8th distance.ノスタルジア
196G.フェイズシフト オールドファッション
.
通称、連邦。
そのオルテルム中央本星政府から、全銀河に公式声明が発せられた。
連邦の本拠地、サンクチュアリ
これを
サンクチュアリ奪還に際し実質的な主力となっていたセンチネル艦隊は、新体制が安定するまで連邦艦隊に代わり引き続き防衛を担当。
全銀河の文明圏が連邦中央の機能不全の影響を受けていたが、徐々に落ち着きを取り戻すだろうと期待された。
肝心な連邦政府内部では、新体制の主導権争いとメナスに負けた件の責任追及の嵐が起こっているのだが。
そして赤毛の艦隊司令、
◇
天の川内銀河、サージェンタラス・
カンルゥ・ウィジド皇王元首国、中央星系『央州』。
灰色と青黒い星。
それが、皇国中央星系の第8惑星、皇国文明圏の中心となる、『タカ・マッカ・ハラ』の姿だ。
第9惑星の公転軌道を越え、その本星宙域に進入してくる大型宇宙船があった。
外洋貨客船『
流線型の船体に、船を囲むラウンド型シールド発生ブレード。
船尾の中心に宇宙船の発着デッキを備えている。船体一体型のメインブースターエンジンは、その両サイドだ。
皇国企業『無有』が皇国圏内で運用する、全長1250メートルの宇宙船であった。
皇国の上流階級向け観光業を営む『無有』も他の企業同様、連邦中央からはじまる銀河の混乱を受けて、つい先日までまともに活動が出来ない状態だった。
しかし連邦中央の回復を受けて、営業を再開。
貨客船の一隻である海蘭丸もまた、地方星系で待機中だったところを、中央へ帰還の途についていた。
なお同船には、星系外の学校機関に入っていた無有グループ会長一族のご令嬢、ランコ・
第8惑星の宙域に入り、本星『タカ・マッカ・ハラ』の姿が鮮明になってきていた。
海蘭丸の舷側窓からそれを眺めつつ、赤毛の女子生徒はその美貌を冷たく引き締めている。
唯理が
仲間の為、必要な事の為、そして自分の本分の為。
そうは言っても半ば勢いで来てしまった事ではあるし、準備などほとんどしていないが、いずれも達成しなければならなかった。
「サキさんの星だー!」
「おフッ!?」
そんなキメ顔の赤毛を背後から抱き着き強襲する、跳ね髮元気少女。
聖エヴァンジェイル学園の生徒にして騎兵隊のエイムオペレーター、ナイトメアである。
「皇国なぁ……よりによってメンドくせーところに。まーここ住みのヤツにゃ悪いが――――」
「女性は男性の3歩後を歩け、が骨の髄まで沁み込んでますしね。正直わたしもあんまり帰りたいとは思いません。むしろ学園に帰りたいですー」
「外国人でもパブリックオーダーに違反すると逮捕される……それはそうか。じゃなくて。
女性だと、なんかマナー違反だってことで逮捕される内容のが多いんだっけか…………」
「皇国はエイムもそうですけど、兵器類は公社が一括生産していて輸出はしてないんですね。軍もほぼ皇国の星系の外には出ませんから、RKSシリーズとか近くで見られるのは貴重なんです。……それどころではないんですけどね」
「お嬢、女性というだけで皇国では制限される部分が多いですからね。目立つ行動は避けてくださいよ」
海蘭丸、窓から外の宇宙が見える舷側区画通路にて。
その静寂とは対照的に、わちゃわちゃとした周囲の賑やかさに遠い目となる赤毛の少女である。
天真爛漫少女が存外豊かな双丘を押し付けて来るので、背中も気になって仕方がなかったり。
本来ならひとり、ないし今の自分の立場を
それが、なぜこんなことに。
原因を考えれば、初手からエイミーに取っ捕まった事であろう。その後えらい目に遭ったし。
それで皇国へ入る意図をパンナコッタの皆に知られ、部下のキズ面
こんな感じである。
パンナコッタとキングダム船団の為とはいえ家出同然に独走し、今度はセンチネル艦隊を捨てそちらに戻るのではないかという懸念を持つ者がいる。
騎兵隊の皆は置いてきぼりにされるのではと疑心暗鬼になってる。
今の唯理には、各方面からかなり信用が無かった。
「それで……ユリくんはどういう手筈で
