89話 特別なもの
「この度は……誠に申し訳なく……もう二度とこのようなことは…………かたじけないでござるっ!」
早朝。
店先でベッコが土下座をしている。
それを見てジネットがおろおろとしているが、俺はま~ったく気にしていない。すればいいのだ、土下座でも土下寝でも。
「あの……一体何があったのでしょうか?」
「守秘義務について、昨日たっぷりと語ってやっただけだ」
情報漏洩は、最悪の場合大企業をも潰してしまう。
ほんの軽い気持ちで漏らした情報で天文学的な額の損害を出してしまうこともあるのだ。
特に、今回ベッコに作らせていた物に関してなど……他所に先を越されていたら、陽だまり亭は計り知れない損失を出すところだったのだ。
おまけに、ガキどもが領主を好きになるきっかけも潰されるところだったのだ。四十二区追放くらいでは許されない、非常に由々しき出来事であったわけだ。
「んで、数は揃ったのか?」
「ははぁっ!」
お奉行様の前に突き出された罪人のように、頭を地に着けたまま荷物を差し出してくるベッコ。……そこまで怒ってねぇから、恐縮し過ぎんのやめてくれよ。
「もういいから顔を上げろよ」
「しかし……拙者、自分で自分が許せないでござる……っ」
「一同の者、おもてを上げ~いっ!」
「ははぁ!」
おもてを上げやがった。なに? 江戸時代センサーでも組み込まれてるの?
あと、「ははぁ!」はひれ伏す時な? おもてを上げる時に「ははぁ!」言うヤツそうそういねぇから。
「まぁ、イメルダにやかましくせっつかれたら、堪らず口を割ってしまうのも分からんでもないがな」
「いえ。今回の件は、拙者の認識不足が招いたことでござる。イメルダ氏は関係ないでござる」
イメルダに、新作ケーキと秘密の作業の内容をぽろりしたベッコ。
信念からか、すべての責任は自分にあるとして譲らない。……え、もしかして。
「お前、イメルダみたいなのがタイプなのか?」
「はっはっはっ。ご冗談を。拙者、腹切るでござるよ?」
いや、怖ぇよ! え、そんなに苦痛なことなの!?
それはさすがに失礼だろ。
「拙者は、エステラ氏やマグダ氏、妹氏や砂糖工場のモリー氏、トウモロコシ農家のシェリル氏のような奥ゆかしい女性が……っ!」
「もれなくつるぺたばかりだな」
シェリルは五歳だぞ? この犯罪者め。
「それで、あの……その包みは一体なんなのですか? 確か、領主様の素晴らしさを教え解くものだと伺ったと思うのですが?」
「いや、そんな崇高なものじゃねぇよ?」
お前は、どこで誰に話を聞いてきたんだ?
俺がそんなこと言うと思うか?
まぁ精々、あのガキどもの先入観を取っ払い、領主を好きだと『思い込ませる』ことが出来る程度のもんだ。ステマだよ、要は。
「おはようございます!」
「おはようございま……ど、どうされたのですか?」
「おぉ、来たな」
いいタイミングでセロンとウェンディが陽だまり亭へやって来る。
やって来て早々、土下座しているベッコにドン引きしているが。
……つか、セロンを呼んだのになんでウェンディまで一緒なんだ? こんな早朝に? え、なに? 一緒にいたの? 俺にケンカ売ってるわけか? こっちはなぁ、朝まで女と一緒にいたつっても、絶叫に次ぐ絶叫で、ロマンスのロの字もなかったんだからな!? 爆発しろ! か、もしくは眉毛無くなれ! イケメン崩壊しろ!
「いやらしいヤツめ」
「なっ!? ち、違いますよ英雄様!? 僕たちはそんな……!」
「そうです。私はただ、セロンが暗い道で転ばないように、明かりとして同行しただけで……!」
彼女を明かり代わりにする男ってどうなの、それ?
俺がウェンディの父親なら「お前はウチの娘を懐中電灯だとでも思っているのか!?」って殴り飛ばすと思うけどな。
「セロンさんにも何かをお願いしていたんですか?」
「あぁ。ベッコとセロン。今回はこの二人の協力なくしては成功しないプロジェクトだ」
「あぁ、ヤシロ氏っ! こんな拙者を頼ってくださるとは…………感謝の意を表して腹を切るでござるっ!」
「やめいっ!」
切ってもらっても全然嬉しくねぇから!
