68話 祭りの夜

 日が落ちて、隣を歩く人の顔がおぼろげにしか見えなくなる頃、祭り会場に明かりが灯された。

 道の両側に並べられたロウソクに火が入れられたのだ。

 蝋で作られた巨大な灯篭。一晩中燃え続けてくれるであろう巨大さだ。


 人の流れに合わせ、ゆらゆら揺れる温かいオレンジの炎が祭りの会場を明るく照らし出す。


「綺麗……ですわ」


 夜道にズラリと並んだ炎の列に、イメルダがため息を漏らす。

 確かに壮観だ。

 先ほどまで食い物に夢中だった祭り客たちも、今は灯された炎の美しさにしばし時間を忘れて見惚れている。


「どうだ。この道の明るさは」

「なかなかのものですわね」

「じゃあ、木こりギルドの支部もこの通りに……」

「でも、祭りが終われば明かりは灯らないのでしょう?」


 う……痛いところを突いてくる。

 そこは有耶無耶な感じで「まぁ、綺麗! ワタクシここに住みますですことよオホホホ」とか言ってりゃいいものを!

 今、目の前に広がるこの光景はお気に召したようではあるが、これだけで支部の場所を了承するつもりはないらしい。

 ニュータウンの綺麗な街並みを気に入り、そこに住みたいというイメルダの気を変えさせるのはなかなか難しそうだ。


 ……ま、こっちには切り札があるけどな。


 その切り札を知るエステラも、イメルダの発言には興味を示さずどこ吹く風だ。余裕を感じるね。

 もっとも、こいつは木こりギルドが四十二区にさえ来てくれれば、支部の場所がどこになろうが構わないという立場の人間だ。敵ではないが頼りにも出来ない。

 

 ちなみにこのロウソク、少し特殊な加工がしてあってちょっとやそっとでは消えない。

 ロウソクの芯を取り囲むように、繊維を編んだ平らな布が巻かれており、上から見ると『◎』のような形にしてある。これにより、ロウが染み込んだ芯と周りの布が同時に燃え、ちょっとやそっとでは消えないようになり、炎も大きくなる。

 消す時は、鉄製の蓋をポンと被せてやればすぐに消える。本当に一瞬だ。

 ロウ製の灯篭にそれぞれ蓋を設置してあるので、それを取って「ぽん」――以上で消火は完了する。明るく丈夫で、且つ安全なロウソクなのだ。


「この灯篭、ウチにも欲しいですわね」

「定期購入してくれりゃあ、ベッコが喜ぶぜ」

「その代わり、父君は悲しむと思うけどね」


 当然、それだけよく出来た灯篭なのでお値段もそれなりだ。

 しかも、火力が強いので一晩しかもたない。

 家で使うのならば、毎日買い換える必要があり、さすがの木こりギルドも財政を圧迫されることになるだろう。


「それで、メインイベントはいつ始まりますの?」

「もうすぐだ。今は、夜の出店を楽しもうぜ」


 明かりに照らされることで、まるで別世界にいるような錯覚を覚える。

 昼間散々食ったものでもこうして見え方が変わると、また美味しそうに見えてしまうから困る。財布の紐が緩むのも納得だ。


「ワタクシ、もう二枚ほどお好み焼きが食べたいですわ!」

「おい、ミス計画性!」


 こいつほど無計画な人間もいまい。


「夜になると見え方が変わって、昼間いただいたものもまた違った美味しさになる気がします。フランクフルト四十本ください」

「よっ!? 四十!?」


 パウラの店で、この後すぐにメインイベントが控えているはずのシスターが食い意地を発揮している……いたよ、イメルダ以上の無計画……


「エステラ、アレを教会へ連れて行って、そのままお前も準備にかかってくれ」

「分かった」


 エステラが山盛りになったフランクフルトに歓喜の声を上げるベルティーナに向かって歩き出す。

 ……が、すぐに立ち止まり、こちらを振り返った。


「頑張るから、ちゃんと見ててよね」


 などと、女の子っぽい言葉を俺に放つ。


「お、おう……、見てる」


 なんだ、このちょっと甘酸っぱい感じ。

 そりゃ見るっつうの。

 メインイベントが成功するかどうかで、今回の祭りの是非が問われるといっても過言ではない。このためにこれまで駆けずり回ってきたんだ。

 だから見るよ。見るけど……なんか、そう言われると、ちょっと違う目線で見ちゃうだろうが。……まったく。


 エステラが、激しく抵抗するベルティーナを引き摺って教会へ向かうのを見送って、俺はイメルダと共に陽だまり亭へと向かった。

 ジネットたちも、ちゃんと仕事を切り上げてイベントの準備に向かっただろうか?

