第25話 最後の朝帰り
「おはよう、ふっきー」
いつものように朝帰りしてきた古品さんに、僕が声をかけた。
「おはよう」
眠そうな目の古品さんが、そう言って大あくびをする。
「ふっきーさん、朝ご飯、食べますか?」
御厨が訊いた。
食堂には寄宿生と主夫部の全員が揃っていて、朝食を食べている。
ヨハンナ先生もテーブルについて、納豆をかき混ぜていた。
「朝ご飯は要らないから。シャワー浴びて、お昼まで寝る」
古品さんはそう言って、風呂場へ向かう。
「ふっきー、気をつけて」
眠そうな目の古品さんがテーブルにぶつかりそうになるから、錦織が注意した。
古品さんは「あぶない、あぶない」と頭を掻きながら食堂を出る。
風呂場に行ってしばらくして、
「ちょっと、みんな! なんで知ってるの!」
古品さんが半裸のまま、風呂場から戻って来た。
セーラー服の上を脱いで、スカートのチャックを下ろして、半分脱ぎかけてたところで、気付いたらしい。
僕達が古品さんを「ふっきー」と呼んでいることに。
眠気が一気に吹っ飛んだみたいで、古品さんの目は、僕と錦織が昨日、ライブハウスで見たときのように、大きく見開かれていた。
「ふっきー」とは、アイドルグループにおける古品さんの愛称だ。
古品さんは、アイドルグループ「ぱあてぃめいく」に
「ふっきー落ち着いて、とりあえず服を着てください」
僕は言った。
目のやり場に困るし。
仮にも、古品さんはアイドルなのだし。
「どうして知ってるの? どこまで知ってるの?」
古品さんが僕達に詰め寄ってきた。
半裸のまま。
「すべてを知っている。僕達、主夫部の諜報能力を馬鹿にしてもらっては困る。妻のことは、どこまでも知ってる」
腕組みの母木先輩がすべてお見通しだ、という顔をする。
本当は昨日、古品さんのライブを見たあと、ネットで古品さんのアイドルグループ「ぱあてぃめいく」のことを調べまくった。
ブログやSNS、動画サイトに上がっている動画も見まくった。
某掲示板に立っていた「ぱあてぃめいく」の過去スレッドも全部読んだ(過疎っていて、書き込みはあまり多くなかったけど)。
「ぱあてぃめいく」は古品さんのふっきーと、な~な(
今までにインディーズで三枚のシングルと、一枚のオリジナルアルバム「銀河途中下車の旅(地球編)」を出している。
今までテレビやラジオの出演歴はないけど、な~なの家に昔、ローカル番組のレポーターが来て、テレビに映ったことがある。
今現在は、週末ごとのライブや、イベント参加が主な活動だ。
(余談だけど、古品さんはブログや、SNSに大好物は苺とプリンと書いている。でも、僕が知る限り、古品さんの好物は
「ばれたならしようがない、そうだよ、私が『ぱあてぃめいく』のふっきーだよ!」
古品さんが自棄になって開き直った。
人差し指を顔の前に出して、反対の手を腰に当てる「ふっきー」の決めポーズをする。
動画サイトで見たやつだ。
「今まで朝帰りとかしてたのは、この活動のためですか?」
錦織が訊いた。
「まあね、ライブとか、レッスンとかで遅くなると終電なくなっちゃうから、メンバーの家に泊めてもらったりしてた。それで朝帰りになっちゃった」
古品さんが答える。
「あの金髪の人は誰ですか?」
僕が訊いた。
昨日、古品さんを車に乗せてライブハウスまで送った、チャラい金髪だ。
「あの人は一応、マネージャー。でも、私達みたいな地下アイドル何組ものマネージャーを兼任してるから、あんまり会えないけど。たまに送り迎えしてくれる人で、悪い人じゃない」
「親とか家族は古品さんがアイドルやってること知ってるんですか?」
御厨が訊く。
「知らない。ってゆうか、反対されてて認めてくれないから、内緒でやってるの。実はこの寄宿舎に入ったのも、そのためだから。家にいると、ライブとかレッスンで遅くなると、すぐにバレちゃう。でもここにいれば、自由に抜け出せるし、遅くなっても平気だし、朝帰りだって……」
古品さんはこの寄宿舎の監視が緩いのをいいことに、上手く利用していたのか。
「自由に抜け出せるわけでありません。ここにもちゃんと午後八時という門限があります!」
鬼胡桃会長が強く主張した。
