201話 スピリチュアル・ヤシロ

「要するに、ミスター・ドナーティはフィルマンが後継者になることを了承し、地に足着けてしっかりと領主の勉強に励んでくれれば悩みがなくなるわけだ」


 それが、ドニスが常時眉間にしわを寄せ、厳めしい顔つきをしている理由だ。

 そして、「時間がない」と、四十二区への協力を渋る理由でもある。


「ミスター・ドナーティ……『えぇい、もう面倒くさい、ドニスでいいわい』……そうか、ありがとう。ではドニス」

「……ねぇ、ヤシロ。一人で何言ってるの?」

「まぁ、構わん。ドニスでもDDでも、好きに呼んでくれて構わんから、続きを聞かせてくれ」


 俺の話に興味を持ったドニスが、多少の非礼は許容すると認めた。

 よしよし。

 互いに遠慮なく言い合える仲になるのはいいことだ。この特別感が好条件を引き出しやすくさせる。


 なので、遠慮なく。


「GG」

「DDじゃ! 誰がジジイか、失敬なっ!」


 くっ!

 つい視覚からの情報に引っ張られて……っ!

 GG(じーじー)の方が似合ってるのにっ!


「とにかくだ。フィルマンのことは俺に任せてもらおうか」

「説得が、出来るというのか?」


 俺は自信たっぷりな顔で、小首を傾げる。


「さぁ」

「自信があるのかないのか、どっちだ!?」


 そんなもん、話してみなきゃ分かんないっつうの!

 まぁ、フィルマンがドニスを避ける理由はおおよそ見当がついているし、思春期の恋愛相談に乗るくらいは簡単だ。

 だが、じゃあその悩みが解消されたら領主になってくれるか、ってところはまだ分からん。

 なので、迂闊には返事出来ない。


「ただ、今の膠着状態を打破出来ることだけは間違いない」

「それは、最悪の場合、悪化する可能性もある――ということかな?」


 その通りだ。

 下手に触れれば取り返しがつかないほどにこじれてしまう。そういう危険をはらんでいる。

 人間の感情なんてのは、説明書も攻略法もない、あやふやなくせにやたらと頑固な扱いにくいものだからな。

 それが分かるから、ドニスは慎重になっている。


 それを、俺がぶち壊してやろうというわけだ。


「そなたを信用するに足る理由がないと、なんとも言えんな」


 拒絶はしない。

 それは、もしかしたら俺が突破口を切り開いてくれるかもしれないという希望にすがりたい心の表れだ。


「俺を信用するだけの理由があれば、いいんだな?」


 思わせぶりな笑みを浮かべて、俺はゆっくりと移動を開始する。

 わざと遠回りにテーブルを回り、ゆっくり、ゆっくりとドニスへ近付いていく。

 俺が前を通り過ぎる際、何人かの使用人が思わず身を引いた。

 思わせぶりな笑みと、自信に満ち溢れたゆっくりな歩みが、正体不明の威厳を醸し出しているのだ。そして、こういうもったいつけた行動は、その場にいる者すべての視線を集める効果があり、すべての者が注目しているという状況が『俺』という人間に箔をつけてくれる。

 集団に一目を置かれるような人物には、誰しも威厳を感じるものだからな。


「ドニス……俺の目を見てくれ」


 椅子に座ったままのドニスの前に立ち、その顔を覗き込む。……つもりが、ついつい視線が生え際へと向いてしまう。

 頭頂部に一本、ぴょろ~ん。


「ぷぷーっ!」

「ケンカ売っとんのか、そなたは!?」

「真面目な空気の中でふざけた髪型をしているお前が悪い!」

「誰の髪型がふざけとるか!?」


 大真面目でその髪型なら、なおのこと面白いわ!

 日本に行けば大人気間違いなしだぞ。ただ、その前に、チョビひげを生やすことをお勧めするがな。


「気を取り直して…………『毛』じゃないぞ? 『気』だ」

「分かっておるから、早く取り直せ、『気』を!」


 大きく息を吸って、もう一度荘厳な雰囲気を身に纏う。

 その昔、ちょこっとスピリチュアルな商品を取り扱っていた際に身に付けた『神降ろしのオーラ(命名:俺)』だ。こいつを身に纏えば、口から飛び出すデマカセが妙な信憑性を帯びるという、特定の人種に対してだけ通用するテクニックなのだ。


