187話 改善の兆し
「俺、プリンアラモード!」
「こっちにもプリンを!」
「プリンちゃんを一つ!」
「お前ら、ちゃんとご飯を食うッスよ!?」
俺たちと共に陽だまり亭へとやって来た……というか、押しかけてきた大工どもが、鼻の穴を広げてトレーシーをガン見している。
トレーシーなら昨日すでに見ているはずなのに、今日のこの食いつきよう……こいつら、どんだけおっぱい好きなんだよ。
「おっぱい至上主義か!」
「「「あんたがなっ!」」」
くぉっ!?
なんか言い返された……心外な!
お尻とか太ももの良さも俺はきちんと理解しているさっ!
「ロレッタの太ももはそこそこエロい!」
「ふにょっ!? なんですか、いきなり!? お兄ちゃん、また新たな病気を発症したですか!?」
お盆で太ももを隠し、ロレッタが怒ったような、ちょっと嬉しそうな顔で睨む。
褒めた部分を隠すんじゃねぇよ、もったいない。
「……ロリっ子こそ、正義」
「むっはぁぁあん! マグダたん、正論ッスー!」
……まぁ、向こうは放っておこう。いつものことだし。
「ったく、末期め」
「「「だから、あんたがなっ!」」」
なんだなんだ、反抗的だな!? まったく、これだから最近の若い大工は……っ。
「あ、あの……お待たせしまし……ぁうう……そんなに見ないでくださいぃぃ……」
プリンアラモードを運んできたプリンちゃんことトレーシーが、野獣どもの視線にさらされてテーブルにたどり着く直前で立ち尽くしている。
『さらし』の替えは持ってきていないそうで、『ボイン』は「ばいん」したままだ。
『さらし』がなくなったことでさらされたままになっているわけか……ややこしい。
「あ、ぁあ、ぁのっ! ど、どうして、服まで変えなきゃいけなかったのでしょうか?」
涙目で、非難の声を俺に向けるトレーシー。
『さらし』に潰されていた時はぺったん娘用の服を着ていたのだが、解放された今となってはそれでは窮屈だろうと、ジネットの服を貸し与えて着せている。……多少詰め物をしないと「ぽろり」しちゃいそうなので、細工はしてあるが。
「改めて……ジネット、パネェな」
「なんの話ですかっ!? もう、懺悔してください!」
「そして、私の質問に答えてください、オオバヤシロさんっ!」
二人のボインに非難を向けられる。いや、四つの膨らみに非難を向けられる。
おぉ、そう考えると、なんだか本望じゃないか!
「だってよ、トレーシー。『さらし』を破壊するような攻撃力だぞ? 窮屈な服を着続けていたら、ちょっとした拍子に服まで破れてボインがばいんでぽろりしちまうぞ」
「ひぅっ!? …………そ、それは、……困ります」
「「「なんで服を着替えさせたんだ、ヤシロさんっ!?」」」
「黙れ筋肉。出禁にするぞ」
おっぱいは、心で嗜むものだ!
陽だまり亭は『そういうお店』ではない。邪な期待を抱くんじゃない。
「陽だまり亭は、心でおっぱいを嗜むお店だ!」
「違いますよ!? 楽しくお食事をしていただくお店ですからねっ!?」
と、看板おっぱいのジネットが異を唱える。
そうか。そういう見方もあるのか……ふむ。
「トレーシーさん。ここは私が」
「うぅ……ネネさん……ごめんなさい。助かります」
筋肉の群れが怖くて近付けないトレーシーに代わり、ネネがプリンアラモードを持っていく。
「お待たせしました。スッカスカがお持ちして申し訳ありませんけれども!」
ネネのネガティブが、若干キレ気味に発動している。
トレーシーへの非礼に対する怒りか?
