116話 轟雷

「何が死んだフリだい!?」


 四十区の領主、アンブローズ・デミリーの館に来ていた俺たちの前にしわがれた声のゴリラが乱入してきた。

 ――かと思ったら、真っ直ぐ俺の方に向かってきたぁ!?

 死んだフリ! 俺今死んでます! 超死んでるんだからねっ!


「バカなことやってんじゃないよ! ほら、起きな!」


 脇に手を突っ込まれ、軽々と抱き起こされてしまう。

 ガバッと持ち上げてポイッと放り投げられ、気が付いたら俺は起立をさせられていた。

 どんな筋力してんだよ……フォークリフトか!?


「まったく! 死んだフリなんて……あんたはクマかい!?」


 クマに死んだフリされるって…………はっ!? そんなの聞いたことある!

 確か、直視すると視力が落ちるという…………


「ゴリラ人族『轟雷のメドラ』!?」

「アタシャ、フェレット人族だよ!」


 違う……違うもん。俺の知ってるフェレットはこんなガチムチじゃないやい。

 もっと細長くって可愛いんだい!


「まったく、なんなんだい!? 最近の若いヤツは!」


 メドラが『轟雷』の二つ名に相応しい、雷鳴のようなデカい声で怒鳴る。


「ろくに挨拶もしないで! 礼儀ってもんがなってないんじゃないのかい!?」

「いや、それを言うなら、来客中の領主のところに無許可で突撃してきたお前はどうなんだよ!?」

「誰に向かって『お前』なんて言ってんだい!? 食っちまうぞ!」

「怖ぇよ!」

「エロい意味で!」

「もっと怖ぇよっ!」


 なんなんだよ、こいつは……すべてにおいて規格外だ。

 何よりデカい! とにかくデカい!


「デカ過ぎるだろ……」

「初対面のレディに対して乳の話なんかするんじゃないよ!」

「乳の話じゃねぇし、レディって誰がだ、こら!?」

「アタシの乳がデカくないってのかい!? Gカップだよ!?」

「聞きたくなかったわ、その情報!」


 ノーマと同じだと!? なんか全然違う!

 いや、デカいよ!? デカいけど、腹とか腕とか首とか尻とか足とか、他のところも全部、もれなくデカ過ぎるんだよ、こいつは!?


「エロい目で見るんじゃないよ!? 照れんじゃないか!」

「エロい意味で食うとか言ってたヤツのセリフか!?」

「おいおい、ヤシロ。いい加減、泣く子も気絶すると言われた狩猟ギルドのギルド長、メドラ・ロッセルに噛みつくのはやめにしとけや。見てるこっちが冷や冷やしてくるぜ」


 木こりギルドのギルド長、はち切れん筋肉が暑苦しいヒゲ親父、スチュアート・ハビエルが俺の肩に手をポンと載せる。……その『ポン』で脱臼しそうになった……お前の筋肉は遠慮ってもんを知らんのか?


「お前が連れてきたのか?」

「すまんな。どうしても止められんかった」

「なんのための筋肉だ!?」

「娘のための筋肉だが?」


 キリッとした顔してんじゃねぇよ!


「アンブローズ。すまん。騒がせた」

「いや、構わんよ。少々驚きはしたが……実のところタイミングが良かった」


 デミリーはこの無礼なゴリラ……フェレットらしいが認めない……の来訪を、とりあえずは歓迎するようだ。


「エステラや」

「はい」


 エステラが、デミリーの許可を得て、一歩前に進み出る。

 そして、メドラに向かって一礼をした。


「四十二区の領主代行をしております。エステラ・クレアモナです。以後、お見知りおきを」

「ふん……挨拶はちゃんと出来るんじゃないかい」


 デカい胸の前でデカい腕を組み、デカい態度でメドラが言う。


「ちょいと! どこ見てんだい!?」


 ……この手の女、メンドクセェ……ッ!