 最悪の場合、俺が店番を引き継いで……


 ……なんてことを考えていたのだが。


「お姉ちゃんたち、もう行っちゃったよー」

「お店、食べ物、売り切れー!」

「今はただの休憩所ー!」


 それは、衝撃的な発言だった。

 なんと、用意した材料が底を突いていたのだ。完売、売り切れ、閉店ガラガラだ。

 なんてことだ……俺が、読み間違えるなんて……

 こんな稼ぎ時に在庫が足りなくなるなんて……悔やまれる! 三日三晩うなされる勢いで後悔の念が押し寄せてくる。

 この十分、一時間でどれだけの利益を上げられたことか……


「店長喜んでたよー」

「大喜びー」

「みんなでバンザイしたー」

「お客さんもバンザイー」

「時間に余裕が出来て助かったって、ウチのお姉ちゃん言ってたー」

「マグダ師匠も言ってたー」


 聞けば、屋台の方も早々に売り切れてしまい、マグダとロレッタも陽だまり亭に戻ってきていたらしい。

 四店舗中三店舗でソールドアウト……おぉう……


 けどまぁ、おかげでバタバタせずに済んだと思えば……まぁいいか。

 それに……そっか。ジネット、喜んでたのか。


「店長、売り切れ初めてだってー」

「おじいちゃんみたいって言ってたー!」

「おじいちゃん売り切れー!」

「売り切れジジイー!」

「いや、違うぞ。ジジイが売り切れたわけじゃないからな?」

「ジジイー!」

「売り切れー!」

「「「売り切れジジイー!」」」

「いや、だから……まぁ、いいや、もう」


 ジネットが店を引き継いでからずっと、大量の在庫を抱え続けていた陽だまり亭。

 俺が来るまでは余った食材を大量に廃棄していたと言っていた。

 その度に、ジネットは寂しい思いをしていたことだろう。


 頑張っても売れない。

 努力しても、その努力を見てくれる人がいない。


 それは、とてもつらいことだ。

 よく心が折れなかったなと思う。


 そこで折れなかったからこそ、腐らなかったからこそ、陽だまり亭はここまで来たのだ。

 今日の大繁盛からのソールドアウトは、ジネットの目にどう映ったのだろうか。

 ジネットの心を、どんな風に震わせたのだろうか。


 きっと、つらい思いはしていないはずだ。それよりもむしろ……


「だったら、まぁ……完売でもいいかな」


 今回は、勉強だったと思おう。

 この教訓を次回に活かせばいいのだ。

 そうだ、こいつはある種の投資だ。得難い経験だ。


「ヤシロさん。ここでメインイベントを鑑賞いたしますの?」


 陽だまり亭は、子供連れやお年寄りでごった返していた。……相当疲れてるんだろう。休憩している客たちはみんな椅子から立ち上がらない。

 ここにいちゃ邪魔になるかな。


「いや、教会の方へ行こう。そこが一番見応えがある」


 灯りの行進は教会を中心に東西からやってくる。

 教会で鑑賞するのが最も壮観だろう。



 ドーンッ!



 と、遠くで一発、太鼓の音が鳴り響いた。


「ヤベ、もう始まる!」

「え、今のが合図ですの?」

「あぁ。ちょっと急ぐぞ!」

「え、あ、ちょっと!」


 イメルダは何か反論しようとしていたようだが、強引に手を引いて歩き出すと静かになった。

 黙って俺に付いてくる。


 太鼓の音は、これからどんどん間隔を狭めつつ鳴り続ける。

 その間に、川漁ギルドと狩猟ギルド、それから四十二区の自警団が祭りの見物客を誘導し道を開けさせる手筈になっている。

 観客に挟まれた道を灯りの行進が歩くのだ。


 そして、この太鼓の音はハムっ子の年少組がスタンバイする合図でもある。


 店に立たせるわけにもいかない幼い弟妹たちは、何か手伝いがしたいと不満たらたらだった。

 年長組は接客業に、またはウーマロやモーマットの手伝いに奔走しているが、年少組は基本的に見習い扱いだ。

 それが気に入らなかったのだろう。幼い弟妹たちは、この晴れの舞台に何も出来ないとむくれていた。


 そこで俺は、そんな弟妹たちにあるとても重大な役目を与えた。

 灯りの行進の鍵を握る、とても重要な役割だ。


 教会を目指す道すがら、道の端に視線を向けると、幼い弟妹たちはしっかりとスタンバイを終えていた。やる気十分。気合い満々。……それはいいけど、張り切り過ぎてフライングするなよ?

