131話 二つの歯形
ベッコの家でハチミツを手に入れた翌日、俺は朝早くに生花ギルドの店へと来ていた。
「ミリィ」
「ぁ……てんとうむしさん。いらっしゃいませ」
ぺこりと、小動物のように頭を下げるミリィ。
今日、店は休みのようだ。
「休みなんだな」
「はぃ。……ぁの、領主様がぉやすみ、しなさいって」
その割には休んでいるようには見えない。「いらっしゃいませ」とも言っていたし、店も開いているし、エプロンをつけて花の世話をしているし。
「ぁう……ぁの、こ、これは……、お花はね、毎日ぉ世話してあげないと、元気、なくなるからね?」
「別にいいよ、そんな説明しなくても」
領主に言いつけるつもりもないし、言いつけたところで「ミリィらしいねぇ」で終わる話だ。
もしかして、ちょっと悪いことをしている気でもしているのだろうか。
ならば、好都合かもしれない。
今日は仕事のことは忘れて……
「ミリィ。これ」
「ぇ………………わぁっ!」
背中に隠していた花束を差し出す。
ベッコのところでもらってきた花たちだ。なんの花なのかまでは知らんが。
「ラベンダー、ラズベリー、サフラワー、ローズマリー……」
ピンクや紫の花を指さし、一つ一つの名前を言っていく。
「これ……一緒に咲いている場所があるの?」
「あぁ。高台の上の養蜂場だ」
「へぇ…………知らなかった……」
花に鼻を近付け、すぅ~っと息を吸い込む。
「ぃいこと聞いちゃったっ」
それは、初めて見るような柔らかい笑顔で、素直に喜んでくれているのがはっきりと分かった。
「もらっていいの?」
小首を傾げて問いかけてくるミリィ。しかし、瞳には「ほしいなぁ」とはっきり書かれていて、思わず笑ってしまった。
「ぇ、なに? みりぃ、変なこと言った?」
「いいや。……ふふ、あげるよ。ミリィのために採ってきたんだ」
「ぅん! ぁりがとう、てんとうむしさんっ」
本当に、ミリィは花が咲くように笑う。
これほど花に愛された女の子も珍しいんじゃないだろうか。
「ミリィ。今から森へ連れて行ってくれないか?」
「ぅん。ぃいよ。なにか必要なぉ花があるの?」
「あぁ、まぁ……それもあるんだが……」
花束を渡すタイミングで言えばよかったのだが、……さて、どう言ったものか。
俺は、胸を内側からノックしてくる妙な緊張を誤魔化すように、ミリィの柔らかい髪に触れる。
「みゅっ!?」
突然触れられて驚いたのか、ミリィが肩を震わせる。
不安と期待が混じったような色をして、大きな瞳が俺を見上げてくる。
髪につけられた大きなテントウムシの髪留めを指でなぞりながら、俺を見つめる大きな瞳に話しかける。
「デート、しないか?」
「…………………………す、……する」
こくりと、小さく頷き、そして「くわっ!」と目を見開く。
「ちょ、ちょっと、待って、て…………ぁの、す、すぐ、準備、してくるから」
その場で足踏みをして、意味なく二回転し、家に入ろうとしながらも、俺を気にし右往左往した後、何かを訴えかけるように俺を見つめてくる。
「そのままでもいいぞ。十分可愛い」
「ぁ…………うっ!」
褒めると、耳まで真っ赤に染めて、大きな瞳が揺らぎ始める。
そして、ぷるぷると小さく首を振り懸命に否定する。
「だ、だめだよぅ、もっと、ちゃんと……おしゃれ…………する、もん」
涙目で訴えかけられる。
……やっぱ、そういうとこは譲れないんだろうな。
「分かった。ちゃんと待ってるから。行っておいで」
「ぅ、ぅん!」
ぱたぱたと店へと駆け込み、店内でくるりと反転して、もう一度ドアのところまで戻ってくる。
花束をギュッと抱きしめて、その花越しににっこりと微笑む顔をこちらへ向けてくる。
「お花、ありがとう。すごくうれしかった……」
おそらく、部屋に置いてくるからなのだろう。花を持ってお礼が言いたかったんだろうなぁと、そんな気がした。
「待っててっ」
肩をすくめて笑い、ぱたぱたと店内へと入っていく。
喜んでもらえてよかった。
やっぱり、サプライズって効果絶大だな。
……しかし。
「家の前で女の子の着換えを待つのって……なんか、恥ずかしいな」
中学生の頃、クラスの女子の家の前でじっと立っていたクラスメイトを見かけて、「あいつ何してんだ? 下着泥棒か?」とか思っていたのだが…………そうか、アノ野郎はあの後デートだったのか…………時間が戻せるなら一発ぶん殴ってやるのに!
