第114話 ふかふかのタオルと真っ白いパンツ

「これ、ぼくが作った衣装です」

 スクリーンの中で踊る「Party Make」の三人を見ながら、錦織が言った。


 三人が着ているのは、白と黒のストライプで揃えた衣装だ。

 古品さんのふっきーはパンツスーツスタイル、な~なはワンピースで、ほしみかはベストにタイトスカート。

 それぞれ形は違うけど、三人の衣装には太いストライプがあしらわれている。


 新曲の「Party Love」に合わせて三人が踊ると、ストライプの模様が目まぐるしく動いて、目に心地よかった。

 ダンスに合わせて、衣装も躍動しているように見える。


「錦織の衣装って、三武回多のデザインになって、没になった衣装か?」

 母木先輩が訊いた。

「そうです」

 錦織が答える。


「衣装が替わったなんて、古品さん、言ってませんでしたよね」

 御厨が言った。

「ああ、直前に、これから始まるってメールもらったけど、そのときもそんなこと書いてなかった」

 錦織が言う。


 新曲に続いて「ミラクル・ドライブ」、「マグレブガール」と立て続けに三曲が披露された。

 観客がマスコミ関係者だけで反応が薄いのが、スクリーン越しに見ている僕達にはもどかしい。現場に行って、全力でコールとかしたい。盛り上げてあげたかった。


 でも、三人が全力で歌い踊る姿を見て、段々と体を揺らす人が出始める。

 三人はどんな観客でも、いつもの完璧にシンクロしたダンスと、飛び切りの笑顔を見せた。

 すると、一曲ごとに、拍手も大きくなる。

 明らかに、最初の頃と雰囲気が変わって来た。



「あれ、でも、細部が違う気がする」

 画面に見入ったままで、錦織が言った。

「僕がデザインして作った衣装ですけど、細かい部分が直されてます」

 錦織はプロジェクターのスクリーンを、食い入るように見ている。


「錦織が作った衣装を勝手に使った上に、無断で手直しするなんて、酷いじゃないか」

 縦走先輩が言った。

「そうよね、三武回多さんが、いくら錦織君の父親で有名デザイナーだと言っても、人の服を勝手に弄るのは、いかがなものかしら」

 鬼胡桃会長が言う。

 ちなみに、会長は当たり前のように母木先輩と手を繋いでいる。

 その肩に頭を預けていた。


「でも、残念ながら、こっちの方がカッコイイです。僕のデザインの稚拙なところ、ちゃんと直されてます。今のほうが断然、いい」

 錦織が言う。


 三曲目が終わると、ステージの背景としてあったスクリーンが二つに割れて、スモークと共に、中から誰か出てきた。

 スラッとした、背の高い男性だ。


 間違いなく、これがデザイナーの三武回多なんだろう。


 三武回多は、坊主頭にサングラス、細身の真っ黒いスーツに、襟が高いシャツを着て、大きなクロスタイをつけている。

 サングラスで表情は読み取れないけど、少し顎を上げて、観客を見下ろすようにしていた。


 スモークの中、胸を張って堂々と、ステージ中央まで歩く三武回多。

 彼はファッションショーの最後みたいに、拍手で迎える「Party Make」の三人に囲まれて、手を上げて観客にアピールした。


「まったく、もう」

 錦織がそう言ってスクリーンから目を逸らす。

 確かに、派手な登場だ。

 三武回多は「Party Make」の三人よりも目立っている。

 でも、知名度、力関係、すべてデザイナーのほうが遙かに上だから、仕方ないのかもしれない。


 三武回多が現れた途端、カメラマンが、しきりにシャッターを切り始めた。

 まばゆいくらいにフラッシュが焚かれる。

 この反応が、すべてを物語っていた。


 曲が終わって、カメラマンが一通り写真を撮り終わると、発表会の司会者の女性がステージに出てきて、「Party Make」の三人を紹介した。

 そして、そのあとで三武回多を紹介すると、また、一斉にフラッシュが焚かれる。



 ステージ上に椅子を置いて、司会の女性が三武回多にインタビューをした。

「どのような経緯で、三武さんがアイドルグループの衣装をデザインすることになったんでしょうか?」


「ええ、アイドルの枠に囚われない活動をしていこうという彼女達と、新しいことに挑戦したい私のタイミングが合って、このようなコラボレーションが実現しました」


「今回の三武さんデザイン、アイドルの衣装ということで、普段とは違うデザインの手法を取ったのでしょうか?」


「今回の衣装、これは、私のブランドの若手デザイナーの原案に、私が手を加えたものです。今回は、コラボレーションが決まって日がなかったので、私は彼女達『Party Make』について十分な理解が出来ていませんでした。そこで、彼女達のファンで彼女達を良く理解していた、うちの若手デザイナーの案を叩き台に、私がブラッシュアップするという形で、創作しました」

