190G.ティターンズテーブル ビッグゲーム

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 天の川銀河最大の版図を収める、シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦。

 その中央星系『サンクチュアリ』では、空前の規模のメナス群と連邦艦隊、それにセンチネル艦隊との総力戦になっていた。

 しかし、本星『オルテルム』を回る衛星の落下や、防衛戦略兵器群『オリュンポス』の利用、最上位個体マレブランスの伏兵戦術などを効果的に用いることで、人類を揺さぶり続け、メナスは戦術的勝利を得る。

 艦隊の総指揮を執っていた村瀬唯理むらせゆいりは、勝ち筋が無くなったと判断し全艦隊に撤退を指示。


 その間際、サンクチュアリ星系にワープしてきたのは、皇国の中央星系を防衛する近衛艦隊と、共和国圏を守る遊撃戦力となっていたノマド『キングダム』船団だった。


 見た目は派手な赤毛で発育スタイルの良い女子高生であるが、これで唯理はしっかりした士官教育を受けた身である。前線畑だから嫌だ必要ないと言ったのに上役に学ばされたんだよ。

 故に、指揮官の行動、態度が、軍組織運営において重要な上官としての権威を担保するのを強く理解していたのだ。


 だというのに、今はそれをさっぱり忘れうろたえていた。


「皇国と共和国、両艦隊の動きは」


 そんなポンコツと化した赤毛に代わり、できる傷面の副官、ジャック・フロストが艦橋ブリッジオペレーターに再度確認を取る。

 ビクッ! となる赤毛の上官の方は、つとめて見ない。


『皇国近衛艦隊、共和国キングダム船団共に星系内に進入! センサー走査スキャン確認! 直掩防御らしきエイム出撃を確認! 戦闘態勢です!!』

『両艦隊より通信及びサイトライン共有の戦術データリンク要請が入っています!』


 この瞬間、唯理は艦長席を「せいっ!」と足裏叩き付ける蹴りで破壊した。

 何事かと乱心の艦隊司令を凝視する一部オペレーター、一方で微動だにしないフリートマネージャーだが、それに構う暇も無い唯理は壊した背凭せもたれの部品を回収。

 常備するファーストエイドキットからマスクを取り出した。


「皇国、共和国共に、我々が作戦を展開している中で接触して来る理由は不明です。

 こちら側の援護にせよ敵対にせよ、相手方の意図を確認しなければなりませんが……?」


「ち、ちょっ……ちょっと待って今どうにかする…………!!」


 全く冷静沈着なフロストが、一応当たり前の事を赤毛の艦隊司令に確認する。

 トイレを我慢しているかのような切羽詰まった様子で、背凭れのカバー部分のパーツに細工を施していた唯理であるが、


「ッし……! いいぞ繋げ」


 迷わずそれを顔に着けると、司令官然とした威厳に満ちた声で、通信担当オペレーターに命令した。

 艦長席の前に空中投影される2画面、それと同じ映像がスマートテーブル上にも表示される。

 そこには、それぞれふたりの男が映っていた。


『カンルゥ・ウィジド皇王元首国、皇宮近衛兵団、央州守護艦隊総司令。任々木ににき仄火ほのか元帥近衛中将であります』


 長い黒髪、美女と見まごうばかりの美形、物腰柔らかだが軽んじる事の出来ないカリスマを感じさせる。

 それが、皇国本星系『央州おうしゅう』を防衛する艦隊、通称『近衛艦隊』の長を名乗る優男だった。

 そして、


『共和国艦隊司令部直属キングダム船団、船団長のディラン・ボルゾイだ』


 ノマド『キングダム船団』を率いる、白い短髪に浅黒い肌の無骨で精悍な男。

 唯理の顔見知りである。


               ◇


 連邦艦隊、それに旗艦『ハルベルヘルド』は混乱の最中さなかにあった。

 連邦軍総司令部と基地のある衛星『サイトスキャフォード』の落下、メナス最上位個体マレブランス強襲、後方艦隊司令部への攻撃、作戦の失敗と撤退、という怒涛の急展開に目を回していたらならば、ここに来て皇国と共和国、連邦以外の先進三大国ビッグ3の艦隊が出現。

 まさか邪魔でもしに来たのか、いやいくら敵対しているといえメナスを利するような行動を取る理由も無いだろう、と困惑の極致にいたのだが、


『サーヴィランス艦橋ブリッジより通告あり! 皇国軍近衛艦隊と共和国軍キングダム船団が火力支援に入ります!