「ヤシロよぉ。お前の巨乳好きは留まることを知らねぇなぁ。メドラまで狙いに行くなんざ……無法地帯じゃねぇか」

「そこまで無節操じゃねぇわ!」

「いやしかし、オオバ君。その花束は、私の館で巨乳をばるんばるんさせている女性に贈るためのものなんだろう?」

「おまっ、デミリー! なんて余計なことを……!」

「なんだって!? アタシに花束を贈りたいって!?」

「食いついちゃったじゃねぇか!」

「「グッドラック」」


 ハゲとヒゲに親指を立てて突きつけられる。

 ……こいつら、俺を使ってメドラの怒りを緩和させようとしてやがるな? 目がそう言っている。

 つか、こんな戦闘民族みたいな女が花なんかもらって喜ぶのかよ?

 ……ラウンドガールに花束もらった途端にそれで殴りかかってくる悪役レスラーが脳裏に浮かんでくる。


「コゾー、名前は?」


 コゾーって……


「オオバヤシロ。四十二区にある食堂の従業員だ。あとそれから、たまにエステラの相談役みたいなこともやっている」

「アタシはメドラ・ロッセル。狩猟ギルドのギルド長をやっている」


 面と向かうと、かなり威圧感がある。

 なるほど……クマが死んだフリするのも、直視して視力が落ちるのも頷ける。

 こいつは、全身から夥しい量のオーラを放っていやがるんだ。……マジで戦闘民族じゃないだろうな?

 例えるなら、こいつは常時、『赤モヤ』状態のマグダ並みのオーラを放出しているようなものだ。


 ……確かに、デミリーたちの言う通り、ここは懐柔作戦に移った方が得策かもしれん。

 ウッセみたいな脳筋だったら、いつ手が飛んできてもおかしくない。

 落ち着いて話をするための投資だと思えば、この花束の料金くらい安いもんだ。


「色々と失礼なことを言ったな。実を言うと、数日前からあんたに会いたいと思っていたんだ。そのために駆けずり回った。とりあえず、会えて嬉しいぜ。ゆっくり話がしたい。友好の印に受け取ってくれねぇか?」


 渡した途端殴られないように、友好的であるというアピールを存分にしておいた。

 殴るなよ……殴るなよ……絶対殴るなよ…………これフラグじゃないぞ!? マジだからな!?


「ふん!」


 鼻を鳴らし、メドラは花束をひったくるようにして奪い取る。……殴られるのかと身構えてしまった。


「花束なんて、もらうのは初めてだね。なんか、アレだろ? 若い男が、若い女に渡したりするんだろう?」

「まぁ、そういうヤツもいるかな。だが別に、俺はそれを真似したわけじゃないぞ?」

「誰かの真似ではなく、あんた自身の思いがこもってるってわけか……ふん! まぁいいだろう。もらってやる。ただ、これだけははっきり言っておくよ!」


 メドラがズイッと顔を近付けてくる。……デカい。軽トラックが突っ込んできたのかと錯覚した……

 そんなデカい顔が、俺の目の前でぽっと赤く染まる。


「アタシは責任ある立場で、しかもこんな歳だ。あんたの嫁になることは出来ん」

「………………は?」

「だが…………あんたを、『アタシの中の一番』にしてやることは……出来る」


 この人は何を言っているのだろう……?


「……ヤシロ」


 そっとエステラが近付いてきて、俺の背後から耳打ちをしてくる。


「四十二区では多少緩和されたけど、花束は元々、……親族や目上の人への贈り物を除けば……、プロポーズに使われるアイテムなんだよ」


 はぁぁぁあっ!? そうだったぁぁぁああ!?


「やっ!? 違うぞ! 違う違う違う! これは敬意の表れだ! 『仲良くしようぜ』ってことだよ!」

「やだよ、もう! 何度も言わなくったって分かっているさ! 仲良く……しようじゃないか!」


 なんか意味が違って聞こえるぅ!?


