127話 大食い大会四十二区代表者選考会

 本日は朝から抜けるような青空が広がり、気温も湿度も非常に快適な、非常に過ごしやすい日になった。


「うんうん。やっぱり日頃の行いがいいからだろうね」

「おいおい。あんまり褒めんなよ。照れんじゃねぇか」

「……ヤシロの行いがいいんだったら、ボクなんか聖人君子と呼ばれているよ」


 第一回四十二区内大食い大会出場選手選考会委員長エステラ様のありがたいお言葉である。

 誰が聖人君子だ。この偽乳常習犯が。


「ヤシロさ~ん! エステラさ~ん! 準備が整いましたよ~!」


 選考会が行われる四十二区中央広場に設けられた特設キッチンで、ジネットが大きく手を振って合図を寄越す。

 ジネットの他に、四十二区内の飲食店関係者がキッチンの向こうで忙しなく動き回っている。


 大食いのための料理を作り続けてもらうのだ。

 今日は、あいつらが一番しんどい日かもしれないな。


「マグダとシスターベルティーナ、デリアとウーマロは選手決定だから参加しないんだね」

「そいつらを参加させると、料理番の中から死人が出るぞ」


 大食いのためにじゃんじゃん料理を作るなんて経験、誰もないだろうからな。

 三区対抗の大食い大会本番も、各区の料理番が大食い用の料理を作ることになっている。

 これはそのための予行練習でもあるのだ。


 領主だけで行われた会談の中で、リカルドから一つの案がもたらされた。


『料理が滞り、選手を待たせることがあった場合、その料理を担当していた区にはペナルティを科すこと』


 大食いはペース配分が重要だ。

 下手に待たされたりしたら腹が膨れてしまう。

 不利になった区が料理番を使ってそういう工作をしないための追加ルールと言える。

 それに、料理が間に合わなくて勝負が白けてしまうのもいただけない。


「なんだかんだで、結構大掛かりな大会になっちゃったね」

「全領民が参加して、まさに区を上げてのイベントだな」


 ちなみに、本日四十二区内の店はすべて強制定休日とされている。

 後々に禍根を残さないために、領主に泥を被ってもらった格好だ。

 もっとも、不満を言うヤツなんかいなかったけどな。


 あ、緊急時には仕事に戻ることは許可されているし、申請の必要もない。

 ニワトリが逃げたとか牛が産気づいたとか、色々緊急事態があるかもしれないしな。

 そこら辺は、自由にやればいい。


「……ヤシロ」


 会場のセッティングがほぼ終わりかけた頃、マグダが、すでに参加の決まったメンバーを引き連れて俺のもとへとやって来た。


「……マグダたちも参加したい」

「人殺しか!?」

「物騒な言葉を使ってはいけませんよ、ヤシロさん。……じゅる」

「物騒な音を漏らしてんじゃねぇよ!」


 こいつらが参加すれば、料理番から死者が続出し、四十二区内の食料は枯渇し、栄養不足により巨乳が激減する。

 認めるわけにはいかない!


「違うんッス。オイラたちは、試合の雰囲気に慣れておきたいんッス」

「なにをいっちょ前に、選手みたいなこと言ってんだよ?」

「オイラたち選手ッスよ!? ヤシロさんが選んだんッスよ!?」

「確かに、ぶっつけ本番よりかは、一度でも体験してもらっておいた方がいいかもね」

「う~ん……それもそうか……」

「ふぇいっ!?」


 遠くから奇妙な声が聞こえ、そして、ジネットが凄い速度の小走りで俺たちのもとまでやって来た。


「あ、あああ、ああ、あの…………ひ、人死にが出ますよ?」


 マジ狼狽えだ。目がすげぇマジだ。


「大丈夫ですよ、ジネット。私たちは雰囲気を楽しむだけ……そうですね。腹八分目に留めておきましょう」

「二分目でお願いします!」

「……餓死者が出ますよ?」

「一人前以上食って餓死するヤツはこの世にいねぇよ」


 ジネットの切実な願いは聞き入れられ、ベルティーナは腹二分目まで、マグダは『赤モヤ』無し、という条件で参加することになった。デリアに関しては、甘い物さえ出さなければ普通よりちょっと食うくらいだしな。


