23話 エステラ・ずぶ濡れ物語

「エステラさん、お湯の準備が出来ましたぁ!」


 自室へと大きな桶を持ち込んで、そこに沸いたばかりの湯を張り終えたジネットは、俺の部屋で震えているであろうエステラに向かってドア越しに声をかける。


「お前の部屋に用意したのか?」

「はい。結構お湯が零れますし、湿気もこもりますからね」


 俺に配慮してのことらしい。


「そうか……お前の部屋に入るのはこれが初めてになるな」

「なんで一緒にいようとしてるんですか!?」

「いや、手伝いがあった方がいいかと思って」

「ダメですよっ!? ヤシロさんはしばらくの間、二階への立ち入り禁止ですからね!」

「こんなに楽しそうなイベントがあるのにっ!?」

『……ヤシロ。凄く寒いから、さっさといなくなってくれないかな?』


 部屋の中からエステラの震えた声が聞こえてくる。

 ……おぉ、冗談をやっている時間はなさそうだ。


「じゃあ、あとは頼むな」

「はい。お店の方はお願いします」

「おう。誰が来ても追い返してやる」

「もてなしてあげてくださいねっ!?」


 ジネットの慌てふためいた声を背に受けながら、俺は食堂へと向かった。

 うっかり入浴シーンを覗いたりは…………なさそうだな、これは。


 食堂へ出ると、入り口から中を窺うウーマロたちの姿があった。


「あ、よかったッス。誰もいないんで休みかと思ったッスよ」


 ウーマロたちは全部で八人。みんな重たそうに濡れたマントを羽織り、ドアの向こうに立ち尽くしていた。


「どうした? 今日はやけに早いな」


 昼過ぎというには遅過ぎるが、まだ夕飯にはかなり早い。

 こいつらは雨でも仕事を行う、ブラック企業も真っ青な仕事人間どものはずだが……


「それがッスね……その前に、入れてもらってもいいッスか?」

「ん? あぁ、そうだな」


 俺はカウンターに立ち、ウーマロたちのマントを壁のフックに掛けていく。

 ジネットは現在、とある事情で手が離せず当分店には出てこない旨を伝えた。ヤンボルドたちが不満げな声を漏らすも、ウーマロがそれを抑えてくれた。


「仕方ないッスよ。文句言ってないでさっさと注文するッスよ!」


 さすがは親方。

 ブーブー言っていた連中を一言で黙らせた。

 いまだ不満そうなヤツもいるにはいるが、それ以上の抗議はされなかった。


「それで、マグダたんはどこにいるッスか?」

「ああ、マグダは狩猟ギルドに呼ばれていてな。今日は一日不在だ」

「さぁ、みんな! 荷物をまとめて帰るッスよ!」


 オイ、コラ!


「朝も説明しただろ? マグダはウチのウェイトレスの前に狩猟ギルドの構成員なんだよ。優先させなきゃいけないことだってあるんだよ」


 朝、弁当を取りに来たこいつらにはきちんと説明をしたのだが……さては聞いていなかったな。

 朝はまだマグダがいたからな。こいつはきっと、マグダを見つめるのに忙しく、俺の話をほとんど聞いていなかったのだろう。


「ヤシロさんしかいない陽だまり亭は、魚の載ってない焼き魚定食みたいなもんッス……」

「ほぅ、つまり俺が主食ってわけか? 褒め過ぎだろ、えぇ、おい?」

「……くっ、この人どこまでもポジティブッス……っ!」


 ふん。ウーマロ如きが俺にイヤミを言おうなんて十年早いわ。


「で、なんでこんなに早いんだよ? ボイコットか?」

「まさかっ! 信頼と実績のトルベック工務店がそんなことするわけないじゃないッスか」

「んじゃあ、何かあったのか?」

「それなんッスけどね……」


 席に着いた面々に、親切心からコップと水差しを提供してやると、「うわぁ……セルフですよ……」「…………ジネットさんなら、注いでくれるのに……」などと、グーズーヤとヤンボルドのアホどもが文句を垂れやがった。

