第22章

第295話 お見送り

「弩、ホワイトロリータは一袋までだから」

 スーツケース半分のスペースにホワイトロリータを詰めようとする弩を注意した。

「はぁい」

 弩が口をとがらせて、スーツケースからホワイトロリータを取り出す。


「ほら、萌花ちゃんも、一眼レフは一台までって決めたでしょ」

 三台の一眼レフでスーツケースが一杯になっていた萌花ちゃんにも注意した。

「はぁい」

 萌花ちゃんは、渋々スーツケースから一眼レフを取り出す。


「先輩、ミラーレス一眼は一眼レフに入りますか?」

 萌花ちゃんが訊いた。

 そんな、バナナはおやつに入りますか、みたいに訊かれても……


「入ります! 持っていけるのは一眼レフ一台、レンズは三本までです」

「はーい」

 萌花ちゃんは置いていくカメラを愛おしそうにでる。


 僕が萌花ちゃんに気をとられているうちに、

「おい弩! スーツケースの内張と外装の間にホワイトロリータを隠すな!」

「ふええ」

 まったく、密輸業者か!


「ほら、萌花ちゃん! シグマの200-500㎜F2.8を持ってこうとしない!」

 萌花ちゃんが、バズーカ砲みたいな望遠レンズを持っていこうとするから止めた(このレンズ一本で15㎏以上ある)。


 まったく、この二人、油断もすきもない。




 放課後、僕達は寄宿舎の食堂で荷造りをしていた。

 弩と萌花ちゃん、御厨と子森君の二年生が修学旅行に出掛けるから、その準備だ。

 他の寄宿舎の住人と主夫部は、おやつを食べながら荷造りの様子を見守っていた。

 荷造りで、なるべくスーツケース一つに荷物をまとめようとするのに、二人とも荷物が多くて入りきらない。

 御厨と子森君の男子二人が、早々に荷造りを終えて、食堂の隅にスーツケースを片付けたのとは対照的だった。


 だけど、カメラ機材だけでスーツケースが一杯になってしまう萌花ちゃんは、彼女らしいと思う。

 萌花ちゃんは、僕が言わないと着替えの服どころか、下着さえ持っていかない勢いだったのだ。

 服を入れるくらいなら、レンズ一本、バッテリーを一つ多く持っていく、そんな感じだった。


 こんなふうに、一生懸命で周りが見えなくなる女子をサポートする。

 それが、僕達が目指す主夫のあるべき姿だと思う。


 まあ、お菓子(ホワイトロリータ)を大量に持ち込もうとする弩は論外だけど。



「弩、飛行機乗るときは上履きに履き替えるから、持ってくの忘れるなよ」

 僕はそう言って弩をからかった。


「先輩、馬鹿にしないでください! 私、電車は乗ったことなかったですけど、飛行機は乗ったことあります。だから、乗るときに上履きがいらないことくらい分かります!」

 弩が怒ってほっぺたをふくららませる。


 そうだ、弩はお嬢様だった。

 海外旅行とかで、子供の頃から世界中を飛び回ってたから、こんなふうにからかっても乗ってこないのか。


「だけど、バスローブは持っていくんですよね?」

 弩が訊く。

「はあ?」

「いえ、私の母と父は、毎回自家用ジェット機に乗ると、バスローブに着替えて、移動中、楽な服装で過ごしてますから」


「ああ……」


 弩がお嬢様、それも、とんでもないお嬢様だったこと忘れてた。

 自家用ジェットって……

 弩に、飛行機に乗るときバスローブは必要ないって説明する。



「北海道の景色、楽しみだなぁ」

 持っていくレンズを選びながら、萌花ちゃんが言った。


 今年の二年生も、去年の僕達と同じで、修学旅行は北海道だ。


「萌花先輩は、『富良野ふらの美瑛びえい、絶景写真撮影コース』ですよね」

 宮野さんが訊いた。

「うん」

 萌花ちゃんが、それ以外のコースを選ぶとは思えない。


「弩先輩は『里山ホームステイで農業と狩猟体験コース』でしたっけ」

