第2話 これはもしや、白の聖域

 「あれ……もしかして、もう放課後?」 


 夢から目が覚めたとき、教室は閑散としていた。

 どうやらもう全ての授業は終わった後らしい。

 さっきまで昼休みだったのに、不思議なこともあるもんだ。


 「はぁ、帰るか……ってか誰か声掛けてくれたらいいのに」


 自分で言っておきながら、贅沢な話だと思った。


 サッカー部の入部テストに落ちて膨らんだ期待を粉々に砕かれた次の日。

 唯一テストに合格した大木が同じクラスにいることも相まって僕の高校生活は最悪のスタートを切ることになる。


 具体的に言えば、自己紹介は陰鬱な顔を晒し、オリエンテーションではその表情で誰からも声を掛けられず、その結果お昼はいつも一人で食べ、挙句の果てに気を使って話しかけてくれる大木のことを冷たくあしらってしまう始末。


 「最低だ……」


 僕は右手をじっと見つめた、まるでどこかのアニメの主人公のように。

 ちなみに僕は地球の命運なんて握っていない。

 握っているのは部活名が空欄の入部届。


 「これ、どうしようかなぁ」


 名前だけが書かれた入部届を掌の上でポンポンと弄ぶ。

 本来ならここにサッカー部って書く予定だったのになぁ……。


 「はぁ……これがぼっちって奴か」


 暮れなずむ空と途方に暮れる僕。

 そして教室には誰もいない。

 高校デビューとかそんなつもりはなかったし、中学時代も特段一人ぼっちということもなかった。リア充という訳ではないけど。


 これが義務教育かそうでないかの壁なんだろう。

 小学校、そして中学校と気心の知れた仲間だけで楽しんでいた頃とは違うアウェーな環境に僕は戸惑っていた。


 もうすぐ卵でも投げられそうな勢いじゃないだろうか。

 あ、それはホームでもやられるか、サッカー選手なら。


 「帰るか」


 これ以上教室にいてもしょうがないと、僕は席を立ち上がる。



 途端に、風が吹いた――



 その拍子に掌の上で遊んでいた入部届が桜の花びらのようにひらひらと舞い散る。

 一枚の紙切れは僕を嘲笑うかのように追いかける手をすり抜け、教室を飛び出していく。


 「ちょっと待って!」


 今はもう希望の欠片もないただの紙切れではあったが、それを失くすと同時にこれまで追いかけていた夢も失うような気がして、僕も教室の外を飛び出していた。

 安藤さんを追いかけていたときのような昂揚感なんて一切ない。

 あるのはこれからの三年間を灰色に染めんとする絶望感のみ。


 ただ、あの紙はそんなことは知ったことではないだろう。

 僕の気も知らずに、陽気に階段を駆け上がっていく。


 「ちょ……っと……」


 来る者を拒むように舞う。


 「待っ……てってば……」


 最上階まで駆け上がると左折し、階段のすぐ隣にあった部屋の中に入っていく。


 「「捕まえた!」」


 僕が入部届に追いついて声を上げたそのとき、全く同じタイミングで言葉が重なった。

 もしかして他にも入部届を追いかけてくれていた人がいたのか?

 だとすると、なんと優しい人なんだろう。

 一目その人の顔を拝もうと、僕は顔を見上げる。




 視界は、白一色で覆い尽くされていた。




 白い紙切れを探していたんだから、それが目の前にあれば白いのも当然だ。

 でも、目の前の白色は紙特有の無感情さがまるでない。


 僕の目には絶望よりも希望の色に映った。

 例えるなら、そこにキラーパスを放り込めば確実にゴールが奪えるであろう、逆三角の聖域サンクチュアリ


 「白……」


 僕は呆然と声を上げていた。そしてその声に呼応するように、


 「それはもしかして、制服の色のことを言っているのかしら? それとも私の下着の色? だとしたら――」


 刹那、戦慄を覚えた。

 獰猛な肉食獣に命を狙われているかのような視線をひしひしと感じる……。


 僕はもう一度上を見上げる。

 だが、やはり白一色しかない。


 今度は下を見る。

 するとどうだ、白くはあるが人肌の色が目に映る。

 所謂一つの白磁色だ。


 なるほど、これが戦慄の正体か。つまり……。


 「パ、パン――」

 「何か遺言はある?」

 「地球は――白かったです」

 「そう、では逝きなさい」


 ドゴッ!

 強烈な蹴りが僕の顎にヒットして、僕の視界は暗転した。

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