「セロン凄い……英雄様に頼られるなんて…………素敵よ」
「君の支えがあったからこそ、僕は英雄様に見出してもらえたんだよ……君のおかげさ」
「セロン……」
「ウェンディ……」
「チューするでござるか!?」
「ぅわあっ!?」
「きゃあっ!?」
空気を読まないベッコ、最高! グッジョブ!
ジネットなんか、顔を真っ赤にしつつもばっちり見入ってたしな。
はっはっはーっ! ざーんねーんでした! そんなピンク展開にはさせませーん!
……つか、俺に頼られることなんかで喜ぶなよお前ら。搾取されちまっても知らねぇぞ。
「ところで、セロン」
「はい」
「やっぱり乾燥しちまうか?」
「外気に触れ続ければ多少は……。ですが、水を含ませて練り込めばまた柔らかく、粘りのある状態へ戻すことが出来るよう改良しました」
「そうか。助かるよ」
「あ、ありがたきお言葉!」
「だから、大袈裟だっつの!」
直角に礼をするセロン。なんでかウェンディも一緒に頭を下げている。
まぁ、出来た彼女だこと。爆発すればいいのに、セロンだけ。
「こちらが、現品になります」
そう言って、ミカン箱くらいの大きさの木箱を差し出すウェンディ。
……あれ、相当重いと思うんだけど……虫人族もやっぱ腕力高いんだな……
ウェンディが木箱を地面に降ろしている間、セロンが内容の補足をしてくる。
「言われておりました通り、25グラム程度の小分けにして、個別に包んであります」
「そうか。面倒くさいことを頼んで悪かったな」
「恐れ多いですっ! 英雄様に頭を下げさせるなど……申し訳ございませんっ!」
「だからやめぇーい!」
俺は独裁者か!?
で、やっぱり頭下げるんだなウェンディ!?
俺が依頼したものを期日までにきっちり完成させて持ってきて、謝罪する職人たち。
……なに、この風景? 俺、悪者?
「じゃあ、悪いんだけど、これ全部厨房に運んでくれるか?」
「「「はい、よろこんでっ!」」で、ござる!」
三人は競うように重い荷物を持ち、ジネットに案内されるままに厨房へと入っていく。
……俺、なんでこんなに好かれてるんだろう…………変なのにばっかり。
早朝のバタバタした一件が終わり、朝の日課を済ませた後、陽だまり亭は本日もオープンした。
「大丈夫かなぁ……ちゃんと受け取ってもらえるかなぁ? ウチの旗……」
「まぁ、そう心配すんなって」
教会で合流したエステラは、今日も今日とて不安そうな顔をしていた。
こいつ、メンタル弱いなぁ。
まぁ、ドーンと構えとけよ。たぶん、上手くいくからよ。
晴れていようが雨が降ろうが、エステラが沈んでいようが、時間というものは等しく同じ速度で流れ、そして、この街の人間の生活サイクルもまた規則正しく、ほぼ毎日、同じような面々が飯を食いに来る。
「はぁぁぁん! マグダたん今日も今日とてマジ天使ッスー!」
と、関係ないヤツのことは今回はスルーして。
なんだかんだと忙しなく働いているうちにランチタイムが終わり、そしてこの時間がやって来た。昨日の親子連れが続々と集まってくる。
さぁ、勝負の時だ。上手く食いついてくれるかな……っと。
「ようこそ陽だまり亭へ」
来店した母子に、ジネットが接客を開始する。
「それじゃあ、日替わり定食と、この子にはお子様ランチを」
「かしこまりました。マグダさん!」
「……かしこまり」
ジネットに呼ばれ、マグダが大きな箱を持ってジネットのいるテーブルへと近付いていく。マグダと入れ替わるようにジネットは厨房へと下がる。
マグダが持ってきた箱は、段ボールを立てたような大きさで、下部に大きな取り出し口がついており、さながら小さな自動販売機のような形をしている。
というか、こいつはまんま自動販売機を小さくしたようなものなのだ。
内部の構造が複雑で、さすがにベッコにコピーさせるのは酷かと思い諦めかけていたのだが……情報を漏洩した罰と言って作らせてしまった物だ。昨日半日かけて、かなりいい物が出来た。
小型自動販売機には三つのレバーがついており、そのうちのどれかを引き下げることで、下の取り出し口に旗が落ちてくる仕組みになっていた。
今あるガチャガチャよりも、昔あったコスモスというガチャガチャに近しい。
今後はこの小型自販機を使って、お子様ランチを注文した子に旗を選んでもらう仕組みに変えるのだ。
「……押して」
マグダに促され、ガキが小型自販機のレバーを引き下げる。
すると、取り出し口にケースに入った旗がぽとりと落ちてきた。ほら、一応ピラフに差すものだからな。衛生的にしておかないと。
ちなみに、このケースは可能な限り回収させてもらう。経費削減だ。
さて、どこの旗が出たのかな……
「あっ! …………うぅ……」
ガキの表情が曇る。
ガキが引き当てたのは、領主の旗だった。
ドンピシャだ! 偉いぞガキ!