それとも……巨乳派だらけの空間に対する怒りだろうか……
「非常に不愉快な空間だね、ここは」
「お前は確実に後者だよな、エステラ」
腕を組んで、不機嫌顔を隠しもしないエステラが、盛り上がる筋肉どもを憎々しげに睨みつけている。
「Bでスッカスカだと……Bでスッカスカだと……Bでスッカスカだと……っ!?」
「お前……ネネに対して怒ってないか、それ?」
目に映るものすべてが敵に見えるタイプの人間なのか、お前は。
しかしまぁ、大工どものはしゃぎっぷりは…………ちょっとどうにかしなきゃかもな。
店の風紀が乱れる。
「ネネちゃんはネネちゃんで、いいっ!」
「素朴でかわいい!」
「飾らない君が好きだっ!」
「ぴぃっ!?」
「ネネさん! 逃げてっ!」
おっぱいだけでなく、美少女も大好きなんだな、筋肉ども……なんでもいいんじゃねぇか、結局。
「お前らっ、いい加減にするッスよ! 陽だまり亭に……いや、マグダたんに迷惑かけるなッス!」
「なぜ言い直した!?」
いいじゃねぇか、「陽だまり亭に迷惑かけるな」で!
ったく、これだから大工は……
「ヤシロ……ちょっとこれは、はしゃぎ過ぎかもしれないね」
「だな……」
エステラも、この雰囲気に危機感を覚えているようだ。
怖い思いをさせてしまえば、思い込みの激しいこいつらは四十二区恐怖症に陥ってしまうかもしれない……恐ろしい『捕食者』の跋扈する四十二区を。
ノーマがいてくれれば、ダメな男どもをビシッと叱ってくれるのかもしれんが……歯車が気になるとか言って帰っちまったしなぁ……
誰か代わりになるヤツは……と見渡してみても――
ジネットは誰かを叱るなんてしやしないし、マグダではキャラ的に「むしろ逆に叱られたい!」と変な病が発症するだろうし、ロレッタは普通だし、エステラじゃあ「嫉妬乙!」で一蹴だ。
そして、どういうわけか、俺が「おっぱいおっぱいと騒ぐな!」とか言っても「説得力がない!」とか言われてしまう……納得出来んがな。
「リカルドでもいてくれりゃ、あの強面で『やかましい、埋めるぞ!』とかって凄んでもらうのに……」
「君、リカルドをゴロツキギルドの人間だと勘違いしていないかい?」
似たようなもんだろうに。
とにかく、あの浮かれきったバカ筋肉どもを正論で諭せる人材が、今この場所にはいない。
…………なら、しょうがないか。
「おい、大工ども。よく聞けよ」
俺は、筋肉どもに見つめられてすくみ上がるトレーシーとネネのそばまで行き、よく通る声で言い放つ。
「こっちのボインちゃんは二十七区の領主で、こっちの素朴ちゃんはそこの給仕長だ」
「「「失礼しましたっ!」」」
綺麗な土下座が目の前に並ぶ。
そういう物分かりのいいところは、割と好感が持てるぞ、大工ども。
「あ、あの、オオバヤシロさん…………よ、よろしいんですか?」
「まぁ、仕方ないだろう。あのままじゃ仕事にならねぇし。なんだかんだ言ってもあと数時間で終わりだしな」
そして、この二人はもうすでに「普通の感覚」というものをかなり体験している。
お互いを「さん付け」で呼び合うことも自然に出来ているし、トレーシーの『癇癪癖』も出ていない。
それに、ネネも自分で考えて動けている。
さっきのフォローなんかは上出来だ。
今の感覚を忘れなければ、二十七区に戻ってもいい関係を保てるだろう。
……帰った途端、周りの空気にのみ込まれないと言い切れないところが悲しいけどな。
「トレーシーさん、ネネさん。少し休んでお食事をとってください」
土下座していた大工どもが席に着いたところで、ジネットがにこやかに言う。
だが、トレーシーとネネは揃って目を丸くした。
「え? いいんですか? だって……」
「そうですよ。お客さんがこんなにたくさんいらっしゃるのに……」
「大丈夫ですよ」
「……大工たちは」
「お客さんにカウントされないんです!」
「「「おいおーい! 店長さん、マグダたん、ロレッタちゃん、そいつぁヒデーよぅ!」」」