 ビシーッとタイミングを揃えてこそ、メインイベントが映えるんだからな。


 太鼓の間隔が狭くなっていく。


 ドコドコドコドコドコ…………


 教会に近付くにつれ、力強い太鼓の音が心臓に響いてくる。

 イメルダの手を握る手にも、思わず力がこもる。


「…………はぅ」


 手をぎゅっとすると、イメルダが不思議な声を漏らす。

 なんだ? と、振り向くと……


「い、今はこちらを見ないでくださいまし!」


 と、顔を背けられた。

 手を繋いでいるのが恥ずかしいらしい。

 ……乙女かっ!? 手ぐらいで……まったく。

 俺くらいの男になると、いちいち数えていられないほど女と手を繋いだものだ。……フォークダンスとかでな。…………中には何人か、手を繋いでくれずにちょっと手を浮かせてたヤツもいたけど…………くっ、なんて悲しい記憶を思い出させるんだこいつは!? 鬼か、イメルダ!? 謝れ! 俺に謝れ!


「どうして涙ぐんでますの?」

「泣いてないやい……」


 ロウソクの明かりが目に沁みるぜ。


 そうこうしているうちに、太鼓の間隔はどんどん短くなり、今や乱打と呼ぶに相応しい速度になっている。


 ドンドコドコドコ、ドンドコドコドコ……


 これで、お囃子でも聞こえてくれば気分もさらに盛り上がるだろうに。

 いつか、再現出来ればいいなとは思う。

 まぁ、今回は初回だからな。和太鼓に似た音色の太鼓だけでも十分だろう。

 狩猟ギルドが魔獣警戒用に使っている太鼓が、構造的に和太鼓に酷似していたのでそれを使わせてもらった。あるところにはあるものである。


「な、なんだか、胸がドキドキしますわね。なんなのかしら、この高揚感は……」


 イメルダが固唾をのんで夜道を眺めている。

 おそらく、今道沿いに並んでいる祭り客も同じような気分を味わっていることだろう。


 心臓に響く太鼓の音。

 普段は出歩くことのない夜に外にいるというちょっとした背徳感。

 そして、闇夜に浮かぶ、ゆらゆらと揺れる炎が彩る、非日常的な風景。


 弥が上にも期待は膨らむ。

 緊張感にも似た高揚感に酔いしれるがいい!


