112話 苦手意識からくるイヤイヤ病

「む~~~~~~~~~あぁぁぁああああああああ…………っ!」


 陽だまり亭に、アザラシがいる。いや、エステラなんだが。

 テーブルに突っ伏して、たまにゴロゴロ体を揺すって、「むああ」っと鳴く。

 邪魔くさい生き物と化している。


「返事が来ない~!」


 俺たちは、狩猟ギルドのギルド長にアポを取るべく、狩猟ギルドの本部が置かれている四十一区の領主に話をつけようとしていた。

 その話をするために四十一区の領主に手紙を送ったのだが……その返事が来ないのだ。


「三通だよ、三通! 三通も送って一通も返してこないだなんて、外交的無礼にも程があるよ! だからモテないんだよ、あの男は!」


 エステラが激しく憤っている。

 岸辺で威嚇行動を行うアザラシのようだ。


「まぁ、落ち着けよゴマちゃん」

「誰がゴマちゃんだよ!?」


 どーどーと、落ち着かせるように頭をぽんぽんと叩く。

 不満顔ではあるが、エステラは少し気持ちを落ち着けたようだ。


「……ヤシロ」

「ん? どうしたマグダ?」


 陽だまり亭の隅っこの席でうだうだ言うエステラを慰めていると、マグダがフルーツタルトを持って俺たちの元へとやって来た。


「……店長が、持っていけって。……ゴマちゃんに」

「ゴマちゃんじゃない!」


 ガバッと起き上がったエステラだったが、マグダの持つフルーツタルトを見ると、途端に頬を緩ませる。

 安いなぁ、お前の機嫌……


 現在はランチタイムを少し過ぎたくらいの時間で、店内には数組の客がいる。

 よって、ジネットたちは接客に忙しくエステラの相手はしていられないのだ。


 まぁ、その方が話がしやすいってのはあるけどな。


「あ。そうだ、マグダ。」

「……なに?」

「お前、狩猟ギルドのギルド長って見たことあるか?」

「……否定。狩猟ギルドは大きな組織で、強烈な縦社会。直属の上司より上の人間に面会出来る機会はそうそうない」


 縦社会……っぽいなぁ、うん。


「……ただ、噂くらいは耳にしている」

「どんなヤツなんだ?」

「……山道でクマと出会うと…………クマが死んだフリをする」

「クマがっ!?」


 野生の動物が本能で恐怖するようなヤツなのか?


「……通称、『轟雷のメドラ』」


 轟雷とは……また物騒な二つ名だな。


「――とかいう物騒な噂があるのに、実は超プリティな美少女だったりは?」

「……しない。『アレはバケモノ』というのが実際本人を見た者の総評。直視して視力が落ちた者もいる」

「どんなバケモンだよ、そりゃ……」


 まぁ、どうせ筋肉ムキムキのオッサンなんだろうな……一切の期待を持たないようにしよう。


「……腕がマグダの腰くらいある」


 …………デカ過ぎない? え、人?