「……大当たりー!」
カランカランと、マグダがハンドベルを鳴り響かせる。
「へ? え!?」
突然の状況に、ガキはあたふたと周りを見渡す。
昨日まではなかった出来事に戸惑っているのだろう。
そんなガキが、すぐに次の動きを察知して、「あっ!」とそちらへ視線を向けた。
ガキの見つめる先には、ロレッタがいた。
ハンドベルの音を聞いたロレッタは、小さな袋がたくさん入った箱を持ってガキの座るテーブルへと歩いていく。
今度はロレッタがマグダと入れ替わりテーブルの前に立つ。
「領主様の旗は大当たりです! おめでとうです! この中から好きな袋を一つプレゼントするです!」
「ホントッ!?」
『当たり』と言われて喜ばないガキはいない。
店内の視線……特に他のガキどもの視線が当たりを引いたガキに集中している。
みんな袋の中身が気になっているのだろう。
「じゃあ、これ!」
一つの袋を手にしたガキが誇らしそうに、その袋を頭上に掲げる。
他の客のガキがわらわらと群がってくる。
「中見ーせーてー!」
「はやくはやく!」
急かされて、当たりを引いたガキは小袋の口を開ける。
「――?」
中から出てきたのは、ベッコ作成の四角い蝋製の型と、セロンが開発した固まりにくい子供用粘土だ。
「これなぁに?」
当たりを引いたガキが小首を傾げてロレッタに尋ねている。
まぁ、遊び方が分からないのだろう。
ここで、俺の出番だな。
「よう! よかったな! 滅茶苦茶ラッキーじゃねぇか!」
ガキの頭をわっしゃわっしゃと撫で、俺は爽やかな笑みを向けてやる。
……ちょっと怯えられてしまった。
ま、まぁ。別に? 俺、ガキとか好きじゃないから嫌われたって、全然問題ないけどな。
「こいつはな、領主様がお前らガキ……君たち子供のためにって提供してくれた『オモチャ』だ」
「「「「おもちゃ?」」」」
「ちょっと借りるぞ」
当たりを引いたガキに了承を得て、俺は紙粘土をこね始める。
食卓で粘土遊びなど言語道断なので普段は絶対させないところだが、まぁ、初日はいいだろう。
よく練り込まれた粘土は柔らかさが増す。その柔らかくなった粘土を、ベッコの作った型へと押しつけていく。背後から「ギュッ、ギュッ」と押しつけてから、ゆっくりと型を外すと…………粘土は馬の形をしていた。
「「「「すげぇーっ!?」」」」
ガキどもが食いついた。
「馬以外に、犬や猫、キツネやワニなんかもあるんだ。動物じゃないものとかあるかもな」
「「「「ほしーっ!」」」」
よし。とりあえずオモチャは効果を発揮したと言っていいだろう。
ガキどもが無条件で、それもかなり欲しがるもの。それがオモチャだ。
しかし、オモチャは難しい。
単純過ぎるとガキが食いつかないし、複雑でも、ガキは敬遠するのだ。
本当は動物のミニチュアフィギュアでも作らせようと思ったのだが、そうすると一体一体彩色を施さなくてはいけなくなる。
ベッコは絵画の才能も持ち合わせているが、如何せん時間がなかった。彩色すれば乾燥させる時間も必要になるし、何より塗料を準備するのにも時間を要するのだ。
文房具屋に絵の具が売ってる、なんて便利な世界ではないからな。必要な色を自分で組み合わせて作り出さなければいけないのだ。そいつを一個一個試している時間は、今回なかった。
ミリィに頼んで竹を用意してもらい竹とんぼを作ったり、木材を使ってけん玉なんてのも考えたのだが、それの遊び方を教えて回る時間もなかった。
竹とんぼなんて、外に行かなきゃ出来ないしな。けん玉は作るのがスゲェ難しい。
時間的に余裕があり、且つ遊び方が単純なもの……と、考えた時、粘土は実に都合がよかった。
こねて押し当てるという単純さもさることながら、ガキが簡単に複雑な動物の模型を作れるのだ。そりゃ熱中するだろう。
こいつのいいところは、こちらが色を塗らなくても済むというところにある。
何より手間が省けるし、よく言えば『お子様の創造性を最大限に引き出せる自由な創作活動』に打ってつけなのだ。
好きに色を塗ればいい。馬が赤かろうが迷彩だろうが、なんだっていいのだ。
もしかしたら、これをきっかけにこいつらの中から将来の芸術家が生まれるかもしれない。その際は、是非とも食堂に多額の寄付をお願いしたいね。きっかけを与えた俺は産みの親も同然なのだから。
そして、粘土をこね直せば何度でも遊べるってところも、こいつの大きな利点だ。飽きるまで遊ぶ。そして、飽きた後に、これまでにない遊び方を発見する。
それこそがイノベーション!