「マジかよ……あのメドラが、照れてやがる……」

「うむ……あまり親しくもない私が言うのもなんだが、柄じゃないというか……なんというか……」

「「悪夢を見ているようだ…………」」

「うるさいよ、そこのオッサン二人!」


 ハビエルとデミリーに牙を剥くメドラ。

 二対一でもメドラが勝ちそうだからすげぇよな。


 デミリーは接点があまりないようだが、ハビエルは随分と親しげだ。


「やっぱ、ギルド同士の繋がりがあるのか?」


 木こりギルドと狩猟ギルドは性質が少し似ているところがある。

 どちらも全区を股にかけている点と、活動拠点が外壁の外にある点だ。

 あと追加で、全員ガチムチだってとこも…………メドラがナンバーワンかもしれないな。


「ワシとメドラは同じ時期にそれぞれのギルドでデビューしてな。まぁ、当時は多少騒がれたもんさ」

「あぁ、私も覚えているよ。私は地政学を学んでいた頃だったが、とんでもないバケモノが二人も現れたって、当時は大盛り上がりしていたねぇ」

「ふん! アタシが特別なんじゃない。周りの男どもが腰抜けだっただけさ!」


 いやいや。メドラ相手じゃ誰だって腰抜けに見えちまうだろうよ。

 夜中に見かけたらチビる自信がある。


「名が売れてから、アタシに挑もうって力自慢の男どもが何人か挑んできたが……どいつもこいつも大したことなかったね」


 わぁ……世の中には命知らずなヤツがたくさんいるんだなぁ。


「……まぁ、……アタシに花束を贈ったヤツは、あんたが初めてだけどね」


 ポッとメドラの頬が赤く染まる…………ふぇ~ん……鳥肌が凄いことになってるよぅ。

 もしかして、一番の命知らずは俺なんじゃないだろうか……?


「まぁ、そんな中でも、スチュアートはまだマシな方だったかね」

「まったくよぉ。こいつは自分の気が済まないととことん無茶をしやがんだ。……何度ケンカを売られたことか……こっちは平和を愛する木こりだってのによぉ」

「ふん! お前が平和だなんて筋肉なもんかい!」

「筋肉は関係ねぇだろ!?」


 やはり、ハビエルとメドラは仲がよさそうだ。

 聞けば、外壁の外で度々顔を合わせるようになり、次第に友好を深めていったそうだ。ハビエルが四十区に来るよりずっと以前からの知り合いってわけだ。


「そのせいで、『領主に会わせろ』なんて無茶苦茶な要求をされちまってなぁ」

「無茶なもんかい! あんたんとこの領主が、四十二区とグルになってアタシんとこの区に攻め込もうとしてるって聞きゃあ、多少強引でも強硬手段に出るのは、当たり前じゃないか!」

「……それを『無茶だ』つってんだよ、ワシは」


 さすがのハビエルも、デカい図体から吐き出されるデカい声に、少し辟易しているようだ。メドラは非常に興奮している。


「待ってください。ミズ・ロッセル!」


 凛とした声で、エステラがメドラに言う。

 眉がきゅっと寄って、負けないために心を奮い立たせているのがよく分かる。


「ボクたちは四十一区に攻め込むつもりなんてありません。それは誤解です!」

「ふん!」


 しかし、メドラは顔を顰めて鼻を鳴らすと、エステラの言葉に反論を始めた。


「攻め込むってのは、何も武力だけの話じゃないさ! 経済だろうが、交易だろうが、平穏に回っていたこっちの生活を脅かそうってんだから、『攻め込まれた』って言い方で間違っちゃいないだろう!?」

「それも誤解です! 確かに、街門の設置によって多少悪影響は出てしまうかもしれません。ですが、決して四十一区の利益を奪おうとしてのことではないんです! そのことに関しては、きちんと手紙で説明を……っ!」

