後日譚39 行く先々で大盛況

「ヤシロさ~ん! キャベツ、買ってきました~」


 緑のイモムーが好みそうな、丸まるとした大きなキャベツを両手で掲げ、ジネットが三十六区の大通りを駆けてくる。


 屋台の売れ行きが想像以上で、材料が足りなくなったのだ。そんなわけで現地調達をしている。


「……タコ、ゲットだぜ」


 ジネットとは別の路地からひょっこりと顔を出したマグダの手には、きっちりと茹であげられた大きなタコが握られていた。

 屋台じゃ茹でられないからな。魚屋で茹でてもらってきたようだ。……それとも、もともと茹でておいてあったのだろうか?


「……この街では、ボイルシーフードが定番食とのこと」

「へぇ。さすが、海の街三十五区のお隣さんだな」


 海漁ギルドの拠点の一つ、三十五区。

 その街門からほど近い三十六区では、海の幸があちらこちらで売られている。

 大通りしか見ていないが、心象としては三十五区よりも海の幸推しが凄い気がする。


「お兄ちゃんたち! 早く調理にかかってです! ポップコーンだけではそろそろ限界です!」


 材料補充の間、ロレッタ、ハム摩呂姉弟は押し寄せてくる客たちをポップコーン一つで捌いていた。

 しかし、「甘い物より腹にたまるもの!」みたいな顔したオッサンたちは、ポップコーンでは満足してくれないようで、「何かあるんだろ? そっちの鉄板で何かするんだろ?」と、半ば脅迫めいた視線を俺たちに向けてきていた。

 すぐに焼けるように準備して待っていた俺は、針のむしろ状態だった。

 視線がちくちく刺さる。


 クレープとパンケーキなら焼けたのだが……これ以上甘いものを提供すると「ここは甘い物しかない店だ」と判断されて、甘いものに興味がない連中が離れていきそうだったので、売り時にもかかわらずグッと我慢していたのだ。

 お好み焼きが捌けたら、パンケーキも売ってやるっ!


「飢えた、獣の群れやー」


 嬉しそうにポップコーンを頬張るガキどもの向こうで、まさに飢えた獣の如きオーラを発するオッサンたちがこちらを凝視している。

 まぁ、俺がちょいちょいソースを鉄板に落とし、いい香りだけ辺りに撒き散らしているせいでもあるんだが……だって、甘い香りだけだと折角の客が逃げちまうし、そろそろ夕飯時だから、ここで逃がすとオッサンたち他所で飯食っちまうし……


「ジネット、材料のカットを頼む! 俺とマグダはすぐに焼き始めるぞ!」

「はい!」

「……了解」


 十分に熱せられた二種類の鉄板に油をひき、スタンバイをする。

 たこ焼きの方は先に生地を流し込んでしまう。

 お好み焼きは混ぜ合わせなきゃいけないから、もう少しの辛抱だ。


「はい! とりあえず一人前ずつです!」


 ジネットがキャベツとタコを一人前ずつカットして、俺たちの前に置く。

 先に一人前焼いてしまえということだ。さすが店長。無駄がない。


 お好み焼きは一人前だけ先行して焼くとして、ジネットはタコのカットに取りかかる。

 たこ焼きは一気に焼きあげる方が楽だからな。

 生地が固まってしまう前に、タコをカットしきってしまうつもりのようだ。


 お好み焼きとたこ焼き、それぞれの調理が始まると、ガキどもがポップコーン片手に近くへ寄ってきた。

 面白いもんな、作っている工程。たこ焼きなんか特に。


 しかし、それ以上に、ガキどもの背後から迫りくるオッサンたちの圧力が凄まじい。

「分かってるよな、テメェら? これだけ待たせたんだ。これでもしナンパで貧弱な物作りやがったら乱闘が起こるぜ?」みたいな顔だ。

 港で荷揚げの仕事でもしてる連中なのだろうか、筋肉がパンパンに膨れ上がっている漢たちがじりじりと詰め寄ってくる様は、……ホラーだ。


「な、なな、なんか怖いですっ!?」

「暴動の、一歩手前やー!」


 にじり寄る漢たちの『圧』に、ロレッタとハム摩呂が身を寄せ震え上がる。

 ……くっ。もうすぐお好み焼きが一枚だけ焼き上がりそうなんだが…………これ、マジで暴動が起こるんじゃないか?