けれど、それを厳しく見張る管理人はいない。
寄宿舎にあった他の数々の規則と共に、もはや死文化していた。
「水臭いな、僕達は君の夫だぞ。最初から言ってくれれば、こちらも対応できた」
母木先輩が言う。
「堂々と人に言えるほど売れてないし。ってゆうか、まったく売れてないから……」
古品さんの語尾が消えそうになる。
古品さんの「ぱあてぃめいく」というアイドルグループ。
曲はいい感じだったし、なんといっても、ライブがすごく楽しかった。
昨日ライブを最後まで見たけど、一緒に見ていた錦織なんて、最後のほうはノリノリだった。他のファンの見よう見まねで、コールとかもしていた。
ファンは少なかったけど、その少ないファンは熱心で、心から応援していた。
三人に熱い声援を送っていた。
偉そうなことを言うようだけど、もう少し売れていいと思う。
「この件に関して、僕達が君にするのは、ただ一つの質問だけだ」
母木先輩が言って、人差し指を天に向かって突き立てた。
「君は本当にアイドルをやりたいのか?」
真剣な顔で先輩が訊く。
「もちろん、やりたい」
古品さんが迷いなく言った。
いつもの眠い目の古品さんではなく、凛々しい目の古品さんだ。
「なら話は簡単だ。僕達は全力で君の夢をサポートする。それが主夫部だ」
先輩が言って、僕達、主夫部の全員が頷く。
異論は、微塵もない。
「なに勝手な事を言っているのかしら? 学校に無許可の芸能活動は校則違反です。生徒会長として、認めるわけにはいきません!」
鬼胡桃会長が椅子から立ち上がった。
「古品がいなくなったら寄宿生も一人減るぞ。寄宿舎が廃止される可能性も、また高くなる」
すかさず母木先輩が言う。
「彼女は古木杏として活動する。我が校の古品杏奈ではない、あくまでも古木杏としてだ。それに、学校の品位を貶めるような活動はしない。そうだろう? 古品」
先輩が言って、古品さんが頷いた。
寄宿舎の存亡を引き合いに出されては、会長も折れるしかなかない。
「但し、条件がある」
母木先輩が古品さんに向き直った。
「これからは朝帰りは無しだ。そしてずる休みも無しで、ちゃんと授業には出ること。このままではまた留年するぞ」
先輩が言う。
「それは無理。ライブは大体夜だし、他の二人はちゃんと学校行ってるから、ダンスの練習とかリハーサルは放課後になるし」
古品さんが首を振った。
「練習はここでやれ」
先輩が首でこの建物を示す。
「えっ?」
「この寄宿舎にはまだ空き部屋がある。それにここは林の中で、音を出しても周りから苦情は来ない。ここなら食事も、汗を流す風呂も揃っている。疲れて休むベッドもある。そして、主夫部がいる」
「でも……」
「それにライブで遅くなる日は、ヨハンナ先生が車で送迎する。大切な教え子だ、夜道を歩かせるような事はしない。先生も協力してくれる。そうですよね、先生?」
母木先輩が、納豆をかき混ぜているヨハンナ先生に話を振った。
「お、おう……」
先生から、力ない声が返る。
鬼胡桃会長はそれにも不満みたいだったけど、口にしなかった。
口にしても寄宿舎の存続の件を持ち出されたら、すぐに論破されるからだろう。
「ありがとう」
僕達一人一人を見て、古品さんが言った。
古品さんの目が、少し潤んでいる。
「妻から言われる『ありがとう』が、僕達、主夫部の行動の原動力になる」
母木先輩が言った。
なんか、カッコイイ。
僕もいつかこんな台詞を言えるようになりたい。
「古品さん、昨日着てた衣装貸してください。ライブ見ながら気になってたんです。使い込まれて擦り切れたり、よれよれになってるから、僕、直します」
錦織が言う。
そっちは錦織の専門分野だ。
「それと、いつか新しい衣装も作らせてください。僕作りたいです」
錦織の言葉に古品さんが「助かる」と微笑んだ。
「それはそれとして古品さん、そろそろ服を着てください」
僕は言った。
「えっ?」
風呂場から慌てて出て来て、半裸のままの古品さん。
さっきから僕はずっと、目のやり場に困り続けている。
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