「笑わせんじゃないよ!」


 懸命に自分の立場を表明するエステラの言葉を、メドラは一喝で吹き飛ばした。

 爆音に鼓膜が悲鳴を上げた後……室内には静寂が落ちた。


「きちんと説明をした? 手紙でかい?」

「…………はい」


 静かになった部屋の中で、メドラが詰問するような口調でエステラに問う。

 エステラも、なんとか前を向いて、真正面からその言葉を受け止める。


「きちんと、こちらの目的と展望、それに関する詳細なデータ。今後与えてしまうかもしれない迷惑に対する謝罪と、必要であればそれを補うための策を用意する準備があることを、すべて包み隠さず、誠意を込めてしたためました」

「ほぅ……」


 訴えかけるエステラを、細めた目で見つめるメドラ。


「リカルド……失礼…………シーゲンターラー卿も、手紙を受け取ったとおっしゃっていましたし、こちらの誠意は間違いなく伝わっているはずです!」

「バカも休み休み言いなっ!」


 空気が振動し、突風が吹いたようにエステラの髪を揺らす。

 思わず身をすくめるエステラ。体格差もあり、吹けば飛びそうなほど、頼りなく見える。


「そんな大事な話を手紙で済ませること自体、誠意がない証拠だよ!」

「…………えっ」


 メドラの言葉に、エステラが声を詰まらせる。


「これまで続けてきた生活のサイクルを変えちまうような大きな変化を前に、不安や不満が出ないとでも思っているのかい? 聞きたいことや言いたいことがないとでも、あんたは、本気でそう思ってるのかい?」

「……いや…………それは……」


 声の大きさは落ち着いたが、言葉に込められた力強さはむしろ増している。

 一言一言を相手に突き刺すように、メドラは言葉を続ける。


「ましてや領主だ。背負ってる命の数は十や二十じゃないことくらい、代行といえど領主の仕事をしているあんたになら分かるはずだよ!」

「…………」

「それをなんだい? 勝手に決めた決定事項を紙っぺらにまとめて、そいつを送りつけて、『そういうことになったからあとはよろしく頼む』って、それだけで済ましちまうことの、どこに誠意があるってんだい!?」


 何も言い返せず、半歩後退するエステラ。

 体が逃げようとしている。


「リカルドはね、アタシにとっては息子みたいなもんなんだ。あいつがハナッたれだった時からよぉく知っている。あいつは筋の通った男だよ。このアタシが保証する! 理由もなく人を憎むようなしみったれたヤツじゃない!」


 立ち尽くすエステラを一瞥した後、メドラはデミリーへと視線を向ける。


「リカルドは、ちゃんと筋を通しに来ただろう?」

「あぁ。一昨日、通行税に関する説明と併せて、迷惑をかけることになるかもしれんと、頭を下げに来たよ」

「え……リカルドが? オジ様、それは本当ですか?」

「あぁ。順当な手順を追ってな」


 アポイントを取り、面会して、新しい制度に関することを直に説明しに来る……

 くそ、リカルドのヤツ、俺たちを待たせていた数日の間に、そんな根回しをしてやがったのか……ただ嫌がらせのために時間を取らせたんじゃなかったんだな。


 先を見据えて行動してやがる。

 その件に関しては、そこまで思い至らなかったこちらに落ち度があるかもしれん。……後手に回った分、心象は悪くなる。


「他人に迷惑をかける時は、面と向かって話をつけるもんだ! 領主だってんなら尚のこと、きちんと通さなきゃいけない筋ってもんがある!」


 再び、エステラを真正面から見据えるメドラ。

 エステラは、俯いて……拳を握っていた。


「あんたが怠ったところは、領主が一番手を抜いちゃいけないところだったんだよ」

「…………っ」


 エステラの口から、小さな息が漏れる。

 メドラは口調を変え、少し落ち着いた感じでエステラに語りかける。


「聞きゃあ、あんたは、『女だから舐められる』と、そんな格好をしているそうじゃないかい」

「……別に、そういうわけじゃ……」

「あんたが舐められてんのは、女だからじゃない。アタシをごらんな。女だてらにギルド長をやってる。誰もアタシに舐めた口なんか利きゃしないよ。男だとか女だとか、そんなもんは関係ないのさ」