「あ、あの……オイラは? 何か制限とか」

「マグダ禁止」

「それ、精神的につらいだけッス! 食べる量に関係ないッス!」

「じゃあ……」


 マグダのネコ耳に口を近付け、こそこそととあるセリフを吹き込む。

 俺の意思を汲み、マグダが頷く。そして……


「……マグダは、あまり大食いの人は好きくない」

「オイラ、お米粒二つくらいでお腹いっぱいになる派ッス!」

「……ねぇ、ヤシロ。扱いやすいのはいいんだけど……大食い大会の選考会には相応しくないんじゃないかな?」


 仕方がないので「……今日は適度に」と、マグダに言わせるに留めておいた。


「シスターの食べる料理を、リアルタイムで…………その試練、わたしたちに乗り越えられるでしょうか……」


 なんかすげぇ深刻な顔をしている。

 いや、確かにベルティーナなら、わんこそばのおばちゃんから泣きが入ってもおかしくないレベルで食うけど。今回は腹二分目でやめるっていうし…………ベルティーナの腹二分目って、結局何人前なんだろうな……


 と、そこへ、参加者と観客の整理を行っていたナタリアがやって来る。


「ヤシロ様、お嬢様、その他大勢様」

「誰がその他大勢だ!?」

「でも、『様』付けで敬う気持ちは汲み取れますし、よいではないですか」


 怒るデリアをベルティーナがなだめている。

 ウーマロは反論したくても美女が多いので何も言えないでいる。


「観客席は問題なく、大きな混乱もなく着席していただけました」

「そう。よかった」

「ヤシロ様デザインの客席は、どの席でも見やすいので、不平不満が出難かったのだと思われます」


 今回のセッティングに際し、俺は何枚かのデザイン画をウーマロに手渡していたのだ。

 観客席はテレビの番組観覧のような感じで、大食いの舞台となる横に長~いテーブルを中心とした扇形に設置し、前列から後ろに行くにつれ高くなる階段状の構造にしてある。

 どの席にいても見えないということはないだろう。


 鍋をやって盛り上がった後、ウーマロは夜遅くまでこの設営に勤しんでいたようだ。


「寝不足じゃないのか?」

「いや、寝たッスよ。ある程度組み上げておけば、朝のうちにパパッと出来るッスからね」


 組み立て式の特設セット。

 本当にテレビ番組みたいだな。……俺、グラサンしてオールバックとかにしてくればよかったか? 「髪切った?」とか言って。


「ですが一つ困ったことが」

「何か問題があったのかい?」

「参加希望者が予想よりも多くなりまして、席が足りないのです」


 ナタリアが言うには、四十名以上の者が参加したいと申し出てきたようだ。

 俺たちは集まっても精々十数人だろうと予想していたのだが……領民への説明会で下手に火をつけてしまったのかもしれないな。


「どうやら、今回出されるスペシャルメニューを食べてみたい方が多いようです」

「あぁ……なるほどね」


 大食いに自信があるわけではないが、滅多に食べられない新しいメニューを食べてみたい。

 そんな、記念参加をしたいヤツが大勢いるようだ。

 ……それは困ったな。


「どうしよう、ヤシロ? そんなものに応えていると、経費はいくらあっても足りないよ」

「だな」


 今はまだ参加を表明していない観客にまで「その手があったか!」なんて思われて「じゃあ私も!」なんてヤツが増えても困る。

 しょうがないな。


「足切りをするか」

「足切り?」


 俺は特設キッチンへと赴き、檸檬のオーナーやその他ケーキを取り扱っている店の連中に話をつけた。

 まず選考会の予選を行う。

 食材は、ケーキだ!


