189G.グラウンドスウェル フォールオフザボード

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 天の川銀河、ノーマ・流域ライン

 サンクチュアリ星系外縁部。

 サンクチュアリ解放作戦艦隊、後方艦隊。


 6500門という、連邦艦隊旗艦ゼネラルサービス級の、約130倍の砲数。

 1メートル口径の青い光学兵器は、人類の持つ通常の赤いレーザー兵器とは根本的に原理が異なっている。

 環境播種防衛艦ヴィーンゴールヴ級『アトランティス』、全長50キロメートル。

 極めて高い防衛能力を持つこの超戦艦は、艦全体から放つレーザーを屈折させ、星系側の宇宙空間を薙ぎ払っていた。

 併せて一斉射撃する、自由船団ノマドや企業の輸送船や作業船、一般人の宇宙船までが持てる火力を総動員し、艦隊の前に分厚いレーザー弾幕を展開している。


 それらを真正面から受け、逆に撃ち返しもするのは、異形の自律兵器群。

 生物のような生々しいフォルムをもった、メナスの母艦型キャリア、約100万だ。

 砲撃を喰い止めたエネルギーシールドが白み、あるいは受け切れず艦体まで貫通し、爆光を放つ。

 メナス艦隊は損害を省みることなく、暗緑色の荷電粒子弾を放ちながら、真っ直ぐ前進を続けていた。


「防衛に配置されていない船は退避させよ。迎撃機は全機発艦。

 戦力比では十分対処可能である。守勢に徹しメナスの攻勢限界で反転、これを殲滅する」


「全艦隊エイコーン陣形! 非戦闘船は陣形の後方へ誘導!!」


 全面ディスプレイ張りのアトランティス指令艦橋ブリッジにて、単眼巨漢の艦隊司令が全艦に迎撃態勢を取らせる。

 足元に広がる戦略画面では、命令に従い動く宇宙船とメナスの位置が示されていた。


 なお、後方艦隊司令フランシス・キューミロウ・サンダーランドの隣で補佐に付く紫肌のおかっぱショート美人は、連邦が派遣した連絡員も兼ねるイーヴス・ウッドローン四佐である。


 強力な砲撃が後方から飛んでくる中、連邦軍の司令部となっている巨大輸送艦からも迎撃機が出撃していた。

 エース級オペレーターがオルテルム星系宙域にあらかた投入されている中、後方を守るオペレーターはどうしても未熟さが目立つ。

 それでも、連邦艦隊もありったけの人員を集めた総動員体制だ。


 連邦軍の付属組織、艦隊士官の軍学校、その騎乗チーム『ラーキングオブシディアン』も学生の身で戦闘配置に加えられている。


『正面制圧エリアにメナス侵入数30! トルーパータイプと後ろにガンナータイプ!!』

『早過ぎる! こんなの無理だよぉ!!』

「落ち着けカルミノ! トーラ! もうアレには艦のターゲットマーカーが付いている! 我々はホットベルトを越えて来たメナスだけ集中して撃ち落とせばいい!

 本機が相対する! ルセとレジスンはバックアップに専念!

 敵の前列に気を取られるな! 後ろの奴に狙い撃たれる!!」


 黒とグレーで纏められた軽量機、ラーキングオブシディアンの競技用エイム。

 しかし現在は実戦調整を受け、装甲の厚みを増しブースターを増強、背部搭載兵器として半自動追尾レーザー砲を4門搭載、手持ち武装も中~遠距離に対応した高出力拡散レーザー砲となっていた。