 三武回多はさらっと言う。


「若手デザイナーって、錦織のことか?」

 僕が訊いた。

「話の流れからそうだろうが、僕は若手デザイナーじゃない、なに勝手なことを……」

 錦織が言って眉をひそめる。


「アイドルの衣装という、新しいフィールドにチャレンジするのは、私にとって冒険で、楽しい仕事なので、これから本格的にデザインしていきます。彼女達のライブを間近で体験して、理解も深まりましたので、次の衣装は、私が最初から担当しますよ」

 三武回多が言う。


 発表会は、拍手に包まれて終わった。



 スクリーンに見入っていたみんな、「ふうっ」と息を吐く。

 古品さん達の大舞台に、僕達のほうが緊張していた。


 でも、なんで突然、錦織が作った衣装が、三武回多ブランドのデザインとして採用されたんだろう?


 さすがにあの衣装の露出では拙いって、急遽変更したのか。

 それとも、「誰か」が勝手に、三武回多に忠告したんだろうか。


 僕が錦織を見ていると、錦織が「なんだよ」と文句を言う。



 プロジェクターがパソコンに繋がれているのをいいことに、そのままパソコンの画面をスクリーンに映した状態で、ヨハンナ先生がエゴサーチを始めた。

 SNSや、掲示板に「Party Make」で書かれた直近の投稿を探す。


(Perty Makeって初めて見たけどいいじゃん)

(曲とか、かなり好きかも)

(アイドルだと思って舐めてた)

(正直、カッコイイ!)

(俺は、ほしみか派)

(な~な推し)

(ふっきーって子がいい)


 見つかる投稿は八割方、好意的だった。

 ファッションに興味があって、三武回多目当てで中継を見ていた視聴者に「Perty Make」をアピール出来たのは、良かったかもしれない。


 でもやっぱり、否定的な意見もあった。


(アイドルがアーティスト気取り?)

(アイドルの衣装なんて、三武回多も落ちたな)


「ちょっと、なんか悔しい!」

 ヨハンナ先生が否定的な投稿に噛みついていこうとするから、止めておく。

 先生にはスルースキルを学んで欲しい。




「よし、僕達は、大仕事を終えて帰ってくる古品さんを、万全の体制で迎えようじゃないか」

 母木先輩が言った。

 鬼胡桃会長と手を繋いだまま。


「夕御飯作ります!」

 御厨が台所に走った。


「僕、ベッドメイクしてきますね。明日オフだから、古品さん、ゆっくり寝かせましょう」

 錦織が古品さんの部屋へ行く。


「僕は風呂掃除をしよう。最高の風呂でもてなすぞ」

 母木先輩が言って風呂場へ向かった。

「ああん、統子も行くー」

 鬼胡桃会長が、先輩に付いていく。



「先輩は? 篠岡先輩は古品さんのために、何を用意するんですか?」

 弩が僕に訊いた。


 僕に用意できるのは………


「僕が用意できるのは、ふかふかのタオルと、真っ白いパンツだ!」

 僕が言うと、食堂に残った女子達から、多少、白い目で見られる。

「はあ」

 弩が溜息を吐く。


 でも、ふかふかのタオルと、真っ白いパンツは大切なことだ。

 たぶん、食事やベッドに負けないくらい大切だと思う。




「おかえりー!」

 夜九時過ぎになって帰ってきた古品さんを、玄関ホールで、全員で出迎えた。

 ほしみかとな~なも、古品さんと一緒に寄宿舎に来る。


「発表会素敵でした」

「衣装、びっくりしました!」

「ネットの評判も、いいですよ」

 みんなで口々に言いながら、三人を囲んだ。

 一つ大きな舞台を踏んで、三人がまた一回り大きくなったように見える。


「ちょっと待って、もう一人、ここに来たいっていう人が、来てるんだけど……」

 僕達に囲まれながら、古品さんがそう言って、外を見た。

 玄関の外の暗がりに誰かいる。


「父さん!」

 錦織が玄関ホールに響く、大きな声を出した。

 暗がりから、錦織の父親、三武回多が出て来る。

「おじゃましますよ」

 三武回多はそう言って玄関に入って来た。


 さっきまでネット中継で見ていた、三武回多その人だ。

 スリムなスーツはそのままだし、夜でもサングラスをかけたままだ。


「おや、こちらは? どこのモデルさんかな?」

 三武回多は、ヨハンナ先生を見るなり、そう言った。


「ほえ?」

 古品さんを待って、さっきまであたりめを肴に芋焼酎を飲んでいたスリップ一枚の先生が、とぼけた声を出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る