数日で僕も上達したのかも。

 天狗になるほどではないけど、僅かな手応えが僕に充実感を与えてくれていた。


 ――そして、試合は進み終盤。


 「これならどうかしら――チェック」


 末永さんの黒きクイーンが、僕が操るキングの喉元に切れ込んできた。

 

 だが、クイーンの目の前には白のルークが防壁を成すように待ち構える。

 ルークは将棋で言うところの飛車。

 前後に自由に移動ができるためチェスではクイーンの次に強いとされている駒。


 これではクイーンはそのルークに取られてしまう。

 末永さんにしては珍しく、単純なミス。


 (もらった!)


 僕は心のなかでその先にある勝利を思い浮かべながら、目の前のルークでクイーンの息の根を止め、末永さんの最強の駒を盤の外へ追いやる。


 「ふふ、栗島君は確かに強くなったわ――でも、チェスにはこういう戦い方もあるの」


 次の瞬間、末永さんは自陣で守備を固めていたルークを一気に戦場に送り込み、クイーンのかたきを打つように僕のルークを屠る。


 「でも、そのルークは僕のキングで――あ!」

 「残念、今のでチェックメイトよ」


 僕のキングは動かすことが出来なかった。

 なぜならたった今切れ込んできたルークがいるマスを、末永さんのナイトが睨みを効かせていたからだ。


 これなら僕がキングを動かしてルークを奪ったところで、その先にいるナイトに止めを刺されてしまう。

 それ以外のマスも相手の駒にコントロールされており、僕には為す術がなかった。


 「――負けました」

 「ふふ、栗島君もよく頑張ったわ」


 互いに握手をして、健闘を讃え合う。


 「いやー! 久々に末永どのの十八番、クイーン・サクリファイスが決まりましたな!」

 「クイーン・サクリファイス? 何ですかそれ?」


 興奮冷めやらぬといった様子の入江から出てきた言葉が分からず、僕はその意味を問いかける。


 「サクリファイス、すなわち犠牲。あえて自らの駒を敵に取らせることで、以降の戦いを有利に進める戦術のことですよ」

 「へぇ、そんな戦法があるんですね。自分の駒を敢えて見捨てるなんて、思いつきもしなかったです」

 「なかなか勇気のいる行動ですからな。特にクイーンは確実にチェックメイトが出来る場合でないと犠牲にすることなど絶対に出来ないのですよ。戦力を大幅に削られるわけですから」

 「ただ、クイーン・サクリファイスほど決まれば爽快なものはないわ。自分の強い駒を生け贄にして相手の裏をかく――ふふ、それこそチェスの醍醐味よ」

 「牡丹さん……その言い方は性格を疑われますよ」


 入江さんの説明に付け足すように、満足気に語る末永さん。

 そしてその末永さんを見つめる如月さんの顔はやや引きつっていた。


 「確かに、一瞬勝てるかもと思っちゃいました。してやられた気分です」

 「まぁまぁ、初めて一週間やそこらで対策が出来ることではありません。それにワタクシは栗島どののように、真っ直ぐ勝利に突き進む戦い方も素晴らしいと思うですよ!」

 「はは、ありがとうございます」


 少しでも勝てるなんて思った自分が恥ずかしい。

 末永さんと互角に渡り合うにはまだまだ勉強が必要だな。

 それにしても、生け贄ですか……。


 「ま、私が言いたかったのは、こんな風に違った角度でモノを見ることも必要ということよ。チェス部の部員獲得も然り」


 チェス盤からホワイトボードに視線を移す末永さん。

 その目は何かを憂えているように見えた。

 恐らく、チェス部のことだろう。


 「これは……クイーンですか」


 同じく入江さんがホワイトボードを眺める。

 マインドマップのことは知らないのだろうが、僕達が何か手はないものかと思考を巡らせていたことは伝わったようだ。


 「すみません、ワタクシなんかのためにここまで時間を割いて頂いて……でも、ワタクシは今でも十分幸運なのですよ。末永どのに栗島どの、二人も対戦相手がいるのですから!」

 「入江さん……」

 

 半ば諦めかけたような表情をする入江さんに、大見得を切っておきながら未だ結果を出せてない僕は、返す言葉を見つけることができない。


 「それに、明日の対抗戦も末永どのの勝利は盤石。ワタクシか栗島どのが引き分ければ、少なくとも団体戦で負けることはないのですよ」

 「入江君、あなたが及び腰でどうするの。それこそ、入江君が勝てば私と栗島君のどちらかが引き分ければ良いのよ?」

 「いやいや、調べたところによると明日の相手である黒霧高校は何やらチェスの強豪校らしいですし、ワタクシなんかではとても……」


 自分が勝てるイメージを描けないのだろう。

 入江さんは自信がなさそうに肩を落とす。


 「それでも、あなたが諦めたら勝てるものも勝てなくなるわよ。明日は入江君もちゃんと勝つ気で戦ってね」

 「もちろんですよ! 末永どの、栗島どの。明日はよろしくですよ」


 弱気な姿に末永さんが活を入れると、入江さんもその言葉に強く答えた。

 そうだ、チェスもサッカーも同じ。

 勝とうと思う気持ちが大事なんだ。


 部員獲得のことも重要だけど、まずは明日。

 僕も全力を尽くそう。


 「はい! 明日は勝ちましょう!」

 「ええ、ベストを尽くすわ」


 三人で気合を入れなおし、気持ちの準備は万端。

 いよいよ明日、決戦を迎える。


 「あ、そうそう入江君」

 「はい? 何でしょう。末永どの」

 「明日からその前髪、上げてきてね。それとメガネも外してくるように」

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