「ゴリラ人族か?」

「……確か…………フェレット人族」


 違う。

 俺の知ってるフェレットはそんなガチムチな生き物じゃない。

 きっと何かの間違いだ。


「……気に入らない者には容赦ない、恐ろしい人物だと聞いている」


 脳内では、どこかの組の親分が、言うことを聞かない店に嫌がらせをするよう部下に指示している姿が容易に想像出来てしまう。

 強烈な縦社会……なるほどね。


「ありがとう。仕事に戻っていいぞ」

「…………じぃ」

「…………はいはい。おいで」


 手招きすると、マグダは俺の腰にしがみつく。

 耳をもふもふしてやるといつものように「むふー!」と息を漏らした。

 最近、妙に甘え癖がついてる気がする。


「……たぶん」

「ん?」

「……ギルド長に同じことをすると…………消される」

「……しねぇよ…………」


 誰がガチムチの耳なんぞをもふるか。


 マグダが接客に戻ると同時に、ナタリアが陽だまり亭へとやって来た。

 入店するや、即エステラを見つけ、こちらに向かって真っ直ぐ歩いてくる。


「やはりこちらでしたか、ゴマちゃん」

「その情報どこで得たの!? あり得ないよね!?」


 激しく抗議するエステラなのだが……ナタリアに常識なんか通用するかよ。エステラのことで知らないことなんて何もなさそうだしな。


「先ほど入店した際、マグダさんとアイコンタクトで情報交換を……そんなことはどうでもいいのです」


 なんか、サラッとすげぇ高度なことをやってのけていたようだが……まぁ、どうでもいいな、そんなことは。


「ようやくお返事が参りましたよ」

「やっとかい!?」


 ナタリアが差し出した手紙を受け取り、エステラは安堵したような息を漏らすが、それでもその顔は抑えきれない不満に満ち満ちていた。


「昔からそうなんだよ、アノ男は。ボクのことを見下してバカにしているんだ」


 手紙の封を開けながらも不満をたらたら垂れている。


「知り合いなのか?」


 手紙を読み始めたエステラを気遣い、俺はナタリアに問いかける。

 エステラのことなら、ナタリアに聞けば答えが得られるからな。


「そうですね。お嬢様と、四十一区の現領主様はお歳が近いこともあり、幼い頃から顔を合わせる機会は多かったですね」

「四十一区の現領主って、そんなに若いのか?」

「先代様が早くに亡くなられて……ご子息のリカルド様がお継ぎになられました」


 エステラと同じような年齢で領主か……領主代行のエステラとはまた責任の重さが違うんだろうな。


「幼少期から快活で物怖じせず、正直者で口が悪く、思慮に欠け無遠慮で悪意に満ちて他者を見下し奢り昂ぶり矮小で取るに足らない素敵な領主様ですよ」

「どの口がそんなこと言うんだ!?」


 後半罵詈雑言の嵐じゃねぇか。


「『女だからダメだ』『いい領主にはなれない』と、お嬢様を散々いじめて……」


 ガキはそういうことを平気で言うからな……

 生まれた時から権力に触れて育ったガキなら尚更か。


 それでエステラは持ち前の負けん気を発揮して、こんなボクっ娘になったってわけか。

 隣の領主の息子に負けないために。


「私も……何度暗殺を止められたか分かりません」

「俺は、真剣にお前が怖いよ」


 目論んでんじゃねぇよ。そしてそれをサラッと口外すんなっつの。


「領主の家に男児が生まれなかった場合は、婿を取り家督を継がせるのが通例ではあるのですが……四十二区の領主ということで見向きもされないという状況なんです」

「へぇ~、いいんじゃないの。そんな程度の低いバカどもにエステラはもったいねぇよ」


 なんだろう……エステラが政略結婚の道具にされると思うと無性に腹が立つな。


「周りの貴族たちも、お嬢様と婚姻することはクレアモナ家に組み込まれることになると乗り気ではないのです。どうせ四十二区の領主になるのなら、クレアモナ家が没した後、自分の家が乗っ取った方がいいと」

「クレアモナの名は語りたくないってのか?」

「すっかりと『四十二区=クレアモナ』のイメージがついておりますので。名前だけで見下す愚かな貴族が多いのですよ」

「テメェの家は領主以下の中途半端な貴族なのにか?」

「中途半端だからこそ、ですよ。『その気になればどこまでも上り詰められる』という可能性を摘みたくはないのでしょう」


 つまり、四十二区は決定的に見下されていて、ウチの者が婿養子になって領主を継ぐということがみっともないという風潮になっているのか。

 その気になれば中央区だろうが食い込める、とでも思っているのかね。

 そんな連中は、永遠に中途半端止まりだろうよ…………四十二区を舐めんなよ。


「せめてもの救いは、お嬢様がバカな男には興味を持たない方だということでしょうかね」

「頭いいもんな。最近ポンコツ化が酷いけど」

「おや? ポンコツが可愛いのではないですか?」

「お前から見ればそうだろうけどな」

「お嬢様は、寝ている時に鼻をつまむと『みゅぃ~い』と可愛らしく鳴くんですよ?」

「ボクの後ろでなんの話をしているんだい!?」


 手紙を読み終えたエステラがナタリアに詰め寄る。

 頬を朱に染めぐるると牙を剥く。


「照れてるお嬢様、萌え~」

「うっさいよ!」


 こいつら、日に日に上下関係が崩壊していくな……


「結婚なんて考えてないよ、ボクは。お父様がリタイアしたら、ボクが立派に領主を務めるからね。四十二区の未来は安泰さ」


 突っぱねるように言って、さっきの手紙を俺の胸に押しつけてくる。


「読んでいいのか?」

「捨てていいよ。大した内容じゃないから」


 ざっと目を通すと、文面だけはどこぞの定型文を切り貼りして取り繕ったように見えるが……全体を通して細かいイヤミが散りばめられていた。

 領主代行が領主に直接手紙を寄越すとは、世の中も寛大になったものだ。とか。

 いつでも面会出来る君が羨ましい、こちらは日々忙しくてそれどころではないんだ。とか。

 時間を浪費するのは愚か者のすることではあるが、旧知の者に会う時くらいは幼き日の愚か者に徹するのも一興か。とか。……これってつまり、領主代行としては認めないし持て成さないって意味だよな?