「今から、お前の心を読んでやろう……」

「心を読む……だと?」


 静かに、掠れるような声音で告げると、ドニスが胡散臭そうに顔をしかめた。


「くだらんな。そんなことが出来るわけないだろう」

「静かに…………女性が見える……それも、かなり美しい女性だ…………彼女に対する、強い思いが見える」

「――っ!?」


 ドニスの目が、これでもかと見開かれる。


 まぁ、お前がマーゥルに惚れていたことくらいはここまでの会話でモロバレだしな。


「な、なぜ……知っているのだ?」

「……『知っている』? ふふっ…………分かるんだよ」


 思わせぶりな間を取りつつ、ドニスの感情に引っ張られないように、己のペースで言葉を発する。相手をこちらのペースに巻き込む。それが、詐欺の基本だ。


 というか。


 男なら、誰しも一人くらいは惚れた女がいるもので、惚れた女ってのはそいつにとっては「美しく」「素敵」で「素晴らしい」存在なのだ。そこら辺をそれっぽく言っておけば、大きく外れることはそうそうない。

 もっと保険をかけるなら、恋愛に限定せず、「特別な女性」とかいう表現にとどめておけば、それが母親や優しかった祖母辺りまでをカバーしてくれる。


 生まれてこの方、「特別な女性」に巡り会っていない男はいない。仮にいても、そいつを探す方が困難だし、そんな男はスピリチュアルな事象を信じたりしない傾向が強い。

 外す確率は、数万分の一というところだ。


 さらに言うなら、ドニスの場合はもっと分かりやすい。

 事前情報を得ているのだから当然だ。


 ただし、俺が事前に情報を得ていることを、当のドニスは知らない。ここがポイントだ。


 俺が言葉を重ねる度に、ドニスは驚き続けるのだ。「なぜ知っている?」「なぜ分かるのだ?」と。

 こちらは知り得た情報を元に、万人に当てはまることをただ述べるだけでいい。あとは向こうが勝手に「こいつは本物だ」と勘違いしてくれる。


「……その女性は、お前にとって『特別な存在』……だな」

「……っ」


 ドニスが息をのむ。

 まぁ、そうだろうな。

 六十年にも及ぶ人生の大半をかけて恋い焦がれた相手だ。


 誰に明言することはなくとも、心の中では重要な部分を占めているはずだ。

 誰も、自分の心に嘘は吐けない。


 特に、返事を求めないこういう聞き方は、相手に自問自答を促す効果があり、自問自答において、自分に嘘を吐く必要はない。仮に、意地になって自分の心に嘘を吐こうものなら、その思いは一層克明に脳に、心に刻み込まれる。

