後日譚36 他区領主への働きかけ

「ヤシロ。これを見てくれるかい?」

「ほぉ……新しい偽パイだな。前のよりコンマ2ミリ分厚くなってる」

「どこを見てるんだい!? 見てほしいのはこの資料…………なんで分かんのさっ、服の上からなのに!?」


 バカモノ。それくらい分かるわ!

 分からんのは、なんでお前が性懲りもなく偽パイを仕込んでいるのか、その理由だ。


「今日は三十五区まで行っていたんだよ。ルシアさんの呼びかけで三十五区から四十二区の領主が一堂に会したんだ」

「今帰ってきたところなのか?」

「そうだよ。君にはすぐに知らせたくてね」

「『バレなかったよ』って?」

「偽パイの話じゃない!」


 太陽はすっかり顔を隠し、室内はランタンの炎が生み出す柔らかい光によって照らされている。

 俺は今、初めて領主の館を訪れた際に通されたあのちょい狭(せま)の応接室にいる。

 陽だまり亭はそろそろ夕飯のピークを迎える頃だろう。……悪いなぁ、また留守にしちまって。


「ウェンディたちの結婚式当日、三十五区からパレードをしたいと言い出したのは君だろう? その許可を取り付けてきたんだよ」

「おぉっ! 許可が下りたのか」


 ウェンディの家から馬車に乗り、四十二区の教会までの道のりをパレードみたいに賑やかに移動したい。そういう話をエステラとルシアにしていたのだ。

 内々で完結するのではなく、広く対外的に広報するという意味で。


 人間と虫人族の結婚は普通のことで、こんなにも素敵なものなのだ、と。


 心の奥に染みついた意識を改革することは難しい。

 だから、塗り潰してやるのだ。上書きだ。

 異種族間の結婚は普通だと、気にするほどのことでもないと、当たり前のことだと、どんどん上から塗りたくってやるのだ。

 そうすることで、救われるヤツらも出てくるだろう。

 幸いにして、この街には血統主義みたいなヤツもいないみたいだしな。

 ま、貴族は知らん。

「ウチの坊っちゃまの嫁になるには相応の血筋でなければ駄目ザマス!」みたいなマダムがいないとは、言い切れない。

 そんな例外はひとまず置いておいて、俺たち一般人はもっと気楽に、気ままに、人生を謳歌しようじゃないか! ――と、そういう広報発動を行っていくつもりだ。


「ルシアさんの説得のおかげで、三十四区から三十九区の領主たちも快諾してくれたよ」

「上の者には弱いからな、権力者って連中は」

「そういう社会だからね、貴族って」


 自嘲を含めた苦笑を漏らし、息苦しそうに首元を緩める。

 エステラって、ホント、血筋以外は貴族らしくないヤツだよな。いい意味で。


「お前がここの領主でよかったよ」

「へっ!?」


 素直にそう思った。

 例えば、四十二区の領主がルシアやリカルドだったら……俺はこの街にここまで長居はしなかったかもしれない。


 陽だまり亭の存在も、確かに大きいが……


「お前とだから、色々やってこられたんだと思う」

「な、なんだい、急に!? ヤ、ヤシロらしくないじゃないか、そんな、素直な…………何か裏があるんじゃないのかい?」

「偽パイを仕込んでまで頑張っているお前を激励してやっただけだよ」

「偽パイは関係ないだろう!?」


 異物を胸に隠してエステラが吠える。

 ったく。

 そもそも、乳を偽装して誰に見せるつもりなのだ。誰の評価を気にしているのか。


「領主の中に、乳の大きさで依怙贔屓するようなヤツでもいるのか?」

「そんな思考の持ち主は、ボクの知り合いの中では君以外にいないよ」

「ならわざわざ盛るな!」

「ボクにもプライドがあるんだよ!」


 そんな偽りのプライドなど捨ててしまえ!