 お前ら、どうせ俺が注いでやっても文句言うだろうが。結果が同じなら、俺は無駄な労力は割かない。俺は無駄と浪費が嫌いなんでな。


 水を一口飲み、ウーマロが先ほどの続きを口にする。


「今、オイラたちは三十区の領主様の屋敷の修繕をしてんッスけど……」

「三十区の領主ってぇと、確か、ウィシャートとかいう?」

「あぁ、そうッス。よく知ってるッスね? 三十区に行ったことがあるッスか?」

「いや、まぁ……最初に通ったのが三十区の門でな」


 まさか、そこでちょっとしたいざこざを引き起こしたとは言えまい。


「あぁ、あそこの門は立派ッスね? あれ、ウチのヒヒ爺様が携わっていたらしいんッスよ」


 ウーマロが自慢げに言う。こいつの一族は先祖代々大工なのだろうか。


「話が逸れたッスね。それで、ウィシャート様の屋敷の修繕を行うはずだったんッスけど……重大な事件が起きたってことで、急に作業が中止にされたんッスよ」

「重大な事件? 何があったんだ?」

「それがッスね……」


 急に声のトーンを落とし、ウーマロが俺に身を寄せるような素振りを見せる。俺もそれに従い、身を寄せた。

 手で口元を隠すようにして、ウーマロが耳打ちをしてくる。


「ウィシャート家の宝が盗まれたらしいんッスよ」

「ほほぅ……」


 盗みとは、また分かりやすい犯罪を。それをやったヤツはよほどの愚か者だな。他人のお宝をくすねるなんて、卑怯で愚かで唾棄すべき行為だ。

 他人のお宝は、ぐうの音が出ないようにねじ伏せてぶんどるのが正しい奪い方だ。


「なんか……物凄い悪人顔になってるッスよ、ヤシロさん?」

「そんなことないだろう? 陽だまり亭の爽やかエンジェルと名高いこの俺が」

「……誰が言ってるんッスか、そんな世迷い言?」


 ウーマロの顔が引き攣る。

 そのうちそう呼ばれるようになるかもしれないだろうが。むしろお前らが先陣を切ってその名を轟かせるくらいの勢いでそう呼ぶべきではないのか。


「それで、盗みが発覚したから部外者は出て行けってことか?」

「そうみたいッス」

「まぁ、誰が泥棒か分かんねぇ以上、当分部外者は屋敷に入れたくねぇだろうな」

「それなんッスけどね……」


 ウーマロがここ一番のいい顔を見せる。どうやら、この後言おうとしていることが一番言いたいことらしい。

 では、拝聴しようではないか。


「……犯人はもう分かってるらしいんッス。というか、もう捕まっていたみたいッス」

「じゃあ、もう解決してんじゃねぇか。お前らを追い出す理由がないだろう?」

「それが……表に漏れちゃまずい事情があったんッスよ」


 そういう情報は大歓迎だ。

 予定こそないが、三十区の領主とやり合うことがあれば、是非武器にさせてもらおう。


「で、何があったんだ?」

「いやいや。そこまではさすがに言えないッスよ……ウチの信用とかそういうのも色々……」

「マグダが、『ウーマロさんのお話、面白い』って言ってたぞ?」

「実はッスね! その泥棒ってのが、ウィシャート家に出入りしているお抱えの行商人だったんッスよ!」


 いやぁ、さすが信頼と実績のトルベック工務店。いい情報持ってるわぁ……しゃべっていいのかよ。

 いや、しかし、待てよ…………お抱えの行商人?


「それって、まさか、ノルベールとかいう男か?」

「アレ、ヤシロさん知ってるッスか?」


 マジか!?


 行き倒れていた俺を助け、オールブルームへの入門税を払ってくれた、割かしいいヤツだと思っていたのに。


「ノルベールは、オールブルーム以外にも、バオクリエアとか他の街でも商売をしていて、各地の貴族に取り入っては専属契約を結んでいたらしいッス」

「あっちこっちのお抱え商人だったってわけだ」

「えぇ。で、その行く先々で貴族の家から高価そうな物品を拝借しては、別の街で売りさばくと……」

「……なんでバレないと思ったんだろうな?」

「バレないッスよ。他所の街になんて、よほどのことがなければ行かないッスからね。別の街で売りに出されていても、気付くなんてことあり得ないッスよ」


 そうか。

 一つの街ですべてが完結するこの世界では、他所との交流など無いに等しいのか。

 言われてみれば、俺もここに腰を落ち着けてから他の区にすら行っていないもんな。

 職業が限られているこの世界なら、都会に出て一発当てようなんてヤツも少ないのかもしれない。

 行ったとして、ちょっとした観光くらいか……

 それも他の区に行くくらいで、この街の外に出ようなんてヤツはほとんどいない。……まぁ、街の外はマジで死の恐怖と隣合わせだからな。道に迷えば終わり。近隣の森にはボナコンみたいな魔獣までいて、襲われれば終わり。

 死亡フラグがてんこ盛りだ。


「で、なんで発覚したんだ?」

「現行犯ッス」


 ダセッ!?


「貴族に取り入りながらも、どこかで貴族をバカにしていたみたいッスね。『貴族なんか簡単に騙せる』って」


 あぁ……分かる気がする。あいつってそういうヤツっぽかったもんなぁ。

 ってことは、俺を貴族だと思って助けたのも、そうやって取り入るつもりだったってわけか……強かなヤツ。


「なんでも、この街に売りに来ていた品物のほとんど全部が盗品だったらしいッスよ」

「えっ!? じゃあ、香辛料なんかも?」

「だと思うッスよ~。バオクリエアの貴族にも取り入ってたみたいッスし……もし盗品の香辛料が売られていたなんてことが向こうに知れたら、戦争の火種になるかもしれないッスね」

「そんなにか?」

「香辛料は高級品ッスからね。もし購入してたとしても、シラを切り通すしかないでしょうッスね」

「『これはバオクリエアの香辛料ではない』ってか?」

「えぇ。『返せ』だけならまだしも、『賠償しろ』と言われでもしたら堪んないッスからね。あ、でもそういえば、一ヶ月くらい前に盗品の香辛料を売りさばこうとしてるヤツがいるとかいう話が出回ってたッスよね……その香辛料って、元はノルベールが持ち込んだものだったんじゃ……」


 …………その話、やめない?


