第2話「放課後の放火魔」



 火藤飛龍かとうとびたつは、都立武蔵立川高校において十指に入るほどの有名人である。

 本名よりも、〈放課後の放火魔〉という異名の方が知られているのではあるが。


〈放課後の放火魔〉。


 それは過去二年間に、学校内で発生した小火ぼや騒ぎ、失火事件、原因不明の爆発、体育倉庫の火災延焼事件のすべてに彼が遭遇していたことによるものである。

 何かしらのその手のトラブルがあった場合のほとんどの現場に彼がいて、現場にいなかった場合でも原因と目される事態の中心にいた。

 当然、教師たちも彼を疑い、彼が事件の主犯だと考えたのであるが、証拠も目撃者もなく、また、火藤の普段の言動以外には動機すらも見当たらなかった。

 それゆえ、要注意人物としてではあるが、火藤飛龍はごく普通の高校生としての日々をすごせていたのである。

 とはいえ、教師のみならず地元の警察・消防署にマークされているという悪評をもつ少年に積極的に近づこうとするものは少なく、教室でも極めて浮いた存在ではあった。

 話しかけるものは少なく、話しかけられるものはもっと少ない、という孤高の人物、最近流行りの言葉ではぼっちなのは当たり前とも言えた。

 クラスメートたちは視界には収めるものの、あえて接触しようとはせず、この年代の子供にはありがちな揶揄いの対象にすら選ばない。

 なぜなら、日常的に放火を繰り返しているかもしれない相手の逆鱗に触れたら、どんな目に合わせられるかなどということは、いかに思慮が足りない年頃でもやすやすと考え付くからだ。

 触らぬ神に祟りなし。

 まさに火藤飛龍にはふさわしい至言であるといえよう。

 だから、生徒はおろか教師たちでさえ、可能な限り近づきたくない相手というのが、彼なのであった。

 だが、稀に望んでもいないのに、不幸な境遇に叩き落される人間というのは往々にして誕生する。

 賢城さかきたみ、がその代表格であった。


「おい、おまえ」

「なに? ……へっ」


 昼休みになり、母親の手作りの弁当を以って友達の席へ移ろうとしていた彼女は、横にのっそりと現われた少年に呼び止められた。

 随分と横柄な口調だな、とそちらを向くと予想もしていない人物が立っていた。

 顔は……知っている。

 瞼を半分だけわざと閉じたような細い眼、への字に噤んだ唇、妙に顎が傾いた視線の向け方、修飾語一つだけで為人を言い表すとしたら、


「偉そう」


 というしかないぐらいに印象の悪い少年であった。

 学生服を身にまとっているくせに、若さとか活発さも感じない、面倒くさそうなタイプでもある。


「……えっと、火藤く……ん?」

「なんだ、おまえ。昨日の今日で他人の顔を忘れてしまうほどの鳥頭だったのか? それとも俺様ちゃんと同い年のくせにもう痴呆症なのか」

「そんなことは……ないよ。きちんと覚えているから」

「あたりまえだ。俺様ちゃんは個性が強いから、別れてからそんなに時間の経っていない他人ごときに忘れられることなどない」

「ですよねー」


 実際、たみが火藤と話をしたのは、昨日の深夜のあの事件の帰りのプリウスの中でしかない。

 それも会話が弾んだわけでもなく、気まずい空気に追い詰められて交した幾つかの雑談だけだ。

 しかも、それだって学校や授業の話程度で個人的なものは皆無という有様だった。

 だが、たったそれだけの会話でも、この火藤飛龍という少年の尖りきって成層圏に達しきったかのような厄介な性格については見抜いていた。


(だいたい、自分のことを呼ぶのに、「俺様ちゃん」って何よ? どんだけ俺様なの? 少なくとも私の好みじなゃいんだけど……)