「各自、自分の店に戻り大至急ケーキを焼いてきてくれ。参加者が十人になるまで食わせ続ける!」

「あの、でも……そんなことをしては大人様ランチが食べられなくなるのでは?」

「大丈夫! ケーキは別腹だ!」


 ただし、別腹の方を先に満たした場合、メインの胃袋への圧迫感は半端ないけどな!


「じゃあ、こうしたらどうかな?」


 俺の案に、エステラが修正案を出してくる。


「参加者を二つに分けて、どっちに出るかを選ばせよう。女の人も多かったし、色んなケーキが食べられるんなら、そっちがいいって人もいるんじゃないかな?」

「だが、それだと『俺も私も』連中が……」

「その点はお任せください」


 ナタリアが胸を張ってキリリとした表情を見せる。


「これ以降の参加希望者は……私を倒してからということにしましょう」

「普通に締め切ろう」

「そ、そうですね。話せば分かってくださいますよ」

「怪我人を出してどうすんだよ」

「……そういう挑発は、ノーマあたりが面白がって乗ってくるからやめた方がいい」

「総攻撃ですね、私。良かれと思ってやったことが裏目に……悲しいです、ヤシロ様、大至急慰めてください」

「どの角度から甘えてくるんだよ、お前は!? ビックリするわ!」


 そんなわけで、深く考えるまでもなく、最も単純かつ簡単な方法で問題は解決された。

「もう締め切りで~す」の一言で終了だ。うん、人間、話せば分かり合えるもんだ。


 エステラの睨んだ通り、ケーキ部門と大人様ランチ部門に分けると、ケーキに二十七名、大人様ランチに十八名と、適度な人数になった。

 大人様ランチ、作るの大変なんだよ。本番は三人分でいいわけで、ここまでハードな練習は必要ないんだけどな。


「一回で十八皿か……ウチの店の旗、何回出てくるかな?」

「四周はしてほしいよね」


 そんな、こっちサイドの楽しみも内包しつつ、大食い大会出場選手選考会は始まった。





「ぬほぉおおっ! これはっ、すごい! 凄いですっ! ネフェリー選手、他の追随を許さない凄まじい勢いでモンブランを掻き込んでいくですっ! モンブランのあの細く特徴的なクリームを麺類のように啜るとは一体誰が予測出来たでしょうか、いや、出来るはずもないです! 解説のお兄ちゃん、どうですか!?」

「いや、……物理的に不可能だろう」

「なに言ってるです、お兄ちゃん!? ケーキは乙女の夢! 夢の食べ物に不可能なんてないのです!」

「いや……物理的にな……まぁ、いいけど」


 大人様ランチ部門にエントリーしているロレッタが、嬉々として実況を行っている。……こいつ、妙に手馴れてやがるな。


 出場者は、最初こそ手探りな感じだったが、制限時間四十五分という長丁場が功を奏し、いい感じでライバル意識を煽ってくれていた。


「おやおや。完全に手が止まってしまったパウラ選手! 威勢がよかったのは、どうやら最初だけだったようです」

「うっさいわよ、ロレッタ! 今から巻き返すんだから、黙って見てなさいよ!」

「あたしは実況なので黙れないので~す! ぷぷぷーで~す」

「あんた、あとで覚えときなさいよ!」


 こうやって、ロレッタがいちいち参加者を煽るものだから、どいつもこいつも殺気立ち始めていた。日頃の鬱憤や悩みやその他諸々、体内に溜め込んだ負の感情をケーキにぶつけるかのように貪り食う女たち。と、一部オッサンども。