 奪い合いとか始めるんじゃねぇぞ。


 よし、ここは俺がしっかりと、毅然とした態度で、傍若無人な略奪行為を完全阻止してやる!


「よし! お好み焼き第一号だ! 買うヤツはいるか!?」

「あ、どうぞ。お先に」

「いえいえ、そちらこそ」

「私はまだ大丈夫ですので、どなたかお先にどうですか?」

「とりあえず、順番に並びませんか、みなさん?」

「「「賛成」」」


 譲り合いの精神っ!?

 めっちゃ大らかな人たちだった!?

 なんか、見た目で判断しちゃってごめんね!?


「じゃー、アタークシがいたーだきますでござーますわっ、おほほ!」

「テメェに食わせるお好み焼きはねぇっ!」


 譲り合う漢たちの間をすり抜けて、圧塗りメイクのババアが割り込んできやがった。

 毅然とした態度、発動っ!


 見るからに設えのいい服とゴテゴテとした装飾品を身に着けているこのババアは、きっと見たまんまどこかの金持ちなのだろう。

 だが知らん!

 普段なら、金持ちを優先して必要以上に支払わせるところだが……俺は今、この漢たちの譲り合いの精神に猛烈に感動しているのだ!

 清らかなる心を持たぬ者に立ち入る隙は微塵もない!


「よし! じゃあ、一番最初から待ってたお前だ! お前に第一号を売ってやる!」

「えっ!? あ、あっしなんかでいいんでやすか?」


 おぉうっ、しゃべり方っ!?

 ……ちょっと後悔しそうになったが、言葉遣いは精霊神のおふざけに左右されるところだろうし…………


「いいだろう! お前に売った!」

「ありがとやんすっ!」


 妙に腰の低い筋肉男が一歩前へ進み出て、俺に頭を下げ、ジネット、マグダ、ロレッタ、ハム摩呂へと頭を下げ、振り返って観衆に頭を下げる。

 腰、低いなっ!? どんだけ腰低いんだよ!?


「それでは、いただきやんす………………ウッマっ!?」


 野太い声が漏れた。

 低かった腰を「ビーン!」と伸ばして、「ちょっ、見てこれ! マジうまい!」と観衆にアピールするようにお好み焼きの載った皿を掲げて、指さして見せている。

 視線の送り方がベテラングルメリポーターのようだ。

 もしカメラさんがそばにいれば「ちょっとカメラさん、見てくださいよこれ」とか言いながらお好み焼きの断面を見せつけていることだろう。


「これは、美味しい食事をさらに美味しくしたような味でやんす!」


 残念。たとえがすげぇ下手。

 何ひとつ伝わってこない。


「ハム摩呂。今焼けた新しいお好み焼きを食って、感想を聞かせてやれ」


 オッサンが悶えている間に焼いておいたお好み焼きをハム摩呂に渡し、試食させる。

 躊躇いなくお好み焼きに齧りつき、小さな口をもくもく動かすハム摩呂。

 見ていろ、なんちゃってグルメレポーターめ。

 これが、食レポってヤツだ!


「うまみと幸福感の、協奏曲やー!」

「俺にもくれ!」

「俺にも!」

「こっちは三枚だ!」


 さすがハム摩呂。あっという間に観衆の我慢が限界を突破してしまった。

 お前、その道で食っていけるぞ。


「……ハム摩呂。こっちも」

「おぉー! マグダたんの『あーん』やー!」


 お好み焼きの人気に負けず嫌いが刺激されたのか、マグダがたこ焼きを一つハム摩呂に食べさせてやる。


「あふっ、あふっ、あふっ、あふっ!」


 口の中でたこ焼きをはふはふさせるハム摩呂に、集まっているご婦人方から「かわいぃ~」の声が上がる。

 ……ばかやろう。はふはふくらい、俺も出来るわ。

 可愛さならハム摩呂と五分(ごぶ)だっつの。


「ぉほ、ほぃひふぁの……はふっ、はふっ、あつあつやー! はふっ、あふっ」


 最早感想にすらなっていない。

『美味しさの熱々やー』ってなんだよ?