「だとしたら、むしろラッキーだったんじゃないッスかね、ウィシャート様にしてみれば。目に入れる前に盗まれたってことなら、香辛料の件については無関係だと主張出来るッスからね」

「そうかな!? ラッキーかな!?」

「な……なんッスか? やけに必死ッスね……」

「んなことねぇよ」


 落ち着け、俺。

 ここに来て、宝の持ち腐れな上に足枷でしかなかった香辛料を、ようやく手放せるチャンスが到来したのだ。ここで冷静さを欠いては元も子もない。


「とはいえ、そこまで大事にはならないと思うッスけどね。ノルベールのことはウィシャート様がなんとしても内々に片付けるでしょうッスし、盗まれた側の訴えがなければ盗品も拾得物と変わらないッスし。尻尾を掴まれさえしなければ、バオクリエアの貴族様も他所の街にまでは来ないッスよ」

「だよな。でも……ノルベールが盗まれたって訴えたらどうなる?」

「そんなの、受理されないッスよ。盗品を盗まれたなんて、相手にもされないッスって」


 ってことは、盗賊からは物を盗み放題ってわけか?

 いいのか、それで? 割とザルじゃないか、この街の法律。


 なんにせよ…………俺の香辛料は、もう盗品ではなくなった可能性がある。

 この街で唯一訴える権利を持っていたノルベール。そいつが泥棒として捕まり、窃盗の被害届を出せない状況になった。

 なら、持ち主のいなくなった香辛料はどうなる?


 ……運が向いてきたかもしれん。

 折りを見つけてさっさと売却してしまおう……


「ヤシロさん、なんか嬉しそうッスね?」

「そんなことねぇよ」


 ヤッベ、平常心平常心。


「どうせアレッスよね? 『貴族が痛い目に遭って気分爽快ザマ~ァミロ』みたいなことッスよね」

「……お前は俺をどんな人間だと思ってるんだ?」


 そこまで性格はひねくれていないつもりなのだが……


「まぁ、そんなわけで、今日は仕事がなくなったんッスよ」


 そう言って、ウーマロは店内をキョロキョロと見渡す。

 ……仕事がなくなったからマグダに会いに来たってんだな? だから、いねぇってのに。


「折角、三十区でいいものを買ってきたんッスけどねぇ……」

「いやぁ、そいつは悪いな。わざわざ俺のために」

「もちろん、マグダたんのためッスよ!」


 手を差し出す俺から守るように、ウーマロは茶色い小袋を抱きかかえる。

 マグダが喜びそうなものと言えば…………


「乳パッドか?」

「オ、オオ、オイラッ、そんなもの女性にプレゼント出来ないッス!」


 なんだよ、気の利かねぇヤツだな。

 乳パッドだったら、今ちょうどエステラが来ているから貸してやってもいいかと思ったんだが……


「珍しい食べ物が売ってたんッスよ」


 そう言って、ウーマロは小袋の中身をテーブルへと広げる。

 ごろんと転がり出てきたのは、黄色い粒がびっしりとついた20センチ程度の棒状の食い物だった。


「お。トウモロコシじゃねぇか」

「ヤシロさん、なんでも知ってるッスね!?」


 この街では珍しい食い物なのか?


「でも、こいつは普通のトウモロコシとはちょっと違うんッス」


 ここでも、ウーマロは得意げな表情を見せる。

 普通じゃない? 変わった食い方でもするのか?


「湯がいて丸齧りするんじゃないのか?」

「…………そ、その通りッス」


 普通じゃねぇか!?


「ヤシロさんって、もしかして貴族かなんかなんッスか?」

「は? トウモロコシなんか普通に食うだろ?」

「食わないッスよ、トウモロコシなんて。乾燥させて、鳥のエサにするものなんッスから」

「鳥のエサ?」

「そうッスよ。普通のトウモロコシは皮が硬くて、とても食えたもんじゃないッスよ」


 …………そうなのか?

 日本で売ってたトウモロコシって、もしかして品種改良に改良を重ねて誕生したものだったのかな?


「四十二区のトウモロコシは、もっと小さくて、硬くて、貧相な野菜ッスよ」

「別の区のは、いいトウモロコシだってのか?」

「三十区のは、とにかく美味いッス」


 トウモロコシねぇ……


「ところで、ヤシロさん」

「なんだ?」


 トウモロコシを手に取り眺めていると、ウーマロが俺をジッと見つめてきた。

 ……なんだよ、気持ち悪い。

 盗んだりしねぇから安心しろよ。


 ふと見ると、トルベック工務店の連中が全員俺に注目していた。


 ……な、なんだよ、お前ら?