「がぁぁ……口の中が甘ぇ~っ!」

「私も、そろそろ限界かもしれません……」


 モーマットにヤップロックは、他の女子選手に比べて極端に数が少ない。

 ……なぜケーキの方に参加したのか…………


「ヤップロック選手は、『キャラメルポップコーンに携わる者として、甘い物にエントリーするのが当然ではないかと思いました』と試合前にコメントしていたです」

「大きく間違っている解釈だな。あいつが作ってるのはトウモロコシであってキャラメルポップコーンではないしな」

「モーマット選手は……まぁおそらく、若い女の人に囲まれたかっただけなんじゃないですかね? エロワニです」

「違ぇわっ! ほら見ろ、お前ぇがおかしなこと言うから両サイド、ちょっと間隔があいちゃったじゃねぇか!」


 モーマットの両サイドの女子選手が椅子をずらしてモーマットから距離を取る。

 ぷぷーっ、ザマァ。


「俺はこう見えて甘い物が好きなんだよ!」

「だったらもっと景気よく食えよ」

「……いや、二個で十分だ……あんまり一気に食うもんじゃねぇんだな」


 情けない泣き言を漏らし、ワニが机に突っ伏す。

 こいつはダメだな。選手として最も大切な根性が著しく欠落している。


「おやおや、モーマット選手、これはもうリタイアですね。にもかかわらず席を離れないあたり、やっぱり若い女子に囲まれていたいだけなんですね。エロワニです」

「だから、違ぇつってんだろ! そして、さらにちょっと離れるな両隣の女子たちっ!」


 モーマットに続き、ヤップロックもギブアップした。

 シェリルが駆け寄ってきて、余ったケーキに食らいついている光景が微笑ましかった。


「お兄ちゃん……ヤップロックさんの娘さんはまだ五歳なので、そんないかがわしい目で見るのはやめてあげてほしいです……」

「お前はいい度胸をしているな、ロレッタ?」


 お前も味わってみるか? 俺の本気のエロい視線を?


「ヤシロ様、あと一分です」


 時計係のナタリアから合図が入る。

 それに合わせて高らかに鐘が打ち鳴らされた。


「あたしは、負けないっ! ……もーぐもぐもぐっ!」

「なんのっ、私だって! ……ちゅるるんっ!」


 終了一分前の鐘に、選手が最後のスパートを見せる。

 だが、すでに膨れ上がった腹にはもうスペースはなく……結局、ケーキ部門はネフェリーの優勝で幕を下ろした。


「素晴らしい戦いでした! 勝者のネフェリー選手は、ケーキの新しい食べ方を示してくれましたです。王者に相応しい勝ち方です。料理番の仕事をほっぽってケーキに釣られて参加したどっかの酒場の看板娘とは大違いです」