「……って、傍から見たら思われるようなことを、俺はやっているわけか…………」
俺、恥ずかしさで死んじゃうかも。
何やってんだろうなぁ……いい歳して。
「ぁぅ……ぁの…………ぉ…………ぉ待、たせ……」
二十分ほどして、ミリィがそっと、店のドアから顔を出した。
「ぁの……時間がなくて……ホントはもっと、ちゃんとできるんだけどね……ぁの……」
待たせるのは悪いと思ったから急いだ。
けどそのせいで少し簡単なオシャレになってしまった。
私は、本当はもっとちゃんとオシャレ出来るんだ。
と、そういう訴えのようだ。
だが、なかなかどうして。
「可愛いじゃないか」
「……ほんと?」
「あぁ。よく見せてくれよ」
「ぅ、…………ぅんっ!」
ドアからぴょこんと飛び出してきたミリィは、いつものエプロンを外し、水色の爽やかで清楚なイメージがするワンピースを着ていた。
頭にはいつもの大きなテントウムシと、その反対側に、小さなお団子が載っていた。
肩に届かないくらいの髪を、頑張って団子にしましたというような、小さなお団子だ。
ミリィの頭の上に大きなテントウムシと小さなテントウムシが乗り、向かい合っているような、そんなシルエットになっている。
「お団子、可愛いな」
「わぁ…………うん!」
珍しく、「うん」の出初めがはっきりと聞こえた。お団子には自信があったのだろう。
俺も、自分の得意分野を褒められるとすげぇ嬉しいもんな。分かるぞその気持ち。
「……ぁの、でも……」
ミリィが小さなお団子ヘアを手で押さえながら、恥ずかしそうに言う。
「ぉ……ぉんなの人の……ぉ胸じゃ、ない……よ?」
「うん。分かってるし、ミリィにそんな余計な知恵を吹き込んだ犯人も見当はついている」
昨日は世話になったが、今日の分の制裁はいつかきっちりつけさせてもらうぞ、真っ黒薬剤師。
「急で悪かったな。昨日のうちにお誘いだけでもしておけばよかったな」
「ぁう……ダメ、だよぉ……」
両手を開いて、おろおろとするミリィ。
ダメ?
「そんなことしたら……みりぃ、昨日の夜きっと眠れなかったもん…………これでぃい。ぁりがとね」
おぉっふ……
デートが楽しみで眠れない女子とか、可愛過ぎるじゃねぇか……
なんだろう……ミリィって、ホントいい子だなぁ。
「じゃ、行こうか」
「ぁ……ポシェット、持ってくる、ね」
もう一度、てとてとと店の中へと引き返していくミリィ。
女の子の旅立ちは大変だな。
「ぉ待たせ……ごめん、ね?」
「いや……ごめんねはいいんだけど…………デカくない?」
ミリィが肩に下げてきたのは、ミリィが丸々一人入れられそうな大きさのポシェットだった。
肩紐を斜め掛けしているのに、カバンがデカ過ぎで肩紐が体から随分と浮いてしまっている。
すなわち、『非・パイスラ』だ。
「もっと小さくて、こう、体に『ピタァー!』ってくっつくような肩紐のポシェットないのかな?」
「……ェ、ェッチな、こと、言ってる?」
「ううん、ううんううんううん! まさかまさか! ミリィにそんなこと言わねぇよ! 言うならエステラかノーマにする!」
あの二人は非常に言いやすい。
その上反応が面白い。
「だめ……だよ?」
「おぅ、そうだな! そういうのダメだよな! 悔い改めはしないけど、一つの意見として聞き入れておこう」
「ぁらため、ないの?」
「さぁ行こうか! そんだけデカいといろんなもん入りそうだよな!」
はたして、ボストンバッグ並みのこのデカいカバンを『ポシェット』と呼んでいいのかは分からんが、ミリィが『ポシェット』と呼んでいるなら、こいつは紛れもなく『ポシェット』であって、『ポシェット』以外の何物でもないのだ。
ミリィが言うなら、それが正解なのだ!
