• 学園イノベーション

  • 第一部 栗島新(くりしま あらた)の革新
  • 第二章 学食の課題、解決します
  • 第6話 報酬はパフェですか

第6話 報酬はパフェですか

 「おばちゃん、こんにちはー!」


 開口一番、元気良く挨拶した如月さんの声が響き渡る。

 放課後という時間帯もあって、学食の中はガラガラだった。

 生徒は如月さんと僕だけで、他にいるのは厨房のなかでせわしなく動くエプロン姿の女性のみ。


 「あら、麻優ちゃん。今日も来てくれたの?」

 「はい! じゃ、さっそく始めちゃいますね」

 「ええ、お願いね」


 如月さんは厨房に顔を出して断りを入れると、肩にかけたカバンの中からエプロンを取り出す。

 髪と同じ赤色の、シンプルなデザインだ。

 ブレザーを椅子にかけて腕をまくり、手際よくエプロンの紐でリボンを作る。

 鼻息は荒くやる気に満ち溢れていた。


 「はいこれ、栗島くんの」

 「あ、うん。ありがとう」


 呆然としていた僕に手渡されたのは、一枚の白い布切れ。

 なんだか昨日からやけに白い物に縁がある。


 「これは?」

 「テーブル拭き。私は奥からやるから、栗島くんは手前からお願いね」


 ウィンクをして学食の奥へ早歩きする如月さん。

 最奥のテーブルに右手をつけると、左右へ丁寧に動かし始めた。


 「これは、後片付けをやれってことなのか……」


 如月さんからの反応はない。

 座席数300はありそうな広さの学食では、僕一人が小言で発したところで届かなかった。


 「ま、僕もやるか」


 ここで帰るのも気まずいし、さっさと終わらせてしまおう。

 僕は如月さんと同じく上着を脱ぎ捨て、腕をまくった。

 12人が座れる長さのテーブルを、手前から一つ一つ磨いていく。


 コンサルタントなんて仰々しい呼び方をするから、さぞ難しいことでもやるのかと斜に構えていたが、いざ始めて見るとなんとも地味な作業だった。


 (テーブル拭きなんて、誰でも出来るんじゃないのか……?)


 僕は声に出さず、如月さんに視線を向ける。

 彼女の顔は綻んでいた。


 昨日僕を罠に陥れたときのような悪巧みをする顔ではなく、充実感ある面持ち。

 額からは汗が滴るようで、時折テーブル拭きを持っていない左手で顔を拭う。


 何がそんなに楽しいのか知らないが、あそこまでの笑顔をされたら途中で手を止めるわけにはいかない。

 僕もそれ以降は如月さんを一瞥することなく、無心でテーブルと向き合っていた。


 「ふー、終わったー!」


 開始から三十分が過ぎた頃、如月さんと僕が丁度真ん中付近の席で合流する。


 「如月さん。これ、毎日やってるの?」

 「うん。って言っても私も入学したばかりだから、まだ一週間だよ」

 「そういえばそうだったね。でもその一週間はずっと一人で? 二人で三十分かかるってことは、単純に倍だよね」

 「えへへ、そうなるね」


 如月さんは僕と同級生。

 まだ入学して一週間と短期間ながら、毎日この作業をしているのか。

 それは素直に頭が下がる。


 「元々、今いるおばちゃんともう一人、働いている人がいたらしいんだけど、怪我でお休みしているらしくって。一人だと手が回らないだろうから手伝いに来てるんだ。というわけで、次は床の掃除ね!」


 そう言って、如月さんは僕にモップを渡す。


 「私が箒で掃いていくから、栗島くんはその後をモップでかけて」


 如月さんは後ろを振り返らず、黙々と箒でゴミをかき集める。

 僕はその後を追いかけるようにして床を磨く。

 


 ――そうしてまた三十分が経つと、ようやく清掃作業は終了した。



 「栗島くんありがとね! 助かっちゃった」

 「いえいえ、これは一人だと大変だね」

 「そーなの。超大変、だから明日からもよろしくね」

 「はは、そうだね……僕も明日からエプロン持ってこようかな」


 この作業をずっと一人でさせるほど僕の肝は座っていない。

 乗りかかった船だし、しばらく付き合おうかな。

 帰ってもすることないしね……。


 「二人とも、ご苦労様」


 厨房の後片付けをしていたおばさんが、僕らに労いの言葉をかけてくる。


 「いえ、おばちゃんもお疲れ様でした!」

 「隣の君もありがとうね。麻優ちゃんのお友達かい?」

 「そうですよ。同じく一年生の栗島新くんです!」

 「そうなのね。よかったらこれからも手伝ってくれると嬉しいわ」


 今、友達って言葉否定しなかった?

 つまり肯定?