 いや、お前とエステラを同列で語るのはおかしい。条件が違い過ぎる。

 自分がやったのだからお前もやれと言うのは暴論だ。


「あんたが舐められてんのは、あんたが中途半端だからだ」

「――っ!?」

「都合のいい時に領主とただの女を使い分けている。そういう中途半端な考えだから舐められるのさっ!」

「おいっ!」


 気が付いた時、俺は声を上げていた。

 エステラが言葉に詰まり、メドラがさらに追い打ちをかけるように声を張り上げた時、俺はエステラとメドラの間に体を割り込ませていた。

 ……と、いうか。


 メドラに対峙し睨みつけていた。


「とりあえず……望むと望まないとに関わらず、領主の娘を強要されてきたエステラと、当時はギルド長でもなくなんの責任もなかった、がむしゃらに無茶をやれた一般人を同列で語るのはフェアじゃない。それは、分かるよな?」


 間に割って入ってきた俺を見て、メドラが目を細める。


「状況が違えば、甘えが許されるとでも言うのかい?」

「甘えじゃねぇ。制約だ」

「違うもんかい」

「まったく違う」

「ガキじゃあるまいし……、やる気になって出来ねぇことなんてぇのがあるのかい!?」

「じゃあテメェは、『絶対に死ぬな』という条件付きでもう一回同じ人生歩めんのか!?」


 メドラが、黙った。


「命を顧みず、無茶を出来る人間はそりゃ強ぇさ。弱点がねぇんだからよ」


 それは、命を顧みず無茶をやり続けた俺がよく知っている。


「エステラが躊躇うのは、悩むのは、こいつが女だからじゃない。弱いからじゃない! ましてや甘えでもなければ中途半端だからでもない!」


 一歩、大きく足を踏み出す。

 俺より一回り以上デカいメドラに、こっちから喰ってかかる。距離を詰める。顔面を近付けて、至近距離で睨みつける。


「こいつの背中には領民の暮らしと、幸せと、穏やかな時間が守られてんだ。テメェみてぇな身軽な人間と一緒にすんじゃねぇ!」

「…………ぐぅ」


 ぐぅの音しか出ねぇか?

 だが、まだあるぜ。逃がさねぇぞ。


「お前は言ったな? リカルドをガキの頃から知っている、あいつは意味なく人を憎むしみったれじゃない」

「あ、あぁ。言ったさ。それがなんだい?」

「しみったれじゃないから……なんだ?」


 テメェが省略した言葉を言ってみろよ?

 まぁ、言わなくても分かるから無理して言う必要はねぇけどな。


 リカルドはしみったれたヤツじゃない…………だから――


 ――どうせ、お前が何か悪いことをしたんだろう? そうに違いない。


「テメェは、エステラのことをどれだけ知っている?」

「…………」

「言えよ。どれだけ知ってる?」

「……知らないよ。何もね」

「俺も、リカルドのことは何も知らねぇ。だが、エステラのことはよく知っている」


 そうだとも。テメェがリカルドを知っているというくらいには、俺はエステラのことを知っている。時間的な積み重ねでは負けるかもしれんが、俺はこいつといくつも修羅場をくぐり抜けてきた。テメェはあるか? リカルドと二人で、自分よりデカい組織に立ち向かったことが? 街を破壊し尽くすような絶望的な災害に立ち向かったことが?


「エステラは、テメェの身可愛さに自分を正当化するようなくだらねぇヤツじゃねぇ。俺がこの目で直に見たリカルドの態度は、明らかにヤツの落ち度だ! 相手に敬意を払えないしみったれのすることだ! こいつは俺が実際この目で見て感じたことだ、その場にいもしなかったテメェに反論させる気はねぇ!」


 散々偉そうに語ってくれたよな、クソババア。

 だがどうだ?

