喪服の領主
「ってえワケで、なんでもそこの領主は、不死の秘術を完成させたらしいぜ!」
どういう訳でだ。カイトの仕入れてきた話は、相変わらず胡散臭い代物だった。魔術師ならともかく、一介の領主が成し遂げたというのが解せない。不死を手に入れるという奇跡は、金に飽かせて何とかなるものだろうか。
『他人の精気を奪って命を引き延ばしてる魔術師にしても、不死不滅ってわけじゃないしね』
「でもよ姫様、こうやって噂話になるくらいだ。確かな話だろうさ」
噂話というのは最初から話半分に聞くものだろう。とはいえここ数日、俺達は偽の魔導書を掴まされそうになったり、神というのもおこがましい魔物退治をこなしたりはしたが、未だゴウザンゼを満足させられそうな品物を手に入れてはいない。幸いその領主の館はそう遠くない。追い返されずに済むのなら、話だけでも聞いてみて損はない。
昼下がりには件の領地に辿り着けた。館は壮麗だが、どこか陰鬱な空気に包まれていた。出迎えた使用人に主人との面会を求めると、
「たった今お嬢様が亡くなられましたので、明日に改めて欲しいと申しております」
との返答を得た。開いた扉から垣間見えた領主らしい男は、黒の喪服を着ていた。
どこか違和感を覚える。何故娘が亡くなったばかりだというのに、既に喪服を着ているのか。
「奥方を亡くしたばかりとかじゃねえか? 流行り病で家族が続けて倒れるなんて、珍しくもない話だろ?」
だが流れ者の俺達は、領主にとって、どうしても外せない重要な面談相手でもない。娘の死んだ翌日――恐らく葬儀の日――に面会を許すものだろうか。
「追い返されなかっただけで良しとしようや。明日になりゃあ会うって言ってるんだ。な、兄貴!」
宿を取り、下の酒場ですでに出来上がっているカイトは、何の疑問も抱いていない。俺は翌日の面会のその時まで、釈然としない物を抱え込むこととなった。
翌朝、俺達は早めに領主の館に向かった。やはりどこか奇妙だ。葬儀を執り行う準備がされているようには見えない。応接室で待たされている間、扉を薄く開けて覗き込む者がいた。まだ幼い少女だ。着ているものから推すに、領主の娘だろう。見慣れぬ旅姿や、俺の右腕が珍しいのか。目が合うと扉を閉めるが、はにかみながらも何度も覗き込み、立ち去る様子がない。
「姉ちゃんか妹かは知らないが、死んだ娘の葬儀の準備で、誰にも構って貰えないんじゃねえのか? ちょっと俺が相手してやるか」
カイトは少女の後を追うように部屋を出た。ほどなく窓の外に、少女に手を引かれるカイトの姿が見えた。庭の花壇へと曳かれて行くらしい。
『カイトのほうが少しの間待つのも、我慢できないだけじゃないの』
ほどなく喪服に身を包み、焦燥した表情の男が部屋の扉を開け現れた。窓の外の娘とカイトに目に留めた後、俺に向かって問い掛けた。
「鋼殻騎士団の方というのは、貴方の方ですね?」
領主は頷く俺にどこか縋るような眼差しを向ける。茶の用意を整えた使用人の退出を待ち、俺の向かいに腰を下ろした。
「鋼殻の騎士はその身に神を宿し、ただ純粋な強さを求め鍛錬を積むと聞き及びます。それは、神をも殺せる力でしょうか?」
唐突だが真剣な問いだ。
意図が見えないことに躊躇しつつも、俺は慎重に言葉を選び答えを返す。
鋼殻の騎士はその身に宿す雛神様の為に剣を取る。
主を神の座に据えるためなら、例え他の神を相手取ることになろうとも臆することはない。
身体の奥で雛神様が胸を張る気配がした。
『当然じゃない。良い心掛けよ、アイン』
求める答えを得られたのか。思いつめた表情の領主は、奇妙な話を始めた。
「昨年私は妻を亡くしました。もともと体の弱い女でしたが、一人娘のタニアも、後を追うように同じ病で臥せってしまったのです。主治医の見立てでは、とても成人まで生きられないだろうと……」
時折窓の外の娘に、愛おし気にも、憐れむようにも見える眼差しを向ける。
……いま、一人娘と言ったか?
「手を尽くし、都の医者にも診せましたが、結果はどれも同じで。注意を怠らず養生させるとともに、秘薬や霊薬、少しでも娘の為になりそうなものは片っ端から取り寄せ、分からぬなりに魔術にも手を出しました」
生薬の類は、医者とは違う知識を持つ、魔女や魔術師が扱う物の方が優れている場合もあるが、結局は患者との相性次第の面が否めない。領主も随分怪しい薬を掴まされたという。
「三日前のことです。黒衣を身にまとった、旅の男が訪ねて来たのは。ずいぶん端正な顔立ちの男だったのを覚えています」
俺の脳内に、神壊学府の男が浮かんだ。唐突に出た神殺しの話といい、ゴウザンゼの事だろうか。
「男が教えてくれたのは、生死を司る、塵を踏むものの呼び出し方でした。何故私にこんなことを教えるのか問い質すと、男は『実験だよ。確実な方法とは言えないから、試すも試さないも貴方次第だ。結果だけ知ることができればいい』と答えました。考えに考えた末、私はそれを試すことにしました」
その結果、塵を踏むものクァチル・ウタウスは確かに姿を現わした。どことも知れぬ空の果てから、灰色の光柱に導かれ降り立ったそれは、干乾びた子供の木乃伊のような姿をしていたそうだ。前に突き出されたまま硬直した腕でタニアに触れると、再び光柱を昇り、空の彼方へ去ったという。
「最初の一日は何事もありませんでした。無事奇跡を授かったものと喜んだ私は、男を持て成し謝礼を申し出ました。男はそれを受け取らず、『経過を見たい』とだけ言い、館に留まりました。二日目の夜半、娘の寝顔を見に行った私は、娘が息をしていないのに気が付いたのです」
取り乱し、激しく罵り詰め寄る領主に対し、黒衣の男は冷淡に「経過を見よう」とだけ口にしたそうだ。翌朝、何事もなかったかのように起き出したタニアを前に、何かを考え込む様子だったが、旅支度を整えると、領主にこう言ったそうだ。
『今回の塵を踏むものの加護は、一日ごとに時を巻き戻すものだが、同期が上手く働いていないらしい。一日ごとに生の時間が半減してしまう。今日の娘の生は昼まで、明日は朝のうちだけとなるだろう』
話が違うと詰め寄る領主に、「試すも試さないも貴方次第だと忠告したはずだ」と突き放した黒衣の男は、薄く笑ってこう付け足したそうだ。
『どれだけ半減しようと、決して零にはならない。貴方の娘は永遠の生を賜った。神の加護とはそういう物だ』
「娘はじきに、目覚めた刹那死を迎える生を続けることになるでしょう。私が死んだ後も、永遠に。塵を踏むものの加護を――呪いを断ち切る力を、貴方はお持ちではないでしょうか?」
絶望し切った表情を浮かべる領主に、俺は返す言葉を見付けることができなかった。窓の外には、突然倒れた娘を抱え、大声で人を呼ぶカイトの姿があった。
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