皇女など、『知人だから』などという理由で目通りが叶う相手ではないと思うが?」
「…………ま、それは追々。アテはあります。それに、『
「え!? そうなの!!?」
皇国本星を目前にし、神妙な顔になっているお嬢様方。
そこから少し距離を取り、3人の少女が声を潜めて話をしていた。
学園の王子様にして麗しの生徒会長、特定の女子限定で極めて危険な爆弾と化すブラコン少女のエルルーン。
華奢なスタイルが愛らしい少女だが、これでも騎兵隊の隊長を務めるほど手練れのエイム乗り、クラウディア。
そして、赤毛の重点監視対象である。
◇
聖エヴァンジェイル学園の防衛部隊、騎兵隊。
その一員である素っ気ない茶髪JK風お嬢様、
直接の別れの挨拶は無し。
ただ、自分が皇国の皇王家直系の最後の女子であり、皇国中央本星に戻るという旨のメッセージのみ送信されてきた。
ここで唯理もようやく、皇国の近衛艦隊が連邦中央の決戦に乗り込んできた裏の事情を察する事が出来た。
聖エヴァンジェイル学園に送られてくる少女は、基本的にワケありの者ばかりだ。少なくとも連邦中央がメナスに制圧されるまでの事情はそうだ。
石長サキもまた、その出自を聞けばどういう経緯で学園に送られたかは、おおよそ見当がつく。
皇国は極めて閉鎖的な星系圏ではあるがそれでも、現在は皇王不在で国内情勢が極めて不安定になっている、という話は、外まで漏れ聞こえていた。
つまりサキは、政治的な理由で皇国から学園に追いやられ、皇国中央から離れないはずの艦隊をメナスとの決戦の為に呼び寄せ、それが原因で皇国に戻される事となったのだろう。
唯理は自己嫌悪で発狂するかと思った。つまりそれは、自分の作戦計画の見積もりの甘さのせいではないか。
結果的にサンクチュアリ星系のメナス群は排除したものの、戦術的には敗北したも同然だった。
キングダム船団と皇国艦隊が応援に来なければ、連邦とセンチネル艦隊は撤退するほかなかったのだから。
そのツケを、ここまで不遇を被って来た仲間に払わせるなど我慢ならない。
以上の理由で、唯理は皇国に来なければならなかった。
今のところは、全てが推測である。石長サキの意図も、ついでに自分の行動のもたらす結果も。
だがそれでも、行かないという選択肢など欠片も考えられず。
故に、首根っこ捉まえてでも石長サキにその辺の事情を問い
一応他にも仕事があるのでその辺の事も伝言を残してきたのだが、単なる言い訳に近いのは内緒だ。
◇
皇国中央宙域に入った海蘭丸であるが、本星『タカ・マッカ・ハラ』の衛星軌道上へ入るのは、許可が下りていなかった。
順番待ちである。
それも、
「……軍の船が目立つな。ランコさん、皇国中央はいつもこのような感じですか?」
「えーと、ごめんなさいユリさん、わたしも央州の軍の動きとはかあまり詳しくありません……。船長? どうなのでしょう??」
「少し前に、近衛艦隊が叛乱を起こしたのではないか、などという話が広まり、かなり混乱しておりましたなぁ……。実際は連邦の首都星へ急派されていたとかで、周囲に事情が伝わっていなかっただけという話でしたが。
今ですと、沈黙を守っていた皇宮のコノハナサクヤ姫が公式の場に出ていらしたとか聞きましたな。
女権擁護や四位改革派は、かなり盛り上がっているようですが。四位院も神経質になっているようで、警士局に総動員を命じています。
ただ、宙域警備は艦隊の管轄ですし、軍艦が増えている事と関連があるかは分かりかねますな」
無数に行き交う宇宙船の重武装に、物々しさを感じる。
水上艦艇のような姿の船は、いずれもが皇国艦隊の戦闘艦だ。
緊張感にこそ
その辺の事情を皇国出身者のネコ目少女と海蘭丸の船長に聞いてみるが、ハッキリしたところは分からないという。
ついでに、思いがけず、目的の少女に関する情報を得る事にもなった。
『フィス、ロゼ、「
『簡単に言うな。皇国の政府のシステムは独自性の強いプロトコルな上に、皇女なんて一番ガードの硬いトップシークレットもいいところじゃねーか。まだ足場を仕込んでるところだよ。終わるまでは派手なことするな』
