第53話 山田太郎殺人事件 06

    ◆





 部屋割りは至って普通だった。

 部屋は全員、幻想館の二階に位置していた。

 各部屋一人に付き一部屋。

 当然、私は母と兄と一緒の部屋だった。

 移動には階段が基本だが、荷物もあったので端の方にあった、数人レベルが定員のエレベータを何回かに分けて利用した。

 部屋の場所については、そのエレベータを出てから右手前からイチノセ、ゴミ、シバ、山田太郎――折り返してミワ、ロクジョウ、私達、空室という順番になっていた。

 つまりはミワの向かいは山田太郎、ロクジョウの向かいはシバ、私達の向かいはゴミ、といった様子だ。この並びに特に意味はないだろう。

 因みに従業員の――具体的にはサエグサの部屋は何処かとミワが訊ねた所、全て一階だという回答が来た。まあ、妥当な所だろう。

 部屋の中については、これといった特徴はない。部屋の内側に開く扉を開けたら意外と広い空間があって、少し入った先にベッドがあって、窓があって、その窓の近くにクローゼットがあって、テレビがあって、部屋の左方にはお風呂がついていて、トイレもあって、といったように至って普通の部屋だ。もっとも、どこかに宿泊したことがないので、あくまで知識の中でしかないのだけれど。

 部屋を探検する必要も無さそうであり、ニイから「この本館内含め、この島について皆様にご案内いたしますので、三〇分後に玄関に集合のほどお願いいたします」と言われたので、のんびりとベビーカーに揺られて過ごす。


 ――訳もなく。


「一緒に探検してくるー」


 私は兄に連れられて――正確には私が兄にお願いをして、この部屋から退出した。母親は「あまり遠く行っちゃ駄目よぉ。気を付けてねぇ」とだけ言って私達を送り出した。放任主義気味なのは変わらず、か。子供の移動範囲では何もできないと思っているのかもしれない。

 まあ、そんな無謀なことはしないが。


「どこへ行くー?」


 兄が問い掛けてくるので、私は指での伝達手段を使って会話をする。


『イチカイ』


 一階。


「一階のどこに行くー?」

『シヨクドウ』


 食堂。

 何故よりにもよって食堂なのか、と疑問が湧くだろう。

 その疑問への答えは簡単に答えられる。

 普通に案内されたら入れ無さそうな所だからだ。


「分かったー」


 兄は何の疑問を持たずに了解してくれる。

 本当に助かる。

 助手としてかなり優秀だ。

 私達はエレベータを使用して一階に降りる。


 と。


「あ、こんにちはー」

「ショタじゃん。やっほー」

「こんにちはーお姉さんたち」


 サエグサとミワが声を掛けてきたので兄が返礼する。私も一応「あうあう」と返事をしてあげるが、当然相手には通じないだろう。

 しかしミワよ。

 初対面の五歳児相手に「ショタ」という単語を使うのはどうかと思う。ショタが正太郎コンプレックスの略だなんて兄が知るはずもないだろう。私が何で知っているかは不明だが。ついでに何で正太郎なのかも知らない。私の知識は変な方に偏っている。


「まあお姉さんだなんてうふふー」


 口元に手を当てて兄の頭を撫で回すミワ。

 おしとやかに見せかけているが、もう既に遅い。本性バレてるぞ。

 それにお姉さんと呼ばれる年齢だろう。

 そうツッコミをしたい気持ちがうずうずしているのだが、いかんせん私は赤ん坊だ。何も出来ません。

 ……ちょっと兄に触りすぎではないですかね? それに兄も気持ちよさそうに目を細めていないで、そろそろ離れないですかね?


「お姉さん達も探検―?」

「んーん。ミワお姉さんがサエグサお姉さんに色々聞いている所よん」

「いろいろー?」

「そう……夜のこともね!」

「ちょっとミワさん!」


 下ネタは止めていただこう。


「夜ってなあに? お化けでも出るのー?」

「やだ……純粋すぎてあたしが穢れている様に思えるわ……」

「実際に穢れていると思いますけどね」

「何をう! あたしは処女だぞ! 生贄に捧げられる存在だぞ!」

「大声でそんなことを言わないでください! は、恥ずかしいです……」


 サエグサが顔を真っ赤にしてミワの口元を抑えに行く。うん。この人、恥ずかしい人だ。

 そして兄は兄で「しょじょってなあにー?」って訊くようなことはせず、


「ねえねえお化け出るのー? そうだったら怖いなー」


 と、前のことに執着していた。うん。知っていて逸らしたならばたいした兄だと思うが、処女という単語よりもお化けの方が気になるのは、普通の五歳児の感性としては納得だろう。