「こいつは昔からそうだったんだ。こちらが下手に出れば容赦なく付け上がる。口の減らない嫌なヤツなんだ」

「なるほどなぁ……それで、四十一区の門番は四十二区の者を必要以上に見下してたわけだ」

「門番だけじゃないよ……あの街は、もう、全体的にそうだから」


 ドッカと椅子に座り、腕を組む。

 不機嫌なオーラが全身から立ち昇っている。


「四十区のデミリーとは大違いの反応だな」

「オジ様はいい人だからね。領主としても、一人の人間としても尊敬出来る人物だよ」


 エステラの表情が少し明るくなる。

 これも、幼少期からの積み重ねなのだろうか。


「デミリー様は、現領主様とも旧知の仲で、とても親しい間柄なのです」

「そう言ってたなぁ、確か」

「四十区のデミリー様は大らかで人柄もよく、昔から何かある度に我が領主様を気にかけてくださる方でした」


 頼れる兄貴みたいな存在かなと、想像する。

 今でこそ四十二区は活気に溢れているが、俺がたどり着いた当初は酷い有り様だったしな。

 色々相談に乗ってもらっていたのだろう。


「それに引き換え、四十一区のシーゲンターラー様は…………けっ!」

「分かりやすいなぁ、お前も」

「先代の領主はまだ話が出来たんだ。……とっつきにくくはあったけどね」

「けれど、シーゲンターラー様とのお付き合いで、領主様の容体が悪化したのも事実です」

「お父様は…………打たれ弱いからねぇ」


 なんだ、ストレスで寝込んじまったりしたのか?