 撤退中止! 全艦隊は作戦に復帰せよ!!』


「皇国の中央艦隊とキングダム船団が支援だと!? どういう事だ!!?」

「ダーククラウド司令の元所属船団ですが、今までコンタクトを取ったという情報は――――!?」

「この土壇場で連携を取る!? 連邦艦隊の壊滅を決定付ける為に来たのではないのか!!?」

「あ、IFFデータリンクは確立しておりますのでこちらが照準される事はないかと思われますが……!」

「それにメナス艦隊を正面において我々を攻撃するのはリスクが高過ぎます! 次は皇国軍が狙われる事に!!」


 まさかの援軍に、さらなる混乱のるつぼに叩き込まれる連邦艦隊士官たちである。


 ここ2年ほど共和国圏の防衛に飛び回り、赤毛の元乗員クルーとは連絡を取った形跡すら確認できなかったキングダム船団。

 本星系『央州』からは絶対に出て来ないと言われている、皇国における最精鋭艦隊。

 そんな大戦力が、何の前触れもなく表れて喜べるような無邪気な者は、連邦艦隊司令部になど入れないのだ。


 その艦隊司令部でも比較的偉いヒト、怖い顔のハゲ頭提督は、更によくない推測をしていた。


「よもや…………我々がメナス本隊を消耗させたタイミングを狙ったか!?

 これは奴らがサンクチュアリとオルテルムを制圧する千載一遇のチャンス!!」


「……まさか!? いやしかしそれなら、この場限り皇国と裏切り者の共和国が手を結んだと!!?」


「い、いえまだこちらは8割方戦力を維持しています! 皇国も共和国も星系艦隊規模の戦力のみです! ヒーティング提督!!」


 自分の想像で頭のてっぺんまで真っ赤になるヒーティング少将。オルテルムを切り捨てる判断が出来た聡明さはどこへ。

 それを、同じく悪い想像で補強してしまう艦隊の幕僚。

 瞬間沸騰するハゲ頭の提督は、部下の進言を受けて即命令を下した。


「んぬぅ⤵ううううう⤴! 連中に先にオルテルムへ下りられるワケにはいかん! 全軍前進! 投入できる火力の全てでメナスを駆逐せよ!!」


『センチネル艦橋より「オリュンポス」の無力化を求められていますが――――!』


「叩き潰してよい! もはや障害にしかならん!!」


『センチネルより秘匿名「ベルセルク」発動に付き連邦は守備を固めた上で支援に徹するよう行動指示がなされておりますが……!?』


「そのようなことを言っている場合ではない! サンクチュアリ奪還で皇国共和国などに後れを取れば、たとえ中央を取り戻したとしても連邦軍は存在意義を失う事となりかねんのだぞ!

 損害を考慮している場合ではなくなった! 皇国艦隊共和国艦隊の到達前になんとしても首都『バビロン』を確保せよ! 全艦隊死力を尽くせ!!」


 皇国軍にせよ共和国軍にせよ、連邦の本拠地で先を越されるような事になれば、軍の面目は丸つぶれである。

 今後、連邦の政界では完全に政治力を失うだろう。プライドの高い軍上層部としては悪夢でしかなかった。

 故に、今までメナス相手に腰が引けていたのも忘れ、ヒーティング提督は全力攻撃を命令。

 前衛艦隊は鉄砲玉にされ、センチネル艦隊艦橋ブリッジの命令もまるっと無視されていた。


               ◇


 オルテルムの地上に落とされ隠蔽されていた、惑星防衛兵器群『オリュンポス』。

 衛星『サイトスキャフォード』やオリュンポスの陰に潜んでいたメナスの最上位個体、『マレブランス』。

 これらの同時攻撃を受け、それまで比較的優勢に戦闘を進めていた人類艦隊は、一気に劣勢へと追い込まれていた。


 しかしここで、星系外縁から侵入し加速を続ける皇国、共和国の両艦隊が攻撃に加わる。

 皇国近衛艦隊は、速力に優れる艦のみで編成した、約7万隻。

 共和国に属するキングダム船団は、本来の所属である自警団ヴィジランテ1000隻に、勢いで引き摺られてきた私的艦隊組織PFCにより構成される共和国艦隊を加えた、約10万隻。ただしその中には、クレイモア級『フォルテッツァ』をはじめとする超高性能艦FFF25隻が含まれる。


