第32話 さよならワンピース
鬼胡桃会長が生徒会長を解任されたという噂は、昼過ぎにはほぼ全校に行き渡っていた。
僕はそんなの根も葉もない噂だろうと、気にも止めなかった。
いや、本当は気になって仕方なかったけど、気に止めないように心掛けていただけなのかもしれない。
それでも昼休み以降はもう、全校生徒がその話題でも持ち切りだったし、午後の授業では先生達もそわそわしていた。
ホームルームが終わって、すぐに寄宿舎に飛んで帰って、噂の真偽を確かめようと教室を出たところで、廊下の先につかつかと大股で歩く鬼胡桃会長が見えた。
僕は急いで会長に駆け寄る。
「鬼胡桃会長、一体、どうしたんですか?」
並んで歩いて会長に訊いた。
「さあ、私にも分からないの。今からそれを確かめに行くところよ」
会長はそう言って、最上階の生徒会室への階段を、二段抜かしで上っていく。
成り行きで僕も鬼胡桃会長の後について階段を上がった。
今、会長が制服の代わりに着るボルドーのワンピースは、業火の如く燃え上がっている。
生徒会室のドアを開けると、会長の椅子に座った副会長が、待ち構えていた。
三年男子の確か、
中肉中背で髪を七三分けにしていて、いかにも秀才という雰囲気の人だ。
「どういうことなの!」
鬼胡桃会長が机に手を突いて迫る。
「どうしたんですか? 鬼胡桃さん、落ち着いてください」
青足副会長は平静を装っていたけど、声が少し震えていた。
副会長の後ろには二人の書記の二年生女子が控えていて、その二人も震えている。
「私が解任されたという噂が流れているけれど、いったい、どういうこと?」
「それは、会長自身がよく分かってるんじゃないですか? ああ、あなたはもう会長ではありませんでしたね」
まだ震えが止まらない声で、副会長が続けた。
「生徒会規約に従って、生徒会役員により、あなたを解任しました。あなたの行いに著しい不正を確認したので、止むを得ずこの処置に至ったのです」
副会長が言って、後ろに控えた二人が頷く。
「私が何をしたっていうの?」
鬼胡桃会長がさらに迫った。
「自分の胸に手を当てて考えてください」
「分からないわ」
会長は即答する。言葉が被るくらいに。
「では、言いましょう。あなたは生徒会の備品を着服しました。生徒会が購入したパソコンやカメラなどの備品を盗んで、自分の懐に入れたのです」
「私がそんなこと、するわけないでしょう!」
鬼胡桃会長が大きな声を出すと、副会長は一瞬びっくっと竦み上がる。
会長を解任して、その椅子に座っても、長らく会長に仕えていたときに刻まれた感覚は、すぐには直らないんだろう。
「匿名の投書がありました。証拠もあるんですよ」
「だから、私は知らないってば!」
会長が睨み付けた。
「そっ、それなら、寄宿舎の会長の部屋を見せてください。そこに盗み取った機器を隠しているのは分かっているんですよ!」
「そんなのあるわけないじゃない。いいわ、望むところよ。私の部屋を気の済むまで調べたらいいわ。その代わり、もし何も出なかったら、その時はあなた、どうなるか分かっているのでしょうね?」
鬼胡桃会長に言われて、青足副会長は、「びぇ」と、体のどの器官から出たのか分からない音を出した。
校舎裏、林の中の獣道を通って寄宿舎へ。
寄宿舎には僕と鬼胡桃会長を除いた寄宿生と、主夫部の全員が揃っていた。
縦走先輩も部活を抜けて来ている。
みんな鬼胡桃会長のことが気になって、放課後すぐに寄宿舎に集まったんだろう。
副会長以下、書記の二人が寄宿舎に踏み込んできた。
もちろん靴を脱いで上がったのに、土足で踏み込まれたような気分だ。
集まった寄宿生と主夫部が無言の圧力になっているのか、生徒会の三人は居心地が悪そうだった。
皆、ウエルカムではないし、特に弩など、今にも副会長に飛びかからんばかりの雰囲気を出している。
「それじゃあ、見せてもらいます」
二階へ上がった生徒会の三人は、六部屋ある鬼胡桃会長の部屋を、201号室から順に見ていった。
「どれだけ調べてもいいわよ。あるはずないのだから」
会長が言った(鬼胡桃会長は解任されたというけど、僕の中ではまだ会長だから、会長と呼ぶ)。
会長がリビングとして使っている201号室で、生徒会の三人は、ソファーの下や、テレビ台の中、チェストの引き出しも開けて中を見る。
寝室として使っている隣の202号室では、ベッドのシーツをはがしたり、マットをどかしたりして、その下も見た。
203号室の書斎、204号室の会議室を執拗に調べても、おかしな物は何も見つからない。
205号室の衣装部屋では、書記の女子生徒が下着のタンスまで開けた。
でも、当然、入っているのは下着だけだ。
「ほらみなさい。その、匿名の投書を出した無礼な人物を捜したほうがいいんじゃないの?」
余裕の会長が言う。
最後の206号室。
鬼胡桃会長が倉庫として使っている部屋は、段ボール箱やプラスチックの収納ボックスが積み重ねてあって、さらに、使わない季節家電などが仕舞ってある。
「ありました!」
書記の一人が声を上げた。
それは何も見つからなくて焦っていた書記の、歓声にも聞こえる。
未開封の箱に入ったノートパソコンが三台。
一眼レフカメラが二台。
レンズが四本。
ビデオカメラが一台。
それらが固まって、レジャーシートの下に置いてあった。
レジャーシートを被せて、下に隠してあったとも言える状態だった。
「知らないわ、こんなもの」
箱を確認して、鬼胡桃会長が言う。こんな物は初めて見たと。
「知らないと言われても、こうして現物が出ているのです。あなたの部屋から。もう、言い逃れは出来ませんよ」
「だから、知らないったら!」
会長の言葉に、副会長は大げさに肩を竦めて見せた。
「このパソコンとカメラは回収します。当然、これは生徒会費で買った我々生徒の物なので」
副会長が言って顎で指図すると、書記の二人がパソコンやカメラの箱を廊下に運び出す。
「鬼胡桃会長の今までの功績に免じて、このことを大騒ぎするつもりはありません。こうして備品は無傷のまま回収出来ましたし、学校内のことですので、司直の手に委ねることもありません。ですが、当然の処置として、生徒会長の任は解かせて頂きます」
「だから、知らないったら……」
会長が力なく言う。呆然としている。
もちろん、こんな鬼胡桃会長を見るのは初めてだ。
「ああ、それと、明日から学校にそのボルドーのワンピースを着てくるのはやめてください。あなたはもう、一般の生徒なんですから。特別な制服を着る権利はありません。悪しからず」
ここで初めて震えが止まった青足副会長が、鬼胡桃会長に対して勝ち誇ったように言った。
「いくらなんでも、失礼だろう!」
事態を後ろから見守っていた母木先輩が言って、生徒会の三人は逃げるように寄宿舎を去る。
会長のワンピース姿は、もう見られないのだろうか。
僕は、普通のセーラー服を着る会長が、どうしても想像できない。
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