『地上に降りてから適当なノードを辿った方が多分早いよ。
ここで赤毛は、ネザーインターフェイスによる通信で内緒話。
皇国へ潜入した目的のひとつは、クールな茶髪少女との接触である。
しかし相手は、ここにきて皇国でも並ぶ者が無いほど重要人物となってしまった。
センチネル艦隊司令としての立場の方が面会しやすいのでは、とは思ったのだが、公式に会えるとしてもいつになるやら。
所詮は新興組織のトップというだけであるし、皇国は極めて排他的な体質の国家故に、相手にされない可能性も十分に考えられる。
故に唯理は、隠密裏に事を成そうと考えた。
ツリ目やさぐれ少女のフィスと、柿色髪の少女ロゼッタ、情報オペレーターのふたりにはその辺の情報収集を頼んでいる。
だが、環境が特殊な上に準備時間もあまり無かったという事で、進捗
「まったく呆れるわ、出たとこ勝負で皇国に潜入なんて。自分の立場分かってんのかね。
それで? あんた皇国中央なんて来たことないだろ。皇女殿下にお目通りって実際どうするつもりだい、お嬢?」
「まぁ………………こっそりいくか、
「なんだいそりゃ? まったく、そんな考え無しでウチのボスをこき使うんじゃないよ。今すぐにでも首に縄付けて帰った方がいい気がするねぇ切実に」
当然ながら、唯理が皇国に来るのはメチャクチャ反対していた。
連邦に睨みを効かせないとならない時期で、皇国に入国がバレると間違いなく大事になるというのに、お前何やってるの? と。
勢いで出て来た自覚はあるので、目を逸らすことで精いっぱいの抵抗をする赤毛である。
考え無しじゃないもん、成算はあるんだってば。一応。
「……わたしもサキの事だから付いて来たけど、彼女いまは皇女様……なのよね? 会えるの??」
「ランコさんお家の
「ウチはそれなりに大きな
「それじゃあ……ユリさんはどうやってサキさんに会いに行くんです?」
騎兵隊長の華奢金髪、メカニック担当単眼娘のアルマ、マシュマロ的白髪お嬢様のプリマも、同じ疑問に至り顔を見合わせていた。
仲間の『サキ』が別れも言わずに帰国した、という事で赤毛に同行して来たものの、皇女様と会うのが超高難易度なのは理解できる。
唯理の考えは謎、皇国民の猫目娘も名家の子ではあるが皇宮へのコネなどは無いとか。
じゃあこれからどうなるの? と先行きが不安になって当然の一同であるが、
『ハ-33乙の5581紫戌、無有海運物流、海蘭丸へ。こちらは央州守護艦隊巡視艦「第1173ガハドゥテン」である。
これより貴船に対し航海法及び港湾部安全基準検査法に基づく臨検を執り行う。本艦による遠隔操作設定に準じ全ての操船を停止せよ。
繰り返す、こちらは央州守護艦隊――――』
不意にそんな通信が入り、船橋にいた全員の目が自然と正面の舷窓に向いた。
通信先の軍艦が映像として投影される。
皇国の近衛艦隊に所属する、宙域警備の駆逐艦だ。
「『臨検』だと……? どういうことだ!? こんな内海でウチのような老舗を!? いったい何を考えているんだ!!」
臨検、抜き打ちの船内検査。
建前上は域内の安全確保の為に無作為に船が選ばれ実施されるが、実際には素性や所属の怪しい船に対し行われる。
しかし、『無有』は歴史と信用のある皇国企業だ。登記はしっかりしており、提出された航海計画にも不審な点は一切無い。
そんな船に軍が踏み込むという通告に、温厚な初老の船長といえども声を荒げていた。
『マリーン船長、念の為に離脱準備を。わたしも船に戻ります。フィス、この船のシステムを押さえておいて』
『ユイリちゃん、一応言っておくけどここは皇国のド真ん中よ?』
他方、心当たりがなくもない少女らは、こっそりと動きはじめていた。
◇
通常、皇国圏内でも最も安全な央州内、しかも本星の軌道上で軍が皇国民の船を
首都『皇京』の真上となるタカ・マッカ・ハラ軌道上で問題など起こったら、その時点でもう責任問題である。
だが現在は、少々普段とは異なる事情があった。