 結局テメェも一緒じゃねぇか。

 自分で見たものしか信じられない、視野の狭い唐変木だ。


「メドラ。お前は自分の目に相当自信を持っているようだな。だってそうだろう? 幼い頃から見てきたリカルドがどんな人間なのか、相手の意見を叩き潰してまで自分の意見を押しつけ、叱責までしたんだ。いい加減な気持ちじゃここまで出来ねぇよな?」

「何が言いたいのかは知らんが、アタシはこの腕だけでここまで上り詰めた女さ。逃げも隠れもしないよ。自分の発言、行動、それらのすべてに責任を持っていると断言してやるよ」


 潔し。

 ならば……


「筋が通ってないのはお前の方だ」

「どういうことか説明をしてもらおうか」


 この話は長くなる。

 俺は一度メドラの前から離れ、少し距離を取る。

 張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩和される。


 エステラと目が合う。……そんな顔すんな。

 お前は間違っちゃいない。俺はそう思っている。

 だから、お前の正しさを、俺が証明してやる。


「狩猟ギルドの構成員を、四十二区へ寄越したのはお前か? それともリカルドか?」

「アタシだ。だが、その前に。他区の領主には敬意を払いな。呼び捨てにするヤツがあるかい」

「リカルドが尊敬に値する人物だと証明してくれたら、考えてやるよ」

「ふん…………で、ウチの連中がなんだって?」

「街門の視察に来たんだよな? そして、その結果、ウッセ・ダマレたちに圧力をかけた」


 こいつははっきりさせておかなければいけないことだ。

 そうでなければ、この話は終わらない。


「あぁ、そうさ。視察の結果、四十二区の街門は四十一区を脅かすと判断された。だから、ウッセの坊やに待ったをかけたんだ」


 あのウッセが坊やって……


「判断基準を聞いてもいいか?」

「トルベックが絡んでいやがったからね。どう見たってありゃあ、四十区と四十二区が、四十一区を除け者にして建設している門だった。そこから生み出される利益は双方に分配され、間に挟まれた四十一区は搾取されていく。バカでも予想出来ることだ」