「それあたしのことでしょ、ロレッタ!?」


 食べ過ぎでダウンしていたパウラが体を起こして牙を剥く。

 この二人は仲がいいのか悪いのか、よく分からんな。


「凄い食べっぷりだったね、ネフェリーは」


 勝負が終わり、エステラがそんな感想を述べる。

 確かに、他のヤツに比べればたくさん食べた方ではあるが、他の連中が普通過ぎたっていう感じも否めない。


 第一、甘い物ならデリアの方が圧倒的に食うからな。


「ヤシロッ!」


 勝者のネフェリーが実況席へと駆け寄ってくる。


「へへへー、勝っちゃった」

「おめでとさん」

「あ、じゃああたしは、そろそろ行くです。ネフェリーさん、実況お願いです」

「はいはい。頑張ってね」


 ロレッタは大人様ランチ部門へ参加するため、ここでネフェリーとバトンタッチだ。


 ネフェリーが俺の隣に座り、俺の両隣がエステラとネフェリーになる。

 間の俺を挟んで、エステラがネフェリーに声をかける。


「どうだった、やってみた感想は?」

「う~ん、美味しいって思えるのは最初だけで、後半はただただつらいだけだったなぁ……もうしばらくモンブランは見たくない感じ」


 お腹をさすり、苦笑を漏らすネフェリー。本当に苦しそうだ。


「長いわよ、四十五分って」

「そこが狙いさ」


 一瞬で決まってしまう勝負より、時間をかけて心理戦を展開する勝負の方が、見ている方は飽きないのだ。ドラマも生まれるしな。

 今の戦いでもそれは証明された。

 参加者も途中からムキになっていたようだし、観客も随分声を上げていた。


 本気の人間に、人は心を動かされる。


 一流の詐欺師は、誰よりも口が上手いというわけではない。

 本当に腕のいい詐欺師は、心の演技が上手いのだ。


 ――「私……こんなに気が合う人初めて……今、凄く楽しいな」

 ――「何やってんだよ!? 今始めなきゃ、お前一生変われないままだぞ!?」

 ――「ウチにはお腹を空かせた幼い子供が……」

 ――「君の夢を、本気で応援したい。一緒に夢を掴もう!」


 喜怒哀楽と、感情を昂ぶらせて相手を思うように動かす手口は古くから使われ続けている。

 人間は、近しいものに同調しようとする習性を持っているのだ。


 自分との時間を楽しいと言ってくれる人と一緒にいるのは楽しい。

 自分の不甲斐なさを本気で叱ってくれる人がいたら、それに応えられない自分に怒りを覚える。

 泣き落としは最も単純でポピュラーな詐欺の手口だ。同情を誘うのはいとも容易い。

 道は違えど、向かう未来は一緒。そんな『仲間』と一緒に過ごす時間は楽しい。その時間のために……人は金を払ってしまったりして、後々「詐欺だっ!」と後悔するわけだ。


 どれもこれもねずみ講や絵画商法で多用されている手法だ。


 恋のつり橋理論なんてヤツを例にとっても、感情を同調させることで勘違いを起こさせるのは容易であるということは分かるだろう。


 長い時間を、出場者に感情移入して応援すれば、おのずと人々の心は一つに重なり合っていく。同じゴールを目指すことで個々の存在が大きな意志へと統合されるのだ。

 ……とかいうと、怪しい宗教家のようだが……


 つまりアレだ。文化祭みたいなもんだ。

 一緒に準備をし、夜中まで学校に残ったり徹夜したり、買い出しに出たりと、普段とは違う行動を取ることで特別な感覚を共有する。その後に待っているのは得難い満足感と達成感で、そいつを経験したヤツは親友だったり恋人だったりを手に入れたりしているわけだ。

 文化祭でのカップル発生率の高さといったら……くそ、後夜祭の打ち上げ花火、校舎内で誤爆しねぇかな……

 以上のことからも分かるように、文化祭の準備を一生懸命頑張れるヤツがリア充たりえるってわけだ。


 で、この大会はそんな一体感を演出するのにちょうどいい場なのだ。


 四十一区に四十区と四十二区の店が並び、三区の人間が入り乱れごった返す。その異質な空間。そこで開かれる真剣勝負。

 負けた区は勝った区の要望を無条件でのむというルール。


 これだけの好条件が揃い、さらには現在行わせているように、強制的にでも準備作業をすることで、くだらない選民意識に凝り固まっていた四十一区の連中も少しはまとまりを見せるようになるだろう。


 極端な格差をなくすのが、争いをなくす手っ取り早い方法なのだ。

 当然、全員が平等になんてのは不可能だし、そんなことをすれば競争が起こらなくなって発展も止まるだろう。そうじゃない。俺が危惧しているのは、極端な格差によって、這い上がる気力も起きない最底辺の中の最下層が誕生してしまうことだ。