皇国の一般市民には知らされないが、実のところ今の央州と中央本星は、内紛かその一歩手前のような状況になっていたのだ。
「この船は?」
「えー、連邦側からいらしたお客様のプライベートシップです。弊社代表のご息女のご友人の船でして……」
「ふむ…………」
海欄丸、後部格納庫。
船の
巡視艦『ガハドゥテン』から乗り込んできた近衛艦隊の皇国軍人は、そこに駐機されている宇宙船を見上げ、尊大に鼻を鳴らしていた。
皇国の軍は三大国随一の精強さを誇り、その艦艇も天の川銀河において最高水準の性能である事に疑いはない。
共和国の船は、企業原理とコスト意識が戦闘艦に最も求められる戦闘力を削るという妥協と本末転倒の産物。
連邦の船は、数を揃えて集団運用する戦術に拘泥するあまり理念も信念も無いただの武器の付いた箱と化している。
そこに来て、格納庫内に固定されている、『無有』の経営者一族の持ち物だという宇宙船(勘違い)。
皇国の精神と伝統が色濃く出た船とは明らかに異なるが、その船が基本性能を突き詰め研ぎ澄まされた良質な一隻であるのは、無駄の無い外観からして容易に推測できた。
200メートルという扱いやすそうなサイズ感も良い。
「…………この船は安全を確認する為に
「は……!? いやしかしこの船は我々の――――!!」
「ここでは異論は受け付けない。この一時接収は軍の権限として皇国保安法に基づき行われる。言いたい事があるなら後日申し出たまえ」
ここで言う『一時接収』というのは、実質的な
一時的とは言うが、いつ返すとは言っていない。
不服申し立て、というのも、ほとんど通らないばかりか逆に愛国審問という嫌がらせをされかねないという事で、実際の申請をする者はまずいない。名目上だけの制度だった。
もっともらしい澄まし顔で合法だと言い放つ軍人に、呆気に取られる客室乗務員長。
何かと強引で知られる皇国軍人ではあるが、通常ここまで横暴な行動には出ない。
皇国において『士』位たる軍人は、それなりに軍紀、体面、誇りを重んじる武人なのである。
とはいえ、こうなれば皇国における身分制度、『士』と『民』の差は絶対であり、乗務員どころか船長でさえ何も言えまい、と諦めるほかなかった。
かに思われたが、肝心な宇宙船が突然動き出す。
「ど、どうしたぁ!?」
「船を止めろ! 命令だぞ!」
船の各所が姿勢制御用ブースターを吹き、その勢いで皇国軍人と乗務員が吹き飛ばされていた。
固定アームが船本体のコントロールを外れて動き、捉えていた宇宙船をリリースする。
この事態に慌てたのは、皇国の軍人だけではない。
海蘭丸の
『パンナコッタよりブリッジ、申し訳ありませんが緊急発進します。
ランコさん、軍にはこちらが制止の指示を聞かず勝手に出た事にしてください。わたし達はこのまま中央本星に下ります』
「ええー!!?」
と、叫んだのは誰だったか。
空中投影された通信画面で、皆が仰天する事を言い出す赤毛様である。
皇国艦隊の臨検を受けると聞き、唯理とパンナコッタ勢は用心して逃げ支度を整えていた。
以て、いきなりプランBになってしまった。
「ち、ちちょっと待ってユリ! わたし達は!? ユリさんはどうするの!!?」
『ディーはランコさんとお父上に協力してもらって正攻法での接触を試みて。
わたしの方は裏から接触する線を探る。下で会おう。
マリーン船長』
『皇国の艦からエイムが出たわ。流石に対応が素早いわね。そつなく進路を塞ぎにきてる』
『ECMスタンバイ。先に仕掛けると対策されるからな。逃げるにもまずは連中を突破する必要があるぜー。
ユイリなら言わんでもわかってるだろうし、いつも通り勝手にするだろうけどな』
そして、突然別行動とか言われて皆を代表し泡を喰う騎兵隊長、クラウディアである。他の面子も似たような感じ。
そんなお嬢様を置いてきぼりにして、唯理はパンナコッタのお姉さんたちに発進手順を取らせていた。
なお、この間にも海蘭丸の通信手には皇国艦ガハドゥテンから鬼の
既にヒト型機動兵器も出ており、今すぐにでも実力行使に出る構えだった。
