解答編
第76話 山田太郎殺人事件 29
◆
山田太郎が犯人。
その推理は誰もが思っているだろう。
全身を隠した人物。手足すら見せない。会話はタッチパッド。なにより顔にはラバーマスク。
加えて、必ず事件の被害者の横にはラバーマスクがあった。
更に、無罪を証明する、と言いながら懲罰房から抜け出して、行方をくらませている。
誰だって怪しいと思うし、犯人と思うだろう。
正直、私だって思っている。
というか断言しよう。
この事件の犯人は――山田太郎である。
つまり、山田太郎殺人事件というわけだ。
山田太郎が起こした殺人事件という意味合いで。
そのことについては間違いはない。
でも、その先はまだ断定できない。
先?
その先とは何か?
――仮に先程の思考を口に出していたら、そう疑問に思う人もいるだろう。
それは至極当たり前のことなのだ。
私が断定したのは、あくまで山田太郎が犯人だということのみ。
そこから先はまだ推理の段階で、確証は持てていない。
その先も、ある程度推理は出来ている。
……でも、何かが引っ掛かる。
私の中で何かが引っ掛かり、その結論を良しとしていない。
まだ見落としがないか。
何か勘違いをしていないのか。
先程から思考しているが、辿り着いていない。
……まあ、分からないなら、議論をして求めてみよう。
もしかしたらその途中で唐突に閃くかもしれないし、疑問の答えを彼女の方が持っているかもしれないし。
だから誘導することにした。
今回誘導するのはポンコツ刑事ではない。
かといって老警部ではない。
それよりも適任がいる。
そう。
途中まで同じ結論に至ったであろう、女子高生探偵に。
私は右手と左手に気持ちと共に力を入れる。
行うのは勿論、兄への伝言だ。
まずは彼女にこう訊こう。
『ミワニキイテ』
「うん」
兄は私にだけしか聞こえないような音声で返事をして、私からの合図を待っているのだろう、じっとしている。
そんな兄に私はこうメッセージを伝えた。
『ミワワ ドノヤマダダトオモウ』
ミワは、どの山田だと思う。
意味不明な質問に思えるだろう。
だが、彼女ならば気が付いてくれるはずだ。
「ねえねえミワおねーさん」
「ん? 何だい、少年?」
「ミワおねーさんは、どの山田さんだと思うの?」
「っ!」
ミワの笑顔が強張る。だがすぐに、ふっ、と短く息を吐くと、
「……最年少探偵は伊達じゃないねえ。そこに気が付くとは」
「ど、どういうことですか?」
「サエグサっち。この事件の犯人は山田太郎さんだよ。それは間違いがない」
「えっと……そうなのですか?」
「ちょっと前までサエグサっちも言ってたじゃん」
ミワは少し苦笑すると、彼女に問い掛ける。
「サエグサっち。山田太郎さんって、どう認識している?」
「え? どう認識している、とは?」
「んー、じゃあ、私と山田太郎さんって、どうやって判別している?」
「それは見た目に決まっているじゃないですか」
「具体的には?」
「それは……山田さんは黒のスーツを着たラバーマスクの人で」
「そう。そこだよ」
ミワが指を鳴らす。
「私達はみんな、山田太郎を『黒のスーツを着たラバーマスクの人』と認識していたんだ。つまり裏を返せば――黒のスーツを着てラバーマスクを付ければ、山田太郎になるんだ」
その通り。
山田太郎。
確かにそういう人物がいるのかもしれない。
だが、私達の中では、黒のスーツを着たラバーマスク――更に補足すればタッチパッドで会話する、一言も喋らない中肉中背の人間というのが、山田太郎になっていた。
山田太郎は「記号の一つ」に成り果てたのだ。
だから私は言った。
この事件の犯人は山田太郎という記号を利用して、犯行を行った。
つまり――山田太郎が犯人、ということになる。
さて、そこで問題だ。
山田太郎とは記号だ。
だけど、そこに存在している人間でもある。
であれば――
「誰がラバーマスクをつけていたのか。――少年探偵はそう問うたんだよ」
その通りだ、ミワ。
私の意図が伝わってくれたか。
あの中に入っていた人物が誰か。
そう。
誰が山田としていたのか。
入っていた人物、すなわち、犯人となる。
そう考えればおのずと犯人は見えてきて、目的や方法も、そこから思考すればいい。
最初のとっかかりは山田の容姿でいいだろう。
中肉中背。
この島には結構いた。身長もみんな同じくらいで、多少の差なら気にならなかっただろう。それに幅は多少詰めれば合わせられるが、逆はキツイし――
――そう思考した瞬間。
私の中で全てが繋がった。
先程まで感じていた引っ掛かりすら分かった。
……そういうことか。
「……そういうことか」
私の心の中の同じ言葉を同じタイミングで、ミワが口にした。
ミワも気が付いたのか。
本当に?
