第88話 ジグソーパズル

「単刀直入に言うと、犯人は錦織さん。古品さんの衣装を切り刻んだのは、錦織さんだよ」

 枝折が言った。

 そう言ってプリンアラモードに添えられたウエハースを、パリパリとかじる。


「はっ? 錦織はあの衣装を作った本人だぞ」

「でも、それが真実だもん」

 枝折は譲らない。


 ファミリーレストランの店内には、客が少しずつ入ってきて、混み始めた。

 客のほとんどが中学生で、みんなが僕達を見ている気がするのは気のせいだろうか。スマートフォンで連絡を取り合って、どんどん増えているような気がするけど。


「お兄ちゃん、停電前の、夕食のときに、みんなでしてた会話を思い出してみて」

 枝折が言う。

「夕食のときの会話?」


 なんだっただろう。

 僕は空で考える。

 確か、女子達の体重が増えたとか減ったとか、そんな会話だった。

 たわいない会話だ。


「そのとき、古品さんは、周りから太ったって言われてたよね?」

「うん、確かそんな気がする」

 特に鬼胡桃会長に言われていた気がする。

 アイドルだし、古品さんは体重が増えたと指摘されたことを気にしていた。

「でも、古品さん自身は、体重は変わってない、って言ってたんでしょ?」

「ああ、そうだったな」

「実際、体重は増えてたんだよ。前より少し、ふっくらしてたんだよ。でも、古品さんは痩せてるから、少しくらい増えても気にすることないんだけどね」

 枝折はそう言って、バニラアイスをバナナに乗せて食べる。


「で、その雑談と、この件と、どう関係があるんだ?」


「うん、だから、錦織さんは、古品さんの衣装を直してたんだよ。衣装を切り刻んだんじゃなくて、衣装を解いて、直してた途中だったの。古品さんに気付かれないように、内緒でね」


「ああ……」

 一瞬で納得してしまった。

 なんか、ジグソーパズルのピースが、どんどんとはまっていくような感覚だ。


「もともと、錦織さんは、ちゃんと採寸して、着る人の体にぴったりな服を作る人でしょ?」

「そうだな」

「太ったことで、お腹周りが窮屈になってて、それを古品さんに気付かせないように、錦織さんは黙って直してたの。気付かれたら古品さんが心配になって、ご飯を食べなくなったり、ダイエットするとか言い出すかもしれないしね。その作業の途中で見つかっちゃったんだよ」

 そうだ、古品さんを思ってのことだ。

 錦織の周りにはいつも女子がいて、女子の気持ちが分かる奴だった。

 そういう敏感な部分を汲み取って、さり気なく行動できるのが錦織だ。

「それに、たくさんの衣装の中から古品さんのだけ選ぶのは、部外者では無理だもん」

 衣装を作った錦織か、余程の「ぱあてぃめいく」のファンじゃないと無理だろう。


「錦織さんの優しさが、事件みたいに見えるこの騒動を引き起こしたんだよ。衣装が切られてることが発覚する前に、鬼胡桃会長の熊の縫いぐるみが短刀で刺されてた、なんて事件があったから、余計に猟奇的に感じてしまったんだと思う」