俺が歩き始めると、ミリィはとてとてっと、俺の左隣へと駆け寄り、ペースを合わせて歩き出す。
……っと、少しゆっくり歩いてやらなきゃな。ミリィの一歩は小さいんだし。俺に合わせてちゃ大変だろう。
少し弾むように歩くミリィは、とても可愛らしいのだが、如何せんカバンがデカい……すげぇ気になる。
「重そうだな、持とうか?」
「ぁりがと……でも、平気だよ。てんとうむしさんには……たぶん重くて持てない、から」
「…………え、すでに?」
「みりぃね、ちから持ちさんなの」
「そっかぁ……あははは…………この世界では、これでいい……んだよ、な?」
てっきり空なのだと思っていたのだが、なんか、すでに入っているっぽい。
デートと言えど、森に行く以上はプロとして欠かせないものでも入っているのだろう。
例えば、こう…………高枝切りバサミ的な? ……入ってたらビックリだけどな。
「ぁのね、この季節はね、りんごがた~っくさん出来るんだよ?」
「リンゴ!?」
なんてタイムリー!
そうそう。リンゴが欲しいってミリィに言っておかなきゃな。
「ちょうどよかった。デートのついでにリンゴが欲しいと思ってたところなんだ。いくつか譲ってくれるか?」
譲ると言っても、当然金は払う。
あの森は、生花ギルドの管轄下なのだ。
「…………ついで?」
ほんの少し、ミリィの眉間が膨らむ。シワにまではならないが、微かに不安のようなものを感じる微妙な変化が表れる。
「……りんごの、ついでに……デート……?」
「違う違う! デートのついでに、リンゴ! なんなら、リンゴいらないくらい!」
やばいやばい。
そんな勘違いで悲しまれては堪らない。
リンゴは確かに必要ではあるが、今日でなくてもいい。
いざとなったらアッスントに頼んで……
「そっかぁ……よかった」
一瞬焦ったが、ミリィは機嫌を直してくれたようだ。
ふむ、難しいもんだな。どこに地雷が潜んでいるのかが分からん。気を付けよう。
「やっぱ、持とうか? カバン」
「むりだよぉ……くすくす」
……無理なんだ…………
「ぁ…………」
右腕を曲げ、ミリィが空中を掴むような仕草を見せる。
……虫でもいたか?
「どうした?」
「ぅ、ぅうん。……なんでも、ない……よ?」
「ん。そっか」
ミリィがそう言うなら、きっとなんでもないのだろう。
それから十数分間、おしゃべりをしながら歩き、俺たちは森へとたどり着いた。
さっさと踏み込みたいが、……中には魔獣が居やがる上に、あのろくでもない食虫植物がうじゃうじゃいるのだ……ミリィの指示通りに動かなければ、俺はこの森の中に入ることも出来ない。
「ぁ…………ぁの、……ぁのね」
また、ミリィの右手がふわふわと空中をさまよっている。
……酔拳?
「ぇっと……ね、その…………も、もりはね……キケンだからね…………あの……ね」
……あぁ、なるほど。そういうことか。
「そうだな。俺なんか、何回食虫植物に食われかけたことか……」
腕を組んで、さもありなんと大きく頷く。
そして、組んでいた腕を解き、左手をミリィへと差し出す。
「よかったら、手でも繋いでいってくれねぇか? 危険、だからな」
「ゎ…………うんっ!」
差し出した俺の手をパシッと取り、少し照れくさそうに「ぇへへ」と笑う。
そうだよな。デートだもんな。手ぐらい繋がなきゃ。
「ぇへへ……また、思い出がひとつできた……」
キュッと、俺の手を握り、ミリィは楽しそうに歩き出す。
森に入ってからは、ミリィにしっかりと守られていたこともあり……四回しか食虫植物に引っかからなかったぜ。成長だ成長。うんうん。
「おぉっ!? すげぇ!」
ミリィが連れてきてくれた場所には、何本ものリンゴの木が立ち並び、枝には真っ赤に熟れたリンゴの実がびっしりと生っていた。
こう、たくさん生っていると……ジネットのパンツ桃源郷を思い出すな。
「……てんとうむしさん?」
「大丈夫だぞ!? 考えるだけはセーフだ!」
「……? ぅ、ぅん……たぶん、セーフ……かな?」
よし、お墨付きいただきました。
考えるまではセーフ!
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!
お~っぱいおっぱいおっぱいおっぱいぱ~い!
「……? てんとうむし、さん?」
「さぁ、ミリィ! リンゴを採ろうぜ!」
「ぁ……ぅん!」
いかんいかん。
体の外に何かが漏れ出てたらしい。うん、真面目にリンゴを採ろう。
「これって、手で引きちぎっていいのか?」
「ぁ……待って。いま、はさみ出すから……」
そう言って、ミリィはボストンバッグサイズのポシェットから柄の長~い剪定バサミを取り出した。
高枝切りバサミっぽいの出てきたっ!?