 そして、太鼓の音が限界まで速まり、観客の鼓動が最高潮に達した時――




 突然、光が消えた。




 一瞬のうちに世界が闇に包まれる。

 暴れ狂っていた太鼓の音もピタリと止まる。


 闇が……

 静寂が……

 世界のすべてをのみ込んでいく……


 期待と不安を内包した一種異様な雰囲気が辺りを支配していく。


 そんな中――



 シャン……



 小さな…………、とても小さな鈴の音が闇夜に響いた。


 観客の目が一斉にそちらへと向く。

 そして……


「おぉ……」


 ……と、あちらこちらから感嘆の声が漏れる。


 闇の向こう。

 遠くに明かりが見える。


 長い列を成し、眩くも温かい純白の輝きがゆっくりとこちらに向かって行進してくる。


「綺麗……ですわ……」


 ぽそりと、イメルダが呟いた。

 そう言ってしまうのも頷ける。


 その場にいる者すべてが、闇夜を照らす純白の光に目を奪われている。

 一列に並び、歩調に合わせて上下に揺れる幻想的な光に心を奪われている。


 突然現れた神秘的なその光景に見惚れ、言葉を発する者は誰一人として存在しなかった。



 シャン……シャン……シャン…………



 鈴の音が近付いてくるにつれ、光を持つ者たちの影が浮かび上がってくる。

 それは、輝く光を持った複数人の女性たち。

 手に持っているのは、光り輝く美しいレンガの鉢植えだ。

 そこに一輪の花が植えられている。


 光に照らされ、白い花弁が誇らしげに揺れている。


 東側の行列の先頭はウェンディが務めている。

 一週間の室内待機の結果、今日のウェンディは光っていない。

 手にした光のレンガに照らされているだけだ。


 整った顔に光が当たり、くっきりとした影を生み出している。

 それはどんなメイクを施すよりも美しく、彼女たちを引き立たせていた。


 そして、西側の先頭には…………


「…………ぁ」



 穢れのない光に包まれたジネットがいた。

 いつもの明るく朗らかな微笑みは影を潜め、落ち着いた、静かな表情を湛えている。

 それは、どこまでも神秘的で……

 もし、この世界に女神なんてものがいるのであれば、きっとこういう顔をしているに違いない、……と、そう思わせるような美しい表情をしていた。


 とても、声などをかけられる雰囲気ではなかった。


 光が教会の前へと集結する。

 集まった光が、闇を照らす。

 その光景は、まさに奇跡と呼ぶに相応しい美しさだった。


 ウェンディが研究し生み出した光の粉は、セロンが作るレンガと組み合わさって光るレンガへと昇華した。

 日中太陽の下に出しておけば、夜間に眩い輝きを放つ。


 街灯もない四十二区に誕生した、貴重な照明だ。

 こいつがあれば夜道も怖くない。

 どんなに深い闇であろうと、煌々と照らし出してくれるだろう。


「おぉ……」


 灯りの行進が教会へ終結したところで、祭り客から声が上がる。

 見ると、今灯りの行進が歩いてきた道に点々と純白の明かりが灯っていた。


 ナイスタイミングだ、弟妹たち。


 これらはすべて、幼い弟妹たちの手によって実行された演出だ。

 太鼓の合図で灯篭の灯を消したのもこいつらだ。

 そして、今明かりを点したのも、その弟妹たちだ。

 日中、灯篭の隣でたっぷりと日光を浴びていた光るレンガは、夕方には黒い布をかけられてスタンバイ状態にされていた。

 それを、灯りの行進が教会へ集結したタイミングで一斉に取り払ったのだ。


 あのちびっ子たちめ。見事に成功させやがった。

 やるじゃねぇか。完璧過ぎるタイミングだったぞ。


 先ほどまで、ロウソクが照らしていた夜の闇を、今度は光るレンガが眩いくらいに照らし出す。

 淡く温かい光から、幻想的で神秘的な輝きへ……


 その場にいたすべての者の心を捉えて離さない、淡く清らかな純白の光が祭りの会場を包み込む。


「なんて明るいのかしら……」


 そう、光のレンガが放つ明かりはとても強い。

 日中の日差しの強さに左右されるという欠点はあるものの、これまで真っ暗で、星の明かりに頼っていたことを考えればそれだけで十分過ぎる。

 それに、ロウソクや松明と違って、一度設置してしまえば燃料なしで夜を明るく照らしてくれるのがありがたい。

 ついでに言えば、この光るレンガは……一年程度でその光を失うように『あえて』作らせている。実はその調整が一番大変だったらしい。普通に作れば、このレンガは半永久的に光を放ち続ける。しかし、それでは困るのだ。