「んー、お化けが出るって話あるの、サエグサっち?」

「この洋館、古めかしく作っておりますが、テーマパークとして作られたので新築なはずですよ。だからいないと思いますが……」

「やっぱそうだよね。ここ無人島っぽかったし、一からミステリー島にするようにしているっぽいからね。っぽいってのはこの島まで全部探検できていないからここまでの状況での推察だけなんだけどね。ま、あとで自分でも見に行くけどね」

「無人島なのは本当だと思いますよ。私もここ数日で色々見ましたが、この島に他の人は見当たりませんでした」

「サエグサっちがここの先住人っていうのではないのね」

「まさか。私は東京の大学に通っている、普通の大学生ですよ」

「え、マジ? じゃあ一八歳ってのもまだ誕生日迎えていないからだったのかぁ。てっきり可愛いからまだ私と同じように女子高生かと思っていました。マジすいません!」

「あ、頭を上げてください! そんなノリ止めてくださいよ!」

「……なんてね」


 ペロリ、と舌を出すミワ。


「あたし四月一日生まれだからこういうの結構あるんだよね。というか、わざとそういうように聞いて年上と仲良くなるってのも何回かやっているしね。ということでフランクに接するよん、サエグサっち」

「……ミワさんは本当にもう」


 サエグサさんは苦笑する。だがその表情は嫌がっている様子でも何でもなく、どこかホッとした様相も映し出している。

 まあ、仲が良いことで。


「あ、でもミワさんは女子高生ならば、二泊三日のこのツアー、参加して大丈夫なんですか? 学校とかは?」

「あー、言わないでほしいけど、ぶっちゃけさぼった」

「え?」

「まあよくあることだから気にしないでね。これでも卒業の目処は立っているし、仮に一週間不在でも問題ないから」

「ど、どうやって……?」

「いやあ、教師の力って凄いよね」


 一体何をやったんだろうか。

 訊くのは止めておこう。

 訊けないけど。


「一応経歴上はあたし、フリーターにしてこのモニターに応募しているから黙っておいてねん、ぼっちゃんもね」

「うんー? 分かったー」


 頭を撫でられながら首を縦に動かす兄。疑問形が混ざっているので理解はしていないだろう。

 その横でサエグサが困惑した表情を浮かべている。


「黙っていることは私もそうしますが……しかし、そうまでしてどうしてこのモニターに参加したのですか?」

「んーとね、面白そうだったから」

「面白そう……ミステリーお好きなんですか?」


「うん。あたしはだからね」


「へ……?」


 サエグサさんが呆ける。


「またまた、冗談はやめてくださいよ、ミワさん」

「ん、これは本当だよ」

「え……?」

「あたしは女子高生探偵。バイトみたいなもんだけどね。色々な事件を解決していたりするのさ。裏でこっそりとね」


 ……本当なのか。

 そう語るミワに嘘をついている様子は全くない。

 女子高生探偵。

 なんか赤ちゃん探偵よりいい響きだ。ずるい。


「ま、自称だと思ってもらっても構わないよ。世間にアピールしているわけではないしね。あ、でもあの刑事さんは知っているかもね。前、別の事件で一緒だったし」

「刑事さん?」

「ああ、あの一番年上のおじいさん。あの人、刑事さんだよ」


 知っていたのか。

 彼がそうだと知っているのは私と兄と母、あとポンコツ刑事だけだと思っていたが、意外な所に繋がりがあったものだ。

 しかしこうなると、彼女が女子高生探偵というのも信憑性が高くなる。


「け、刑事さんって……どうして刑事さんが……?」

「多分プライベートじゃない? そこは知んないよ。まだ会話していないし、それにその事件の時も話し掛けてはいないしね」

「よく覚えていましたね」

「あたしは記憶力がいいんだよ。ま、女子高生探偵ってのも珍しいからあっちも覚えていると思うけどね。でも、もしかしたら一方的に知っているだけかもしれない。そう――」


 と、ミワは屈み込んで、


「――


 兄に視線を合わせた。


「君も探偵みたいなものでしょ? 他の刑事さんから聞いたことがある」


 有名になっているのか。

 兄の助言が事件解決のヒントになっているということが。

 その言葉を受けた兄は見当違いの返答をする。


「たんていー? かっこいいよね!」

「うんうん。かっこいいよね。だから好き」

「僕も僕も」

「いい子ね」


 くしゃくしゃと顔を歪めて、くしゃくしゃと兄の頭を撫でるミワ。


「ふむ。最年少探偵は君に譲ってもいいわ」

「えへへ」


 残念。

 最年少は五歳児ではない。


 この〇歳児だ!