んで、もう一回だけ言うね、それポシェットじゃないよね!? いや、でもミリィが言うならポシェットか!?
「ぁ、ぁのね」
高枝切りバサミっぽいものを抱え、ミリィがもじもじと体を揺する。
「みりぃが、りんごさん採ってきて、ぁげる……ね?」
「え、……あぁ。じゃ、頼む」
「ぅん! 見てて」
言うなり、ミリィは一人でリンゴの木へと向かっていった。
一緒に採った方が早いと思うんだけ…………訂正。俺、足手まといにしかならねぇわ。
ミリィは、のんびりとした、なんだが「ほゎ~ん」とした動きで木の周りをくるくると踊るように移動しているのだが……枝の切れる音がおかしい。
バズズズズズゾゾッゾゾッゾゾッゾズッジャゾズズズッジャバスッスバスッ!
その後リンゴの雨が地面に降り注ぎ――ボドドドドドドドドドドッ!――と、直撃したら痛そうな音を鳴り響かせる。
その降り注ぐリンゴの雨を、ミリィは優~雅にかわし、舞うようにリンゴを枝から切り落とし続けている。
リンゴが地面に降り注ぐ中、チラッチラッと、こちらに視線を向けてくるミリィ。
あぁ、見ててほしいんだな。
小さく拍手などを送ってみる。
「ぁは……っ!」
するとミリィの顔は「ぱぁっ!」っと明るくなり、一層激しく、猛々しく、荒々しく、でもミリィ本人だけはのほほ~んと、リンゴを切り落としていった。
……過激だな、ミリィ。これ、環境破壊じゃないよな?
物の数分で、地面は切り落とされたリンゴに埋め尽くされてしまった。
落下させないで傷が付かないように気を付けた方がよかったんじゃないかと、リンゴを拾い上げてみると……傷など一つも付いていない。……え? なんで?
「ぁ……りんごさんは、優しく扱ってあげてね? 傷付きやすい果物だから」
いやいやいや!
えっ!? じゃあなに!? さっきのミリィのリンゴ乱舞は、リンゴを大切に扱ってたの!?
しかし、事実リンゴには一切傷が付いてない。……すげぇ落下音してたのに…………地面がふわっふわってわけでもないし、石とか枝とか落ちまくってるし、普通に落下させてれば絶対リンゴが傷だらけになってるはずなのに……………………ミリィ、一体何をした!?
俺には一切関知出来ないところで、プロの技が発揮されていた……そうとしか思えない現象を目の当たりにして、俺は呆然とするしかなかった。
落ちたリンゴを拾い上げるミリィは、砂糖細工を取り扱うかのように優しい手つきをしている。……分からん。一体何が起こっていたのか。
「ぁの…………生花ギルドの人以外には……ちょっと、分からないかも……だよ?」
リンゴが落下しても傷が付いていない理由を尋ねると、そんな答えが返ってきた。
何か複雑な理論でもあるのだろうか。
『物が切れるってつまりどういう原理?』と聞かれても「知るか! ハサミでチョキチョキすりゃあ切れんだよ!」としか説明出来ない……みたいなこと……で、いいのか?
「ぁの……このワザをマスターしたいなら……その……みりぃのぉウチに住み込んで……三年くらい、修練を積めば……てんとうむしさんにも……出来るかも……だよ?」
どうする?
みたいな視線を向けられるが……いや、そこまでするほどのことでもない。
たぶんこの先、俺がこんな大量のリンゴをくるくる踊りながら収穫することはないだろうからな。
「いや。リンゴが欲しい時はミリィに頼むようにするよ」
「…………そぅ」
なんだかしゅんとして、ミリィが高枝切りバサミっぽいヤツをポシェットにしまう……ポシェット……いや、もう何も言うまい。生花ギルドルールがあるのだ、うん。……でも、ポシェットって……
「なぁ、ミリィ。ポシェットってさ、『小物用の』肩掛けカバン、だよな?」
「ぅん。小物」
と、高枝切りバサミをチラリと見せる。
えぇ……それよりデカいハサミがゴロゴロあるの、生花ギルドって……それもう武器じゃん。
「てんとうむしさん、りんごさんいっぱいほしい?」
「ん?」
リンゴを拾い集めていたミリィが両手で大きなリンゴを持って俺を見上げてくる。
そうだなぁ……
「いっぱいもらおうかな。ミリィが頑張って採ってくれたしな」
「ぅんっ!」
天使のような笑みを見せ、大きなリンゴを俺へと差し出してくる。
受け取ると、リンゴがデカいんじゃなくて、ミリィの手が小さいんだということに気が付いた。まぁ、リンゴもそこそこデカいけどな。
受け取ったリンゴに鼻を近付け、「すぅー」と息を吸い込むと、爽やかな香りが肺に溜まっていく。うはぁ、美味そう……よし。
俺はリンゴの一面を服でごしごしと拭くとガブリと齧りついた。
「うまっ!?」
甘い! すげぇ甘い!