「それはっ!」

「エステラ」

「…………うん」


 違うと訴えたかったのだろうが、今は黙っていてもらう。

 そんなことじゃないんだ。正論じゃ、納得しないヤツだっている。

 こいつは、自分がこうと思い込んだら周りが何を言おうと聞きゃしない、そういうヤツなんだ。


「それで、ウッセに圧力をかけ、門の建設を中止させようとした……」

「中止でなくとも、きちんと筋を通して、話し合いの場が持たれれば、協力してやってもいいとは思っていたさ」

「カエルになりたいのか?」

「……どういう意味だい?」


 メドラのこの反応……やはりそうか。

 こいつの性格はきっと、見たまんま、表も裏も無いのだろう。

 だから引っかかっていた。なぜこいつがあんなことをしたのか……でも、今の反応で納得だ。


「お前は話し合いなどする気はなかった。ご自慢の武力で四十二区をぶち壊したかった。そうだろう?」

「決めつけんじゃないよ! アタシがいつそんなことをしたってんだい!? 武力ってんなら、あんたらの方だろうが! 軍備を拡張なんぞして……!」

「その情報……どこから得た?」

「え?」


 そうだ。

 こいつの話には……いや、リカルドもだが……重要な一部分がすっぽりと抜け落ちているのだ。


「しらばっくれられないように、単刀直入に言ってやろう。『なぜ四十二区のケーキを狙った』?」


 こいつらは、ケーキを扱う四十二区の飲食店の営業妨害に関して一切触れていない。

 まるで、知らないかのように。


「……なんの話だい、それは?」

会話記録カンバセーション・レコード


 俺は会話記録カンバセーション・レコードを開き、該当する部分の会話を見せつつ、四十二区で起こった三件の営業妨害について、事細かに説明をした。

 むろん、会話記録カンバセーション・レコードには狩猟ギルドが関与したという証拠はない。何より、後半二件は狩猟ギルドではなくゴロツキギルドの連中だ。

 だが……


「俺の話が出鱈目だと思うなら、『精霊の審判』をかけてくれて構わない。その代わり、お前のところのギルド構成員を全部一ヶ所に集めてくれ。一人残らず、漏れることなく、全員だ。その中から、俺が二人の男を指名する。そいつらの会話記録カンバセーション・レコードの中に、これと一致する会話があるかを見せてもらう」


 あの時、あの場所にいた者の会話記録カンバセーション・レコードには、その時の会話が克明に記されている。その場所にいなければ記録されない会話が、無関係の人間の会話記録カンバセーション・レコードに記されているはずがない。

「これは俺がしゃべった言葉じゃない」なんて言い逃れは出来ないぜ? カエルになるからな。


「どうする? 今すぐ試してみるか?」

「…………」


 メドラが険しい顔で黙りこくる。

 それしかやりようがないからだ。


 状況から見て、メドラはこの出来事を知らなかった。リカルドの野郎も、ケーキに関しては一言も口にしなかった。

 ケーキが気に入らないのであれば、一言二言イヤミでも仕込んできたことだろう。だが、そんなものはなかった。


 おそらく、これは四十二区に視察に来た下っ端が、自分の判断で勝手に騒動を起こしたのだろう。

 あれは、ギルド長メドラの命令でも、領主リカルドの命令でもない。


 おそらく、リカルドがメドラに四十二区の状況を教え、それを聞いたメドラが部下に視察を命じた。で、視察に来た下っ端が『四十二区のくせに生意気だ』と、嫌がらせをしたところ、俺に返り討ちに遭い、意地になってゴロツキなんかに仕事を依頼してしまった……ってところが真相だろう。まぁ、細かくは本人にでも聞かなきゃ分からんがな。大きくは外れてないはずだ。


 そいつを利用させてもらう。


「こいつも、お前が指示させていたんだろ? 四十二区をぶち壊すために」

「…………」


 メドラはしゃべらない。

 今は、否定をする場面ではないことを、こいつは分かっている。


「お、おい。ヤシロ。ワシが口を挟むのもおかしいが、メドラはそういう裏工作をするようなヤツじゃあ……」

「想像の話はもう十分だ! たぶんこうだとか、こうに違いないとか、憶測で語るから衝突が起こるんだよ。俺たちはこうして、実際に起こった出来事の証拠を見せた。だったら、次はそっちが『自分は無実だ』という証拠を見せる番じゃねぇのか?」


 ハビエルの言葉は最後まで言わせなかった。

 メドラがこんな手を使わないことくらい、この短い時間で十分過ぎるほどよく分かる。

 だがな、メドラは自分の見た世界史でしか物事を語らない悪い癖がある。

 そいつのせいで、手酷くエステラを叱責しやがったんだ。


 テメェの見ているものが世界のすべてじゃないと知った時、メドラよ、お前はどう出る?


「見てもいないリカルドの対応を庇えるんだ。見てもいない部下の失態も、当然知ってるんだよな? それとも何か? ……『自分が見ていないものは、自分には関係ない』か?」


 強気に出て、その反動で殴り返される。

 これは相当きついだろう。


 さぁ、どう出る。

 いいわけか?

 逆切れか?