「……ヤシロさん」

「…………なんだ?」

「そろそろ……注文、取ってくれないッスかね?」

「………………あ?」

「オイラたち、腹減ったッスよ……」


 注文…………


「なんで俺が?」

「ヤシロさん、ここの従業員ッスよね!?」


 まぁ、そうなんだが……


「なんだよ、お前ら……俺のエプロンドレス姿を期待してるのか?」

「飯が食いたいんッスよ!」

「ジネットに言え!」

「じゃあ連れてきてくださいッス!」


 お、そうか?

 ウーマロがそこまで言うんならしょうがねぇな。

 俺は別に、そんな気は全くないんだけどさ、お客様がそう言うんなら、これは従業員として従わないわけにはいかないよな?

 立ち入り禁止と言われたが、他ならぬお客様――それもお得意様の上客様のご要望だ。俺はすぐにでもジネットを呼びに行かなければいけない。

 ジネットのいる、ジネットの部屋へと。

 その際、まかり間違って、ついうっかり、ラッキースケベ的に美少女の入浴を覗いてしまったとしても、これは完全なる不可抗力であり、俺には一切の非がないよな?


「よぉし、分かった! 今すぐ呼んでこよう!」

「ちょっ、ヤシロさん!? なんでそんなテンション上がってんッスか!?」


 ウーマロの言葉を背に受け、俺は喜び勇んで足を踏み出した。

 新たに誕生した、期間限定の桃源郷へ向けて!


「ちょっと待ってくださいッス!」


 だが、動き出した俺を、ウーマロたちトルベック工務店の面々が取り押さえてきやがった。

 えぇい、何をする!? 離せ! 離さぬか!


「控えおろう! 頭が高いぞっ!」

「なんなんッスか、その口調!? 誰気取りなんッスか!?」

「つか、グーズーヤにヤンボルド! なんでお前らまで俺の邪魔をするんだよ!?」

「なんだか、今のヤシロさんを見ていると、不安しか感じないです!」

「……ジネットさんのピンチ、オレ、阻止する!」


 なんてヤツらだ!?

 こいつらは全員俺の敵か!?


「エステラさん、どうしたんですか?」


 その時、厨房の奥からジネットの声が聞こえてきた。

 …………なんてことだ………………桃源郷は……もう、消失してしまったのか……

 夢の時間は…………もう、終わってしまったらしい…………


 全身から力が抜けていく…………


 俺は耐えがたい脱力感を覚え、ただ声のする方へと視線を向けるしか出来なかった。

 俺が動かなくなったことで、俺を押さえつけるウーマロたちの力も弱まる。

 全員、言葉を発さず、ジッと厨房の出入り口を眺めている。

 荒んだ空間に女神の声がしたのだ、注目してしまう気持ちは、まぁ分からんではない。


「早く食堂に行って、お食事にしましょう」

「や……しかし…………この格好は……」

「とってもお似合いですよ。エステラさん、可愛いです」

「そ……そうかな…………? ちょっと小さいし……」

「ヤシロさんも、きっと可愛いって言ってくださいますよ」

「ヤッ、ヤシロのことなんか、別にどうでもいいんだけどね!」


 俺のいないところで俺を悪く言うなよ……泣くぞ?


「……でも、やっぱり、人に見せられる格好じゃない、よね……」

「大丈夫ですよ。わたしとヤシロさんしかいませんから」

「…………ヤシロに見られるのが一番嫌なんだけどなぁ……」


 え、なに? 俺のこと嫌いなの?

 泣くよ?


「ほら。行きましょう」

「ん~~~~…………分かったよぉ……」


 泣きそうな、なんとも情けないエステラの声がした直後、ジネットが厨房から姿を現した。


「あ、ヤシロさ……きゃっ!?」


 そして、カウンター前で固まっている俺を含めて九人の男どもを見て、ジネットは短い悲鳴を上げる。

 そりゃ、驚くわな。


「ど、どうしたんだい、ジネットちゃ…………」


 ジネットに続いて姿を現したエステラが、食堂内の光景を目にして固まる。

 そんなエステラは、マグダの制服を身に纏っていた。


 ぴっちりと体に張りつき、控えめながらも微かに凹凸のある体のラインを浮き彫りにするワンピース。ヒラヒラのエプロンドレスは、いつものクールなイメージのエステラをフェミニンな印象に変貌させ、見ているこちらの背筋をむずむずとさせる。

 マグダの制服はやはりエステラには少し小さかったようで、スカートの丈が超ミニスカートのようになっている。そのせいで細く白い太ももの大半があらわとなり、眩しく輝いているように見える。