 確かに、これは鬼胡桃会長の縫いぐるみが刺されていた事件のあとで、各部屋を調べていて、発覚したことだった。


「錦織さんも、自分がやったって言おうとしたんだろうけど、それだと、みんなの前で、古品さんが太ったって、告白するようなものじゃない? だから、言えなかったんだよ」

「ああ、そうだな」

 枝折の推理には反論の余地がなかった。


「そして、これには御厨さんも絡んでるの」

「えっ? どういうことだ?」

「お兄ちゃんに、鉄アレイの重さを量ってって、メールで頼んだでしょ?」

 そうだ、枝折に頼まれて量ったんだ。

「あれな、5㎏の鉄アレイを乗せたのに、体重計は3㎏って表示したぞ」

 何度やっても結果は同じだった。

「やっぱりね。それはたぶん、御厨さんが体重計に細工してたんだよ。乗るとマイナス2㎏で表示されるように、体重計を弄ってた」

 枝折が言う。


 御厨が、体重計に細工をしていた。

 その理由は、聞くまでもないだろう。

 世界中の女性をぽっちゃりにするという、御厨の壮大な野望のためだ。


「ってことは、今、寄宿舎の女子の体重は……」

「変わらないって言ってる人でも、2㎏は確実に増えてるね。だから増えたって人はなおさら」

 ヨ、ヨハンナ先生……

「でも、みんな細いから、2㎏くらい増えても問題ないよ。むしろこれは御厨さんの優しさだよ」

 2㎏ならいいけど、これからもっと細工して3㎏、5㎏って増やしていったら、どうしよう。


「その体重計の細工で、体重が増えて、錦織さんが衣装を切ったんだから、連動してるよね。二人の善意とか、鬼胡桃会長の告白とかが絡み合って、こんな事件みたくなったんだよ」

 ヨハンナ先生が吉岡先生に頼んで、犯人をでっち上げてもらったのも、このためなのだろう。

 鬼胡桃会長の告白の件をみんなにばらしたくないし、錦織が古品さんを思ってだまっていることも、ばらしなくなかった。



「ところでお兄ちゃん、私の唇の端に付いた生クリームを指で拭いて」

 突然、枝折が言う。

 見ると確かに、枝折の唇の端に、クリームが付いている。

「なんだよ、いきなり」

「二つ後ろの席で、華道部の綾香がこっち見てるの。恋人のふりしないと」

 二つ後ろの席で、パンケーキを切るナイフを持った女子中学生が、半笑いで僕を見ている。


 枝折……男子ばかりではなく、女子にも言い寄られてるのか。


 仕方なく、僕は枝折の唇の端に付いた生クリームを指で拭いて、舐めた。

「お兄ちゃん、拭いてとは言ったけど、舐めてとまでは、言ってない」

 枝折に怒られる。

 いや、そのほうが親密な恋人同士に見えるかと思ったし。


「それじゃ、フルーツケーキが消えた件は?」

 僕は続きを訊く。

「あれは、単なる縦走先輩のつまみ食いだよ」

 枝折はあっさりと言った。


「普段だったら、食いしん坊の縦走先輩のつまみ食いだってすぐに疑うのに、縫いぐるみが刺されていたり、衣装が切り刻まれていたり、異常な状況で、事件に結び付けてしまったの」

「そうなのか……」

 それにしても縦走先輩、フルーツケーキ一本まるごとつまみ食いとは。

 ラム酒にたっぷりと漬けてあるフルーツケーキだから、もしかしたら、先輩は酔っぱらったんじゃないか。

 そうか、玄関に吉岡先生が来たとき、先輩のテンションが妙に高かったのはそのせいかもしれない(バーベルのシャフトを槍代わりにして、侵入者を刺すとか言ってたし)。


「それじゃあ、最後。室内用の物干し台のパイプが折られていたのはどうなんだ?」

 この件もまったく、想像がつかない。


「それも、今回の熊の縫いぐるみが刺されてた事件がなかったら、発見はもっと遅れてたでしょ? だから、今回のこととは無関係に、誰かが重い物を吊すとか、ぶら下がるとかして、壊しちゃったんだよ」

 枝折が言った。

「そうか」


「これについては、推理というより、想像に頼る部分が多いんだけど」

 枝折は前置きをした。

「うん、うん」

「その後の態度からして、壊したのは弩さんだね」

 枝折は言った。

「弩が? なんでまた」

 弩はちょっと変わってるし、時々、僕のことを先輩として扱っていない言動をする奴だけど、物を壊したり、悪戯をするような奴ではない。


「これは本当に想像だけど、弩さんは鉄棒にぶら下がってると背が伸びる、とかそんな迷信みたいなことを信じて、毎晩、隠れてランドリールームの物干し台に掴まってたんじゃないかな?」

 枝折が言う。

「お兄ちゃんが帰ったあとは、ランドリールームに立ち入る人っていないでしょ? そんなことをしてるのを、誰かに見られる心配はないし。だから、そこで物干し台に掴まって、背を伸ばしてたんだよ」