 なくすものが何も無くなった時、人は奪うことにためらいを見せなくなる。

 そうなる前に手を打ってやる必要があるのだ。


 ま、美味いもん食ってバカ騒ぎしてりゃ、日頃の鬱憤も晴れるだろう。

 大声で応援して、そいつが勝てば喜び、負ければ一緒に悔しがればいい。

 そして最後に「この大会は最高だった」という言葉でも聞こえてくれば、四十一区で汗を流している連中は報われた気持ちになるはずだ。


「四十五分。なかなかにドラマチックだったろ?」

「やってる方は堪ったものじゃないけどね」

「だからこそ、観客は心を揺さぶられるんだよ」


 現に今、ネフェリーに向かって「よくやった!」「お疲れ!」などという声がしきりに飛んできている。

 ん、誰だ? 今、「ネフェリーちゃんをエロい目で見るな!」とか抜かしたヤツは? パーシー以外にもそんな奇特なヤツが居やがるのか……


「ヤシロ様。大人様ランチ部門の準備が整いました」


 ナタリアから報告が入る。

 ナタリアは全体のバランスをとる、いわばディレクターのようなポジションなのだ。


「ジネット~! そっちは大丈夫か?」

「はぁ~い! がんばりますよぉ~!」


 キッチンは気合い十分だ。


「さて、解説のヤシロさん。注目の選手はいますか?」


 ネフェリーはネフェリーで、早速実況になりきっている。

 こういうの、本当に好きなんだな。女優志望だったりするのかね。


「まぁ、ベルティーナとマグダがどこまで我慢出来るかが見ものかな」

「……心配無用」

「うふふ。大丈夫ですよ。ちゃ~んと、腹四分目で我慢しますから」

「二分目ですよ、シスター!?」


 マグダはまぁいいとして……ベルティーナよ、ジネットが可愛いのなら大人しく言うことを聞いてもらおうか。でないとジネットの命がどうなっても知らんぞ……って、なんか誘拐犯のセリフみたいだな、これ。


「お兄ちゃん! あたしもいるですよ! 大注目の選手です!」

「だ、そうだけど、どう思うヤシロ?」


 大きく手を振って存在をアピールするロレッタの言葉を、律儀に拾うネフェリー。

 どう思うって言われてもなぁ……


「まぁ、普通なんじゃん?」

「うん。私も普通だと思う」

「あの二人がなんか酷いこと言ってるです! あたし、普通じゃないですよ!」


 などと、普通の返しをしてくるロレッタ。

 あいつが大食いだなどという印象はない。

 まぁ、他のヤツより目立ちたがり屋で、無謀な賭けに出られる根性は持っているけどな。


「じゃあ、ロレッタが食後何分で吐くかに注目しておいてやろう」

「吐かないですよ!? あたしは食べ物を粗末にしないです!」


 いや、そこじゃないんじゃないか、反論するところ?


「さぁ、いよいよ四十二区の新名物、大人様ランチが各選手の前に運ばれてきました!」


 観客席から「おぉー!」という声が上がる。

 期待度はかなり高いようだ。

 ミートボールに突き刺さった各飲食店のマークが目を引く。


「そういえば、考案者でもある陽だまり亭にはエンブレムとかお店のマークってないんですよね? どうされたんですか?」


 ネフェリーがアナウンサーのような口調で質問をしてくる。

 どこでそういうのを覚えてくるのか不思議で仕方ないが、まぁ、聞かれたのだから答えてやろう。


「ウチはもっと分かりやすい仕様になってるぞ。ほら、今ジネットが運んできた大人様ランチを見てくれ」

「どれどれ……あっ!? ホントだ、わっかりやっすぅ~い!」


 今のは素の驚きのようだ。

 ネフェリーの見つめる先、そしてネフェリーの言葉に興味を引かれた観客の視線が集中する先に、陽だまり亭の旗が立っている。


 店のエンブレムが無い陽だまり亭の旗には、旗いっぱいに大きな文字で『陽だまり亭』と書かれている。

 筆で描いたような力強い筆致で白と黒だけの配色だがなかなかインパクトのある仕上がりになっている。

 日本ではお馴染みなのだが、こっちの世界には『店名を掲げた看板』というものがあまり浸透していない。これはかなり目立つだろう。


 ちなみに、これらの旗は――お子様ランチの旗も同様なのだが――俺が木片を彫ってハンコを作っている。インクを染み込ませて紙にぺたりと押せば旗になるのだ。


「あ、ちょっとあの旗欲しいかも……」


 ネフェリーが何気なく漏らしたその呟きこそが、俺たちの狙いでもあるのだ。

 旗が欲しい? なら買って食ってくれ!