 濡れた髪は艶っぽく、『可愛らしい服を着せられて照れるクール女子』をいい塩梅で引き立たせ、得も言われぬいい味を醸し出している。


「ぃっ………………にゃやぁぁあああああっ!?」


 悲鳴と共にしゃがみ込んだエステラ。

 だが、しゃがんだ拍子にスカートの裾から眩しい太ももが、ちょっと奥まで顔を覗かせる。


「エステラ、グッジョブだっ!」

「うぅぅう、うううぅううるさいっ!」


 顔を真っ赤に染め俺に吠えた後、エステラは厨房の奥へと引っ込んでしまった。

 エステラの姿が見えなくなった途端、ウーマロが倒れた。

 きっと、女の子に対するときめきが許容量を超えたのだろう。

 ウーマロ以外にも、エステラの姿に見惚れる者が続出していた。


「……美しい」

「……エステラたん……マジ女神」

「…………踏まれたい」

「……俺、今日死んでも悔いはない」


 何人かおかしなヤツがいるようだが……あ、全員漏れなく変か……エステラの制服姿は破壊力抜群だったようだ。

 ……あいつ、雇おうかな?


「あ、あの。みなさん! え、えと……ようこそ陽だまり亭へ!」


 ジネットもテンパって、おかしなタイミングで挨拶をしている。


「ジネット」

「は、はい」

「エステラはこれから飯を食うのか?」

「え、あ、はい。随分と遅くなってしまいましたが」

「んじゃあ、ついでにこいつらの分も……」

「自分! エステラさんと同じものを!」

「俺も!」

「オレも!」

「それがしも!」

「じゃあ俺はエステラたんの食べ残しを!」

「だったら俺はエステラたんをっ!」

「よし、後ろ二人は出て行け」


 ウチの関係者に手を出すことは俺が許さん。

 踊り子さんにはお手を触れない! これ、全世界共通、鉄壁のルール!


 俺は、甚く反省した二人をとりあえず許し、その代わり、全員に席から立ち上がらないという条件をのませた。

 ヤロウどもから離れた奥の席をエステラの席として、遠くから眺める権利だけを与えてやった。……まぁそれでも、ヤロウどもは大喜びではあったが。


「……ヤシロ……ボク、ここでご飯食べるの?」

「厨房で食わせるわけにもいかないだろう?」


 ――店の利益的にも。


「厨房でいいよ、今日だけは。こんなに見られてちゃ……落ち着いて食べられないよ」

「じゃあ、ヤツラに背中を向けて食うか?」

「やっ! そ、それは絶対ダメだよ!」


 エステラはややムキになって拒絶する。 

 そして、両手を素早く尻へと宛がう。


「…………これ、マグダの制服だから…………その…………尻尾の部分に、穴が……」

「尻丸出しなのかっ!?」

「うるさいよっ! 丸出しじゃない! ちょっと覗くくらいだよ!」

「「おぉーっ!」」

「ざわめかないでくれるかな、外野の諸君っ!?」


 エステラは一声吠えた後、両腕で顔を覆い隠すように机に突っ伏してしまった。耳まで真っ赤だ。


「マグダのアンダースコートがあっただろう?」

「……同じところに穴が開いてるじゃないか」


 ま、そうか。尻尾を出すための穴なんだもんな。


「…………もう、帰りたい」

「その格好で?」

「……………………最悪だ」


 雨はいまだに降り続いている。

 こんな天気じゃ、エステラの服は乾かないだろう。


「……今日、泊まってくか?」

「――っ!?」


 俯いていた顔を勢いよく上げ、見開かれた目で俺を見つめる。

 ……こ、怖ぇよ。


「き…………君と一緒になんて、眠れるわけないだろう?」


 恥ずかしさがもう限界……そんな顔で、エステラは訴えるように言ってくる。

 が……


「いや、部屋一つ空いてるし、ジネットやマグダの部屋でもいいし……なんで俺の部屋で寝るつもりなんだよ?」

「――っ!?」


 顔面が発火したのかと思うほど、エステラの顔が一瞬で赤みを増した。


「ち、ちが……さ、さっきまで君のベッドで寝ていたから、なんとなくそこで寝るのかと思い込んでしまっただけで…………た、他意はないよっ!?」


 あぁ……うん。

 言いたいことは分かるんだが……『さっきまで君のベッドで寝ていた』とか、大声で言わないでくれるかな?