 ……なんて言わないけど。

 言えないけど。

 ベビーカーの中で胸と虚勢を張っていると、ミワが兄から手を離して立ち上がる。


「ん、そういうことさ。ちょっと話逸れちゃったけどさ、つまりあたしは謎の探究者。今回のモニターに面白そうだから参加した。オーケー?」

「分かりました」


 サエグサは首を縦に動かした後、顎に人差し指を当てる。


「でもやっぱり、探偵さんでもこういうモニターって興味あるんですね。ミステリーツアーっていうのですか?」

「んー、合っているようで合っていないねえ、それは」

「え?」

「サエグサっち、このモニターの広告って覚えてる?」

「えっと……私は派遣会社からの募集で来たので、実際の広告は見ていないのですが……」

「あー、そうだったそうだった。んじゃ、軽く説明するよ」


 ミワはコホンと咳を一つ吐き、



「『五年前、燃えさかる洋館で起こった不可能犯罪の真実を暴け――』」



 低い声で告げると、肩をふっと竦めた。


「一言一句合っているよ。モニター募集の広告に、こういうキャッチコピーがあったのさ」

「えっと……このキャッチコピーに何かあるんですか?」

「いやさね、あたしはちょこーっと顔が効くから知っていたんだけどさ。この広告にビビッときたわけよ」


 こめかみに人差し指を当て、口端を上げる。


、ってね」


「同じ事件、ですか……?」


 サエグサの眉が沈む。


「五年前の事件……そのようなものがあったんですか? すみません。私には覚えがないのですが……」

「まあ当たり前だよ。世間一般には報道されていない事件っぽいしね」

「……っぽい?」

「当時はあたしも一二歳だよ。小学生だよ。そんなのに興味があったわけじゃなくて恋に勉強に忙しかった時代よ。あ、嘘ついた。ミステリーに興味あったけど、そんな裏の事情まで把握できる環境にあったわけじゃないわ。捜査資料にあった事件の内の一つで、状況だけが頭の片隅に残っていただけっていう案件なんで、詳細は知らんのよ」


 ハハッと笑い飛ばして自分の頭に手を当てるミワ。


「だから思い過ごしならいいんだけどね」

「ですね。よくある目を引く広告の一つに過ぎないかもしれないですからね」

「うん。でも違うかもね」


 せっかく話を戻したのに、更に揺り戻すような言動をするミワ。


「もしかするとここに来た人、全員がその事件の関係者、とかいうオチもあったり」

「まさかそんなことはないでしょう。現に私とミワさんは関係ないじゃないですか」

「だね。でもね」


 左の人差し指で自分を、右の人差し指でサエグサを差す。


「今回のモニターに参加しているほとんどの人に共通点があるんだよね」


「共通点、ですか?」

「うん。簡単なことさ。……あ、そうだ」


 ふっふっふと含み笑いをして、自分に向けていた人差し指を下げる。


「サエグサっちに問題。その共通点って何でしょう?」


「えっ……?」


 困惑した表情のサエグサ。さっきからこの人ずっと困っているな。

 困らせている本人は「んじゃ、ヒントね」と言ってくるくると指先を回す。



だね」



 うん。

 凄い分かりやすいヒントだ。

 問題も簡単すぎるからヒントの出し方も難しいのだが、いい塩梅の言葉だ。

 成程。


 『サエグサ』とは


「えっ……そ、それがヒントなんですか?」

「そういうこと。じゃーあーねー」

「えっ……えっ……えっ……?」


 ずっと困っているサエグサを置いて、ミワは軽やかなステップでエレベータへと乗って行った。


「あ、じゃあねーお姉ちゃん」


 その隙に私達もその場を離脱した。

 ベビーカーに遮られて見えなかったが、きっと残されたサエグサは、それはもう可哀そうに見えただろう。

 ご愁傷さまです。

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