 それは昔、僕も、やったことがある。

 あと、牛乳をたくさん飲むとか、そんな話を信じて、必死に背を伸ばそうとしていた時期があった。

 その時期は、背が高くなるというなら、どんな話にでも飛びついたものだ。


「いくらステンレスのパイプでも、弩さんの体重は支えきれなくて、曲がっちゃったんだよ」

「でも、弩は何でそんなことをしたんだ?」

 僕が訊く。

「さあ、背が高くて、スタイルばっちりな人になりたかったんじゃないの? それか、たとえば、弩さんが好きな人が、背の高い人のことが好きだとか、背が高い人とイチャイチャしてるところを見ちゃって、対抗心を燃やしたとかね」

「ほう」

 弩は、そんなことを気にしていたのか。

 弩も恋する乙女なのか。

「で、誰なんだろうな? 弩が好きな相手」


「お兄ちゃん………」

 枝折がそこで、がっくっと肩を落とした。

「枝折は、お兄ちゃんが心配だよ」

 なぜか解らないけど、枝折に心配された。

「お兄ちゃんは、錦織さんを師匠にして、女子の気持ちを学ぶといいよ」

 なんだか、わけが分からないまま、説教されている。



「これで昨晩からの事件の説明はおしまい。じゃあ、帰ろっか」

 枝折が言った。

 ちょうど説明が終わる頃に、枝折の皿が空になっている。

 枝折は「ごちそうさま」と手を合わせた。

「帰りにコンビニで花園ちゃんにアイスクリーム買っていってあげようよ。お兄ちゃんにおやつおごってもらって、私だけがいい思いしたら、悪いもん」

 枝折が言う。

「枝折………」

 本当に、良くできた妹だ。


 だけど、その前に問題が……


 ファミレスを埋めたたくさんの中学生が、僕を枝折の彼氏だと勘違いして、憎悪に満ちた視線を送るこの状況で、果たして、僕は、無事に家に帰れるのだろうか。




                 ◇



 学校から帰ろうと、車に乗り込むところで、吉岡教諭のスマートフォンに、電話が掛かってきた。

 それは無視することが出来ない、「黒ウサギ」と登録してある番号だった。

 吉岡教諭は、車に乗り込んでドアを閉めて、周囲に人がいないことを確認してから、電話を取った。


「ご苦労様だぴょん」

 相変わらず、「ぴょん」などと語尾に付けて、ふざけた態度の電話だ。


「これで、良かったのかな」

 吉岡教諭は訊いた。

「良かったぴょん。先生は上手くやったぴょん。褒めてあげるぴょん。なでなでしてあげるぴょん」

 ウサギの無邪気な声が言う。


「それで、その寄宿舎を荒らした犯人っていうのは、いったい、誰なんだ。霧島先生も、僕から話を聞いて、半信半疑だったようだが」

 昨日から宿直をしていた吉岡教諭のもとへ、早朝、突然ウサギから電話が掛かってきた。

 寄宿舎に行って、霧島先生に言われた通りに話せと命令された。

 寄宿舎を荒らした犯人が自分のところに自首してきたから、許して、穏便に済ませてくれと、頼む内容だった。

 無論、吉岡教諭の元にそんな犯人は来ていない。

 吉岡教諭は、電話が掛かってきたとき、深夜の眠りの中にいたのだ。


「真実は知らないほうがいいぴょん。知らなくていいことが、世の中には確実にあるぴょん」

 ウサギは意味ありげに言った。

 ふざけて言っているのか、本気なのか、しゃべり方のせいで分からない。


「良くできた先生には、ご褒美をあげるぴょん」

 ウサギがそう言うと、吉岡教諭のスマートフォンにメールが届いた。

「そのメールに画像が添付してあるから、見るぴょん」

 ウサギが言う。

 吉岡教諭はさっそく、添付ファイルを開いてみた。


 それは霧島ヨハンナ教諭の写真だった。


 寄宿舎の窓辺で、物憂げに窓の外を見る、愁いに満ちた表情の写真だ。

「良い写真だぴょん。先生はこれを待ち受けにするといいぴょん」

 なにかウサギに言い返そうとした言葉が、吉岡教諭の喉の辺りで止まった。

 確かに、良い写真だ。


「私達のスパイになっていれば、こんなふうに時々いいことがあるぴょん。だからこれからも、私達のために働くぴょん」


「ああ、どうせ僕に、それを拒否することは出来ないんだろう?」

 吉岡教諭は諦め顔で言った。


「その通りだぴょん。先生は物分かりがいいぴょん」

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