 お求めは四十一区フードコート、または四十二区内の取扱店へどうぞ、ってなもんだ。


「メニューは、ハンバーグにエビフライ、魔獣のソーセージにミートボール……サラダとか色々入っているんですねぇ」


 アナウンサーネフェリーが資料に目を通して感想を述べる。


「エビフライって、ヤシロが考えたヤツでしょ?」

「俺の故郷で食われてたものだよ。俺が考えたんじゃない」

「私、食べたことないなぁ」


 そりゃそうだろう。

 つい最近、エビ料理を扱ってる店に俺が伝授したばかりなのだから。

 なにせ、この街ではパンが高級食材だからな。パン粉を使うなんて発想自体が無いんだよ。

 だが、パン粉なら硬い黒パンだって問題ないわけだ。多少衣は硬いが、しっかりとした歯ごたえのあるエビフライになってくれた。あれは美味いぞ。


「陽だまり亭からは何を出してるの?」

「ウチからは焼き鮭とナポリタンだな」

「なぽりたん?」

「あの赤いパスタだ」

「えっ!? 陽だまり亭のパスタってミートソースとトマトソース以外にもあるの!?」

「昨日の夜ジネットに伝授して、本日初お披露目だ」

「うわぁ~、食べたかったなぁ!」


 オシャレ女子ネフェリーはやたらとパスタを気に入っているのだ。

 最新パスタを誰よりも早く食べたかったのだろう。物凄く悔しそうにしている。

 ……それで、モンブランも啜ってたのか? 考え過ぎか?


 ウチだけ二品出しているが、それは全料理番が了承している。見栄え的にあった方がいいという結論に至ったのだ。

 デリアとのこともあり焼き鮭は取り下げるわけに行かなかったしな。鮭を扱っているのはウチだけだ。デリアには日頃から世話になっているし、川魚の地位向上に手を貸してやりたいと思ったのだ。


「ヤシロ……大変。私……別腹が空いてきた」


 ケーキをたらふく食って苦しそうにしていたネフェリーが、大人様ランチを見て腹を鳴らす。

 お前らの別腹、おかしいから。


「準備が整いましたよ」


 ナタリアから合図をもらい、いよいよ、大食い大会選考会大人様ランチ部門開始だ。

 高らかに鐘が打ち鳴らされ、参加者が目の前の料理に食らいつく。

 ……ベルティーナ、誰よりも早く一皿目を完食。

 ジネットの顔色が真っ青に染まっていく。

 三枚いったら強制終了させてやる。


「凄い食べっぷりを披露する選手がたくさんいますね。みんな気合い十分です!」


 拳を握り、ネフェリーの実況にも熱がこもる。

 観客席から声援が飛び、選考会は大いに盛り上がる。

 軽快に飛ばす者、ペース配分に気を付けてマイペースを貫く者、周りの選手を意識し過ぎて流される者……色々である。


 ただ一つ、全選手に共通していることがある。


「美味いっ!」

「おいしい!」

「やべぇ! マジパネェ!」


 どの選手も美味そうに食っているってことだ。

 俺も味見してみたのだが、自信を持って勧められる、高水準な料理だった。


「考案者の関係者として、負けるわけにはいかないです!」


 ロレッタが変なプライドを持って健闘している。

 何より、美味そうに食っているのがいい。好ポイントだ。


 枠が余ったらあいつを入れておこうかな。四十二区の料理のターンで投入すればいい宣伝になるかもしれん。


「ねぇ、ヤシロ。イメルダも参加してるよ」

「マジでか!?」

「……何やってんだろうね、立場的に大食い大会には出られないだろうに」


 参加者の中に、金髪を片手で押さえつつ優雅に食事をするイメルダがいた。

 あいつは立場上四十二区の代表にはしにくいのだが……なにせ、身内が四十区の有力者なのだ。裏取引みたいなきな臭い工作を疑われでもしたらつまらんので、四十二区の代表には選出しないと伝えているはずなんだが……まぁ、選考会くらいはいいか。