『特別な存在』として。


「そ、そなたは……何者なのだ?」


 ドニスも、自分には正直なようだ。


 しばらく呆けたように俺を見つめた後、ハッと息をのんで、ドニスは使用人たちに退室を命じる。

 こちらが呼ぶまで、食堂への立ち入りを禁じると申しつける。


 使用人にも話していないようだな、自分の片思いを。


 初老執事を含む使用人たちが全員はけた後、俺は改めてドニスの秘密を暴く。


「使用人が全員男なのも、その特別な女性のため……なんだな」

「……そんなことまで分かってしまうのか」


 うん。分かりやすいもん、お前。

「せい」ではなく「ため」という表現にしたのも、ドニスの心にはグッと来たことだろう。

 こいつは常に、紳士であろうとしている。

 己の心を秘匿し、すべてを自身の中で完了させる。

 その根底には「相手への配慮」があり、迷惑をかけたくないという思いに溢れている。


「誰にも話さず、己の心一つに閉じ込めておいた、古い恋心だったのだがな……」

「……古い?」

「あぁ……もう、何十年も前に終わった、儚い恋の話だ…………」


 などと自分に酔い始めるドニス。

 こいつには、自分の恋愛を相談出来る相手がいなかった。

 だからこじらせてしまっているのだ。

「古い恋心」とか「儚い恋の話」なんて表現が、その最たる証拠だ。


 そして、そんな自分を「カッコいい」と心底思い込んでいるのだ。

 そうでなければ、この歳になるまで片思いを貫くなんて不可能だろうからな。


 ……ったく。この世界のジジイどもは、どいつもこいつもセンチメンタルだな。

 シラハを思い続けた元貴族のオルキオといい、ムム婆さんに絶賛片思い中のゼルマルの爺さんといい。

 乙女系ジジイのオンパレードだな。


 そんな目の前の乙女ジジイは、一つ嘘を吐いている。


「『古い』……じゃ、ないだろう?」

「ん?」


 シラを切ろうとして、失敗している。

 ドニスの表情が一瞬強張った。「ドキリ」とした証拠だ。


「…………『今も』……好きなんだろう?」

「…………」


 ドニスは答えない。

 ここで認めると、相手に迷惑がかかるとでも思っているのか。

 それとも、ひた隠しにしてきた思いを簡単にさらけ出せないのか……


「…………そなたでも、外すことがあるのだな」


 ドニスが静かに言う。

 その言葉の裏には、こんな気持ちが隠されているのだろう――



 この男の発言はすべて正しく、今も言い当てられてしまった。けれど、紳士なワシはあえて真逆の気持ちを吐露するのだ…………的なワシ、かっこいい……



 うん。このジジイ、完全にスピリチュアル信じちゃってるな。驚くほど信じ込んでいる。

 なんか知んないけど、かーなーりカッコつけてるな。……波○ヘアーのくせに。


 案外このジジイも、『BU』特有の「流されやすいDNA」を持っているのかもしれないな。

 完全に雰囲気にのみ込まれてやがる。


 独裁者とか、対外的に強気で強硬な態度をとるようなヤツに限って、スピリチュアルな偶像を心の拠り所にしていることがあったりする。

 歴戦の英雄ほど験を担いだりな。


 答えのない不思議体験にハマりやすい傾向にあるのだ。こういう、ワンマンな頑固者ほどな。


「ワシの恋心など……もう何十年も前に枯れ果てておるわ。思い出すのすら、困難だ」

「そうかい……なら、そういうことでもいいさ…………ただ」


 酩酊するくらい自分に酔っているジジイに、俺は調子を合わせる。

 ほんの少しだけ、こちらに傾くようにこっそり誘導してな。


「……相手の女性の気持ちまでもが、もう終わってしまっているかは…………分からないけどな」


 ドニスの動きが止まる。

 さぁ、語ってやるさ。お前の聞きたい言葉だけを、嘘にならない範囲で、とても甘美な響きを持たせてな……


「……窓辺のよく似合う女性だな…………彼女はいつも窓辺で、静かな笑みを湛えて、遠くを…………ずっと遠くを眺めている。……遠くにある…………何かを」


 ドニスの手が微かに震え出す。


「……窓辺………………あぁ、そうだ。確かに、あの人は……よく窓辺に佇んで……遠くを見つめていた……」


 震える自身の手を押さえて、ドニスが古い記憶を紐解いていく。


 窓辺に佇む女性。

 遠くを見つめる儚げな視線……


「彼女の目には、今…………何が映っているんだろうな?」


 俺の言葉を聞いて、ドニスの瞳にうっすらと涙が浮かぶ…………小鼻が広がり、少々荒い音を立てて空気が吸い込まれていく…………唇を噛み締め……頬が微かに揺れ……頭頂部の一本毛がさわりと揺れる…………ぷぷーっ!


 必死に吹き出すのを我慢して、俺は最後の言葉をドニスに告げる。


「気が向けば…………手紙でも書いてみたらいいんじゃないか……届けるかどうかは、あとで考えるとして、な」

「届かぬ手紙か…………ふむ。気が向いたら、試してみるとしよう」


 ドニス、にっこり。

 一本毛、さわり。


 ぷぷーっ!


 限界に達した俺は、くるりと反転しドニスに背中を向ける。

 そして、足音を立てないように、そっとその場を離れる。

 来た時と同じように、遠回りをしてゆっくりと、今度はエステラたちのもとへと向かう。


 ようやく元の位置へたどり着いた時、エステラが俺のみぞおちに軽い拳をぶつけてきた。


「よくもまぁ、そんなもっともらしいことをもっともらしく言えたもんだね……ボクは君が怖いよ」


 頬が触れそうな至近距離まで顔を近付け、極限まで潜めた声で囁くエステラ。

 俺のペテンがバレないように苦言を呈したいようだ。いいだろう、乗ってやる。

 俺も同じ声量で囁き返してやる。


「嘘は言ってないぞ。ドニスみたいな初恋ボーイの心くらい読めるし、マーゥルは今も窓辺で遠くを見ているじゃねぇか。遠くにある、四十二区を――そこには恋愛要素なんか微塵も含まれていないがな」