「ノマド船パンナコッタ、ノマド船パンナコッタ、直ちに停船せよ! 停船し当方の指示に従う事! 従わない場合は撃沈もやむなしとする!」
「海蘭丸後部扉開きます。当該船から熱反応!」
「命令に従わないようなら攻撃して構わない! 毅然として対処せよ!!」
海蘭丸の発着デッキのゲートが開き、皇国のエイム2機がそこを目がけて飛び込もうとしていた。
指揮官は『民』位の国民や外国人に刃向かわれたのが相当気に障ったようで、大分頭に血が上っている。
今にも砲撃する勢いだ。
だというのに、海蘭丸内から飛び出すエイムが、皇国軍のエイムを迎撃に来るという、信じ難いほど火に油な展開となっていた。
『軍に喧嘩を売るとはコイツ正気かぁ!?』
『構わん撃墜してしまえ! バクシジ、アラカタ、敵対しろ! 他は援護!!』
機甲歩兵三六式ラジンボウ。皇国近衛艦隊、央州巡視隊ガハドゥテン所属のヒト型機動兵器。
黒鉄色の
すぐ後ろに民間船がいるので射撃は控えているが、そうでなくとも皇国軍は元々接近戦上等という気質。
パイロットは脚部に備え付けのポールウェポンを取り出し、先端からトゲのような超高熱のスパイクを展開させた。
対機制圧用プラズマメイスだ。
屈強な皇国軍パイロットによる、高加速突撃戦法。通称『カミカゼ』。
連邦、共和国、その他あらゆる星系圏を恐れさせる、皇国軍の代名詞とも言える戦術である。
外国の民間エイムなど、瞬きする間に叩き潰されてしまうのがオチだと、ガハドゥテンも海蘭丸の乗員も、誰もがそう予想していた。
その海蘭丸から出て来た4基の稼働翼を備えたエイムは、逆に一瞬で相手を叩きのめしていたが。
『なん――――!? クソぁああああ!!』
『バク!? チクショウ何だコイツは!? どう見ても普通のヒト型じゃないだ――――!!』
『アラカタ中尉! アラカタ中尉! 長月185丙反応なし!!』
『長月190班は今すぐ対象機を撃墜せよ! 全火器使用を許可!!』
『艦隊司令部に応援を要請します!!』
『相手は一機だぞ! 本艦を笑いものにする気か!?』
四翼機、フレースヴェルグは機動力で鳴らす皇国のエイムを速度で圧倒。
激突を恐れない突っ込みを見せたかと思うと、正面からウィングの装甲面でブチかまし、ビームパイルの打撃や膝蹴りといったタコ殴りで、三六式ラジンボウを滅多打ちの穴だらけに。
後続の8機も、向かって来る端からカウンターを入れて物言わぬデブリに変えていた。なお殺してはいない。
「なん――――!? なんだコレはぁ!!?」
皇国軍とその兵士のやり方が乱暴なのは全銀河に知られているが、この相手はその100倍暴力的だった。
ガハドゥテン艦長のナベサル少佐は混乱と怒りのやり場が無く、わなわなと震えている。このまま憤死しそうだ。
艦砲射撃も繰り出しはじめるが、四翼エイムは緩急の付いた鋭い機動で易々と回避。
それにとどまらず、一瞬の交差の間に駆逐艦の艦砲や機銃まで潰していく。
たった一機を相手に、悪夢のような戦力差だった。
丸裸にされる巡視艦ガハドゥテン。艦橋の艦長以下士官たちは声も出ない。
赤毛のオペレーターと四翼機が暴れている間に、海蘭丸からはパンナコッタが微速前進で表に出ていた。
しかし、姿が確認できたのは、ここまで。
直後に、軌道上全域のセンサー環境が妨害され、急行していた他の艦艇までもがパンナコッタの位置を見失った。
『あーあ、来て早々にやっちまいましたわねぇ。皇国軍人のプライドは星雲より高くてよ? 死に物狂いで追ってくるわ。
そうでなくてもタカ・マッカ・ハラに下りて皇女コノハナサクヤに会うなんて面倒な仕事の最中に』
海蘭丸の
ドリルロールの海賊令嬢、エリザベートは特に心配した様子もなく、ないしょ話通信で面倒くさそうに言うのだが。
お尋ね者になるなど、いまさら怖くもない。
『エリィ、エル会長と連携して皆のフォローをお願い。なるべく早く連絡するつもりだけど、皇国で動く為の土台作りの方を優先するかも知れない』
『
まぁやるだけやりますから、約束を忘れないで』