 ゴリゴリの防戦仕様に改装されたヒト型機動兵器。そこに、まだ卒業前の軍学校の生徒だから、という配慮は一切無い。

 今は一端の連邦艦隊士官として扱われ、防衛ラインの一翼を担う責任も負っている。

 いきなりの実戦で、最難関な地獄の戦場。

 チームメンバーのエリート意識など遠い昔に吹き飛んでいた。


 そんな中、メンバーを引っ張りメナスとぶつかり合う勢いで戦っているのが、中性的な容姿の褐色女子、リーダーのマルグレーテ・レーンである。


『またホットベルトを抜けて来た! 20機!!』

『艦隊はなにをしているの!? わたし達より前にいる部隊は!!?』

『コントロールはちゃんと迎撃振り分けてよ! メナスがこっちに集中してる!!』

「落ち着け! 落ち着けカルミノ! 我々が迎え撃ち別部隊に側面から叩かせる! 広域斉射! 照準同期確認! タイミングを合わせろ! 用意……撃て!!」


 既にラーキングオブシディアンも、メナス端末機を30機以上撃破という平時ならば・・・・・大戦果を挙げていた。

 だが、猛烈な火線の最中さなか、終わらない空間爆撃とそれを突破して来るメナス。

 一瞬でも気を抜けば撃墜されかねない、常に最高の集中を要求される戦場。

 全員が今この瞬間のギリギリな戦闘を生き延びるのに必死だ。


 リーダー、マルレーンの命令と同時に、黒とグレーのエイムが横二連装の火器を一斉に発射。

 6機編隊から放たれるレーザーは、艦砲の嵐にさらされ砕けかかったメナスを容赦なく八つ裂きにする。

 次々に爆発し、暗緑色の光に透ける爆炎が広がり、撒き散らされた破片がエイムの間近を飛んで行く。

 しかしメナスは恐れることなく同類の爆発の中を突破。

 息く間も無い実戦の展開速度に、経験の浅いエリート達は付いて行けなかった。


『マズい2機抜けて来てる! レーン!!』

「トーラ! 全速で退がれ!!」


 レーザーの直撃を受け片腕を失いながら、減速無しで突っ込んでくるトルーパータイプ。

 艦隊の爆撃網ホットベルトを強行突破してきただけあり、速度も十二分に乗っている。

 既に対応能力を超えていたエイムオペレーターは、短時間の修羅場の経験から、これは迎撃できないと判断。

 かといってメナスとの接近戦など問題外であり、黒とグレーのエイムはリバースブースターを破裂寸前まで吹かし後退していた。

 命の危機を感じて頭に血が上り、背中からは限界加速Hi-Gで圧し潰されそうな荷重。


 隊長機、マルレーンの援護は間に合わず、顎を開いたトルーパーは口腔からの荷電粒子砲で新米士官を薙ぎ払おうとし、



 幾条ものレーザーで頭上から貫かれ、異形の自律兵器はそのまま内側から爆発した。



「メナスをホットベルトまで押し返すわ! こっちの直掩が体勢を立て直すのを援護する!!」


『倒していいんでしょ!? ディーたいちょー!』


「うっかり突っ込み過ぎて自分までホットベルトに突っ込むんじゃないのよメア! 4-3の編隊維持を優先して機動戦で突破するからね!」


『はーい!』


『「了解です」』


『サキ様もあまりカミカゼに走りませぬよう』


『キチンとタイミング見て踏み込むわよ……!』


 角の取れた中量機、短いマントのような肩部装甲からブースター炎を吐き飛来するエイム。

 聖エヴァンジェイル学園騎兵隊、メイヴ・スプリガンが正面に火力を集めメナスを追い立てる。

 恐れることなく自ら突撃していく7機は、動きを乱した敵をあらゆる間合いで攻撃。

 レーザーやレールガンで撃ち抜き、ビームブレイドで斬り捨て、あるいは降着脚ランディングギアで蹴っ飛ばし圧倒していった。


「彼女らか……!?」


 騎兵隊は持ち場のコロニーシップ周辺のメナスを排除した後、連邦艦隊司令部への応援として急派されていた。