「あたし、買うわっ!」

「私もよっ!」

「アタークシは三つザーマスっ!」


 さっきのザーマスオバサンまで!?

 女子人気が物凄いな!? ハム摩呂があっという間に婦人方に取り囲まれる。


 ……俺も、はふはふしながらお好み焼き焼こうかな。


「お、おお、俺にもたこ焼き!」

「俺にも!」

「いいや、俺が先だ!」


 ハム摩呂を愛でる婦人方を押し退けんばかりの勢いで、オッサンどもがたこ焼きの前に群がる。……いや、『マグダ』の前に群がっている。

 そして、全員揃って口を限界まで大きく開く。


「「「「あーん!」」」」

「……そのサービスは行っていない」

「「「「えぇーっ!?」」」」


 ハム摩呂がしてもらった「あーん」を羨ましがってんじゃねぇよ。

 うわぁ……オッサンたちの殺意混じりの視線がハム摩呂に突き刺さってるわぁ。

 オッサンの嫉妬って、みっともねぇなぁ。


「……ただし。購入者には漏れなく、ロレッタが『ふーふー』してくれる」

「なんであたしですか!?」

「「「「買ったっ!」」」」

「物凄い数の漢たちが、ユニゾンでっ!?」


 すげぇ単純につられた漢たち。

 ……この区も、バカしかいないのか。


「うぅ……過酷ですぅ……」


 マグダから手渡されたたこ焼きに、一度「ふぅ~」と息を吐きかけてから客に手渡すロレッタ。

 ……なに、このプレイ。俺も並ぼうかな?


 しかし、あっという間にたこ焼きに人気を掻っ攫われてしまったな。


 ちらりとこちらに視線を送ってきたマグダは、すげぇ勝ち誇ったドヤ顔をしていた。

 ……このやろう。


「ジネット!」

「はい」

「お好み焼きを、一回挟んで提供するサービスを……」

「懺悔してください!」


 ダメかぁ!

