第20話 託児所殺人事件 03

 お姉さんが死んでいた。


 そうは述べたものの、正確には近づいて脈を取らなくては分からない。だが、いかんせん、ベビーベッドの高さは今の私には乗り越えることが出来ない壁となっている。

 それに見た感じもう無理であろう。

 どれくらい危害を加えられてから時間が経ったのかは分からない。時計が見当たらないので。ただ母親が受け取りに来ていないのでそんなには経過していないだろう。

 ――危害を加えられた。

 確かに先にそう述べた。

 その理由は単純である。

 彼女の首元に、不自然な太い痕があったからだ。

 恐らくは首を絞められたのだろう。手の後ではないことから、何か道具を使って殺害されたようだ。

 殺害、と述べたが、自殺の可能性は低いと私は見ている。

 その理由は一つ。


 


 彼女の首には何も巻き付いていない。

 周辺に首を絞められるような道具も見当たらない。

 だから彼女は殺された、と見るべきなのが妥当だろう。


 それを踏まえて、この部屋の状況をもう一度見てみよう。


 入口から窓際まで広く荒れている。

 物は壊れているし、子供のおもちゃもそこら中に放り投げられているし、その内の一つであるマトリョーシカは投げつけられてその形を犠牲にガラスを割ったようで、頭から頭が飛び出している。おっと、マトリョーシカの知識はあったようだ。人形の中に人形が入っているロシアのおもちゃだったと認識しているが、細かい所が合っているかは不明だ。

 反面、私のいるベビーベッドも含め、他のベビーベッドなどは荒らされていないで綺麗なままだ。シーツは皺ひとつない。結構手入れが届いている託児所だな、とこんな状況なのに感心してしまう。

 まあ、そんな様子を見せても不謹慎だと言う人など存在しないし、赤ちゃんの様子からそんな様相を読み取ることが出来るはずもないのだけれど。

 そう。

 今ここに生存しているのは私だけなのだ。

 他に人はいない。すぐ近くにもいないようだ。


 ――さて。

 狭い託児所では見るべきはこんな所だろう。


 足を地に着けて調べられないのが歯痒いが、仕方がない。

 だが、そんな必要もないと思われる。

 結論から言おう。



 



 一点、まだ不明な点があるが、これ以上は推理する必要がない。

 警察が来れば全てが解決するだろう。

 探偵が介入しなくてはいけないような謎はこの場にはない。

 さっさと警察を呼ぶか。

 私は大きく息を吸う。

 もう私がやれることは頭を使うことではない。


 ただ人を呼ぶだけだ。



 そして私は、大声で泣き声を上げた。

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