第51話 山田太郎殺人事件 04

    ◆




「いやー、生き返りました! 死んでいませんけど!」


 ずっと青い顔だったポンコツ刑事は、船から降りた途端にのびのびと伸びをしていた。全員を降ろして引き返していった船に向かってアッカンベーをしていたほど、船上では気持ちが悪かったのだろう。そんな彼女に、帰るときはまた乗るんだぞ、と伝えて上げたい気持ちでやまやまだったが、予想以上にすっきりした表情だったので口を噤んだ。元々言っても通じないけど。

 その他の人々も比較的晴れやかな表情で、船着き場で大小様々な荷物を持ってのんびりとしていた。やはりあの重苦しい雰囲気の中で気まずいものがあったのだろう。

 その、悪気なくその雰囲気にさせてしまった本人は、真っ先に船を下りてどこかに行ってしまった。やはり遠慮している部分があるのだろう。

 しかし先に行くにしてもどこに行ってしまったのか。

 そんな疑問を持っている人間は、どうやらここにはいないようだ。表情がどう見てもほっとしている。

 まあ、仕方ないか。

 人は異常なモノを排除したがる傾向があるから。

 だからこそ私も目立たずに行こう――ということは、以前にも思考したことがあったっけ。

 繰り返しはくどいだけだ。

 ここでやめておこう。

 話を戻そう。

 だから私は彼に対して同情心を抱かざるを得ない。

 彼は意図してそういう状態になったわけではないのだから。

 ――彼が言ったことが本当ならば。


「テスターの皆様、お待たせして大変申し訳ありません」


 と、思考の渦に巻き込まれに行こうとした際に、新たな人物からそう私達に声が掛けられた。

 恰幅のよい男性だ。顔はそこまででもないがお腹周りが、いわゆるビール腹というものだろう。

 その男性は頭を下げる。


「私はこの島の管理をしている『ニイ』と申します。二泊三日、皆様のサポートをさせていただきます。よろしくお願いいたします」


 漢字が分からないが、彼は『ニイ』と言うらしい。結構珍しい苗字だ。


「あ、よろしくっす」


 茶髪の若者が気軽に挨拶をする。それに続くように面々は次々と挨拶を交わす。私も頭を下げたが、まあ気がついてはいないだろう。赤ちゃんだし。

 ニイはそう言うと、点呼を取り始めた。

 それ故に、それぞれの人々の苗字が、読み方のみ分かった。


 女子高生くらいの若い女性は『ミワ』。

 茶髪の若者は『イチノセ』。

 本を読んでいた男性は『シバ』。

 眼鏡の痩身の男性は『ゴミ』。

 筋肉質なちょび髭の男性は『ロクジョウ』。


 因みに老警部とポンコツ刑事の苗字も分かった。結構二人共珍しい苗字だった。

 そうやってその場にいた全員(私を除く)に対して点呼を取った後、二居は大きく頷く。


「ありがとうございます。これで参加者の皆様、全員いらっしゃることを確認させていただきました」

「あれ? ちょっと待ってよ」


 ミワが疑問を呈す。


「ここに来る時の船にいた人全員がモニター、ってことだよね? あー、運転手さんは別としてだよ。で、となると、もう一人いると思うんだけど?」

「もう一人?」

「あのラバーマスク被った人」

「ああ、山田様ですね」


 ニイは頷く。名前が出たということは、彼の存在の認識はあるようだ。


「山田様は先に本館の方に向かわれました。少し事情がある様で、事前に地図なども渡してほしいと要望を受けておりましたので、別対応をさせていただきました」

「あ、そうなんですね」

「その対応の為、少し皆様をお待たせする結果となってしまい、大変申し訳ありませんでした」


 ニイが再び頭を下げる。遅れたといっても一時間や二時間待たされたわけではないし、今日の天気も良かったので、そのことに対して責めたてる人はいなかった。


「では皆様を本館までお連れ致します。少々入り組んでいる部分もありますので、私の姿を見失わない様に気を付けて後を付いてきてください」


 彼はそう言うと、私――というか母親の前に立つ。


「ここからは舗装されているとはいえ山道であり、かつ少々坂もございます。ベビーカーはこちらでお持ちいたしましょうか?」

「あ、すみませんがお願いしまぁす」


 いつも通りののんびりした口調で依頼をし、私を抱え上げる母親。ベビーカーはニイが畳んで、軽そうに運んでいく。意外と力持ちだ。しかしベビーカーを誰かに預けたりするのは本当はしたくないのが本音だ。また変なモノを入れられては困る。今度は爆弾とか入れられるかもね。

 ――なんて変なことを考えていると。


「僕が持つ! 僕が持つ!」


 兄がぴょんぴょんと跳ねていた。


「僕が持つ! 僕が持つ!」

「駄目だよぉ。ここから山道だからまだお兄ちゃんにはきついよぉ」

「むー」


 頬を膨らませる兄。微笑ましい。


 そんなこんなで。


 母親の胸のあたりの高さの目線で周囲の景色を眺めつつ、本館へ向かう。


「……森ばっかりですね」


 前髪が長い青年、シバが口を開く。


「……地面の舗装はありますが、森自体にはあまり手入れされていないようですね。何か意図があるのですか?」

「ええ。なるべく自然を残したかったのもありますが……」と、前置いてニイがウインクをする。「こういう雰囲気の方が、いかにも孤島という感じでミステリーではないですか」

「……いいですね、そういうの」


 にこり、とシバも案外爽やかな笑みを返す。もう少し人見知りな感じかと思えばそういうことではないというのはなかなか好印象だ。見た目で判断しちゃ駄目だね。

 そういえばここにいる人はモニターに応募した人だった。ミステリーが好きに決まっている。

 と、思ったが、案外反応は少なかった。

 まあ、表立って目をきらきらさせる人などフィクションでしかないだろう。内心で思っているのかもしれないが、そこまで私には読み取れなかった。


「あ、あれなんすか?」


 茶髪のイチノセが遠目を指差す。

 示した先にあるのは、少し大きめな塔のような建造物だった。遠目だから分からないが、どうやら普通の塔ではなさそうである。少し傾いて見えるのも気のせいだろうか?


「あれは『幻の塔』ですよ」

「幻の塔、ですか?」

「ええ。あの塔は今回のモニターの舞台になる予定です。本館に着いた時に説明させていただこうと思ったのですが」

「ということは、あそこに推理の種がたくさんあるのですか?」


 大きなスーツケースを運んでいるロクジョウが問い掛けると、ニイは「ええ」と頷く。


「あの塔は色々な仕掛けやトリックが満載です。明日のイベントをお楽しみにしてください」

「そうします」


 えらく味気ない答えを返すロクジョウ。興味ないのかと思える程の冷たい声に、ニイも愛想笑いを浮かべている。

 そうこうしている内に、



「さて、皆様。前方に見えてきましたよ」



 視界が開けた先。

 そこにはかなり立派な屋敷が建っていた。


 蔦に囲われ、深い緑色が広がっている。

 かといって古臭い訳ではなく、それでいて新しさも感じない。

 夜になればひどく不気味だろう。

 だが、日があるうちは趣があるという感想を、私は素直に持っていた。

 まるで物語の中にある、ミステリーの洋館だ。

 美しささえある。


「さあ、皆様」


 そしてニイが恭しく頭を下げ、次の句で告げたその館の名に、私は共感してしまった。

 妖しさを携えた、ファンタジーのような存在。




「ようこそ――『幻想館げんそうかん』へ」

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