ゴールデンウィーク 合宿 初日 夜 ビーチにて
俺たちは、宿に向けて歩いていた道から右にそれた道を歩いている。両脇には民家が並び、街灯が申し訳なさそうにともっていた。
俺は黙って大島さんについていく。波の音が聞こえ、潮の香りが強くなっている気がした。また海に戻っているのだろうか? 元来た道に帰れるのか少し不安になってきた。
不安を抱えながら歩いていた俺の心中を察したのか、先を歩いていた大島さんが振り返る。
「スマホで地図を確認しているから、迷う心配はないよ」
左手に持った自分のスマホを俺に見せ、楽しそうに笑った。
「なら、問題ないね」
俺の答えに納得したのか、大島さんは前に向き直り歩みを進めていく。
俺は先ほどの花火のゴミとライターをまとめたバケツを片手に、胸に不安と疑問を抱えながら大島さんの後をついていく。潮風がやけに冷たく感じられた。
声をかけられたときは動揺してここまできてしまったが、大島さんがどこに向かっているのかわからない。そもそも勝手に抜け出してきてよかったのか? サークルの誰かに一声かけたほうがよかったんじゃないのか? 今から夏輝にメールだけでもしておくか? そもそも、俺は何で呼ばれたんだ?
疑問が頭の中をループする。今の現状が理解できない。何がどうなっているのかわからない。この後どうなるか予想すら出来ない。
いや、一つだけ。一つだけ俺は今この状況について予想できることがった。
だがその予想は、はっきり言ってかなり俺の主観的願望に基づいたものであり、自分の都合によすぎるものでしかない。
だが。だがもし。もし俺の予想が正しかったとするなら……。
大島さんは、道の角を右に曲る。俺もその後に続く。気がつけば、俺たちは海岸沿いまで歩いてきていた。先ほどまで『エル』のメンバーと花火をしていた場所から、そう離れていないとは思う。
だが今は、光がない。
大勢で花火をしていた時の光と喧騒はなく、あるのは空と海の境界線が溶け合った深遠の闇。そして聞こえるのは、寄せては返す波の音だけだ。
角を曲がった先の街灯下で大島さんは立ち止まり、俺に向かい合った。
俺はゆっくりと、大島さんに近づいていく。
接触不良を起こしているのか、点滅している街灯が大島さんを照らした。照らされた大島さんはうつむいており、その表情を俺はうかがい知ることができない。
そんな中、大島さんは左手を後ろに回し、まるで隠していた何かを打ち明けるようにしゃべり始めた。
「ねぇ、中嶋くん」
ただ自分の名前が呼ばれただけなのに、俺の心臓は過剰反応する。だが、俺には自分の心臓を責める気にはなれなかったし、その余裕もなかった。
これは……。
これは……!
これが、俺の予想通りだったとするなら……?
これが、俺の大学に入学する目的となった理由と合致するのなら……!
「な、何?」
緊張して、自分の声が上ずっているのがわかった。それと同時に、自分の中でもある期待がどんどん膨らんでいく。体が、特に顔が熱くなり、手が汗で少し湿る。先ほどまで冷たいと感じていた風も、今の俺の熱を冷ますことはできない。
俺の返事に反応して、大島さんは顔を上げた。後ろに回していた左手を自分の胸の前まで持ってくる。今まで隠していたものを打ち明ける決心をした動作に見えた。隠していた何かを押しつぶしてしまうようにシャツに手を押し付け、そして大島さんは言った。
……俺への、告白を。
「線香花火、しよ?」
線香花火だった。
……。
……。
……。
……いや、申し訳ない。わかる。わかるのだ。
お前散々盛り上げた癖に、全く見当違いじゃないかと。
こんな可愛い子から告白されると思うなんて、自惚れんなと。
痛い奴過ぎるだろお前と。全部わかる。
全て理解している! 俺への誹謗中傷、全て受けよう!
だが、だがしかし待って欲しい。
一番ダメージ受けているのは他の誰でもない、この俺! 俺なんだよ!
何が『……俺への、告白を。』だよ。絶対今俺ドヤ顔してたよ。キリッてしてたよ。
ああしてましたよ! してましたともよ!
叫びたい。今すぐ叫びたい! 心のそこから叫びたい! 喉が裂けて血が出るほど叫びたい!
叫ぶ言葉は何でもいい。人間が理解できない人語でもかまわない! とにかく叫び続けたい。だが、叫ぶ第一声はこうだ!
……何で、線香花火なんだよ!
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