「ふにゃあ!? あの、わたしはそういう意味で言ったわけでは……っ!?」
慌てるジネット。だが……心配すんな。見ろよ大工どものその嬉しそうな顔。
弄られて喜んでるんだよ、そいつらは。
「あ、あの。みなさん、注文が出揃いましたので、わたしもフロアに出られますし、マグダさんとロレッタさんもいますから、お二人に休憩していただいても大丈夫だという意味で……それに、お二人とも、まだお食事をされていませんしっ!」
必死に説明をして、誤解を解こうと頑張るジネット。
おい、ジネット。
お前、今、すげぇにやにやした顔で見られてるぞ。そういう慌てた素振りが堪らなく可愛いんだとよ、オッサンどもには。
「拝観料、500Rb」
「「「高っ!? さらっとぼったくられた!?」」」
「……マグダもセットで」
「お前たち! 今すぐ一人1000Rb払うッス!」
「「「値段つり上がったぁっ!?」」」
初回限定版が割高になるのと同じシステムだな。
値段をつり上げたのはウーマロだが。
「とにかく、お食事をとってください。メニューにあるものでしたらなんでも作りますし、希望があればメニューにないものでも構いませんよ」
「お店で食事をするのに、料金を払わないというのは、なんとも落ち着きませんね」
「『賄い料理』というものだそうですよ、トレーシーさん」
アルバイトである二人には、当然賄い料理が振る舞われる。
それがどうも慣れないようで、トレーシーは居心地の悪そうな顔をしている。
「エステラは、ちょっと手伝っただけで賄い料理を要求してくるぞ」
「エステラ様が!?」
「……そう。ウチの領主は、遠慮がない」
「ちょっと、ヤシロ、マグダ! その言い方じゃ、まるでボクが意地汚いみたいじゃないか!」
「そうですよ、二人とも。エステラさんは、ただ権力を振りかざしてるだけです! よね?」
「違うよ!? ロレッタの意見が一番違う! それじゃ、ヤな領主じゃないか!」
「エステラさんは寂しがり屋さんなので、みんなと一緒なのがいいんですよ。ね、エステラさん」
「え~ん! ジネットちゃん、好きだー!」
エステラがジネットに抱きつき、天然のクッションに顔をうずめる。
「「あぁっ!? ズルいっ!」」
奇しくも、俺とトレーシーの声が被った。
意味合いと矛先は真逆なのだろうが。
「エ、エステラ様! わ、私も寂しがり屋さんですので、その……ご一緒がいいですっ!」
「ジネット! 俺もおっぱいが大好きだから、くっしょんぽぃ~んがしたいぞっ!」
「懺悔してください!」
「だ、そうだぞ、トレーシー」
「ヤシロさんが、です!」
なぜだ!?
なぜいつも俺だけ!?
まぁ、そんなわけで、寂しがり屋のエステラとトレーシーは仲良くすみっこの席で賄い料理を食べることになった。
俺とエステラがいつもの席に座ると、エステラの隣にトレーシーが座る。
その際、ネネはさり気なく椅子を引いてトレーシーをフォローしていた。
さり気ないフォローが自然と出来ている。……トレーシーの病気は相変わらずだが。
あ、病気ってのはエステラ大好き病の方な。
『癇癪癖』という病が影を潜めたせいで、そっちばかりが目立つようになってしまった。
……なんて残念な巨乳美女なんだ。
「この様子なら、もう怒鳴られたりはせずに済みそうだね」
トレーシーの椅子を引くネネを見て、エステラが言う。
「フォローも出来ているし、トレーシーへの遠慮が薄れた分、自分で考えて行動するようになったみたいだね」
「そう言われてみれば……そうかも、しれませんね」
自分の動きが変わったことに気が付いていなかったのか、ネネは己の手を見つめて驚いたような表情を見せている。
まるで狐につままれたような顔だ。
「トレーシーさんも、ここに来てからずっと穏やかな顔をしているしね」
「そんな……穏やかだなんて……エステラ様の方がずっとお綺麗です」
あれぇ~? おかしいなぁ、俺の耳に何か詰まってんのかな?