「胸であっと言わせたいなら、生乳を放り出せばいい。そうすれば、この俺でさえも『おぉうっふ』って思うだろう!」

「……そんな格好で領主会議に臨んだら、即刻摘まみ出されるよ」

「摘まみ……えっ、チク……」

「そこを摘ままれたら戦争だよっ!」


 これが後の『チク摘ま戦争』である――


 ……ダメだ。歴史に残しちゃいけないヤツだ、これ。

 うん。戦争はよくないな、やっぱり。


「まったく……珍しく素直だなぁとか思ったら、すぐこれだ……」

「なんだよ。これこそ素直な俺じゃねぇか」

「胸に関してばかり素直にならないでもらいたいんだよ!」

「尻も好きだぞ」

「……摘まみ出すよ?」


 エステラの目がマジなので、とりあえず服の上から乳首を押さえておく。

 と、同時に、エステラがこめかみを押さえて長い息を吐いた。

 なんだよ、摘まもうとしたくせに。



「……とにかく、資料を見てよ。パレードを行うルートを決めなきゃいけないんだ」

「大通りは使えるのか?」

「難しいだろうね」

「はぁ? なんでだよ」

「人が多いからだよ。通行止めには出来ないだろう?」

「あぁ…………なんたることか」


 シェイクスピアの戯曲のように、オーバーに頭を押さえて天を仰ぐ。

 この街の領主どもは何も分かっていない。


「人が多いからこそ、大通りを使うんじゃねぇか」


 なぜわざわざ人通りの少ない道を選ばなければいけないのか。

 人に見せてこその広報。

 広報するからこそ、深く根付いた差別意識とか被害者意識を塗り潰すきっかけになるんじゃねぇか。

 大々的にやればやるほど、見る人が多ければ多いほど、その効果は上がる。

 大多数の者が「そんなもんまだ気にしてんのか?」って考えを持てば、街の空気そのものが入れ替わるんだ。


「それに大通りを使えば、各区の領主たちにもうまみはあるんだぞ」

「そうなのかい?」


 おそらく、領主どもは「ウチの道を通ることを許可してやる」くらいの気持ちでいるのだろう。

 だがな、お前らはこう思うべきなのだ。

「是非、ウチの大通りを通ってください」とな。


「パレードをすれば見物客が集まってくるだろう? 人が集まれば、そこでは商売が成り立つ」

「大通りに店を構える者たちが利益を上げるというのかい? ウチだと、カンタルチカとか」

「店に入っちまったらパレードが見れねぇじゃねぇか」

「じゃあ利益は上がらないじゃないか」


 まったく、察しの悪いヤツだ。


「ほら、覚えがないか? 長~い道を行列が通るってんで、それを大勢の人間が見物に来たイベントに」

「行列?」

「その行列を見ようと押しかけた連中は、食い物片手に楽しそうに盛り上がっていただろう?」

「あっ! お祭りか!」


 そう。

 かつて四十二区で行った精霊神へ感謝を示す光の祭りだ。


「つまりヤシロは、各区の大通りに、お祭りの時みたいな屋台を出せと言うんだね」

「大通りには店が並んでいるだろうから、そいつと向かい合わせになるように屋台を構えるんだ」


 大通りの両端に、既存の店と屋台に挟まれた小さな道を作るようなイメージだ。

 日本でも、大きな車道を挟んで縁日を開催するところはそういう手法を用いている。

 屋台の間隔を少し開けておけば、その間からパレードも見られるしな。

 どこかで広くスペースをとって、観覧席を設けてもいい。


「パレードが通るというだけじゃ、通る前と通り過ぎた後に客を留めておくことは出来ない。折角人が集まるのに、それではもったいないと思わんか?」

「……確かに。パレードだけじゃ、ボクもその時間以外はその場に留まらないかも……」

「どうしても見たいってヤツは早くから場所取りをするかもしれんが……それならそれで、そんなヤツが楽しめるコンテンツを用意しておけば金を落としてくれる可能性が高いだろ?」

「待ってる間に美味しいものを食べるとか……うん。それはいいね。利益は上がるし、見物客たちも楽しめる。一石二鳥だよ」

「そして、それらの収益の一部は、もれなく領主の懐に滑り込む」

「……なんか、人聞き悪くないかい?」

「でも、そうだろう?」

「大通りで臨時の商売をすれば、一定の税を取られるのは常識だろう?」

「ほら、私腹を肥やしてんじゃん」

「秩序だよ、これは! ……言い方に気を付けてよね」


 まぁ、きちんと税を治められるってのは、そいつがきちんとした商売人であるという証拠にもなる。必要なことだよな。


「その線で領主を説得し、なんとしても大通りを通る許可をもらってきてくれ」

「ボクが?」

「俺が言って話をつけてもいいぞ」

「あぁ、待って! 他区の領主には気難しい人もいるから……ヤシロじゃ絶対トラブルになる」


 凄まじい信頼をありがとう。

 むしろ起こしに行ってやろうか、トラブル?