 そして、赤毛の教官に鍛えられ、経験により培った戦闘技能を遺憾なく発揮。

 無数の船の間を飛び回り、片っ端からメナスを叩いて回っている。

 その打撃力と機動力、殲滅力は、防衛に参加していた全てのオペレーターを瞠目させた。


 無論、連邦艦隊のマルグレーテ・レーンやチームのメンバーも同様だ。


『何なのアレ……!? 競技会の時よりずっと――――!!?』

『どうなってるのよ!? あんなこと艦隊のアグレッサーだってできやしない……!』


 凶暴な攻撃性を見せるメナス相手に臆せず接近戦を挑む、騎兵隊のお嬢様たち。

 後衛が高火力でメナスの動きを制限し、前衛が追い込み直撃打で粉砕する。


 騎兵隊が防衛線を支える間に、別の防衛エリアからも応援が来た。

 極めてシンプルな骨組みのような軽量機、騎乗競技会にも出場していたチーム、カマロシティ・ハイムーバーのエイムだ。

 他、全身黄金の機体やミリタリー色の強い機体、球体の集合のような機体といった競技チームも、メナス迎撃に上がって来る。

 いきなり実戦という事で調子が出なかったオペレーターも、徐々にメナス戦に対応し始めていた。


『おー! ベルちゃんのチームだー!!』


『わたし達はなるべくダメージを与える事を優先して、トドメは他のヒトに任せるわよ!』


 より一層速力を増し、メナスを跳ね飛ばす勢いで嵐の戦線を切り裂いていく騎兵隊。

 後方艦隊は相応の被害を出しながらも、作戦艦隊の救援など不要、という健闘ぶりを見せていた。


                ◇


 星系外縁の後方艦隊が予想を超える防衛力を見せいてた頃、オルテルムの主力艦隊は想定外な苦境の中にいた。

 正面のメナス主力、そして直下の惑星上に隠蔽されていた、本来ならオルテルムを守るはずの戦略防衛兵器群『オリュンポス』による十字砲火にさらされるハメとなった為だ。

 加え、作戦艦隊の数の上での主力となっている連邦サイドの動揺が激しい。何せ、その力を嫌というほど知っている、本星防衛の決戦兵器である。


 後方の連邦艦隊司令部側が自力で防衛できているのが不幸中の幸い。

 だが、連邦軍の総本山たる衛星『サイトスキャフォード』の落下に続いての、守護神『オリュンポス』の敵対という事態。

 メナスの揺さぶり工作に耐えるのも、限界というところであった。

 

『ベンケイのシールドジェネレーター負荷8割を超えます!』


「ロゼ! 連邦が出したアクセスコードは!?」


「拒否られた! 今別ルートからシステムに入れないか試してる!!」


『インターセプター、ディフェンサー、損耗20%! 第2防衛ライン放棄! ホットベルトは第3防衛ラインへ後退!!』

『シールドジェネレーター3番の安全装置作動! 緊急停止! シールド出力は12%に低下!!』

『ハルベルヘルドより一時撤退の是非を確認したいとの通信が来ています!』


「メナスにケツを焼かれながら全滅したいならそうしろと言え! 最低でも片面潰さないと撃たれ放題だろうが! サーヴィランスの退艦状況は!?」


『艦橋、機関及び医務室の一部を除き完了しています! 「スカイフォール」に移乗中!!』


「艦橋も離脱スタンバイ! 残ったクルーもアイランドに入るか退艦させろ! 連邦側にもすぐに後退に移れるように言っとけ!!」


 旗艦サーヴィランスの艦橋ブリッジは、いよいよ修羅場極まって来た。少し前からほぼノーガードでメナスに撃たれまくっている。頑丈な艦橋内も大揺れだ。

 これは、サーヴィランス単艦が突出することでメナスの攻撃を集め、他の船への攻撃比率を落とす為だ。

 容赦なく飛んで来る荷電粒子弾の直撃を正面に見据え、戦略スマートテーブル前に仁王立ち(土足)の赤毛艦隊司令も吠え猛っている。


「撤退より地上爆撃はどうしたぁ!?