 まぁとにかく、四十一区との相性は悪いってことなんだろうな。


 そう言われてみれば、四十区との交流は盛んになったのに、四十一区とはからっきしだ。

 基本、通過点としてしか利用してないからな。それも、大通りではなく、抜け道に使う小さな道を数キロメートルほどってところだし。


「あぁ…………行きたくないなぁ……」

「いや、行かなきゃ始まんないだろう?」

「分かってるよぉ……行くよぉ……」


 エステラアザラシ、再び。


「まぁ、俺も付いていってやるから。な?」

「ん…………お願い」


 やけに素直だ。

 それだけまいってるってことか。


 行けばイヤミを言われると分かっているところに行くのは、まぁ確かに憂鬱にもなるよな。ぶっ飛ばすわけにもいかないし。

 無事交渉が済めばいいんだが。


「で、いつ会ってくれるって?」

「三日後だって」

「また、随分もったいぶるな」

「ワザとだよ。焦らして嫌がらせしてるだけさ……」

「なんか、お前らしくないな」

「え?」


 ふてくされていたエステラがこちらを見上げてくる。

 いや、気に入らないのは分かるんだけどさ。


「決めつけで人を悪く言うなんて、エステラっぽくないなと思ってよ」

「悪く言うつもりなんて………………っ」


 言いかけて、言葉を切る。

 なんだか泣きそうな顔になり、口がアヒルみたいに突き出される。


「…………悪かった。気を付ける」

「いや、お前を責めたかったわけじゃないぞ?」


 マズい。拗ねてしまった。

 エステラ自身も自覚はしているんだろう。

 ただ、どうしても苦手な相手ってのがいて、そいつに対しては必要以上に負の感情が溢れ出してしまう。そういうことはよくあることだ。俺にだってある。


 だが、それを指摘されるのは……ちょっとつらいよな。

 なんとなく、「みんなが自分を責めている」みたいな気分になって……うむ。失言だったかもしれないな。


「エステラはさ。本当はもっといいヤツで、もっと優しくて、出来ることならいつも笑顔でいたいと思っている。そういうヤツなんだろうなって、俺は思ってんだ」

「…………」


 俯き、俺と視線を合わせようとしないエステラ。

 構わずに続ける。


「けれど、領民のことも考えて、一所懸命で、誰よりも責任感が強くて……そのせいで焦ったり、ちょっと失敗したりしてしまう」

「…………」

「でも忘れんなよ」


 俯いた頭に手を載せ、赤く細い髪の毛をくしゃりと撫でる。


「どんなにつらくてもお前は一人じゃない。これまではどうだったかしらんが、今は俺がいる」

「……ヤシロ」


 これまで、正体を隠し、みんなひとりでどうにかしようと奔走していたエステラ。

 そりゃあ疲れるだろう。クタクタになるはずだ。


「背負った荷物がどうしようにもなく重かった時は、そこら辺に捨てていけ。金目の物なら俺が持って帰って保管しといてやるからよ」


 半分持ってやるなんて、思い上がったことは言えないからな。

 今は、これくらいで……


「……励ましの言葉すら素直に言えないのかい、君は?」

「素直だろうが、俺は、いつだって。金になることなら手伝うぜ、ってな」

「じゃあ、これからは金の匂いをぷんぷんさせるようにしようかな」


 そんなことを言いながら、エステラは丸まっていた背中をググッと伸ばす。


「……ありがと」

「いや……すまん」

「ん……」

「おぅ」


 微妙だった空気が少しだけ軽くなる。

 エステラは己の失態を、俺は自分の失言を反省し、水に流す。


「お嬢様、ヤシロ様」


 俺とエステラの和解が済んだ後、ナタリアが静かに手を上げる。


「……爆発しろ」

「「そういうんじゃないから!」」


 見事に声が揃った。

 うん、エステラとはやはり気が合うようだ。


「あの、ヤシロさん」


 ジネットがこちらにやって来る。

 見ると、客の数は減って、接客にも少し余裕が生まれていた。


「お客様がお見えですよ?」

「客?」


 ジネットに言われて入り口を見ると、ポンペーオがいた。


「やぁ! ヤシロ君!」

「……俺は留守だって言っといてくれ」

「見えてるよ! 今、物凄く、丸見えだからね!」


 くそ……もっと人目につかないところで話をしておけばよかった。


「なんだよ、この忙しい時に?」

「おや。何か取り込み中なのかな?」

「領主への面会を申請したら三日も待ち呆け喰らわされているところだ」

「暇そうだよね……?」


 まぁ、そう言えなくもないか。


「で? なんだよ?」

「プリンの作り方を教わりに来たのさ」

「早ぇよ! この前フルーツタルトを教えたばっかだろうが」


 それも、ゴタゴタが終わったらという約束だったにもかかわらず、今みたいに押しかけてこられて渋々前倒しで教えてやったのだ。

 同じ手がそう何度も通用するか。


「あ、わたしも一緒に教えてもらいたいです」


 ジネットが遠慮がちに手を上げる。

 そういえば、ジネットにも教えると約束していたんだっけな。


「じゃあ、ジネット。客が引けたら教えてやるよ」

「私は!?」

「うっせぇな。見てただろ? ジネットに教えるから忙しいんだよ」

「一緒に教えてくれたまえよ! 時間短縮になっていいじゃないか!」


 キャンキャンとうるさいオッサンだ。

 ラグジュアリーの常連客たちは、このオッサンのことを『落ち着いていてダンディー』とか言ってるんだぜ? どこがだっつの。


「しょうがねぇなぁ……」


 まぁ、プリンの基本概念くらいは教えてやるか。


「ジネット、自分の胸を見てみろ」

「胸……ですか?」

「ポンペーオはエステラの胸を」

「ボ、ボクの!?」

「では、失礼して……じぃ……」

「ちょ、ちょちょちょっ!? なにこれ! どういう状況!?」

「いいかお前ら。プリンとは、そういう感触の食べ物だ」

「そっちとこっちで全然違うじゃないか!? 私もぷるんぷるんした方をお手本にしたいぞ!」

「……ポンペーオ…………遺言は今のでいいかい?」


 ヤダなぁ……遺言が『ぷるんぷるんした方がいい』とか……


「しょうがねぇな。じゃあ今から教えてやるよ。その代わり、いくつか質問に答えてくれ」

「なんだい?」


 プリンを教えてもらえると、瞳を輝かせるポンペーオ。

 まぁ、一方向からの情報だけで判断するのは危険だからな……


「四十一区や狩猟ギルドについて、どんな印象を持っている?」


 四十二区とは反対側の区から見た四十一区がどのようなものなのか、それが知れればいいと思ったのだ。


「特に何も。私が興味を持つのはエレガントな雰囲気を持つものだけなのでね。そうだね、しいて言えば…………関わり合いになりたくない人種……というところかな」

「そうかい。参考になったよ」


 あんまりいい印象は持たれてないってのは確かなようだな。


 その日はジネットとポンペーオにプリンの作り方を教えて終了した。

 ジネットには、ポンペーオよりも先にマスターしてもらって早く陽だまり亭で売り出さねば。


 そういえば、四十区のお嬢さん方が何名かケーキを食いに来ていたな。

 みんな以前とは違い美味しそうに堪能して帰っていった。

 とりあえず、向こうの悪意はなくなったと思っておいていいだろう。


 ……ったく、次から次へと問題が起こるよな…………



 そして三日後。

 俺はエステラと共に、四十一区の領主に会いに行った。






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