あぁ、俺は今、なんていいことをしているのだろうか。将来の四十二区の発展を、今この俺が作り上げていると言っても過言ではなかろう!
「粘土はレンガ工房に行けばいつでも売ってくれる。型がたくさん集まったら、友達と交換して遊んでもいい。オモチャをどう使うかは、お前らの決めることだ。盛大に遊べ!」
俺を見上げるガキどもの瞳の、なんとキラキラ眩いことか……
俺、知育系の教材とかで一山当てられるな、これは。
いや、やんねぇけど。
「ねぇ、ねぇー! かえして! 僕のだから!」
当たりを引いたガキが両腕を伸ばして型と粘土を欲する。
やりたくて仕方ないだろう? 周りのガキもやらしてほしいだろう?
「領主様の旗が当たりだ。当たりを引くと、もれなくこいつがもらえるぞっ!」
「ママァ! 僕もお子様ランチー!」
「あれ、やりたいー!」
「お馬さん、ほしい!」
ガキどもが各テーブルに散らばり、おねだりの猛攻をかける。
初日サービスで領主の割合は多くしてあるが……そうそう簡単には当たらねぇぞ?
何度も何度もおねだりするがいい!
そして母親どもも「ウチの子だけ当たりを引いてないなんてかわいそう! 当たるまで毎日通いましょう!」となるがいい! さぁ! 可愛い我がガキどものために財布の紐を緩めるのだ! そして、ついでに自分たちも美味い飯を食って帰るがいい!
ふふっ、ふはははははっ!
「あ~っ! 海漁ギルドだったぁ!」
「はっはっはーっ! 僕は当たり引くもんねー! 見ててよ~! ……………………トルベックッ!?」
「ぷぷぷー! 次私ねー!」
ガキが小型自動販売機に群がっている。
マグダが、押し寄せるガキどもを上手く捌いて順番に並ばせている。さりげに凄いな、あいつ。あの無秩序なガキどもが衝突もせず大人しく言うことを聞いているなんて……え、おっぱいパワーじゃないのか、ガキどもが言うこと聞くのって!?
「やっっっっったぁぁぁぁぁあああっ! 領主様だぁー!」
「うそっ!? 見せてー!」
「いーなぁー!」
「ホントだ、領主様だー!」
「かーえーてー!」
「だめー!」
わいきゃいわいきゃいと、ガキどもが子ライオンのようにじゃれ合う。
「み、見て……っ! ねぇ、見てよヤシロ!」
俺の肩をバシバシ叩きながら、涙声でエステラが言う。
「こ、子供たちが、領主がいいって! 羨ましいって!」
「分かった。聞こえてるから、肩を叩くな! 地味に痛い!」
どこまでテンションが上がっているのか、エステラは顔をくしゃくしゃにして、体をもぞもぞとひねり身悶えている。
で、俺の肩乱打。
「ヤシロォー!」
「なんだよ!?」
「大好きだっ!」
「――っ!?」
「君のおかげだよ! 凄く嬉しいよ! これからも自信持って仕事が出来るよ! ありがとう!」
「……お、おぅ」
普段はとことん素直じゃないくせに……そんな凄まじい言葉をぽろっと発言すんなっての。どう反応すりゃいいんだよ。……ったく。しかも気付いてないし。
……明日からまたつるつるぺたぺたっていじめてやる……絶対、いじめてやるっ!
今の俺の顔の温度と同じくらいに照れさせてやるからな!