「出来れば、大通りに大掛かりな飾りつけをして『非日常感』を演出出来るといいな」

「『非日常感』?」

「普段と違う空気に触れると、…………人は財布の紐を緩める傾向にある」

「ホント……たまにだけど、君が怖くなるよ、ボクは。そういうことばっかり詳しくて、そして的確なんだから……」


 なんだか失敬なことを言われた気がする。

 これくらいのことはもはや常識の範疇だろうが。誰しもが経験し、身に覚えのあることを改めて言葉にしたまでだ。


「ヤシロが、ボランティア精神溢れる聖人みたいな性格だったら、この世界はもっと住みやすくなっていただろうね」

「はっはっはっ! 何をおっしゃるウサギさん」

「ウサ……ッ!?」


 俺がボランティア?

 ないない。

 そもそも、誰かに良くしてもらおうなんて考えの人間が大多数を占める世界が『素晴らしい世界』になるわけがない。


 ――と、そのようなことを言ってやろうとしたのだが。

 なぜか、エステラが真っ赤な顔をして固まっていた。


「なっ……なんだい、いきなりっ、う、う、ウサギちゃんとかっ!?」


 いや、『ちゃん』は言ってねぇだろ。


「ボ、ボクがウサギちゃんみたいに可愛いとか…………な、なんだかヤシロ、今日は変だよ!?」


 変なのはお前だろう。

 誰がいつ「可愛い」なんて言ったよ。


「そ、そりゃ、褒めてくれるのは嬉しいけどさっ! ほら、ウサギさんリンゴとか可愛いし…………はっ!? まさか、ウサギさんリンゴみたいに、『お前を食べちゃうぞ』的な意味合いが………………わぁぁあっ! わ、悪ふざけにもほどがあるよ、ヤシロ!」


 盛大にテンパって、エステラの顔表面が秋の京都みたいに赤く染まる。……風流さは欠片もないが。


「何をおっしゃるウサギさん」でここまで想像を飛躍させるヤツがいるとは……まだまだ奥が深いな、異世界は。


「落ち着け。俺の故郷の言葉遊びみたいなもんだ。食べちゃったりつるつるぺたぺたしたりしないから」

「こ、言葉遊び!? どこがどう言葉遊びになってるのさ?」

「そりゃお前…………」


 ……どこが言葉遊びになってんだ?

 そもそも、なんでウサギさんなんだ?

 語源はなんだ?

 あぁ、クソ! ネットがあれば即調べるのにっ!


「クソッ! なんかモヤモヤする!」

「こっちこそがだよ!」


 なんというか、胸んとこに引っかかってるような、つっかえてるような、まとわりついているような……そんな気持ち悪さがある。

 そこら辺に溜まっている気持ち悪さを解消するべく、俺は自分の胸を両手でまさぐってみる。揉めば出てこないだろうか?


「モヤモヤしてるんだよね、ヤシロ!? ムラムラじゃないよね!?」

「えぇい、くそ! ここまで出かかっているのに!」

「どこから出す気なんだい!? 君の胸はどんなに揉んでも何も出ないよ!」


 なんだかエステラが心底俺の頭を心配しているような顔になってきたので、非常に遺憾ではあるが何をおっしゃるウサギさんの由来を思い出すのはここらで中断するとしよう。……確か童謡かなんかだった気がするんだが…………あっ! そうだ! 『ウサギとカメ』の歌詞だ! 二番の!


「あぁっ! スッキリした!」

「スッキリしちゃったの!? もう手遅れっぽいね、ヤシロは!?」


 ん?