 たみは、話しかけられたこと自体が不思議だったが、それよりも周りの視線が怖かった。

 いくらなんでもこんな変人すぎる相手に教室で仲良くしているところを見られたら、私の立場がないじゃないの。

 自己保身が最優先だ。


「えっと、火藤くん。隣のクラスだよね……」

「わざわざ確かめるほどの情報なのか、それは? おまえの頭の中にはスポンジケーキでも詰まっているのか?」

「う……ん、ごめんなさい」

「俺様ちゃんがわざわざおまえのところに来たのは、これだ」


 目の前にプリントされた紙切れを突き出される。

 近すぎて見えないので、受け取ってから(なぜかすぐに渡してくれない)印字されている内容を見た。

 たみは首をひねった。

 なんということはない、普通の委員会活動のお知らせのようなプリントだったからだ。


「この……『武蔵立川・防災対策委員会の招集のお知らせ』って、なんですか?」

「おまえがこの2年B組の防災対策委員になったんだ。今日の放課後に、第二会議室で会議があるから来い」

「なんで、私が……。防災対策委員会なんてところに入ったが覚えないんですけど」

「防災対策委員は、委員長の推薦によって決まるんだ。そんなことも知らないのか」

「ごめんなさい。じゃあ、私を委員長さんが推薦したということなの?」

「そうだ。―――絶対にサボるなよ」


 それだけを伝えるともう話は打ち切られたのか、火藤は教室から出ようとする。

 だが、たみにはまだ火藤に聞きたいことがあった。

 防災対策委員会が何をするかとか、何時からだとか、基本的なことでわからないこともあったが、それよりもまず知りたかったのは……


「私を推薦したっていう委員長さんって誰なんですか?」


 だが、火藤は振り向きもせずに、


「俺様ちゃんだ」


 と言い捨てて、廊下へと消えていった。

 同時にクラスの友達たちがわらわらと寄ってきた。


「た、たみー、大丈夫!?」

「何もされなかったよね? 見てたけど、変なことはされてないよね?」

「―――うわ、すげえムカつく奴だったなあ。さすがは放火魔」


 友達は彼女のことをかなり心配しているようだが、反比例して火藤への心証は最悪だった。

 蛇蝎のごとき嫌われ方であった。

 学年で一番嫌がられている教師でさえ、ここまでではないだろう。

 もっとも、嫌悪感云々よりもむしろもっと根源的な―――恐怖が先に立っているようではある。

 それだけ〈放課後の放火魔〉の所業は恐れられているのだ。


「別に何もされてないよぉ」

「でも、気を付けるに越したことはないから」

「そうだよ。だから、防災対策委員会だっけ? それも行かないほうがいいって」

「ねえ、うちの学校にそんなのあったっけ?」

「さあ。初耳。正規の委員会じゃないんでしょ。だって、一学期に決めなかったじゃん」


 たみの周囲にたむろった女子たちが口々に疑問を呈する。

 だが、彼女たちも防災対策委員会については知らなかったようだ。

 すると、すぐ傍の机でパンを食べていた男子生徒が口を挟んできた。


「3,11の後に、都の教育委員会の主導で作ったんだよ。何か大きな災害が起きた時に生徒が自主的に行動できるようにってね」

「……そうなの?」

「初耳~」

「確か、うち以外にもいろんな学校にできているはず」

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 男子はうぐっとパンを呑み込むと、


「一応、担当の教師が職員会議で決定した地震とかが発生したときの対策を、生徒たちが率先して実践するとかいう目だったかなあ。予算とかほとんどないから、大人数はいらないってんで同好会みたいな扱いになってるんだ」

「……田名部くん、詳しいね」

「おれ、生徒会だから」


 生徒会の副会長である田名部神楽人たなべかぐとはのんびりといった。


「でも、放火魔がいるような委員会なんてたみちゃんはいかない方がいいよ、絶対」

「そうそう」

「殺されちゃうよ!」


 周囲がヒートアップする一方なので、むしろたみの方は冷めていくのだが、それでも友達の言い分はわからなくもない。

"あの"火藤飛龍が長をやっているような委員会がまともなもののはずがないからだ。


「でもまあ、防災対策委員会あそこの連中には火藤以外も面倒なのがいるし、賢城みたいな普通の子は寄り付かないほうがいいかもな」

「でしょ、田名部くん、いいこと言うわ!」

「そうだ、そうだ!」


 たみはまたどっと落ち込んだ。


(火藤くん以外にも変なのがいるの……。うわ、行きたくない……)


 だが、どちらかという彼女の心には諦めの方が強くなっていた。

 直接の勧誘を受けたこともあるが、それよりも何よりも昨日の深夜に見た化け物―――火藤のいうところの〈餓鬼〉のことがあるからだ。

 正直なところ、あんなものを現実として直視してしまえば、もう普通の日常には戻れない。

 あれがトリックであったのならば良かったかもしれないが、紛れもない現実だったのだ。

 つまり、たみの日常のリアルはすでに崩れ去っていた。

 平穏なまま、のんびりと生きる少女ではいられなくなっていたのだ。

 その彼女にとって、かつての安寧を取り戻すことができる可能性があるとしたら、それは―――あの偉そうな少年の存在しかない。

 火藤と特別に仲良くする必要性はない。

 したい相手でもない

 だが、彼から色々と聞きだすことや繋がりを持っておくことは大事なことになるだろう。

 いざというときに備えて。


(でもなあ、もう少しエキセントリックでサイケデリックじゃない人なら良かったのに……)


 賢城たみの憂鬱はまさにそこにこそ存在していた。


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火葬師 陸 理明 @kuga-michiaki

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