私と同じことに気が付いたのだろうか?
手前か奥か。
どちらに気が付いたのか。
『ドウシタノカキイテ』
「ミワおねーちゃんどうしたの?」
「……少年。あたし犯人分かったよ」
ミワは真剣な顔でそう告げると、食堂の人間が一斉に「犯人は誰なんだ?」と彼女に問い掛ける。
ミワは一つ頷いて、全員に向かって答える。
「山田さんの中に入っている人が犯人だって言ったよね? だから、誰なら入れるかって考えたんだ。まずは体系的に入れる人から、ってね」
お、私と同じ思考。
これならば期待が持てる。
「で、入れる人は四人。イチノセさん、シバさん、ゴミさん、ヤクモさん。ロクジョウさんは肩幅広すぎるし、ニイさんは腹部が合っていないから無理だね。女性陣は身長が足りない」
「ということは……」
視線が一斉にヤクモに向く。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 俺は犯人じゃないですよ!」
「そうかもしれませんね。ただ、この中にいる中で山田太郎に慣れるのはヤクモさんだけなのは事実です」
ですが、と何か言おうと口を開いたヤクモを止める形で、彼女は続ける。
「とある人物が山田太郎の中にいたと考えると、最初の方の謎がたくさん解けるんですよ」
「最初の方の謎、ですか?」
「そうですよ、ヤクモさん。あ、勿論、とある人物とはヤクモさんじゃないですよ」
その言葉に少し安堵の表情になるヤクモ。ミワはにっこりとほほ笑んだ後「はいはいはーい」と両手を上げて、
「突然ですかクイズ! 鏡についてです!」
「……本当に唐突ですね」
「まあまあ刑事さん。とりあえず聞いてくださいよ」
ミワは、あっはー、と笑って手を叩く。
「鏡って像を反射するじゃないですか。じゃあ鏡を立てて、水平方向に斜め四五度に置いたらどうなりますか? はい、サエグサっち!」
「あ、はい! えっと……ちょうど真横の絵が映る、ですよね?」
「正解。じゃあ鏡を垂直に張り合わせて、ちょうど左右共に斜め四十五度に置いたらどうなる?」
「それはどちらも真横の絵になる、ってことですよね?」
「じゃあもし鏡の後ろにいたらはどうなる?」
「それは当然、見えないでしょう」
「じゃあ最終問題」
にやり、と笑ってミワは問い掛ける。
「真正面から見た絵と真横の絵が同じだったらどうなる?」
「そうなると真正面から見た時と同じように……って、あ!」
サエグサも気が付いたようだ。
ミワが言いたい事。
そしてその先に繋がること。
「そういうこと」
ミワが再び指を鳴らす。
「さっきの話、同じことをクローゼットの下段でやったらどうなるかなあ?」
そう。
だからあの跡地にも、鏡が大量に合ったのだ。
そういうトリックを使って――死んだように見せかけたのだから。
「そう。つまり最初の事件の真相は――」
その時だった。
ガシャアアアアアアアアアアアアアン
食堂の窓ガラスが、勢いよく割れた。
あまりにも唐突な衝撃に、他の人々は認識が間に合っておらずに硬直してしまった。
だが、私はハッキリと見た。
割れた窓ガラス。
そこから侵入してきた、一人の人物。
ラバーマスクを被った、黒のスーツの男。
山田太郎が、左手にナイフを持って目の前にいた。
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