会話が成り立っていないような気がするんだけど、何か聞き逃したか? 逃してないよな。どんな脳内変換してんだ、あいつは。
「オオバヤシロさんは、やはり恐ろしい方ですね」
そんなことを、微笑を浮かべて言うトレーシー。
恐れている様子はまるで見えない。
「こんな短時間で、私とネネさんを変えてしまうなんて……」
いや。
確かに、ある程度の効果を期待出来る策ではあるが、あくまでそれは「心がけ」程度の話だ。
ここまで覿面な効果が表れたのは、お前たちが想像以上に周りの空気に流されまくる体質だったからに他ならない。
その流され体質の改善を考えた方がいいかもしれないな。
「もしこれが、不平等な条約を結ばせようと画策している相手だったらと思うと、身震いが止まりませんね」
「これから結ばせるかもしれんぞ」
「もしそうなったら、エステラ様に救いを求めましょう」
「えぇ……ヤシロ相手だと……ボクもちょっと自信ないなぁ……負けないにしても凄く面倒くさい相手だからねぇ」
負けないという自信がどこから来たんだかな。
完膚なきまでに詐欺にかけてやる自信があるぞ、俺は。
だが、トレーシーは難色を示すエステラに自信たっぷりに言ってのけた。
「いいえ。オオバヤシロさんはエステラ様には敵いません」
エステラ贔屓の参考にならない意見だ。
根拠があるなら聞いてみたいものだな。
「だって、オオバヤシロさんは私と同じですもの」
……巨乳?
え、俺が?
「オオバヤシロさんは、絶対エステラ様には敵いません。惚れた弱みというヤツです」
「「はぁっ!?」」
俺とエステラの口から、同時に素っ頓狂な声が漏れた。
「誰が誰に惚れてるって?」
「わ、……私が、エステラ様に…………きゃっ!」
「いや、それは知ってるよ! じゃなくて……っ!」
「あら? 違うのですか? 傍目に見ている限り、オオバヤシロさんの、エステラ様に対する言動は恋焦がれる者に対するソレのように見えましたけれど?」
「どこをどう見たらそう見えるんだ!?」
こいつの目は節穴なのか!? 節穴なんだな! 乳が出っ張った分、目が節穴になってしまったんだ。体積の配分をちょっと間違ってしまったに違いない。
「ねぇ、ネネさん。ネネさんもそう思いましたよね?」
「はい」
ネネもか!?
「ただ、私の場合は、論理的観点から推察した結果ですけれど」
「どんな論理的観点なのか、ぜひ聞かせてもらいたいもんだな」
「単純な話です」
トレーシーの背後に立ち、トレーシーを全面肯定するために、ネネは胸を張り威風堂々とした態度で己の意見を口にした。
「巨乳至上主義のオオバ様が、胸の寂しいエステラ様に優しくする理由は恋以外にあり得ません!」
「「よし、ネネ! 靴を脱いで足を貸せ!」」
俺とエステラは同時に立ち上がり、ネネに向かって突進していく。
くだらないことをほざけないように、無口になるつぼを押してやらねばなるまい!
「で、ですが! 少なくとも憎からず思っておいでではないのですか!?」
物凄い速度で壁際まで逃げ、ネネが訴えかけてくる。
……くぅ。確かに嫌いではない。ないが……こんなタイミングでは、イエスもノーも言えないじゃねぇか。
「……ふ、ふん! バカバカしい。これだから『なだらか』は……っ!」
「はぅっ!? ち、乳を非難されてしまいました!? 申し訳ありません! 見るに堪えないお粗末さで、申し訳ありません!」
「うん……ネネ。学習しようか?」
エステラがネネの首に腕を回し、魔神のような微笑を顔に貼りつけている。
あぁ。こりゃあ、あとでお仕置きだな。甘んじて受けろよ、ネネ。
「まったく。あとでジネットちゃんに足つぼしてもらうといいよ」
「ふぇえ!? なんで私なんですか!? 言い出したのはトレーシーさんですのに!」
「ネ、ネネさん!? その、ちょいちょい主を売り渡すような行為をやめなさい! そういうの、私、よくないと思いますよ!」
きゃいきゃいと騒がしい二十七区コンビから視線を外す。
なんというか……顔が熱いわ。ったく。
「ねぇ、ジネットちゃん。あとでたっぷり足つぼやってあげてね」
「…………」
