第49話 船での運搬

また、時を同じくして、孔雪梅は今治の船主達との契約処理に忙殺されていた。

今治というのは、愛媛県にある歴史的な造船の街である。船主と言っても、引退しており、息子は地元を離れて遊んでいる船も多い。一家の財産である船ではあるから、そう簡単には処分できないし、処分しようとしても、買い手が今時そう簡単にはつかない。


そういった、使用用途の無い船を、事実上長期間担保に取り、まとまった金を貸し出す、という、言わば質契約を個人個人と結んでいた。


自分が100%死んでいる時まで返済期間が来ないという点が受けた。

たとえ返済できかかったとしても、自分が生きている間は面目が保てる。それに、法外に気前のいい金を融通してくれた。


孔雪梅としても、実際、個別に買い集めるより、こういったやり方のほうが、噂を読んで、皆が進んで貸してくれると見ていた。


どうせもうじき、この国は日本では無くなるのだ・・・・とも少しは思っていたが、日本の法律に則った形式で、きちんと一つづつ契約書を作成していった。


資金は、トリイサンの個人資産を荒波に決済させて回した。


孔雪梅の接客態度も評価されて、今治の個人が持つ船の大半は、孔雪梅の手中に収まった。


そして、ある朝、船が一晩で消えた事が今治で話題になった。全部で300隻はあったであろうから、さすがに目立った。そして孔雪梅も一緒に消えていた。


さながら海賊船団の趣がある、大小バラバラな船達を孔雪梅は陣頭指揮しながら、2日かけてなんとか平壌にたどり着いた。


首尾よく、質の良い難民と、それ意外に仕分けがされていた。勿論、金玉男きんたまおの仕事である。身なりは貧しいが、顔つきは確かに聡明で、ある種希望すら感じさせるような眼差しの人が多かった。年齢層も10代、20代が多く、働き盛りという感じだ。


スムーズに、船に全員が乗り込んだ。かなりの密度となったが仕方ない。難民が乗る船だから、ある程度は演出も含め、こういうものだろう。総勢1万人を超える船団は再び四国へ向かった。だが行き先は今治では無く、高知港である。


1万を乗せた船は、海上自衛隊も手が出せなかった。何しろ、こういう事態に備えて、法整備を進めるべきだったにも関わらず、北朝鮮有事の際のオペレーションは決まっていない。よって、ただただ監視するしかできないのだ。


孔雪梅にとっては、むしろ万が一海が荒れて、危険になった時を考えると、海上自衛隊の監視がある事は有りがたかった。まるで、駅伝選手が警察の警備を受けながら伸び伸びと箱根の山を駆け上がるような高揚感さえ感じた。


3日目の朝日が太平洋に煌めく頃、ようやく高知港が見えてきた。天候に恵まれて、特に危険な目に遭う事無く、無事に1万人の難民を引き連れる事に成功した孔雪梅は、ちょっとだけ嬉しくなり泣いた。


ふと、後方を見ると、巨大なタンカー、いやタンカーではなく、豪華客船が向かって来る。朝の優しい太陽の光につつまれて、幻想的な空間が演出されていた。


孔雪梅の船団は、先頭からどんどんと、高知港に上陸していく中、猛スピードで客船は追いついてきた。高知港に同じく上陸するようだ。近づいた船を見ると、甲板にはピースボートと書かれてある。有名な世界一周旅行をアレンジする、平和と左翼思想を愛する人達が企画する巨大客船だ。だが、異様なのは、信じられないぐらいに、まるで通勤ラッシュの電車のごとく押し込められた人が乗っている事だった。


龍様、やりましたね!それも理想的なタイミング!


孔雪梅はピースボートに向かって手を振った。




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