 まぁ、火傷するもんな。

 しょうがないよなぁ。


 しょうがないから、今度日を改めて、俺だけやってもらおう。



 こうして、三十六区『粉物』祭りは、盛況のうちに幕を降ろした。

 空はとっぷりと暮れている。三十五区での販売はもう無理だろうな。着く頃には結構深い時間になるだろう。


「三十五区での販売は明日の朝にするか」

「では、お昼過ぎに出発ですか?」


 後片付けをしながらそんな話をする。

 そうだな。十一時くらいから始めて十三時くらいまでやれば荒稼ぎが出来るだろう。

 それから四十二区に帰るとしよう。


「では、陽だまり亭に着く頃には夜ですね」

「そうなるかもな…………って、その残念そうな顔……お前まさか、明日営業する気だったのか?」

「えっ!? あ、いえ! 早く着いたら……とは、考えてましたけど……」


 社畜だ……社畜がいる。

 遠出の後に仕事とか……


 いや、まぁ。ジネットにとっては、陽だまり亭で働くことが生き甲斐であり、趣味であり、娯楽の一種なのかもしれないけどな。


「明日はさすがに休もうぜ」

「そうですね。みなさんを付き合わせるわけにもいきませんし。翌日に備えてゆっくり休みましょう」


 翌日は問答無用で通常営業なんだろうな。

 タフなヤツだ。


「その分、明日は頑張りましょうね」

「おう! 稼ぐぞ!」

「はい。みなさんに笑顔になってもらいましょう!」


 ……目的が俺とジネットで随分違うな。

 ま、結果は同じことになるから別にいいけどな。


「……ヤシロ。二号店は概ね片付け終わった」

「よし。んじゃ、俺たちも飯にするか」


 あらかたの片付けは済んだが、七号店の鉄板は熱々の状態だ。

 俺たちの分の飯を作るからな。


「……マグダはお好み焼きを断固拒否する」

「あたしも……一日中、それも熱い中嗅ぎ続けたですから……」

「甘辛い香りの、拷問やー!」

「え、えっと……わ、わたしはなんでも構いませんが……出来たら……」

「分かってるよ。ちゃんとお好み焼きじゃないヤツを考えてあるから」


 前回、陽だまり亭で一日ソースの匂いを嗅ぎ続けた従業員たちを見ているからな。今日も同じようになることは想像出来た。

 なので、粉物はやめて鉄板焼きにするつもりだ。

 豚肉と海老、あと野菜があるからな。そこそこ食えるものになるだろう。


「お手伝いしましょうか?」

「じゃあ、野菜を大きめに切ってくれ」

「はい」


 ジネットが鉄板焼きにうってつけの大きさにキャベツをカットしていく。

 その間に、俺はパンケーキを焼いておく。

 甘さは無しにして、パンの代わりにするのだ。

 野菜と肉を挟めばハンバーガーっぽいものになる。


 と、そんな俺の横で、マグダとロレッタが何やらごそごそし始めた。

 何をしてるんだと覗き込んでみると……


「……ヤシロにたこ焼きを作った」

「食べてです!」

「お前ら……俺も、お前らと同じ時間ソースの香りを浴び続けていたんだが?」


 自分たちは拒否したのに、俺には食えってのか……あぁ、もう。作っちまった後じゃ拒否も出来ねぇじゃねぇか。…………熱そうだな、また。


「お兄ちゃん! さっきのは業務用で、実はそんなにかかってなかったです!」


 突然割り込んできて、ロレッタが必死な顔をして何かを訴えてくる。

 業務用? なんの話だ?


「だから、これが、その……生れて初めての『ふーふー』です!」


 そう言って、マグダの持つ皿からたこ焼きを一つ取り、口元で「ふーふー」と息を吹きかける。湯気と一緒に、鰹節が揺れる。自分で食べるのかと思わせるほど、たこ焼きが唇に近い。

 そして、十分に熱が冷めたたこ焼きをこちらへと差し出してくる。


「あ、『あ~ん』です!」


 つまりアレか。

 さっき客にやっていた「ふーふー」は業務用で、その実吹いているフリをしていただけだと。実際は息もそんなにかかっていなくて、言ってしまえば「ふぅ~」と一回だけなので「ふーふー」には当たらない。これこそが、正真正銘ロレッタの初「ふーふー」だ。――とでも言いたいのだろう。


 で、その「初めて」を、俺に食わせていいのかよ?


「早くです。落ちるです!」


 ロレッタの手がぷるぷる震え出す。

 確かに、あと五秒でも放置すればたこ焼きは重力に抗えず落下してしまうだろう。

 それはもったいないな。

 ならば、俺の取るべき行動はただ一つ…………このたこ焼き、さっきロレッタの唇にすげぇ接近してたよなぁ………………


「あっ、あぁっ、は、早くです!」

「お、おう! 分かってるよ!」


 別に照れてないし。

 そもそも、ロレッタが仰々しいことを言うから…………えぇい、ままよ!

 俺は食うぞ!


 差し出された丸い物体にかぶりつく。

 そいつは紛うことなきたこ焼きで、甘辛いソースの香りと共に……激しい熱が俺の口内へ広がっていく。


「熱っ! はふっ! はふっ! 熱いよ、お前!」


 全然「ふーふー」が役割をはたしていなかった。

 あっつい! 物凄く熱い!

 けど、吐き出すわけにもいかない……

 なにせ、ロレッタが少し不安げに、でもどこか期待したような顔で俺を見ているのだから。


「どうです?」


 熱いよっ!


「お、美味しいです?」


 熱くてよく分かんないけどねっ!


 俺が「はふはふ」言って答えられないでいると、ロレッタの瞳がみるみる不安の色に塗り潰されていった。

 あぁっ、待て待て! 今言うから! 感想ちゃんと言うから!


