第70話 山田太郎殺人事件 23

「ニイ、さん……」


 頭上を見上げたまま、ヤクモが呟く。

 いなくなったと思った彼が、天井にて首を吊られていた。

 あまりにも衝撃的な光景だ。

 頭の整理がつかない。

 私も動揺している。

 こんな事態は想定外にも程がある。

 あの梁に吊らせること自体もかなり難しいだろう。

 首を吊っているロープもそんなに長いモノではない。

 なのに、部屋のほぼ中心に吊られている。

 つまり、ニイは誰かに運ばれて、あの地点で吊られた、ということだ。

 かなりの謎だ。

 背負ったり運んだり、しかもニイをっていうところがポイントだが、狭い天井の中であの細い梁を渡るのは不可能に近い。

 そう。

 まるで


 と、そう思考していた――その時だった。



「『――残リ三〇秒デス』」



 見覚えがある声が部屋の中に響き、皆の動きが一瞬で固まる。

 しかし、今回は少し違う。

 その音声の発信源が判ったのだ。

 音声は部屋の隅に合ったとあるモノから鳴っていた。


「……山田さんのタッチパッド?」

 

 近くにいたポンコツ刑事がそれを拾い上げる。何故最初のところで見つからなかったのか、と思ったが、あの時は山田の姿を探していたので、タッチパッドに目が向かなくとも仕方がないとも思う。今はどちらでもいい。

 それより、そこから音声が鳴っているという事実のほうが問題だ。


「ば、馬鹿もん! それを置け!」

「えっ? えっ?」


 老警部の怒声に、ポンコツ刑事は焦りの表情を見せる。

 誰の頭の中にもあったはずだ。

 この音声。

 そして、直後に起きたこと。

 前回はそうでもなかったが、今回はそうとも限らない。

 ただ前回も火は出ている。

 安全ではないのは理解している。

 だから老警部が、真っ先に叫んだ。


「爆弾かもしれない! 逃げろ!」


 老警部が声に、皆は一斉にドアから外へ散る。その際にポンコツ刑事がタッチパッドを放り投げていた気がしたが、もしあれが爆弾だとしたらとんでもないことだ。


 そして扉を閉じ、全員が逃げ出すべくある程度の距離を取った。

 ――その時だった。


 ボン ボン ボン


 三発ほど音がした。

 但し、爆発音というようなレベルではない。

 軽く、何かが弾けたような音。

 そうまるで――


「……?」


 サエグサが告げた言葉に、私はああなるほど納得した。

 先の音は家庭用の打ち上げ花火の音だろう。一度だけ見たことがあるから、結構確信がある。


「なら爆弾じゃないですね! よおし!」

「あ、こら!」


 老警部の制止虚しく、ポンコツ刑事は再び懲罰房に走って行き、そして中に入った。

 そして十数秒後。


「ほら。大丈夫でしたよ」


 消えた花火を複数持って、彼女は懲罰房から出てきた。

 ポンコツ過ぎたが、ここはそのポンコツ具合が運に向いていたのだろう。


「ということで警部! 前みたいにはったりでした!」

「あ、うむ。ご苦労」


 屈しちゃったよ、老警部。

 あまりの無鉄砲さに怒る気を無くしたのだろうか。

 ――花火がダミーで爆弾が本当にあったらどうするのだ。

 そう言いたい気持ちだが、無事であったことを喜びたい、という複雑そうな表情で老警部は彼女を見ていた。

 戻ってきたみんなも、笑うことも出来ずこれまた複雑な表情で見守る。

 そんな中、一人変わらないポンコツは、


「あ、あと警部。気が付いたことがあります」

「何だ?」

「えっとですね、無かったですよ」

「だから何がだ」


 少しイラついてきている老警部をものともせず、彼女は上部を指差して告げる。


 思いもよらない、衝撃的な事実を。




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