 まぁ、出来るヤツなら保留にするだろう。

 一度持ち帰って、事実確認を取り、それから対応を考えるってのが定石だ。下手に傷口を広げないためには、それしかない。


 そうなれば、俺は盛大に叱責してやるのだ。



『テメェのご自慢の目は、その程度のもんすら見えてねぇんだ』とな。



 少なくとも、リカルドの取った行動は正当化出来なくなるだろう。

 エステラにばかり非があるわけではない。

 それだけは、テメェの脳みそに刻み込んでやる。


「なんとか言えよ。さっきまで散々喚き散らしていたんだ。自分の見解をここで述べることが、筋ってもんじゃねぇのか?」


 こいつが散々使った言葉を、そっくりそのまま返してやる。

 それが効いたようで……メドラがゆっくりと顔を上げた。

 そして、俺をじろりと睨みつける。

 一歩、一歩と近付いてきて、すぐ目の前で止まる。

 俺とメドラの距離は1メートルも開いていない。腕を伸ばせば届く距離だ。


 …………殴られるか?

 それでもいいぜ。そうすりゃ、お前はその程度の人間だったってことだ。

 そんなヤツが吐いた言葉なんぞに重みはない。

 エステラの心も、多少は軽くなるだろう。

 それなら、それでもいい……


「オオバ・ヤシロ!」


 メドラが爆発音みたいな声で言う。


「すまなかった!」


 そして、床をぶち抜く気なのかと錯覚するような凄まじい勢いで土下座をしやがった。


「あんたの言葉には一切の嘘が無い。それがよく伝わった。そして、そんなあんたがマジでブチ切れるほど、アタシはそっちのお嬢ちゃ……いや、四十二区の領主代行に無礼を働いちまった。すまなかった!」


 い………………潔い……よ過ぎる。


「ウチのバカどもの始末は、必ずつけさせる。だが、部下の不始末はすべてアタシの不始末だ! 今はこれくらいのことしか出来ないが、必ず、なんらかの形で報いさせてもらう!」


 ……正直、こう来るとは思ってなかった。

 選択肢には入っていたが、真っ先に除外していた。


 リカルドを一方的に擁護した時から、こいつは自分を曲げない偏屈な人間だと思っていた。

 ……どうやら、その考えは正す必要がありそうだ。


「エステラ・クレアモナ卿!」

「は、はい! あ、いや、やめてください、ミズ・ロッセル。ボクはまだ代行の身ですから」

「じゃあ、エステラ! 親愛の意味を込めてこう呼ばせておくれ」

「そ、それは、もちろん……」


 デカい体を床に張りつけていたメドラが、今度は勢いよく起き上がる。

 ……今度は天井をぶち破る気かと思った。


「少し、時間をくれないかい。もう一度、今度はちゃんとリカルドに話を聞いてくる。それからもう一度、アタシと会ってほしい」

「は、はい。もちろんです」

「ハビエル、と……ハゲ!」

「四十区の領主にも敬意を払ってくれるかなぁ、ミズ・ロッセルよ!?」

「あぁっと、デミリー。あんたらも、もう一回時間を取っておくれ。全員が納得出来る話し合いをしたい」


 メドラは、まるで憑き物が落ちたかのような、清々しい顔をしている。

 ここに入ってきた当初からずっと顔に張りつけていた不機嫌オーラが、今は見る影もなかった。


「それから、オオバ・ヤシロ!」

「なんだよ」


 怒鳴んなよ……怖ぇな。


「このアタシに、あぁまで堂々とデカい口を叩いたのはあんたが初めてだ。大した度胸だよ」

「褒められてる気がしねぇよ」

「褒めてるさ…………だって……………………きゅんっ、て、きたもの」


 ぞぞぞぞぞわわわわわわっ!


「ヤシロ…………いや、ダーリン」

「なんで言い直した!? 誰がダーリンだ!?」

「アタシの一番に相応しい男だよ、あんたは!」

「嬉しくないわ!」

「まったくオオバ君は……」

「まったくヤシロは……」

「「無法地帯だなぁ……」」

「うるせぇオッサン二人!」



 変なゴリラに気に入られてしまったのは誤算だったが……ようやくこれでスタート地点に立てた気がした。



 見てろよ、リカルド。

 絶対に、ひっくり返してやるからな。




 精々、「ごめんなさい」の練習でもしておくんだな!






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