『あ! それと一応エイムの準備も! 出てもらう事になるかもしれないし!!』
『何考えてるのかしらねホントに』
エリィことエリザベートと唯理の間には、ある件で協約が結ばれている。
ブラックスター海賊艦隊の『提督』の娘であるエリィは、荒事や非合法活動において頼れる悪党仲間だ。
故に、世間知らずなお嬢様方の保護者役を頼むのも必然ではあった。
だとしても、不穏な赤毛のセリフには、思わずジト目にならざるを得ないドリルツインテである。
皇国遠征隊は、ふたつに分かれる事になった。
ノマドの高速貨物船パンナコッタを中心にしたチームと、聖エヴァンジェイル学園騎兵隊チーム。
これらに、センチネル艦隊司令親衛隊『スカーフェイス』と、お世話係のメイドさん部隊『ディペンデントサービス・オブ・V』が分散して加わる。
強力な
まもなく軌道上の防空体制が最高レベルにまで引き上げられるが、時すでに遅し。
赤毛の少女は皇国の地を踏み、慣れた手管で姿を消していた。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・皇国
正式名称、カンルゥ・ウィジド皇王元首国。
文字通り皇王を全皇国圏の最高権力者として戴く星系国家。
皇王位は代々世襲によって継承されるが、皇王と直系皇族が事故と病気によりひとりを残し死亡した為、次期皇王の選定に関わり国内情勢が不安定化していた。
・パブリックオーダー
コロニーやノマドといったコミュニティ内で定められる規則。
銀河航宙法や惑星国家法より限定された条件で運用される法だが、惑星法もローカルな決め事に過ぎないとして同様の扱いを受ける場合もある。
・公社
カリマ軍機調達公社。
皇国政府100%出資による民間企業。
軍や警士の宇宙艦艇から個人携行装備まで、武器装備全般を開発、生産する組織。
皇国軍と艦隊の兵器を完全管理する為、公社による調達体制を徹底している。
複数の会社から成るグループ企業となっており、業績や政治的意向で入れ替わる事もある。
・皇務省
皇国政府の中央官庁のひとつ。皇王の公務の補佐と実務全般を取り仕切る。
皇王支配下の皇国政府の下位組織ではあるが、皇王が権限を執行する機関でもある為に、官庁の中でも別格となっている。
・艦隊省
皇国政府の中央官庁のひとつ。
皇国に限らず宇宙艦隊戦力は国防体制の要となる為、軍と軍人を所管する軍務省とは別に設けられている。
制度上は皇王の意向が全てに優先する為、組織間で対立という事もない、という建前。
特に、皇宮と央州を守る近衛艦隊は独自の行動権限を認める必要上、軍務省と司令部の影響を排して完全な艦隊省の所管となっている。
・女権擁護/四位改革(運動)
男尊女卑の慣行の払拭、『尊』『士』『民』『隷』の身分制度の撤廃などを求める、主に皇国の大部分を占める『民』位階級国民からはじまる権利向上運動。
同運動は皇国圏の惑星国家全体に広がっているが、体制維持を至上命題とする皇国政府、皇宮、四位院は、これらの運動を徹底的に弾圧する姿勢を取っている。
一方で権利運動を行う国民は集団化、組織化し、時に暴力で抵抗するなど状況は過激化している。
・警士局
皇国内の治安維持と違法行為の取り締まりを担う、いわゆる警察機関。
軍人と同様に警士となった時点で『士』位階級国民となり、身分的には一般『民』位国民より優位となる。
国民管理の為の身分制度を最大限に活用しており、暴力を伴う逮捕や強制排除を行った場合でもよほどの事がない限り責任を問われることは無く、多くの国民から恐怖の対象ともなっている
・愛国審問
皇国民に対し愛国という義務を果たしているかを精査する審問会。
本来は国家反逆罪容疑者などに対する取り調べ目的の制度だが、実際にはそれほど悪質でもない政府に批判的な国民に対する威圧目的に使われる場合が大半となっている。
Hi-G. -ハイスピードガールズ ディスタンス- 赤川 @akagawa
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