と、そんな言葉に出来ない悶絶をする俺を、ジネットがジッと見つめてきた。
何か言いたそうにしているが話しかけてはこない。それもそのはず。
昨日のヤシロ教布教活動の罰として、今日一日仕事中の「ヤシロさん」を禁止したのだ。
俺を呼びたければ「ヤシロ」と呼び捨てにするか「おい」とか「お前」と呼ぶようにと。
その結果、ジネットは今日俺に話しかけられないでいる。
無視しているようで心苦しくもあるが、少しは痛い目を見てもらわないと。あんなこと、二度とやられたくないからな。
ガキどもが新しい型に群がりわーわーと騒いでいる。今度の型はコンドルだったようだ。
昨日心に忍ばせておいた『小さな隙間』に、上手く楔を打ち込めたらしい。小さな隙間は穴となり、穴は次第に広がって……凝り固まった固定概念をぶっ壊してくれた。
ガキどもの中で領主は、『両親を苦しめる悪いヤツ』から、『オモチャをくれるいい人』へ格上げされたわけだ。
お菓子のオマケのシールや、キャラクターカードの背面がキラキラ輝いていると、物凄くテンションが上がったのと同じようなもんだ。つまり、ガキどもの間で『そういうルール』が出来上がってしまえばいいのだ。
『領主が当たる』 = 『オモチャがもらえる』 = 『ガキどもの中では英雄扱い』
こんな方程式が成立した今、領主の人気は不動のものになるだろう。
「ありがとう! ヤシロ、ありがとうね!」
感涙にむせび泣くエステラが俺に抱きついたり、頭を撫でたり、顔面をぺしぺし叩いてくる。どんだけテンション上がってんだよ…………この数日、本当につらかったんだろうな……
まぁ、今日くらいはベタベタさせてやってもいいか。人肌って、感情が荒ぶっている時にはトランキライザーみたいな役割を果たすしな。
つか、エステラはネコみたいだ。
最初は警戒心丸出しで、隙なんか見せなかったのに、今ではこうして素直に感情をあらわにしている。ネコで言うなら、腹を出して寝っ転がってるようなもんだ。
随分と懐かれたもんだなぁ、俺も。
「あ、あのっ!」
ネコ化したエステラにじゃれつかれる俺の前に、ジネットが真剣な顔をして立ちはだかった。
……なんだ? なんかすげぇマジな雰囲気なんだけど…………
「あ……っ」
言いかけてのみ込む。だが、意を決したようにジネットは大きく息を吸い込んで、……またとんでもないことを言いやがった。
「あなたっ!」
……世界が凍りついた。
「あなた、あの、えっと、凄いです! ヤシ……あなたのおかげで、みなさん笑顔になりました。わたし、あなたのそういうところ、本当に凄いと思いますっ!」
「……おい、ジネット……」
「はい! なんですか、あなた?」
…………こいつ、わざとか? それとも天然か?
俺が今の発言の危険性を指摘してやろうとした時、ガキどもが騒ぎ始めやがった。
「ママがパパを呼ぶ時とおんなじだー!」
「結婚してるのー?」
「ラブラブなのー?」
「ふぇっ!?」
ガキの言葉に、ジネットが奇声を発する。
……いや、「ふぇっ!?」じゃねぇよ……
「あ、や……あの、違うんです! な、なんだか……その、エ、エステラさんとばかり仲良くされていて……ちょっと寂しかったというか…………それだけなんですっ!」
両手で顔を押さえて厨房へと駆け込むジネット。
……で、去り際にまた爆弾落としていきやがったな、あいつは…………
空気が重たく感じ、ふと横を見ると……エステラが俺の肩に手をかけて固まっていた。
……なぁ、どうする、この空気?
視線でそう問いかけると、……ボクに聞かないでよ……と、返された気がした。
「ママ~……」
そんな騒動の発端を作ったガキが、とどめの一言を発する。
「アレって不倫?」
俺とエステラを指さして……
誰が教えたんだよ、幼女にそんな言葉を……
直後にエステラが「そんなんじゃないからぁー!」と叫びながら店を飛び出し、最終的に残された俺が、その後の接客をすべてやらされる羽目になった。
……俺、何か悪いことしたか?
割と頑張ってたじゃん。
それなのにこの仕打ち………………やっぱ、神ってヤツは人の善行なんざいちいち見てやがらねぇんだなと、俺はこの時確信したのだった。
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