 なんとなく、またあらぬ誤解が産み落とされた気がしなくもないが……まぁいいか。エステラだしな。エステラは残念な娘だから、訳の分からん勘違いをよくするのだ。今に始まったことじゃない。よし、スルーしよう。


「なぁ、エステラよ。アホなことしてないで話を戻していいか?」

「アホなことをしていたのは確実に君の方だけどね」


 何を言う。

 お前が突然「ボクがウサギちゃんみたいに可愛いって!? きゃー! 食べられちゃうぅ~」とか言い出したのが発端だろうが。

 なんでもかんでも人のせいにしてると心の狭い人間になって、心の小ささに引っ張られる形でおっぱいも縮んじまうぞ。


「それで、なんの話をしてたっけ?」

「お前のおっぱいが縮んでしまうって話だな」

「そんな話はしてないし、ボクの胸は縮まないよ! 育つ一方さ!」


 男前に言い切ったな。

 これで育たなければカエルにされても文句が言えないというのに。


「各区の大通りに店を出して、飾りつけとかして非日常感を出そうって話だったろう?」

「おーおー、そうそう。そんな話だったな」

「けど、説明が難しそうだね。各区の領主たちはお祭りの出店を見たことがないからね」


 それがどういったもので、どんな効果が見込めるのか。説明することは可能だが、百聞は一見に如かず……の反対で、口で説明するのは難しいだろう。


「だからさぁ~エステラぁ~。俺にい~ぃ考えがあるんだけどなぁ~」

「うわぁ……分かりやすく金の匂いを嗅ぎつけた顔をしているね…………今度は何をさせようっていうのさ?」


 物分かりのいいエステラは早々に諦めの境地に至り、俺の話を聞く姿勢を整える。

 いいぞ、エステラ。その素直さが、やがてお前に莫大な利益をもたらせてくれることだろう。


「デモンストレーションが出来るように各区の領主たちに掛け合ってくれないか?」

「デモンストレーション? 実際に屋台を出店するのかい?」


 その通りだ。

 百聞は、やっぱり一見には如かないのだ。

 実際に見せてやれば、これ以上ない説得力を発揮するだろう。


「けど、出展者はどうするのさ? まさか、四十二区の領民総出で各区を回ろうっていうんじゃないだろうね? それに店を設置するのだって時間が必要だし……三十五区まで全部の区を回るのに何日かかるか…………」

「本格的に出店する必要はないだろう。一個か二個屋台を出して、あとはこれがズラーっと並ぶって言ってやれば、それなりに想像は出来るだろう?」

「一個や二個って言っても……屋台骨と材料を載せる大型の馬車とか、それを現地で組み立てる大工とか、当然売り子と調理係もいるし……大所帯になることは変わらないだろ?」

「何言ってんだよ。四十二区には『いいもの』があるじゃねぇか」

「『いいもの』?」


 屋台の資材を運んだり組み立てたりしなくて済んで、材料もついでに運搬出来て、行ってすぐ販売体制が取れる優れもの……


「あっ! 陽だまり亭二号店と七号店!」


 そうだ。

 陽だまり亭の屋台が二つもある。

 あの屋台に別の料理を載せて引っ張っていけば、陽だまり亭のメンバーだけで開店出来る。

 ポップコーンやお好み焼きをその場で作って見せてやれば、結構な数の集客が見込めるだろう。なにせ、一時期は陽だまり亭の主戦力となり得る売り上げを誇っていたんだからな。


「…………ってことは、つまり」


 正解を導き出して一瞬晴れやかになったエステラの顔が一瞬で曇る。

 なにか、嫌なことに思い至ったかのような反応だ。


「各区の領主に大通りでの移動販売の許可を取ってこい……と?」

「うんっ!」

「……『うんっ!』じゃないよ……そんな無邪気な顔でまた無茶な要求を…………今日会議をして『大通り以外なら』ってことでようやく了承を取り付けてきたばかりだっていうのに……」

「なぁに。利益になると知れば飛びついてくるさ。貴族なんかどうせ、金の匂いに敏感な意地汚い連中ばっかりだろ?」

「……ボクも、一応貴族なんだけど?」


『貴族』と一括りにされたことへ不快感を示すエステラ。

 お前が金に意地汚くないことくらいは知ってるさ。

 お前が意地汚くなるのは胸元の『誤差』にだけだよな。「ちょっと膨らんだ」とか「アンダーがちょっと下がったからカップが上がったはず!」とか。


「とりあえず手紙を出してみるけど…………すぐに返事が来るとは限らないよ。今回は、こちらからお願いする立場で、基本的に向こうには旨みがないっていう感じになっているからね」


