第20話 活動方針


「それでは主夫部の今後の活動方針について、会議を始めたいと思う」


 放課後の文化部部室棟、主夫部部室では会議が開かれている。

 司会進行は母木先輩が買って出てくれた。

 母木先輩、僕、錦織、御厨、弩と、部員も全員揃っている。

 会議用のホワイトボートと長机は、部員が少なくなって持て余していたバードカービング部から借りて来て、部屋の中央に配置されていた。


 昨日のごたごたから今日の朝練で忙しかったから、御厨がケーキを焼く暇がなくて、僕達はお茶だけをすする。

 けれど、お茶は静岡の掛川から取り寄せた新茶だ。


「当面の方針として僕達が取り組むのは、寄宿舎『失乙女館』の再建だと思う。寄宿舎を再建すれば、僕達主夫部はその腕を磨き、試す場を得る。そして寄宿生は学園生活に専念できる手厚いケアを得る。まさしく、Win-Winだ」

 母木先輩が言って、部員全員から同意の拍手が起こる。


「再建については、建物自体を直すハード面、そして僕達がそこで行う家事のソフト面、両面からのアプローチが必要になってくると思う」

 母木先輩がホワイトボードに書き込んだ。


「まず、建物の修繕、施設の更新を行うために、修理の必要な箇所、古い施設で使いにくい箇所を洗い出そう」

 あの建物の傷み具合からして、修理箇所は相当ありそうだ。

 使いにくそうな、あの台所もなんとかしなければならない。


「そしてソフト面、家事の面では、まず寄宿生の嗜好や性向を把握しよう。たとえば好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな音楽、読んでいる本、起床時間や就寝時間。快適に感じる風呂の温度、好きな柔軟剤の香り。とにかく寄宿生の全てを把握して、それに合ったケアをするための基礎材料としよう」

 母木先輩の言葉を一字一句逃すまいと、弩がメモを取っている。


「僕達は寄宿生の夫だけれど、本当に恋愛をして結婚し、夫になったわけではないから、彼女達について殆ど何も知らない。その不利な状況を埋めるためにも、徹底的な調査が必要だ」

 弩は頷いているけれど、徹底的な調査となれば自分も徹底的に調べられるのを解っているのだろうか。


「これらはなるべく早く、遅くとも五月末ぐらいまでに終えて、次の段階に進む。どちらも日々の家事と平行して進めよう。当面の方針としては、こんなところでどうだろうか」

 母木先輩が訊く。


「異議なし!」

「異議なし!」

「異議なし!」

「異議なし!」

 部員、全員の声が揃った。


「では、他になにかあるかな?」

 母木先輩が訊くと、弩が「はい!」と手を挙げた。

「なんだ? 弩」

「あのあの、ヨハンナ先生はどうしちゃったんですか?」

 弩が、窓際のソファーを指す。


「弩、あれはヨハンナ先生ではない。ヨハンナ先生だったモノの抜け殻だ」

 母木先輩が答えた。


 主夫部部室の窓際に置かれた、二人掛けのソファー。

 肘掛けに頭を預けて、ヨハンナ先生が寝転がっている。


 先生は目を見開いていて、ぶつぶつと何か呟いていた。

 数分見ていても瞬きしない。

 金色の髪はアホ毛だらけで、パーティーグッズの安いカツラみたいになっている。

 窓からの光が当たってるのもあるけど、真っ白に見えて、精気が抜けたみたいだ。


「あのう、何度も言いますが、昨日から朝練のこととかで本当に忙しくて、ケーキ焼いてる暇がなかったんで、おやつに持ってこられなかったんです。本当にごめんなさい」

 御厨が先生に語りかける。


「もう、私なんてどうでもいいんだわ。もう、私のような人間には、おやつも用意してもらえないんだわ……」

 消えそうな声でヨハンナ先生が言った。

 かろうじて生きてはいるようだ。


「それはそうよね、寄宿舎の若いピチピチしたJKの世話のほうが楽しいものね。私のようなアラサーの高校教師の相手なんて、詰まらないものね。私はもう、一生誰からも相手にされず、このまま年を取って、朽ちていくんだわ」

 先生の思考が負の方向に振り切れている。


「これから寄宿舎の再建を主夫部の目標にするといっても、約束通り先生の部屋にも週に一度、ちゃんと掃除しに行きますから」

 母木先輩がなんとかなだめようとした。


「私は、利用されたんだわ。部活を作るために利用するだけ利用して、捨てられるんだ……ボロ雑巾のように、ゴミ屑のように捨てられるんだわ……」

 先生にが完全にいじけている。


 利用するだけ利用したって、主夫部を作るときにちょっと名前を貸してくれただけじゃないか。



 すると突然、

「よしっ!」

 ヨハンナ先生がソファーからすっくと立ち上がった。

「そういうことならこっちにも考えがあるわ! 見ていなさいよ!」

 ヨハンナ先生は捨て台詞を残すと、部室のドアを乱暴に開けて出て行く。

 カツカツと、廊下に靴の音を響かせた。


 そのとき僕達は、ヨハンナ先生には何も出来ないと、失礼にも先生を見くびっていた。

 完全に見くびっていた。


 だから僕達は、先生を追いかけなかった。

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