 見てみろ、トルベック工務店の連中の目の怖いこと。俺の株がダダ下がりじゃねぇか。


「マ、マントを着て帰るから平気さ。誰にも気付かれることはない……」

「ご家族が仰天しなきゃいいけどな」

「……………………」


 エステラの顔色が一気に悪くなる。

 やっぱり、こいつの家って結構厳しかったりするのかね。


「俺の服を貸してやろうか?」

「き……君の服は、男物だろう……?」


 そりゃそうだろ。


「男物を着て帰るだなんて……そっちの方が問題だよ…………」


 まぁ、出かけていった娘が男物の服を着て帰ってきたら…………父親はブチ切れるかもしれんなぁ。


「………………濡れた服を着て帰る」

「ダメですよ、エステラさん!」


 いつの間にか俺の背後に立っていたジネットが、エステラの発言に食ってかかる。


「風邪を引いてしまいますよ」

「………………でも」


 驚いたことに、エステラが少し泣きそうな表情を見せている。

 ……こんなに弱っているエステラは初めて見る。


「……ヤシロさん」


 ジネットがすがるような目で俺を見てくる。

 ……そんな目で見られてもなぁ…………


「俺の服を着て帰って、見つからないように家に入り、自分の服に着替える。……とか出来ないのか?」

「……誰にも見つからずに、なんて…………無理だよ」


 なに、お前の家って、使用人がわんさかいるような豪邸なの?


「家のそばまで行って、草むらで着替えるとか?」

「出来るわけないだろう!? ……誰かに見られでもしたら……ボクは終わりだよ」

「んじゃ、俺が付いていって見張りを……」

「もっとイヤっ!」


 そんな全力で拒絶しなくても……泣いてるよ、もう、心では。


「ヤシロさん。今から一着服を作るということは……」

「あのなぁ……やったとしても、完成する頃には夜が明けるぞ」

「……ですよねぇ」


 ジネットは困り顔でため息を漏らし、エステラは頭を抱え込む。


「……この制服で帰るわけにもいかないし……男物なんて論外だし……かと言って外泊なんて…………無理だ……絶対怒られる……」


 すげぇ追い詰められてる……


「なぁ。ちゃんと説明すればいいじゃねぇか。こういう事情があって、仕方なく男物を着ているだけで、そういうことがあったわけじゃないって」

「…………それを素直に信じてくれる相手じゃないんだよ……」

「お前…………信用ないんだな」

「うるさいなっ!」


 まぁ、毎朝教会への寄付のおこぼれをもらいに来るような女なのだ。

 家族からどのような目で見られているか、推して知るべしというところか……


「で、でもですね。真実なのですから、きっと話せば分かっていただけると思いますよ?」

「その真実を聞いてもらえればいいんだけどね……」

「ですから、そこは正直に……」

「ボクは嘘や偽りは言わないさ……けれど、話を聞かない人なんだ……あの人は」


 正直に。

 嘘偽りなく。

 真実を、話す………………ふむ。


「お前らなに言ってんの?」


 二人の視線が俺に向けられる。


「お前が今考えるべきなのは、いかに相手を騙すかだろ?」

「騙す? どうしてボクが人を騙すんだい?」

「そうですよ、ヤシロさん、エステラさんにやましいことは何も……」

「あぁ、違う違う。お前たちは完全に勘違いをしている」


 キョトンとする二人に、俺は分かりやすく説明をしてやる。


「人の話を聞かないヤツというのは、自分の中に揺るぎない理論を持っているんだよ。凝り固まった自己理論は、相手に付け入る隙を与えない。結果、相手の話など聞く必要はない、話し合いなど無用だと、そういった思考に陥るわけだ」

「うん…………確かに、そんな感じかも……」


 今、エステラの脳内には分からず屋の誰かの顔でも浮かんでいるのだろう。

 辟易とした表情を見せている。


「でも、悪いこともしていないのに嘘を吐く必要が、本当にあるのかな?」


『騙す』ことがそのまま『嘘』だとイコールで結びつけるから納得出来ないのだ。

 騙すというのは、何も嘘を吐くことだけを指すわけではない。

「そのように見える」「そのように聞こえる」なんてのも『騙し』の一つだ。トリックアートなんかがそうだな。だが別に、アレは嘘というわけではなく、ただそう見えるだけだ。