 いずれも1800万隻を残す解放作戦艦隊の連邦軍よりは小勢であるが、高火力による横槍はメナス本隊に大打撃を与えていた。


「閣下……姫はオルテルム宙域の主力ではなく星系外で待機する艦隊の方にいらっしゃるようですが?」


 その皇国近衛艦隊旗艦、水上艦に似た形状のダルマハラ級特型戦艦、全長1280メートル。

 弐番艦『ヴァイシュラ門』艦橋にて。


「サクヤ姫の要請は、連邦軍を支援してのメナスの殲滅だろう……? あちらには例の超戦艦が一隻いるから、勝てそうじゃないか。

 それに、あの古代戦艦の主、たいへん興味深い。ここで知己を得るのも、悪くなさそうだ」


「よろしいのですか? いえよろしいワケがないのですが……。

 近衛艦隊を勝手に動かし、連邦領内に無許可で侵入、連邦本拠地の奪還作戦に参戦する。

 御身の更迭ではすみませんが、割に合いそうでしょうか?」


 皇国近衛艦隊の総司令、そんな立場が不似合いにも見える美男子は、同じく軍人に見えない貴人風な黒髪お嬢様からの苦言にも涼しく笑って見せる。


 今回のサンクチュアリ解放作戦への緊急参戦において、任々木ににき仄火ほのかはありとあらゆる皇国法を犯し、命令を無視してここに来ていた。

 サンクチュアリを解放し、連邦に大きな貸しを作ったとしても、皇国軍元帥府の承認していない行動で功績を認められることは決してない。

 それどころか、通常の軍規・・・・・に照らせば、極刑に処されても仕方のない事態だった。

 ところが、


「もちろんだ」


 あらゆる女性を一発で魅了しそうな笑みで、何の憂いも無さそうに答える美男子総司令。

 実際、淑女的な副官も分かってはいたのだ。

 自分の仕える主は、血筋的にも能力的にも、今回の件を問題としないであろうことは。


「さて、我が艦隊はこのまま行進射撃を継続。第7惑星軌道に入るまでは縦陣でいい。

 戦勝のセレモニーまでに連邦中央へ着ければよいだろう。無理に攻勢に出ず連邦とセンチネル艦隊の支援に徹しよ。

 それで充分である」


 旗艦と同じく水上艦に似た、上下のハッキリした形状の宇宙戦闘艦の群れ。

 皇国艦隊はオルテルムへ長距離砲撃を繰り返しながら、星系内を高速で突っ切って行く。移動を優先しているため、極めて速い。

 その進攻速度は艦隊にして45Gを超える超高速航行であり、またセンチネル・連邦の連合艦隊とは異なる、一糸乱れぬ圧倒的な練度を見せ付けていた。


                ◇


 センチネル艦隊司令、『ユーリ・ダーククラウド』と通信上で意思確認を済ませたディラン・ボルゾイは、改めて困惑を顔に出していた。

 家出していた赤毛娘が、変な格好していたからだ。


「……なにやってんだアイツは?」


 とはいえ、戦場ド真ん中でのんびり再会の挨拶をしている暇も無く、その辺の事に言及するツッコむ事も出来ないまま、今は仕事にかからなくてはならなかった。


「スパイクフォーメーションで前進、宙域まで止まらず一気に距離を詰める。

 先行は本艦とフラミンゴ、コールドキーライターと同じ組み分けの船だ。

 それと、パンナコッタには『また勝手に飛び出すな』と伝えろ」


「えーと、もう出ました」


 金髪お姉さん副官の報告に、のっけから軽く頭を抱える苦労人船団長である。

 流石はこの状況を作った張本人たち。

 独走するのを止めたかったが、少し遅かった。


「…………『ラビットファイア』は乗っているな? 『トゥーフィンガーズ』にも後を追わせろ。パンナコッタを優先して支援射撃。どうせアイツらからメナスに接近する」


「了解。パンナコッタ、トゥーフィンガーズを防衛目標に設定します」


「火力はメナス母艦へ主に集中投射。向こうの艦隊が正面への対応に専念できるようにしろ。

 ……さっさと片付けるぞ」


 船団長は早々に、勝手に飛び出していった仲間の援護に回る方針を取る。どうせ行く先は同じだ。

 全長10キロ、巨大な剣の一振りのような戦闘艦、クレイモア級『フォルテッツァ』は、小惑星や無人機やメナス、あらゆるモノを蹴散らしてオルテルムへと突き進む。

 あるいは、脱兎の如く飛び出していった超高速輸送船の後を、追いかけていくように。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ファーストエイドキット

 応急処置用の医療品を揃えた携行用パッケージ。戦闘時の負傷を即座に処置する目的で揃えられる。

 基本的な外傷への対処や身体の異常への対策を行う道具だが、飽くまでもその後の本格的な医療処置を受ける為の時間稼ぎが主旨となる。

 空気汚染などに対する簡易マスクが入っている場合もある。


・ダルマハラ級特型宇宙戦闘艦

 銀河先進ビッグスリーオブ三大国ギャラクシーの一画、カンルゥ・ウィジド皇王元首国で建造された宇宙用戦闘艦艇。全長1280メートル。

 現在の皇国における最新鋭最高性能の戦艦であり、必然的に皇国の最も重要な場所を防衛する為に配置される。

 皇国は少数精鋭主義であり、連邦のゼネラルサービス級や共和国のゴッドハンド級よりも高性能。

 箱舟型や上下の形状に差異がない宇宙船が大半の中、反りのある舳先へさきや逆三角の船底といった、水上で用いる船の特徴が強く出た形状が皇国の宇宙船の特徴。

 ダルマハラ級弐番艦ヴァイシュラ門も同様であるが、こちらは皇室特殊仕様で基本性能は壱番艦より高く、居住設備も充実している。

 御召艦としても対応可能。


・スパイクフォーメーション

 艦隊陣形の一種。

 艦隊の最前列に高火力長射程の宇宙船を並べ、先制して敵を叩く事を目的とする。

 防衛や拠点攻撃ではなく、行進射撃や火力支援で効果を発揮する陣形。




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