第48話 会議は踊らない
その会議は始まる前から紛糾が予想されていた。
始まってみるとその予想以上に会議は捗らず、なんの進展もないまま、むなしく時間だけが過ぎていく。
設立以来、ここまで快進撃を続けてきた主夫部が、初めて味わう挫折である。
それほど、今度のチャレンジは困難を極めるのだ。
僕達は図書室にいた。
今日の会議は、図書室の一画で行われている。
図書室でもあまり人が寄りつかない、学校創立者の著書が並ぶコーナーだ。
なぜ、部室ではなく、図書室で会議が行われているのかといえば、弩とヨハンナ先生がいない場所で話を進める必要があったからだ。
「もし、僕達があれを頼んだとして、弩君の反応はどうだろう?」
母木先輩が訊く。
「五分五分だと思います。完全に拒否か、すんなりとOKしてくれるか。案外、無邪気に『いいですよ』と言いそうでもありますが、反対に、どん引きされる可能性もあります」
僕が答えると、先輩が頷いた。
「縦走はどうかな? 縦走に頼んだらどうなるだろうか?」
続けて先輩が訊く。
「縦走先輩は絶対にOKしてくれますね。それは間違いありません。それどころか、逆に毎日やってくれと頼まれそうです。後が大変かもしれません」
御厨が答えた。
それには僕も同感だ。
運動部で汗をかく縦走先輩は、常に清潔にしていたいだろう。
それに先輩はそういう点で大らかで、僕達がすることにすっかり身を任せてくれる気がする。
「古品さんは?」
次に先輩が訊いた。
「古品さんは難しいんじゃないでしょうか。売れていないとはいえ、仮にもアイドルですし、その辺のガードは硬いのかもしれません」
錦織が言う。
ファンとして、また、寄宿舎の夫として、古品さんと常に接している錦織の見立てに間違いはないだろう。古品さんが無理なら、同じアイドルグループのな~なとほしみかに頼むのも無理だ。
「あいつのことは訊くまでもないな」
母木先輩が言って、
「はい」
と、他の全員が声を揃えた。
もちろん、鬼胡桃会長のことだ。
「まず、提案した瞬間、言い終える前にあの刀が抜かれるだろう。『なに馬鹿なこと言ってるの? そこに直りなさい!』と鬼の形相で言われて、僕達は切り刻まれる。この世に塵も残らないくらいに」
先輩が鬼胡桃会長のものまねをしながら言う。
その姿が目に浮かんで、総毛立った。
「次にヨハンナ先生だが、先生は大丈夫じゃないだろうか? 先生なら許してくれそうな気がするが……」
「先生は理詰めで徹底的に説明すれば許してくれると思います。案外、押しに弱いところがありますし、最終的に土下座すれば、断れない感じになると思います」
実は人情に厚いヨハンナ先生は、泣き落としが効きそうだ。
そんなところで先生の人情にすがるのは卑怯な気がするけれど。
弩 △
縦走 ○
古品 ×
鬼胡桃×
ヨハンナ先生○
母木先輩がホワイトボード代わりに持ち込んだ画用紙に書き込んだ。
「まったくの五分と五分だな。だが、これは別に多数決で決まるわけじゃない。全員に理解して、納得してもらうことが必要だ。そうじゃないと、このチャレンジは成り立たない。全員を○にしなければならない」
母木先輩が言う。
古品さんはともかく、鬼胡桃会長の説得は絶望的だ。
それに弩がどっちに転ぶか、分からない。意外に頑固で、鬼胡桃会長以上に手を焼くかもしれない。
それだからこの会議はさっきからずっと停滞している。
堂々巡りをしている。
解決の糸口がまったく見つからない。
「やはり、『髪を洗わせてくれ』と頼むのは、ハードルが高いか……」
母木先輩が言って、僕達全員が溜息をついた。
疲れた妻を癒す手段の一つ「洗髪」は、主夫部部員として絶対に身に付けたい技術だ。
女性の髪を上手く洗う方法を、知識だけでなく、体で覚えたい。
髪を洗う練習をしたい。
妻が疲れて帰ってきたとき、或いは休日の昼間、スキンシップを取りながら、ゆったりと髪を洗ってあげることが出来たら、どんなにすばらしいだろう。
妻も、そして僕達も、どんなに幸せだろう。
想像しただけで、口元が緩んでしまう。
幸いなことに、この寄宿舎には色んな髪型が揃っている。
弩の黒髪ロング。
縦走先輩のベリーショート。
古品さんのショートボブ。
鬼胡桃会長のパーマの巻き髪。
ヨハンナ先生の金髪。
もし、髪を洗う練習をさせてくれるなら、これほど、色々なパターンを試せる機会はない。将来、どんな女性と知り合っても、怯まず対応出来るだろう。
このチャンスは逃したくない。
寄宿生に髪を洗わせてもらうといっても、もちろん、一緒に風呂に入るわけではない。そこははっきりさせておく。
行うとき僕達は服を着ているし、寄宿生は水着や、バスタオルで体を隠してもらうつもりだ。
なんなら、僕達は目隠しをしたっていい。
僕達の目的は女性の髪を洗う練習であって、
毛頭ない。
それは約束できる。
けれど、それをうまく説明する自信がない。
ただの変態扱いされそうで怖いのだ。
それだから会議は停滞している。
もう、三時間が過ぎた。
「僕に、一つアイディアがあります」
僕達に突破口を見出してくれたのは、錦織だった。
「あの手が使えるかもしれません」
錦織が親指の爪を噛みながら、言う。
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