 やった、この学園に入って初めて友達が出来たぞ、閻魔様でも嬉しい。

 

 ごめん、大木。


 「ところで麻優ちゃん、いつもの出来てるよ」

 「ほんとですか! 楽しみだなぁ」

 「ん? 何が出来たの?」

 「ふっふっふ……それは出てきてからのお楽しみ」


 如月さんが不敵な笑みを浮かべる後ろで、学食のおばさんは厨房に戻っていく。

 グラス型の物体をトレーに持つと、僕達のいるテーブルに並べてくれた。


 口が広がったグラスのなかでまず目に映るのは、なめらかそうなクリーム。

 内側は底の方から満遍なくフルーツが散りばめられており、外側は薄っすらとピンクに色づいた桃が覆う。

 そしてセンターにさも当然のごとく鎮座するサクランボ。


 キングオブスイーツ、フルーパフェだ。

 こんなメニュー、学食にあっただろうか……。


 「はい、今日の試作品。今回は桃を多めに入れてみたんだけど、どうかしら」

 「おぉぉぉ!」


 まるで輝かしい宝石を見つめるかのような如月さんの双眸。

 不敵な笑みは一転、恍惚な表情を浮かべて椅子に座る。


 「いただきまーす!」


 スプーンを掴むが早いか、如月さんは桃とクリームを一緒に一口。


 「んまあぁぁぁぁぁぁい! そしてあまぁぁぁぁぁい!!」


 左手を頬に添え、極上の笑み。

 右手のスプーンは止めることなくパフェをすくい、もう一度口に運ぶ。


 「はぁぁぁ……しあわせ」

 「如月さん、あの」

 「ん? 栗島くんも食べなよ。二つあるんだし」

 「あ、うん。どうも」


 僕はあっけにとられながら如月さんと対面の椅子に座り、早速一口すくう。


 「お、美味しい」

 「でしょー! おばちゃん、栗島くんも美味しいって! 私も昨日のより今日のほうが好みかな」

 「昨日の? もしかしてパフェも毎日食べてるの?」

 「もっちろん!」


 どやぁと胸を張る如月さん。

 普段ですら末永さんよりも存在感のある膨らみが更に主張されてしまい、つい僕の目が奪われる。


 ダメだダメだ。

 またムッツリスケベと言われてしまうから自重しないと。


 「最近学食でデザートも出して欲しいって要望が多くてね。麻優ちゃんには放課後に掃除を手伝ってもらう代わりに、試食をお願いしているのよ」

 「如月さん、ちゃっかりしてるね……」

 「Win―Winってやつだよ♪」


 談笑しながら二人でしばらく舌鼓を打っていると、一人の女子生徒が現れた。

 ウェーブのかかった髪をかきあげながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 「マスター、いつもの」


 「末永さん!?」

 「二人ともお疲れ様。今日の掃除はもう終わったのね」


 末永さんは僕らを労いながら、如月さんの右隣りに腰掛けた。


 「はい、今日のは一段と美味しいですよ」

 「そう、楽しみにしてるわ」

 「末永さん、もしやと思いますが……」

 「はい、お待たせ。牡丹ちゃんの分よ」

 「ありがとうございます」


 ペコリとお辞儀をして笑顔を見せると、クリームよろしくなめらかな仕草でフルーツパフェを口に運ぶ。


 「本当ね、今までのパフェのなかで一番美味だわ。今度学食で出すのはこれで良いんじゃないかしら?」

 「でもスイーツの世界は奥が深いですからね。まだまだ研究の余地はありますよ」

 「それもそうね。では、引き続きお願いするわ」

 「任せてください!」

 「あの……末永さん」

 「何? 栗島君」

 「……何故さりげなく一緒にパフェを」

 「あら、私が一緒にパフェを食べて何か問題でも?」

 「いえ、そんなことはないんですが、その……」


 「そうそう、言い忘れていたけれどコンサル部は依頼を受ける際に報酬も受け取るようにしているの。今回麻優が担当しているプロジェクトの報酬はこの試食。報酬の恩恵はコンサル部全員で受けるようにしているから、私もこのパフェを食べる権利があるってわけ」


 「な、なるほど……」

 「栗島くん、せこいよー。報酬は皆でシェアしなきゃ!」

 「う、すみません」


 それと、今如月さんさらっと試食の延長を促したよね……やはり彼女は侮れない。


 「ふぅ、ご馳走様。さて、それじゃ帰ってミーティングといきましょう」

 「わっかりました!」


 末永さんはパフェを完食すると、すっくと立ち上がり、如月さんがそれに続く。


 「ほら、栗島君も行くわよ」

 「は、はい。ちょっと待ってください」


 三人のなかで唯一完食していなかった僕は、慌ててパフェをかきこむ。


 「っくぅ……!」


 頭が痛い。

 アイスクリーム頭痛ならぬ、パフェ頭痛だ。

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