「…………ジネットちゃん?」
「へっ!? あ、はい! すみません。なんですか!?」
トレーシーたちの注文を聞くために待機していたジネットだったが、なんだかとてもぼーっとしていた。
エステラに顔を覗き込まれて、肩を跳ねさせている。
「いや、足つぼをね……」
「分かりました、エステラさん! では、厨房へ!」
「ボクじゃない、ボクじゃないよ!? ネネ! ネネに足つぼを!」
「では、ご一緒に!」
「だから、ボクは違うって!」
ジネットの視線がマグロの如く空間を回遊している。
あいつ……今頭の中がごちゃごちゃになってるな。何も考えられていない顔だ、アレは。
「おい、ジネット」
「ヤシロさんもご一緒に?」
「違う! いいからその二人を解放してやれ」
プチパニックのジネットを落ち着かせ、エステラとネネを救出する。
……エステラ、今回の貸しは大きいからな。
ま、それよりも……
「こいつらの勘違いだ」
「……へ?」
真実はどうあれ、しなくてもいい心配ならしない方がいいし、心労なんてものはない方がいい。
……ジネットが何を心配して、何を不安に思うのかなんざ、俺の知ったこっちゃないから聞きゃしないけどな。
ただ、ジネットのプチパニックを放置すれば、被害者が増え続ける可能性が否めない。だから止める。それだけだ。
だから……これは別に言い訳でもなんでもない。
「四十二区の人間は、他の区の連中に言わせると随分仲が良く見えるらしいからな」
リカルドなんかも、陽だまり亭チームの結束力に舌を巻いていたくらいだ。
「……よく知らない人間が見たら、ひょっとすればそういう風に見えるかもしれん。お前や、マグダでもな」
「………………ぁ、はい。そう、かもしれませんね」
強張っていた頬が解れ、ぎこちない笑みを浮かべる。
が、途端に顔を赤く染め、大きな目をさらに大きくして、こちらに「んばっ!?」と視線を向け、目が合った瞬間に「ぴゅぃっ」と鳴いた。
「あ、あの…………今日の賄い料理はカレーですっ!」
それだけ言い残して、ジネットは厨房へと駆け込んでいってしまった。
…………さて、あいつの中で何がどういう風に解釈されたんだろうな…………知りたくもないがな。
「……ダーリン」
「なんの遊びだ?」
ジネットを見送り、呆然とする俺にマグダがしがみついてくる。
「……『他人にカップルだと見られたい』というヤシロの願いを聞き入れた結果」
「マグダ。お前、神社に祭られてる神様じゃなくてよかったな。初詣の後、苦情の手紙が殺到するところだったぞ」
誰がいつそんな願いを持ったか。
願ってもいないことを叶えられても戸惑うわ。
「お兄ちゃん!」
マグダを引っぺがしたところへ、今度はロレッタがやって来る。
「お兄ちゃん、あたしは!?」
「ロレッタ」
「違うです!」
「違うのか?」
「違わないですけど、違うんです!」
何が言いたいのか自分でも分からなくなって「むゎあああ!」となるロレッタ。
落ち着けよ、いいから。
「あたしとはどう見えるですか!? 『ロレッタちゃん激ラブ! 胸キュン、ズッキュン、ハートビートが止まらないZE☆』って見えるですか!?」
「そんな風に見られるんだとしたら、今後一切お前を連れ歩いたりしねぇよ」
何年前のヤングだ、そのセンス……
「どうやら、私たちの勘違いだったようですね、ネネさん」
「そのようですね」
謎の精神的ダメージの甲斐あって、トレーシーたちの誤解は解けたらしい。
「では、エステラ様は私が独占……ごふっ!」
「そういうことでもないから、さっさと鼻血を拭け。つか拭かせろ、ネネ」
「はい、ただいま!」
ネネに鼻をむにむにされているトレーシー。エステラが苦笑を漏らしている。
まったく、とんでもない騒ぎを起こしてくれたもんだ。
「それはそうと、トレーシー。二十四区の領主ってのはどんなヤツなんだ?」
会いに行くにせよ、事前に得られる情報は得ておきたい。
「頑固なお爺さんですね」
「うわ、頑固ジジイかよ……」
「……ヤシロ。どうして君は他所の区の領主に対して…………まぁ、もう今更だけどね。本人の目の前ではやめてよね」