 要は、ほんの一瞬でも「えっ!?」と、相手の思考を止めてやるのが『騙し』のテクニックなのだ。


 例えば……


「お前たち。俺が女に見えるか?」

「え? い、いえ。見えませんけど……」

「女装趣味にでも目覚めたのかい? やめておくことをおすすめするよ。君が女装してもバケモノにしかならない」


 誰が女装なんかするか。

 ……いや、待て。女装すれば女湯に侵入することも…………いや、それは後で考えるとして、今はこいつらを『騙し』てやることにしよう。


「まぁ、そうだろうな。俺はどこからどう見ても男だ。逞しく、ワイルドだ」

「誰もそこまでは言ってないけどね」

「ヤシロさんは、ワイルドというより、優しそうな印象ですよね」


 なんでもいい。

 とにかく、俺はどこからどう見ても男にしか見えないだろう。


「だが…………俺の体には半分――女の血が流れている」

「「えっ!?」」


 ジネットとエステラが同時に息をのみ、後ろに座っているトルベック工務店の連中からもどよめきが起こる。

 ほんのわずかな時間、陽だまり亭内の時間が停止する……


「……………………いや、当たり前じゃないか!」


 最初に気が付いたのはエステラだった。


「あっ! そ、そうですよね! 半分はお母様の血ですものね、当然ですよね」


 ジネットもようやく理解が及んだようで手を打ち鳴らす。


 そう。

 俺の体内に流れる血は、父親(男)と母親(女)の血なのだ。

 つまり、半分は女の血だ。


「そんな当たり前のことを、なにドヤ顔で言ってんのさ。紛らわしい」

「その紛らわしさが、今は重要なんだよ」

「え……?」


 先ほどの俺の発言がよほどショッキングだったのか、ジネットはいまだに胸で大きく息を吸っている。心臓の鼓動を抑えるために呼吸を整えているのだろう。

 あんな、ごく当然な事柄でも、これだけの衝撃を与えることが出来る。

 くだらないことで相手の思考を一瞬止めることが出来る。

 これが『騙し』の効力だ。


「誰かを騙すのに、嘘なんか吐く必要はない。だが、この一瞬の思考停止がお前の窮地を救ってくれる。……ちょっと待ってろ。秘策を思いついた。すぐに準備してくる」


 俺は言い残して、自分の部屋へと戻る。

 要は、エステラが危惧するその何某が、エステラの話をちゃんと聞けば問題は解決するのだ。聞く耳持たないヤツによく聞こえる耳を取り付けるのはほんの一瞬の思考停止だけで十分事足りる。

 その何某が、「こいつは何か良からぬことをしたに違いない」という鉄壁の理論を展開する前に、こちらの意見を聞かせてやればいい。


 とても簡単な方法がある。

 準備も、すぐに出来る。


 俺は、長持から一着のシャツを取り出す。

 サイズ的には少々大きくなるが、エステラが着られないこともないだろう。

 端切れを持ち出して、ちょいちょいと細工を施す。


 ふと、ベッドに視線が行った。

 布団が綺麗に整えられていた。

 ……あいつ、裸でそんな気を遣ったのか?


 …………裸…………エステラが全裸でここにいたのか…………いかん、なんか悶々としてきた。


「……ここに、全裸のエステラが…………」


 ジッとベッドを見下ろす。

 …………横になろうかな?


「…………………………って! 変態かっ!?」


 よかった。

 まだ俺の中のブレーキ壊れてなかった!


 いくらなんでも、そんなことではぁはぁしたのでは、俺の中の『何か』が完全に終了してしまう。こう、大人として、人として、大切な何かが。


 俺は作業を急ピッチで進め、さっさと部屋を後にする。


 部屋を出る間際、ほんのちょっと、ほんのちょ~~~~~っとだけ布団の匂いを嗅いだら、……泥臭かった。

 だよなぁ……泥水に嵌ったんだもんな…………はは、知ってた知ってた。


 なんともやるせない気持ちで、俺は食堂へと戻る。


「ベ、ベッドの匂いとか、か、嗅いでないだろうねっ!?」


 戻るなり、エステラが俺に噛みついてくる。

 ……嗅がなきゃよかったと思っているところだよ。

 俺はその問いかけを無視して、作ってきた服を手渡す。


「着てこい。厨房ででもいいし、俺の部屋使ってもいいから」

「え……これに、着替えるのかい?」

「早くしないと、尻を丸出しでは体が冷えるぞ」

「丸出しじゃないやいっ!」


 エステラは俺から服をひったくると、その服で尻を隠しながら厨房へと姿を消した。

 足音が遠ざかっていき、中庭へと出て行く。……俺の部屋で着替えるんだな。


「ヤシロさん、一体何を?」

「まぁ、見てのお楽しみだ」


 たぶん、これで上手くいく。

 どんなに頭の固いヤツにだって、一発で伝わるメッセージ……そう、メッセージだ。


 それから数分後、着替えたエステラが顔を引き攣らせながら戻ってきた。


「……ヤシロ、これって……」

「わぁ~っ! 凄い……素敵ですね」

「えぇ…………素敵…………かなぁ?」

「素敵です! わたしも欲しいです!」


 エステラとジネットの意見が真っ二つに分かれる。

 まぁ、それもそうだろう。

 エステラが着ている服の前面には、でかでかと、こんな文字が縫いつけてあるのだ。



『 陽だまり亭・本店

  安いっ! 美味いっ! 可愛いっ!

  野菜炒め 20Rb~ !! 

  四十二区にて絶賛営業中!!

