第115話 道化

「またぁ、どこのモデルさんって、お上手なんだからぁ」

 ヨハンナ先生がそう言って、三武回多の肩をぺしぺし叩いた。


「私、高校教師で、この寄宿舎の管理人で、主夫部顧問の、霧島ヨハンナと申します。よろしくお願いします」

 ヨハンナ先生は、そう名乗って、三武回多の肩をぺしぺしと叩き続ける。


 まずい、いくら先生が酔っぱらってるとはいえ、生徒の保護者に対してあんな態度を取るなんて。


 しかも、相手は、世界的に有名なデザイナーだし。


「あなたがヨハンナ先生ですか。息子から噂はかねがね聞いております。しかし、本当にお美しい。よろしかったら、今度、私のところのモデルをしませんか?」

 肩を叩かれながら、三武回多が少し引きつった笑顔で言った。


「ホントですかぁ! どうしよう、大変、最近ちょっと太っちゃったから、ダイエットしないと」

 先生が言ってお腹の辺りをさする。

 スリップ一枚の下に見える先生のお腹。

 確かに、ビールの飲み過ぎな気がする。

 全然ちょっとじゃないと思う。


「いえ、そのままで十分、モデルとして活躍できますよ」

「あれ、見つかっちゃった? 私、世界に見つかっちゃったかも」

 先生が三武回多に酒臭い息を吹きかけて言った。


 先生……たぶん、半分はお世辞だと思うけど。


「まあ、とりあえず上がっちゃってください。ほら、入って入って」

 ヨハンナ先生は、馴れ馴れしく三武回多と肩を組んで、寄宿舎の中に招き入れた。

 そのまま、食堂に連れて行く。



 食堂には、僕達が「Party Make」のために用意した、宴の準備が整えてあった。

 今日、用意したのは、秋鮭を使った寄せ鍋だ。

 みんなでつつけるように、土鍋を三つ、カセットコンロの上に用意してある。

 メインの秋鮭に、鶏もも肉、エビにホタテ、白菜、水菜、長ネギ、ニンジン、えのき、しらたき、豆腐に油揚げ。

 もちろん、鍋を平らげたあとに入れる、うどんも用意してあった。


 そして、ごはんは秋らしく栗ごはんだ。

 この栗は、寄宿舎を囲む林の中に自生していた栗の木から収穫してきた(栗を素手で拾おうとした弩が、人差し指の先に絆創膏をしてるけど)。


 

 テーブルの上のカセットコンロに、御厨が火をつける。


 ヨハンナ先生は、三武回多を自分の隣に座らせた。

「まあまあ、とりあえず一杯」

 そう言って、三武回多にグラスを差し出す先生。

「焼酎です。芋焼酎の黒霧島。苗字が霧島の私が、黒霧島飲んでます」

 先生は一升瓶を掲げながらそう言って、クスクス笑った。


 まさかの親父ギャグ。


 先生以外、誰も笑ってない。

 みんな、ダ○ボーみたいな顔で遠くを見ていた。

 さすが、北欧美女の体に、四十代の中年男性の魂が乗り移ったような人だ。


「は~あ」

 僕の隣にいた錦織が、溜息をついた。

「どうした?」

 僕が訊く。

「いや、父親に、どうして衣装を勝手に使ったんだ、とか、なんで僕の衣装を弄ったんだ、とか、問い詰めようと思ったのに、ヨハンナ先生が絡んでるから、なんか、問い詰められなくなっちゃって」

 錦織が言った。


「なんか、もう、そんなことどうでもよくなった。そんなこと馬鹿馬鹿しくなったよ。『Party Make』の新作衣装発表会が上手くいったし、もういいや」

 錦織がそう言って自嘲する。


 そうか。


 ヨハンナ先生は、錦織と三武回多の仲が険悪になるのを防ぐために、わざとふざけて酔っぱらったふりをしてるのか。

 わざとその辺の話題を逸らそうとして、道化を演じたんだ。


 先生、そうですよね。


「もう、三武さんたら、なんで錦織君が作った衣装を勝手に使ったり、直したりしたのよ?」

 三武回多の肩をぺしぺし叩きながら、ヨハンナ先生が訊いた。



 あっ、はい。完全に僕の考えすぎだったみたいだ。



「急なことだったから、連絡出来なくてごめんなさい」

 古品さんが、錦織に謝った。

 錦織が古品さんに顔を上げてくださいと頼む。


「直前になって、三武さんが、錦織君の衣装で行こうって言ってくれたの。もしものために、あの衣装を会場の楽屋まで持って来てたから、そこで、三武さんに急遽、直してもらったの」

