第112話 パタンナー

「三武回多は僕の父です。父と母が離婚して、僕は母方の錦織姓を名乗ってますが、旧姓は三武です」

 錦織が言った。


 突然の告白に、食堂にいた全員が、まじまじと錦織を見る。


「三武回多は、僕の父です」

 錦織が確認するように、もう一度言った。


「そ、そうなんだ……」

 戸惑いがちに薄ら笑いを浮かべて、古品さんが言う。

 ほしみかも、な~なも、どういう表情をしたらいいか、分からないみたいだった。

 三人は、その錦織の父親がデザインした衣装を着たままだったし。


「ちょっと、錦織君。そんな大切なこと、もっと早く言いなさいよ」

 ヨハンナ先生が言った。

 本当に、先生の言う通りだ。

 錦織に、そんな大きなバックがついてたなんて。

 錦織は、今までそんな素振りは少しも見せなかった。

 御厨の母親がモデルをしていて、面識もあるみたいだから、話の流れで父親がデザイナーをしてるって、一言あっても良かったのに。

 僕だったら、そんなこと自慢げにペラペラと話してそうだ。


「まったく、もっと早く言ってくれれば、『KAITA MITAKE』ブランドの服、安く売ってもらえたかもしれないのに。社員割引とか、あるでしょ?」

 ヨハンナ先生が言う。


 先生、そっちかよ!


 でも、ファッションに詳しかったり、自分の洋服を作っちゃったり、「Party Make」の衣装をデザインしたりする錦織の原点は、そこにあったんだと納得した。


「僕だって、さっき古品さんから、父が『Party Make』の衣装を担当したって聞いたときは、びっくりしました。すごいところで繋がるなって」

 錦織が言う。

 図らずも、親子で衣装作りをリレーするとは、錦織も夢にも思わなかったんだろう。


 僕達が騒いでいる中で、御厨だけが青い顔をしていた。

「先輩、さっき三武回多さんのこと、押しが強くて尊大だとか言って、すみません」

 御厨が謝る。

 御厨は、首を竦めて、錦織を見上げるようにしていた。

「いいよ、そんなこと」

 錦織が笑いながら言う。


「実際、押しが強くて尊大だし、モデルと浮気して母に家を追い出されたような人だから」

 錦織は気にするなと御厨の肩を叩いた。


「すみません。そんな、家庭の立ち入ったことまで」

「いいんだ、この話は業界では有名だから。離婚したっていっても、父は普通に家に来るし、普通にご飯食べてったりするし」

「なんだか、複雑だな」

 母木先輩が言う。

「母がパタンナーをしていて、父も母がいないと、仕事にならないんです。パタンナーっていうのは、デザイナーのデザインから実際の服の形を読み取って、型紙を作る職業のことですけど、自分のデザインを実際の服の形にしてくれる母がいないと、三武回多の服は世に出ないので、離婚しても二人は一緒に仕事してるんです」

 錦織が言った。

 錦織の母親も、仕事を持つ人だったのか。


「自宅兼用の仕事場には、母の他にもお針子さんとか、そういう女性がたくさんいて、僕はその中で育ってたから、彼女達みたいな仕事をする女性を支えていきたいって、思うようになりました。主夫を目指して、主夫部に入ったのもそんなわけです」

 錦織が言う。

 いつも女子を周りにはべらせてる、チャラチャラした奴だと思ってたけど、実はこんな想いを持って、主夫部に入って来たのか。

 僕もそうだけど、女子達の錦織を見る目が変わっている。

 特に、「Party Make」の三人が、キラキラした目で、錦織を見ていた。


 すごく、羨ましい。



「いえ、僕のことはどうてもいいんです。それより、衣装のことです。この衣装を最初に着るライブとかイベントっていつですか?」

 錦織が古品さんに訊く。


「今週末に衣装を披露するためのマスコミ発表があるって、マネージャーが言ってたけど」

 古品さんが答えた。

「何曲か、歌も披露するみたいだしね」

 な~なが言った。

「そのあと、この衣装で雑誌の取材とかも受けるみたいだし」

 ほしみかが言う。


「それじゃあ、急がないといけませんね。僕が父に文句言ってやります。ダンスするのに、あの衣装はないって。曲のイメージにも合わないと思うって」

 錦織はそう言って、自分のスマートフォンを取り出した。


「ちょっと待って」

 錦織が、スマートフォンを操作しようとするのを、古品さんが止める。


「錦織君、いいよ」

 古品さんが言った。


「やっぱり、これは、錦織君に身内のコネで頼んじゃいけないことだと思う」

 古品さんが言って、ほしみかとな~なを順番に見る。


「私達が『Party Make』として活動していくと、これからもこういう問題には当たると思うの。衣装だけじゃなくて、楽曲とか、ビジュアルのイメージとか、色々な活動方針でも、こういう問題は起こると思う。だから、これは自分達で解決しなきゃ駄目だと思うの。この衣装がダンスするのに向かないなら、向かないって、そのことを私達がデザイナーさんに言わないと駄目だと思う。怒られたり、呆れられたりするかもしれないけど、やっぱり、これは人に頼っちゃ駄目なんだよ」

 古品さんが言った。

 そして、ほしみかとな~なも頷く。

 三人は、話し合わなくても、意見を共にしているみたいだった。

 地下アイドルで全然売れないときから、ずっと一緒に活動している三人だからか、視線だけでお互いの気持ちを確認したようだ。


 有名デザイナーに意見しようって、三人は腹を決めたらしい。


 三人のことが格好良く見えた。

 ただ可愛かったり、歌が上手かったり、ダンスが上手いからだけじゃなくて、こういうふうに、カッコイイ三人だから、僕も、みんなも「Party Make」を応援したくなるんだろう。


「でも、私達が言っても、どうしても駄目だったら、そのときはお願いね」

 古品さんがそう言って、ウインクした。

「分かりました」

 錦織が古品さんのウインクに照れながら頷く。



「あー、決心したら、喉乾いちゃった」

 古品さんが言った。

「すぐにお茶、用意します」

 御厨が台所に走る。


「じゃあ、お茶の用意が出来るまで、新曲のダンスのチェックしとこうか」

 古品さんがそう言って、「Party Make」の三人が、アカペラで歌いながらダンスを始める。

 僕達の前で、未発表の新曲が披露された。


 相変わらず、三人のダンスは完全にシンクロしている。

 フォーメーションを頻繁に変える、複雑なダンスだ。

 だけど………


「あ、あのう」

 目の前で繰り広げられるダンスを見ながら、僕は三人に呼びかけた。

「なに? 篠岡君?」


「あの、すごく刺激的なので、みなさん、そろそろ、その衣装の上になんか着てください」

 三人は、錦織の父親がデザインした衣装のままだった。


 胸が大きく開いたな~なに、太股が見えるほしみかに、背中が丸見えのふっきー。

 確かに、服の隙間が開き過ぎている。


 こうして目の前で踊ってもらって、僕達はそれを体感した。


「あっ」

 ダンスに夢中になっていた三人は、僕達の存在に、やっと気付いてくれたみたいだ。


 母木先輩も、錦織も、そして僕も、ありえないくらいに顔を真っ赤にしている。

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