 それらの情報をもっともらしく言っただけだ。

 あとはドニスが勝手に自分を美化し、自分の過去に酔いしれ、自分で勘違いを引き起こしただけだ。


「まったく……」と、エステラはため息交じりに首を振る。

 柔らかい髪の毛が数度、俺の頬を撫でる。


「それはそうと、さっきのしゃべり方……気持ち悪いから二度としないでね」


 反論の種がなくなったエステラが、負け惜しみの代わりにそんな皮肉を寄越してくる。

 だから、そういうのは「フリ」に聞こえるんだっつの。「絶対押すなよ」みたいなな。

 なので、その「フリ」にも乗っかってやる。


「……一本毛が…………さわり」

「ぶふーっ!」


 耳元でバカでかい音が鳴り響いた。

 全力で吹き出しやがったな、こいつ。頬と耳に唾が飛びまくりだ。


「ごほっ! ごほっ! ……やぁしぃろぉ~!」

「待てエステラ。その怒りは八つ当たりというヤツだ。俺はたぶん悪くない」


 もし責任の所在を追及するのであれば、豊か過ぎるお前の想像力を責めるべきだ。


 ……と、まぁ。こっちでごちゃごちゃやっている間も、ドニスはなんだか一人の世界に浸りきり、ぼへ~っと宙を見つめていた。

 隣に『でっかい長身の古時計』を置いたら、もう動かないんじゃないかと思ってしまいそうな呆け具合だ。


「…………枯れるのは……まだ、早いのかも、しれんな……」


 若干、俺の『神降ろしのオーラ』が伝染したかのような口調で、ドニスが呟く。口角が持ち上がり、にんまりとした表情を形作る。


「引退すれば……茶飲み友達くらいには、なれるやもしれんな…………」


 ジジイが未来の希望を見出したようだ。

 これで一層、目の前のごたごたを片付ける力が湧いてくるだろう。

 少なくとも、膠着状態をよしとはしないはずだ。


 さぁ、乗ってこい。俺の口車に。


「ふむ……いいだろう」


 たっぷりと黙考した後、ドニスが渋い声と共に頷く。


「もし、フィルマンが領主を継ぐことを明確に了承し、現在の浮ついた態度を改めるというのであれば、ワシは全力をもって四十二区に味方してやろう」

「本当ですか!?」

「うむ。男に二言はない」


 はっきりと言い切ったドニス。

 この男は、決して迂闊なのではなく、『精霊の審判』をかけられることを恐れていないのだ。それだけ、己の発言に自信と信念を持っているということなのだろう。

 約束を違えたりはしない。そういう性格なのだ。


「これで、随分と交渉が楽になるね」


 エステラの瞳に希望の光が宿る。

 だがその前に、フィルマンの問題を解決させなければいけないのだがな。


「ヤシロ。フィルマン君を説得させる秘策はあるんだよね?」

「秘策なんてもんはないぞ」

「……え?」


 だから、まだ未知数なんだっつの。

 ただ――


「努力はしてやる」


 俺が、その気になった。それが何を意味するかくらい、お前なら分かるだろう。


「……うん。いい目だね」


 俺の顔を覗き込んで、エステラが力強く頷く。


「頼りにしてるよ、ヤシロ」


 そして、背中をバシンと叩く。

 ……痛いわ。


 キッと強めに睨んでやると、無邪気過ぎる笑顔でにひひと笑いやがった。

 俺に頼らない、自立した領主様ってのに、お前はいつなるんだよ。


「ヤシロ様、エステラ様」


 視線を交わす俺たちの間に、ナタリアがそっと入ってくる。

 メガネをクイッと持ち上げて、業務連絡のような口調で告げる。


「イチャつきポイントが1万ポイント溜まりましたが、景品と交換いたしますか?」

「「イチャつきポイントってなに!?」」


 突然の謎制度に、俺とエステラは揃って声を上げる。

 なおも、ナタリアは淡々と事務的な口調で説明を寄越してくる。


「お二人が人目も憚らずイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャされていたので、イチャイチャレベルに合わせてポイントを加算していたのです。そうしたら、この短時間で1万ポイントに達しまして」