  年中無休

  来なきゃ損っ! 友人・家族を誘って是非お越しくださいっ!! 』



 まぁ、世界中でジネットだけが「素敵」と言うデザインであることは間違いない。

 当店オリジナルグッズとか、テンション上がるからな……やってる側が。文化祭のお揃いTシャツみたいにな。


「……ヤシロ、これって……」

「こんだけ派手に書いておけば、男がどうこういう前に目に入るだろう」

「そりゃ……入るだろうけど…………」

「そしたらきっと、第一声はこうだぜ? 『……なんだ、それは?』」


 こんなふざけた服を着て帰ってきた娘に、『男と密会してたのか!?』なんて発想を抱く親などいるはずがない。もしいたら、その親は一度頭を検査してもらうべきだ。


「マントを脱ぐまでの時間に先制されると厄介だ。傘を貸してやるからマントは着ずに帰れ」

「こ、この格好で街を歩くのかいっ!?」

「お前のためだよ」

「体よく店の宣伝に使おうとしてるだけじゃないかっ!」

「ギクゥ……っ! ど、どど、どうしてそのことをー!?」

「ワザとらしいよ! せめて隠そうとしてほしいもんだね!」


 この店はどうにも宣伝不足なんだよ。少しくらい協力しやがれ。


「それで、着心地はどうだ? 生地の厚いものを選んだから、寒さも多少はマシだと思うんだが……」

「……着心地は…………悪くないよ」


 ややむくれて、エステラはそっぽを向く。

 そんなに怒るなよ。

 確かにふざけた解決策だが、ふざけて考えたわけじゃない。こいつが最良なんだ。


「………………くんくん…………ヤシロの匂いが…………っ!」


 襟元を引き、服に鼻を近付けるエステラ。……なんか失礼な行動だな。


「臭くはないだろう?」

「臭くはないけど…………なんか、ドキドキするというか…………」

「はぁ?」

「いやっ、なんでもないっ! 忘れて!」


 なんだ、俺、ダンディーフェロモンでも出ちゃってんのか?

 俺に惚れるなよ?

 とか、冗談でも言うと確実に殴られるな。うん、黙っとこ。


「じゃ、じゃあ……か、帰る…………から」


 ふらつく足取りで、エステラが出口へと向かう。

 大丈夫かよ……


「また転ぶなよ」

「転ばないよっ、もったいないっ!」


 もったいない?


「やっ、なんでもない! あ、あの……洗って返すから」

「いや、そのままでもいいぞ」

「洗うっ! 跡形もなく洗ってくるから!」

「いや……跡形は残しといてくれよ」


 なんだか、熱に浮かされているように見える……本当に大丈夫か?


「エステラさん、では、これを」


 ジネットが差し出した傘を受け取り、エステラは外へと出る。

 雨は、まだ激しく降り続いていた。


「送るか?」

「大丈夫! 君の世話にはならないよ」

「別にストーキングとかしねぇぞ?」

「分かってるけど…………でも、本当に大丈夫だから」

「そっか」


 そこまで言うのなら、しつこく言うのもなんだろう。


「じゃ、気を付けてな」

「ありがとう。その……色々と」

「いーって」


 まぁ、今後なんらかの形で返してもらうさ。


「では、また明日です。エステラさん」

「うん。ジネットちゃんもありがとうね。濡れるといけないから、もう入りなよ」

「はい、では」


 ジネットがぺこりと頭を下げ、俺たちは室内へと戻った。

 ドアを閉める。

 ジネットがぱたぱたとカウンターへと駆けていき、俺だけがドアの前に残った。


「…………」


 そっとドアを開けて外を覗いてみると…………襟を引っ張ってそこに顔を埋め、エステラが俺の服の匂いを盛大に嗅いでいた。

 …………匂い好きの女子って、いるよなぁ………………


 これまた、見つかれば「見ぃ~たぁ~なぁ~」と山姥化されそうな光景だったので、俺はそっとドアを閉め、今見たことを心の奥へとしまい込んだ。

 ……エステラも、なかなかの変態だな。



 その後、マグダの帰りを待っていたトルベック工務店の連中は、雨脚が強くなったことを受け、マグダの帰還前に帰っていった。

 帰る間際、ウーマロが「これ、マグダたんに! オイラからって!」と、トウモロコシをジネットに渡していた。……必死だな、おい。


 夜遅くに帰ってきたマグダは、なんだか疲れた様子で早々に寝室へと引き上げていった。ミーティングとか苦手そうだもんな。


 そんなわけで、俺も自室に戻ってきたのだが……


「おかしい……」


 明日も朝早くから弁当の準備と寄付の下ごしらえが待っている。

 早く寝てしまわなければいけないのだが……

 もぐり込んだベッドがやたらといい匂いがして……悶々として眠れない。


「……確か、さっきは泥臭いだけだったのに…………なんで、いい匂いしてんだ?」


 俺のベッドからは、どこか甘ったるい、ドキドキするような匂いがしていた。

 可能性があるとすれば、着替えるためにここにやって来たエステラが、もう一回ベッドにもぐり込んだ…………くらいしかないが………………なんのために?


「…………ったく、あの匂いフェチめ」


 勘の鋭い俺に、そういうことすんじゃねぇっての。

 変に意識しちまうだろうが…………


 気付かないフリをしなきゃいけないこっちの身にもなりやがれ…………


 あぁ、クソ…………

 せめて、嗅ぎ返してやるっ!


 そんなわけで、非常に悶々としながら……その日は長い夜を過ごしたのだった。






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