 な~なとほしみか、三人が次々に謝るから、錦織は「やめてください」と、困っている。


「衣装を直前で替えたのは、息子さんの錦織君から、電話とかメールとかで意見があったんですか?」

 母木先輩が三武回多に訊いた。


 古品さん達は錦織に断ったけど、お節介にも錦織が父親にあの露出が多い衣装を止めるように、言ったんだろうか。


「いや、私は息子からは何も言われていないよ」

 三武回多は答える。


「ただね……」

 三武回多はそう言って、サングラスを外した。

 サングラスの下から出てきた目は、優しそうな目で、当たり前だけど錦織と似ていいる。


「なにも言わない代わりに、『Party Make』のライブDVDや、公開しているネット動画のURLが、息子から大量に送られてきたんだ。それはもう、大量にね」

 三武回多はそう言って笑った。


「錦織、そんなことしたのか?」

 縦走先輩が訊く。

「はい、なにか自分にもできないかなと思って……」

 錦織が、古品さんをチラチラ見ながら言った。


「それらを見ていて、解ったんだよ。私がデザインした衣装では駄目だってことがね。あの激しいダンスには耐えられないし、露出が多すぎた。十分に下調べしないでデザインを起こしてすまない」

 三武回多が「Party Make」の三人に頭を下げる。

 今度は、三人が、頭を上げてくださいと頼む番だ。


「それに、息子のデザインについて私が言うのも親バカだが、あの衣装のデザインは素晴らしかった。自分の息子が作ったことを差し引いても、良かったんだよ」

 三武回多は、そう言うと、錦織の方を向いた。


「どうだ、隆史、これを期に、本格的にデザインの勉強をしないか? うちで働きながらでもいいし、口を利くから余所の事務所で修行してもいい」

 三武回多は、やさしい父親の顔で錦織に訊く。


「いえ、僕は主夫になるつもりなので」

 錦織が言った。

 錦織は父親の前ではっきり宣言する。

 即答して、その言葉に迷いはなかった。


「そうか」

 三武回多は、錦織にやさしい笑顔を向けたまま言う。


「それなら、そっちでがんばれ」

「はい」

「母さんのような、立派な女性を支えてあげるといい」

 三武回多のその言葉には、言外に、自分は出来なかったから、というニュアンスが含まれていた。



「ところで、『Party Make』の写真を撮っているお嬢さんはどなたかな?」

 三武回多が訊いた。

「私です」

 萌花ちゃんが手を上げて一歩前に出る。

 突然呼び出された萌花ちゃんが緊張して、下を向いてしまった。


「君が撮った『Party Make』の写真を色々と見せてもらった。君は、良い写真を撮るね」

 三武回多が言う。

「ありがとうございます」

 緊張していた萌花ちゃんが破顔する。


「もしカメラマンになって、仕事が必要なときは、連絡しなさい。私としても優秀なカメラマンの知り合いがいるのは心強い」

 三武回多はそう言って、萌花ちゃんに名刺を渡した。


「はい、よろしくお願いします」

 萌花ちゃんが両手で恭しく名刺を受け取る。

 この一枚の小さな名刺は、将来、萌花ちゃんが夢実現に向かうときの、パスポートになるんだろう。



 あれほど三武回多に絡んでいた先生は、僕達が話をしている間に、眠ってしまった。

 テーブルに突っ伏して、一升瓶に手をかけたまま、寝ている。

 口元が笑ってるから、いい夢を見てるのかもしれない。

 モデルになってパリコレに出てる夢でも見てるんだろうか。



「それじゃあ、私はそろそろ引き上げよう。あとは、若い君達だけで、存分にやるといい」

 三武回多は、そう言って椅子から立った。


 僕達は、玄関まで見送りに出る。

 ヨハンナ先生はそのままにしておいてあげなさい、と三武回多が言ったから、そのまま寝かせておいた。


「ああそうだ、明日、新しいミシンがここに届くように手配したから、使いなさい」

 玄関で靴を履きながら、三武回多が言う。


「父さん、そういうの、いいってば」

 錦織が抗議した。


「勘違いするな。お前のために手配したんじゃない。この寄宿舎に寄付するんだ。この寄宿舎のお嬢さん達のためのミシンだ」

 三武回多が言う。

 さすが、世界に名を馳せるデザイナーなだけのことはある。

 やり方がすごくスマートだ。



「霧島先生によろしく。モデルにならないかっていうのは、冗談ではありませんよって、伝えてください」

 三武回多に言われて、僕達は頷く。

 たぶん、明日、先生は二日酔いで頭ガンガンだし、覚えてないと思うけど。


「林の中、暗いし、道が分かんないだろうから、僕送っていきます」

 錦織が言って靴を履いた。

「それじゃあ、僕も」

 僕が靴を履こうとすると、弩が僕の服を引っ張る。

「先輩、親子水入らずです」

 弩に言われた。

「そうか、ゴメン」

 三武回多と錦織は、林の中に消えていく。



「さあ、パーティーだ! 『Party Make』の衣装発表会成功記念、明日は日曜だし、朝まで騒げるぞ!」

 母木先輩が言った。

 前だったら、朝まで騒ぐなんて言うと、鬼胡桃会長が猛反対したのに、今、会長はは母木先輩の腕にぴったりとついて、うっとりした顔をしている。

 これなら遅くなって寄宿舎に泊っても、多分、大丈夫だ。



 その夜、僕達は大騒ぎをした。

 鍋を食べたあとで、「Party Make」のライブも、カラオケ大会もあった。


 萌花ちゃんのカメラのセルフタイマーで撮った、主夫部と、寄宿生と、「Party Make」の三人が揃った記念写真。


 ヨハンナ先生の額には、寝ている間に僕が書いた「肉」という文字がはっきり残っている。

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