 永久に輝き続けられると、一回設置しただけで、それ以降レンガの売り上げが落ちるからな。

 一年に一度大掛かりなメンテナスが必要。それくらいがちょうどいいのだ。


 これで、レンガ工房と光の粉の制作者であるウェンディは定期的に収入を得られる。

 それに、このイベントがいい宣伝となり、光のレンガに対する需要は急激に上がるだろう。

 おそらくレンガ工房には注文が殺到し、今の貧乏暮らしが一転する。

 そうなれば、セロンは好きな相手と一緒になれる。


 そう、この光のレンガは二人を結びつける、愛の光でもあるのだ。…………けっ。


 光る花を生み出そうと、日夜研究を続けていたウェンディ。

 ウェンディの生み出す花を頼りに、花壇の需要を増やそうとしていたセロン。

 しかし、光る花は完成せず、挫折しかかっていた。


 だがそこで発想を変えればよかったのだ。

 実に単純なことだ。


 光る花が生み出せないなら、花壇を光らせてやればいい。

 ウェンディが光る花を生み出そうと思ったきっかけは憧れからのものであったが、セロンとの出会いによって、いつしかそれは必ずや実現したい信念へと変わっていった。

 二人の目標は同じで、「レンガの価値を上げ需要を増やしたい」ということだ。

 ならば、『珍しい花を支えるレンガ』ではなく、『珍しくて美しい価値のあるレンガ』を作ればよかったのだ。


 俺がそう伝えた日の翌日には、光るレンガは完成していた。

 ウェンディの粉を、セロンが粘土に混ぜて焼いただけであっさりと誕生してしまったのだ。

 これまで散々頭を悩ませていた難題を打ち破り、覆せないとまで思っていた逆境を容易くひっくり返す、そんな起死回生の一品が、いとも簡単に誕生してしまったのだ。


 まぁ、笑うしかなかったわな。


 これまで懸命に追い続けて、それでも無理で、諦めかけていたものが、見方を変えるだけで一瞬で解決したのだ。

 必死になって探していたゴールに続く抜け道を発見したような気分だったことだろう。


 けれど、あの二人はその結果を喜んだ。

 過程はどうあれ、自分たちが望んでいた未来へ進む道に立てたのだと。


 その素直さが功を奏したのだろう。飾らず、斜に構えず、格好をつけず、ひたすら真っ直ぐに追い求めた結果、あいつらは手に入れたのだ。本当に欲しかったものを。


 セロンとウェンディは、近く結婚することが決まったという。

 セロンを貴族の婿にしようとしていたボジェクも、この光のレンガには無条件降伏をしたらしい。


「こんな凄いレンガは見たことがない。これなら……売れる!」


 レンガ工房の存続を強く望んでいたボジェクは、この光るレンガの誕生をもって二人の仲を認め、貴族には直々に頭を下げに行ったらしい。

 何かキツい仕打ちでも受けるのではないかと思っていたのだが、貴族は事情を聞くやすんなりと身を引き、セロンを祝福したのだそうだ。

 そして「素晴らしいレンガを作り続けてくれるのなら、私はそれで十分だわ」と応援までしてくれたらしい。

 はぁ~……金があると、人間ってのは心まで広くなるものなのかねぇ。


 ――と、そんなこんなでレンガ工房のゴタゴタは綺麗さっぱり片付いた。

 さながら、この光の道は恋人たちの道しるべとなったわけだ。


 ゆくゆくは、この通りを使って二人の結婚式を祝福するイベントを盛大に執り行い、『恋人同士で訪れると結ばれる、愛の道』として観光客を誘致するつもりだ。

 女子はそういうの、大好きだろ?


 祭り会場の道に光が行き渡った頃、教会前に集まっていた光の行進が、教会の中へと入っていく。

 教会の中で光はベルティーナへと受け渡され、精霊神のもとへと返還される。

 そして、感謝の気持ちを示した者たちに惜しみない祝福を与えてくれるのだ。

 ……という筋書きでイベントは進行していく。


「精霊神様の祝福……この光は、精霊神様がワタクシたち人間に与えてくださった明かり。恐ろしい夜の闇を切り裂く、希望の光なのですわね」


 まぁ、このイベントの趣旨に照らし合わせればそういうことになる。


 この街道を照らす光は、精霊神の祝福を受けた光であり、恋人たちを結びつける愛の光でもある。……ちょっと欲張り過ぎか?

 しかし、いろんな理由づけをしてある観光名所などいくらでもある。だから、これでいいのだ。


「もし、木こりギルドの支部が、ニュータウンではなく俺の主張する場所に作られれば……」


 そして、俺は俺の目的を成すための仕上げにかかる。


「この祝福と愛に満ちた光の道を、毎日通ることが出来るんだぞ」

「毎日…………ここを……」

「そうだ。しかも、今はまだ街門は出来ていないから、しばらくの間は……」


 最難関であったイメルダを、口説き落とす殺し文句を、ここで使う!


「この道は、お前専用だ」

「この美しい光の道が……ワタクシ、専用…………!?」


 瞼を閉じ、そして身を震わせる。

 今は人でごった返しているこの道を、一人で占有しながら闊歩する様でも想像しているのだろう。口の端がひくひくと、必死ににやけるのを我慢している。


「分かりましたわ!」


 そうしてイメルダは、俺が待ち望んだその言葉を口にした。


「木こりギルドは、ヤシロさんの主張する街門のそばに建設いたしましょう! そこに、ワタクシが住んで差し上げますわ!」


 よしっ!

 これで、街道の建設が決まったも同然だ!

 ついに、陽だまり亭が街道に面した飲食店になるのだ。

 覆すことの出来なかった立地条件の悪さを、まんまとひっくり返してやったぜ!


 教会の中では厳かに祝福の儀が執り行われ、俺の隣では未来の妄想に浸ったイメルダがニヤケ顔をさらし、そして俺は何度か頓挫しつつもなんとか当初の目的を達成出来た喜びを噛みしめていた。


 そんなわけで、エステラごめん。

 お前の頑張ってる姿、見落とした。


 けどまぁ、そんなことは些細なことさ!

 街道が出来る!



 俺は、光るレンガが明るく照らし出す街道予定地を眺めながら、俺の未来は明るいと、そう確信していた。






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