「勝つ気は一切ないようだな」


 イメルダは、実に優雅に、小さな口に入るよう細かく切ったソーセージをもぐもぐ食べている。

「あら、なかなかですわね」なんて、口を手で押さえて目を丸くしたりして……普通に飯を食べてるだけにしか見えない。


「特に注目する必要もなさそうだね」


 俺もエステラの意見に賛成だ。

 そっとしておいて、お腹いっぱいになったらお引き取り願おう。


「あと、レジーナも参加してるわよ」

「マジでかっ!?」

「どこだい!?」


 イメルダよりもビックリなヤツが出てきたもんだ。

 ネフェリーの指さす先を凝視する俺とエステラ。


「……アカン……人に見られてたら、ご飯食べられへん……」


 レジーナは、観客の視線を避けるようにテーブルの下にもぐり、一切料理には手を付けていなかった。

 ……何しに出てきたんだよ、あいつは。いや、マジで。


 ベルティーナ、マグダ、デリアの順で三皿目を平らげ、三強は早々にリタイアをする。……強制的にさせた。

「まだ行けますよ?」

「……四十五分間を体験することの有意性に関し話し合いたい」

「なんだよぉ、まだまだこれからなのにさぁ!」

 などと不満を漏らしていたが、……他のヤツが二皿目に行くかどうかの時点で三皿をペロリと平らげる連中には早々に退場してもらわなければいけない。

 もう、お前らはぶっつけ本番で十分だろう。


 その後、ウーマロも一皿を食べ終えて「今日のオイラは適度なんッス」とリタイアをした。

 まぁ、マグダのかかっていない状態のウーマロはこんなもんだろう。こいつは覚醒させてナンボだからな。


 確定している四選手を省き、残りの連中で選考会を続ける。

 これから四十五分の長丁場、どんなドラマが生まれるか……見せてもらおうか!






 ……で、四十三分が経過したわけだが。


「もう、食えない」

「……Zzz」

「おいしかったねぇ」

「また食べに行こうよ」

「この旗、もらってっていいのかい? いや、ウチのせがれがさぁ……」


 どいつもこいつも、腹が膨れた途端手を止めやがった。

 これじゃ普通のランチじゃねぇか! 屋外で食べると美味しいねぇ~って、言うてる場合かっ!


「こんなことなら、ベルティーナたちをリタイアさせるんじゃなかったぜ」

「そうしたら、三強がいい感じで食べて、料理番も練習になったのかもね」


 料理番たちは余裕の表情を見せている。

 二十分を過ぎたあたりからほとんど注文が入らなくなっていたからな。

 とりあえずロレッタが今でも食べ続けているが……まぁ、見られたもんではないな。


「カンタルチカのソーセージは……空腹時には最高なんですが、満腹時には……看板娘さんみたいにくどくてしつこい感じがするです……」

「ちょっと、ロレッタ!? それあたしのことでしょ!?」


 辛うじて食い続けている。

 そんなレベルだ。


「選考会としては、失敗だったかもね」

「かもじゃなくて、完全に失敗だろうが」


 エステラの激甘な評を訂正しておく。

 これじゃ、残り二枠を埋める選手を選ぶなんてことは出来ない。


「まぁ、前もって申告する必要はないんだし、状況を見てってことでもいいんじゃないかな?」

「まぁ、三強で三勝……ダメでもウーマロで決める予定だからな」


 別にロレッタでもネフェリーでもパウラでもいいわけだ。


「じゃあ、今回は……」

「まぁ、大人様ランチの受けがいいってことは分かったから、よしとするか」

「派手な宣伝だったね……」


 結局、四十二区の新メニューお披露目会ということになってしまった。

 まぁ、いいか。


 高らかに鐘が鳴り、四十五分の激闘が終了する。

 ……なんともまったりとした戦いだった。

 本番ではこうならないようにペース配分を考えてもらいたいものだ。


「お兄ちゃ~ん! あたし、一番食べたですよ~!」


 と、六皿という、普通に考えれば凄いのだが大食い的にはイマイチというなんとも微妙な記録を残したロレッタが優勝ということになった。

 う~ん……やっぱりアレだよなぁ。

 ロレッタが絡むと、いつもこう……


「普通だよなぁ」

「酷いですっ! こんなに頑張ったですのにっ!?」


 残りの二枠は、状況を見て選出するとしよう。






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