「そんなにイチャイチャしてないよね!? っていうか、ボクたちは別にイチャイチャなんかしてないし!」

「頬と頬を寄せ合って耳元で囁き合う――2000イチャポイント×3回(一本毛は除外対象)」

「そっ、そういう表現をするからいかがわしく聞こえるんだよ!」

「わざわざ顔を覗き込んで、瞳を見つめてお互いが分かり合う――1500イチャポイント」

「あ、あれは、ヤシロの真意を探ろうと……っ」

「『頼りにしてるよっ、きゃは☆』からのボディタッチ――2500イチャポイントッ!」

「『きゃは☆』は言ってない、絶対に!」

「ちなみに、1万ポイントありますと、二人の愛のメモリアル蝋像を大広場に建設することが可能です」

「やめてね、絶対! 怪しい動きを察知したら、ベッコを一年間外出禁止にするからね!?」


 なんだか、ナタリアの機嫌がすこぶる悪そうだ。

 完全に蚊帳の外だったもんなぁ、今回。なんだかんだ、自分が目立ってないとスネるんだよな、こいつは。情報紙以降、その傾向が顕著だ。


「……ん?」


 戯れる二人を眺めていると、ナタリアがジッと俺を見つめてきた。

 少々不機嫌そうで、何かを言いたそうな…………


「ヤシロ様」


 俺の名を呼び、おもむろに片足を前に出す。

 前に出た膝に両手を添えるように乗せ上半身を傾けると、脇を締めて両腕で自身の胸をむぎゅっと押し潰すように寄せる。


「不愉快だっちゅーの」

「なんかそれ、見たことある!?」


 えっ!?

 この街でも流行ったの、それ!?

 そんなわけないよね!?


「こちらは、ノーマさんと家飲みをした際に生み出されたオリジナルギャグです」

「……どんな流れでオリジナルギャグを作ることになったんだよ…………」


 家飲みとかしてんのかよ、お前ら? いつからそんな仲良しになったんだ? 

 つか、呼べよ、俺も。


 エステラがちょっと遠くに離れてむにむにと文句を垂れている。なんとなく俺が睨まれている気がするんだが……それこそ八つ当たりだ。ナタリアに言ってくれ。つか、俺は巻き込まれたようなもんだろうが。


「若いの」


 こちらのいざこざが、まるでなかったかのような真剣な顔つきで俺を呼ぶドニス。


「そなた、名はなんと申す?」


 これは友好の第一歩と捉えていいだろう。

 ドニスが俺に興味を示し、歩み寄り、懐を開いた証だと。


 なので俺も、友好的な笑みを浮かべて名乗りを挙げる。


「オオバ・ヤシロ――」

「――みんなからは、『ヤシぴっぴ』と呼ばれております」

「呼ばれてねぇわ!」


 人の言葉尻を強引に掻っ攫って余計なことをのたまうナタリア。

 こいつ、本当に暇にさせておくと碌なことをしないな!?

 帰ってきて、優秀な給仕長だった頃のナタリア!


「そうか……ヤシぴっぴか」

「違うっつってんだろ」


 このジジイも人の話を聞かねぇな。


「フィルマンのこと、よろしく頼む」


 椅子から立ち上がり、ドニスが腰を折る。

 二十四区の領主が、どこの誰とも知れぬ一般市民に頭を下げやがった。


 呆気にとられるエステラ。

 ナタリアも口を開かず、成り行きを見守っている。


 頭を上げたドニスは、少し照れくさそうに口元を歪めて言い訳めいた言葉を口にする。


「アレの考えていることは、まるで分からんのだ。分かってやりたいとは、思うのだがな……やはり、年齢が違い過ぎるせいか、血が薄いせいか…………上手くいかんもんだな」

「大丈夫だと思います」


 自虐的な弱音を漏らすドニスに、エステラが前向きな言葉を向ける。


「ボクも、デミリーオジ様とは歳が離れていますけど、オジ様のことを尊敬していますし、理解者でいたいと思っていますから」

「……そうか。デミリーのヤツは、幸せ者だな。そなたのような者に信頼されて」


 共通の知人を思い浮かべ、二人の領主が笑みを交わす。

 その最後に、ドニスがぽろりと一言、言葉を漏らす。


「羨ましい限りだ……ハゲのくせに」

「お前もな」

「ヤシロ様。この場にいる全員が必死で我慢している言葉を口にするのは、ちょっとズルいですよ」

「ナタリア。説教する方向が違うよ」


 見当違いな説教をするナタリアがエステラに説教され、ドニスの一本毛がさわりと揺れる。


「さぁ、ランチの続きといこう。堅苦しいのはなしだ。存分に味わってくれると嬉しい」


『頑固ジジイ』などと陰口を叩かれているドニスが、穏やかに微笑んでいる。

 エステラが言ったように、こいつを味方に引き込めれば『BU』への干渉は随分と楽になるだろう。なんとしても懐柔してやる。


 課題は二つ。


 フィルマンの恋を成就させること。

 そして、ドニスの持っている『亜人』への概念を覆すこと。


 継ぐ継がないの話は、それらを解決した時、自然と答えが出ていることだろう。



 さて、どちらから手をつけようかな……






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