蜜、すっげぇ出てる!
もう少し酸味の強いリンゴを想像していたのだが……
「瑞々しいし、甘い。もっとぱさぱさして喉が渇くかと思いきや、すげぇジューシーで口の中が潤うし……これ、本当にリンゴか?」
「ぇへへ。ぁのね、この森のりんごさんはね、みりぃたちが一所懸命お世話しててね、生花ギルドのね、自慢なんだょ」
褒められた子供のように、やや興奮しながらミリィが言う。実に誇らしげだ。
「ぁの……でも……ちゃんと洗ってから食べた方がいいょ? ずっと外にあったものだし、雨とかにあたってるし……」
「いやいや、ちゃんと拭いたろ?」
「ぁう……拭いても……」
「これで十分なんだよ。俺の故郷ではこうやって食うのが普通だったんだ」
「そぅ……なの?」
もっとも、日本で丸齧りする際は、表面のワックスを拭い落とすって意味合いの方が強かった気がするけどな。
ワックスなんか使わなくてもツヤッツヤだ。
と、俺がリンゴを見つめていると、ミリィも同じくリンゴを見つめていた。俺の持ってるリンゴを。……ちょっと口が開いている。…………うわぁ、指突っ込みてぇ……いや、しないけど。
「食うか?」
「ぇ……でも…………おぎょうぎ、わるく、……ない?」
「外で食う時は、多少ワイルドでもOKなんだよ」
「そぅ……なの?」
「そうなの」
断言すると、ミリィは顔をほころばせ、そっと両手を伸ばしてきた。
俺の齧りかけでいいのか? とも思ったが、まぁ、ミリィが外で丸々一個食い切れるとも思えないし……シェアするか。ミリィの方も、嫌がってる感じじゃないし。
リンゴを渡すと、両手で持ち、ジッと見つめて……遠慮がちに服でリンゴの皮を拭く。
そして、恐る恐る、小さな口で齧りついた。
かしゅ……っ。
遠慮がちな音を立てて、リンゴを齧るミリィ。その甘みが口に広がっていくのに合わせて、ミリィの顔にも笑みが広がっていく。
「……ぁまぁ~ぃ」
幸せそうに笑うミリィ。
どこか照れたような顔で俺を見上げて、いつもとは少し雰囲気の違う笑みを浮かべる。
「……なんだかね…………わるいことをしてるみたいで……ちょっと、ドキドキするね」
リンゴの丸齧りは行儀が悪い、そう思っているのかもしれないな。
まぁ、日本でもあんまり行儀がいいとは思われないか。悪くもないと思うが。
今までしたことがなかった行為に、ミリィは少しだけ高揚感を覚えているようだった。
……俺色に染めてやりたくなるな、なんだか。
「それじゃ、この後どうする?」
「ぁ……ぁのね…………」
二つの歯形がついたリンゴを持って、ミリィがもじもじと肩を揺らす。
何か、言い出しにくいことを言おうとしているようだ。
窺うように、上目遣いの大きな瞳が俺を見上げてくる。
「みりぃ……デートのときは…………ケーキ、食べたいなぁ……って、思ってた……」
おねだりか。
いいだろう!
美味しい物を食べさせてあげるから、ちょっとオジサンに付いておいでよ、でへへ!
うそうそ。
もっと健全な気持ちで、ミリィをケーキに誘おうではないか。
「それじゃあ、この街で一番美味いケーキを出す店に行こうか」
「ぅん! 陽だまり亭、行きたいっ」
上機嫌なミリィと手を繋ぎ、俺たちは森を後にする。
あの大量のリンゴは、ミリィが肩に下げているカバンの中にすべて収まっている。
…………相当重いと思うんだけど…………ミリィはにこにことしてそんな素振りを見せもしない。
……獣人族って、やっぱ反則だよな。…………ミリィは虫人族だけど。
こうして、大量のリンゴと大量のハチミツを手に入れた俺たちは、ジネットとレジーナをはじめ、様々な人間を巻き込んで試行錯誤を繰り返した結果……美味いカレーを完成させた。
作業工程は割愛する。
…………地獄絵図だったからな。
「辛ー!?」「今度は甘っ!?」「まずっ!?」「臭っ!?」みたいな感じでな……はは、苦労したぁ……
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