こめかみを押さえてため息を漏らすエステラ。
そういう細かいことをいちいち気にしているから育たないんだぞ、きっと。
「でも、オオバヤシロさんのおっしゃる通り、裏では『頑固ジジイ』などと言われることもしばしばありますね」
くすくすと申し訳なさそうに笑うトレーシー。
お前も『癇癪姫』なんて不名誉な名前で呼ばれていたろうに……もしかしたら、全員にそういう裏の呼び名が付いているのかもしれないな。
共同体を成す以上面と向かっては言えない負の部分を表現したようなあだ名が。
「多数決でも、だいたい最後まで反対意見を述べるのは彼ですから」
同調現象が他よりも色濃い『BU』内で自分の意見を押し通せる人物か。
古いタイプの人間だから、影響が少ないのかもしれないな。
「四十二区に賠償を求めるかどうかを問う多数決でも、一人だけ反対票を投じていましたので」
「……ってことは、お前は賛成票を投じたってことだな?」
こいつ……エステラファンのくせに四十二区に賠償を求めるとは何事だ。
そこは身を呈してでも守り抜けよ、麗しのエステラ様を。
「だって……」
と、トレーシーがもじもじ「ぽっ」っとしながら、エステラにチラチラと視線を向ける。
「賠償を求める多数決が賛成多数で可決すれば……エステラ様に直接お会い出来ると思ったんですものっ……きゃっ!」
「きゃっ!」じゃねぇよ!
なんちゅう理由で賛成してんだ!? こっちは多額の賠償金を払わされようとしてんだぞ!?
会いたいから?
そんなもん、格安でいつでも派遣してやるわい! ……あ、料金は俺に渡してくれればいいから。
「そのおかげで、こうしてお近付きになれましたし……私の選択に間違いはなかったということですね!」
「……はは…………間違い、ね」
エステラも苦笑である。
ネネも「うんうん」と頷いているあたり……こいつら、マジで理解していないようだ。
つか、自分がよければそれでいい的な発想か? いや、他人への被害にまで思考が及んでいないのだろう。
日本でも、SNSで「なんでそんなことをネットに?」ということを書き込んだりするヤツが後を絶たない。
目先の感情に意識を持っていかれて、その後の展開に意識が及んでいないのだ。
そして、そういう軽率な判断は……時に取り返しのつかない事態を巻き起こす。
――そう、こういう風に。
「マグダ、ロレッタ……アルバイト二人を店長のところへ連行しろ」
「……いいの?」
「お兄ちゃん、言いにくいんですが……今の店長さんはたぶん……手加減とか出来ない感じじゃないかと……」
そうだなぁ。
照れ屋なジネットは、そういう類の話が得意ではなく、ちょっとしたことで心をかき乱されてしまうピュアな乙女だ……今はきっと、相手を思いやってやる余裕などないだろう……
だがしかし。
それすらも、こいつらの責任だ。
「構わん……マグダさん、ロレッタさん! 連れてお行きなさいっ!」
「……了解」
「任せるです!」
訓練された兵士のように、足並みを揃えてトレーシーたちへと肉薄するマグダとロレッタ。
マグダがトレーシーの、ロレッタがネネの腕を拘束し、強制的に起立させ、連行していく。
「あ、あのっ、オオバヤシロさん!? これは一体!?」
「ま、待ってください、話せばきっと分かっていただけると……っ!?」
そんな懇願……聞く耳持たん。
だが、まぁ、そうだな……『微笑みの領主』なら、もしかしたら慈悲を与えてくれるかもしれないぞ――と、視線を向けてみる。
「トレーシーさん、ネネ……」
「エ、エステラ様……っ」
「あぁ、あのお優しい顔……さすが『微笑みの……』」
「グッドラック」
「「エステラ様っ!?」」
満面の笑顔で手を振るエステラ。
――ま、そういうことだ。
最後まで抵抗していた二人だが、マグダとロレッタの獣人族コンビに力で敵うはずもなく…………魔の厨房へとのみ込まれていった。
数分後、これまでにない悲鳴が轟き渡り――二十七区への制裁は無事、完了したのだった。
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