 大慌てて飲み込むと、炎の塊を飲んだような熱さが食道を落下していく。

 ……ちょっと、泣きそうだ。


「う、美味かったぞ……ロレッタ」


 食道が焼かれ、声が上手く出ない。

 だが、それでもロレッタは満足そうに頷いてぴょこりんと飛び跳ねた。


「なら、よかったですっ!」


 ……こんなもんで喜んでもらえるなら、お安い御用………………


「……あ~ん」


 マグダが、焼けただれた食道をさする俺の目の前に、丸い物体を差し出してくる。


「……マグダも、これこそが本気の『あ~ん』」

「いや、ハム摩呂にならいいだろう、別に、身内みたいなもんなんだし……」

「……マグダの、本気の、『あ~ん』」


 いや、俺もな、ロレッタがさ、「なんとなく大切にしなきゃいけないようなものをやすやすと客に差し出すわけじゃないんです」って証明がしたくてさっきみたいな行動に出たってんなら理解出来るんだよ。

 でもさ、マグダ。

 お前はいいだろう?

 それに俺、「あ~ん」ってしてやったことあるよな?


「……今こそ、マグダの、本気の、『あ~ん』」


 どこで火が点くか分からないよな、マグダの負けず嫌いは……っていうか、マグダ。


「『ふーふー』は、ないのか?」

「…………」


 マグダの耳がピーンと伸びる。

 お、照れてるのか?


「……ヤシロは、それを所望?」

「ま、まぁ、所望……かな?」


 確実に熱いからな。

 ロレッタのだって死にそうな思いをしたんだ。

 そのままは、きっとキツイ。つか、無理。


「…………それは、求め過ぎ」


 乙女心に火が点いたらしいマグダは、珍しくあからさまな照れっぷりを見せつけ、たこ焼きを問答無用で俺の口へと突っ込んできた。


「ごぅっふっ!?」


 ……マグダ。

 それは、鬼の所業だ……


「……マグダは、容易く思い通りに出来る女ではないと自覚するべき」


 なら、引き換えに、熱過ぎるものを口に突っ込むと火傷すると覚えておいてくれ。


「あの、ヤシロさん……あまり冷たくはありませんが、お水です」

「はふはふぅっ!」

「えっと……『ありがとう』、ですね?」


 熱くてしゃべれない俺の、精一杯のアピールを見事読み解いたジネット。さすがだ。

 あぁ……死ぬかと思った。


 まぁ、分かるんだよ。

 なんとなくだけどな、乙女心っての? 微妙な感情が渦巻いちゃったんだろうな、きっと。なんとな~くは理解出来るんだけどさ……とりあえず、これだけははっきり言っておく。


「今後、客への『あ~ん』と『ふーふー』を禁止する」


 巡り巡って俺が災難に見舞われるからな。


「……了解した」

「あたしも、分かったです」

「分かった、つもりやー!」


 うん。ハム摩呂は分かってないんだな。でもまぁよし。ハム摩呂だし。


「……店長も食べるといい。マグダのたこ焼き」

「熱いですから、一旦割って、中を冷ましてから食べるといいです」

「その気遣い、俺の時も欲しかったな……」


 火傷しなかったからよかったけどな。

 でも、しばらく熱いものは避けたい気分だ。


「あの、ヤシロさん、大丈夫ですか?」


 いい感じに冷めたたこ焼きをもくもくした後で、ジネットが俺を気遣ってくれる。


「もし、何かしてほしいことがあれば言ってくださいね?」

「んじゃあ、お好み焼きを挟んで……」

「懺悔してください」


 介抱はするが、なんでもいいってわけではないようだ。

 ちぇ~……



 それから、パンケーキに海老と豚肉を挟んだなんちゃってバーガーをみんなで頬張り、三十五区を目指して残された道程を歩いた。

 空は闇に覆われていたが、四十二区よりも高い位置にあるせいか、星空がとても綺麗だった。

 それを見上げてみんなで歩く夜道は、不思議とまったく怖いとは感じなかった。




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