「うん。そうなのです」

 弩が頷いた。


 そう、弩は、去年僕と新巻さんが行ったコースを選んだ。

 去年僕がした土産話みやげばなしを聞いていて、興味を持ったらしい。


「修学旅行か、懐かしいな」

 荷造りの様子を見ながら、おやつのスイートポテトのチョコレートソースがけを食べていた新巻さんが言った。


 去年、僕は同じクラスなのにあまり知らなかった新巻さんとコンビを組むことになって、一緒に修学旅行を回った。

 それで新巻さんのことをよく知ることが出来たし、そのあと、この寄宿舎に住むきっかけになったし、思い出深い修学旅行だった。


「露天風呂で、二人で夜空を眺めたよね」

 新巻さんが、目を瞑ってその光景を思い浮かべる。


 新巻さん、なんか、誤解を与えるので、一緒にお風呂に入ったみたいな言い方しないでください。


 女性猟師の三鹿みろくさんや、農家民宿の益子さん夫妻は元気にしてるだろうか?

 あのとき生まれた赤ちゃんは、もう元気に歩き回ってるんだろう。


「御厨君は、どこだっけ?」

 新巻さんが訊いた。


「僕は、『十勝、農場体験、スイーツ工房、体験コース』です」

 御厨が目を輝かせて答える。

「御厨のおやつ制作能力に、また一段と磨きがかかるな」

 錦織が笑いながら言った。

 帰ってからのおやつが、さらに楽しみだ。



「あれ? 子森先輩は、どのコースにしたんですか?」

 宮野さんが訊いた。


「子森君は、私と同じコースなのです」

 子森君が答える代わりに、弩が答える。


「他にこの農業と狩猟コースを選ぶ人がいなくて、私一人しかいないから、このコースが取りやめになるところを、子森君が参加してくれて、行けることになったのです」

 弩が事情を説明した。


「ふうん、子森君、弩さんのために行き先変えたんだ」

 新巻さんが言った。


「弩のためっていうか、そ、そっちも楽しそうだったし、せっかくだから、変わった体験してみたかったし」

 急に子森君があわてる。


「ふーん」

 新巻さんが、なにか含みがある返事をして、ニヤニヤした顔で子森君を見た。


「子森君、弩を頼むぞ」

 僕が言うと、子森君が

「はい」

 って、小気味いい返事をする。





 翌朝、いつもより早く登校した僕達は、弩と萌花ちゃん、御厨と子森君に朝食を食べさせて、空港までのバスに乗る三人を見送った。


 まだ薄暗い学校の駐車場には、七台のバスが並んでいる。

 駐車場は早朝にも関わらず、二年生とその保護者、教職員に、部活で朝練をしていた生徒でごった返していた。


「みんな、楽しんできなさい。ちゃんと無事に帰ってくるんだよ」

 ヨハンナ先生が言って、二年生の四人が「はい」って返事をする。

 いつも中々起きないヨハンナ先生が、今日は珍しく早起きして見送りに加わっていた。


「お土産はいらないから。北海道には、酒のさかなとか、美味しいものがたくさんあるけど、全然、いらないから」


 先生、要求しないでください。


「それじゃあ、行ってきます!」

 時間になって、四人がそれぞれのバスに散った。

 弩も、大きなスーツケースに振り回されるみたいにしてバスに向かう。

 そうかと思ったら、辺りをキョロキョロして、また、こっちに戻ってきた。


「弩、どうした?」

「あのあの、どのバスか分からなくなっちゃったのです」

 確かに、駐車場には同じバスが何台もあるけど……


「弩! こっちこっち」

 バスの窓から顔を出して、子森君が呼びかけた。

「ふええ」

 弩が慌ててバスに向かう。


「まったく、どうなることやら」


 なんだか、先が思いやられる旅立ちだ。

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