 これまで、四十区や四十一区との交渉を行ってきたが、大抵の場合が双方に利益のある話だった。

 だからこそ、すぐに返事が来たし、会うことも比較的容易だった。

 ただ、今回は「道を通らせてほしい」という、こちらからの一方的なお願いだ。

 相手にとっては二の次三の次にしても構わないという扱いだろう。


「う~ん……もっと効率的に要求をのませる方法はないのものか……」

「あんまり変なことしないでよ? 下手するとパレード自体が無しになっちゃうんだからね」


 変なことをするつもりはないが……正攻法じゃ埒が明かないし…………


「ヤシロ様、エステラ様。少々よろしいでしょうか?」


 ノックの音に続いて、ナタリアが部屋に入ってくる。


「ナタリア……君の主はボクなんだけど……なんでヤシロが先なのさ?」

「胸の順です」

「小さい順だよね、もちろん!?」

「ところでヤシロ様、少しよろしいでしょうか?」

「無視しないでくれるかな!? こんな会話で孤独感を味わうって、相当虚しいからね!」


 ただ一人騒がしいエステラを放置して、ナタリアの話を聞く。

 ……まったく。エステラは口を開くと胸の話ばかりだな。

 うん。スルーでいいだろう。


「実は、ヤシロ様にお会いしたいという方がお見えでして」

「俺に?」

「どうしてヤシロの客が、ボクの館に来るのさ?」


 それもそうだが、時間も時間だ。

 もう夜だぞ?

 こんな時間に俺を訪ねてくるヤツなんて………………ろくなヤツがいない。


「お通ししても?」

「いや、追い返してくれ」

「外交上、それは出来かねます」

「外交上?」


 …………あ。まさか。


「約束を守りに来たぞ、私は。友達のヤシロ」

「……やっぱりお前か、ギルベルタ」


 約束ってのは、「今度泊まりに来い」ってやつだろう。

 おかしいなぁ……「招待する」って言ったんだけどなぁ……


「この時間にやって来るってことは、確実に泊まるつもりだろうね」


 エステラも、若干引き気味で状況を分析する。

 ……まぁ。来ちまったもんはしょうがないけど…………さすがに今度はちゃんと許可も取ってあるだろうし……………………許可、出すかなぁ、アイツが。


「ん? 待てよ…………もしかして」


 俺の、人を見る目が確かだとすれば…………これはチャンスかもしれんぞ。


「エステラ。俺たちはついているかもしれんぞ」

「へ? ギルベルタが泊まりに来てくれて、かい?」

「あぁ。ギルベルタが『ある人物を引き連れてきてくれて』な」

「え…………、いや、まさか……いくらなんでも、それはないんじゃ……」


 言いかけたエステラだったが、俺と目が合うと口をつぐんだ。

 なぁ? そうだろう?

 お前も思うよな?

『アイツが、俺のもとにギルベルタを一人で寄越すわけがない』って。


「というわけで、ルシア。頼みたいことがあるんだが」

「貴様の頼みを聞いてやる謂れはないのだが?」


 ドアの向こうに声を投げかけると、案の定というか……ルシアがさも当然という顔つきで部屋に入ってきた。

 やっぱり付いてきてたか……


「ヤシロ……ボクは君のことを、いささか非常識な思考の持ち主だと思っていたんだけど…………今、この場においてはボクの方が少数派なようだね。…………領主が思いつきで外泊するなんて、ボクの理解の範疇を軽く飛び越えているよ…………ははっ」


 大方、今朝の領主会談で仕事が一段落したんだろうよ。


「俺の思惑通りに事が運べば、各区は大いに儲けられ、人々は幸せなひと時を過ごせて、人間と虫人族は一層深い絆で結ばれ、そしてギルベルタも大いに喜ぶ……そんな案があるんだが?」

「そんな上手い話をほいほいと信用出来ると思…………」

「おまけに、ギルベルタと二人でお散歩デートが出来るかもしれんぞ」

「詳しく聞かせろ、カタクチイワシッ! 早くっ!」


 うん。食いついた。


「ヤシロ…………やっぱり、ボクは君が怖いよ」


 ははっ、何言ってんだエステラ。

 ……怖いのはこの街の人間の思考回路だっつうの。



 その後、ルシアに今回の計画を話し、早々に各区の領主に話を通してもらうよう頼んでおいた。

 ギルベルタとのデートで釣り上げたルシアはかなりやる気満々で、こいつは期待が持てそうだ。きっと、意地でも移動販売の許可を取り付けてきてくれるだろう。




 かくして!

 それから数日後、俺たちは店を一日休みにして従業員一同で巡業に出ることになったのだった。




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