 連邦艦隊がテメーらでオリュンポスを処理したいってったから任せたのに、このままじゃメナス艦隊を叩く余力まで無くすぞ!!」


『メナス母艦型キャリアー撃破数約1000万を超えます! こちら側は約150万の損害! 内100万が大破判定!!』

『連邦艦隊旗艦より地上爆撃は人的被害の拡大の恐れがあり撤回を求めると――――!』


「状況わかってんのか!? ヘリオスはオリュンポスへの砲撃準備! こっちで処理すると連邦に通告!

 サイトスキャフォード方面の戦況はどうなってる!!?」


「不明エイム3機、ニューク1からニューク3はオメガ1及びアルファ02群との交戦を継続中。サイトスキャフォードの落下は止まりましたが軌道からは外れるようです。戦力比ではやや不利かと」


 大分熱くなった戦場により、赤毛も凶暴性丸出しとなっている。

 一方で連邦艦隊側は、自国の本拠地ごと虎の子の防衛兵器を破壊するという判断に内部でも大分揉めている模様。

 しかしのんびり連邦艦隊の判断を待っていられる状況ではないので、唯理が勝手にオリュンポスの破壊を決断した。

 一刻も早く攻撃の元を止めなければ、メナスとの戦いどころではない。

 そもそも地上からの大規模破壊兵器オリュンポスの攻撃により、余波だけで一帯の地域半径1キロは既に壊滅しているのだ。


 艦隊の中で、前部分が開放型砲身となっている重砲艦ハルバード級『ヘリオス』が真下の星へと艦首を向けた。

 一発の威力はフォースフレーム艦の中でも随一。通常火力では群を抜く。

 地上からは、人類製の巨大戦略兵器が噴火しているかのような勢いで、砲火を天にバラ撒いていた。


 エネルギーシールドが攻撃を受け止め、あるいは爆風がシールド範囲を浮き彫りにし、耐えきれなければ貫かれて艦体を直撃する。

 そんな入り乱れる衝撃波の中、重砲艦が荷電粒子の加速を開始。

 電磁シールドが砲身を帯電させ、表面に紫電を走らせていた。

 加速器内のエネルギー準位は限界まで引き上げられ、チェンバーの耐久限界にまで達しようとしたその瞬間、砲身奥のゲートが解放され光を放ち、


『地表オリュンポス側から強力なECM!』

『イルミネーターがターゲットロスト! 画像認識にまでエラーが出ています! ビジュアルコンタクトロスト!!』


 直前で、射撃指揮装置イルミネーター攻撃目標ビジュアルコンタクト見失いロスト安全装置セーフティーを起動させてしまった。


 ヘリオスへの攻撃目標データは、全艦隊で共有されているモノである。これが一斉に目標を見失うなど、本来ならばあり得ない。

 すぐに何が起こったのかをオペレーターが確認しようとするが、原因は相手の方から姿を現した。


「ユイリ! マレブランスらしき高出力リアクター反応! オリュンポスと同座標!!」


「ええいなんてこった!!!!」


 柿色髪のオペレーターからの報告を聞き、スマートテーブルに砕かんばかりの勢いで拳を打ち付ける赤毛。

 急ぎフォーカスされた惑星側の映像には、異常なほど歪む背景の中に、急上昇して来る異形の姿があった。


 腕や脚といった外装部分が捻じれたようになっており、手足の先端は生物の爪に似た鋭利な意匠となっている。

 背面に背負うブースターらしき装備は、噴煙を吐く排気口の先が鋭い刃に囲まれている。

 関節部や装甲の隙間、スリットを並べたような顔面には、燈色の光がにぶにじんでいた。



 最上位個体マレブランス、悪意を具現する鳥『ファルファロール』の名を唯理が知るのは、大分後の事となる。



『メナス群が……!? メナス母艦型キャリアーが、1億!!? いえ、電子迷彩カモフラージュ! センサーデータに割り込まれています!!』

『全艦隊データリンクに異常発生! データ連続性が確認できません!!』

『ECM、ECCMのアルゴリズム変更! 強度最大! 効果率出ません! 電子戦力比不明!!』

『データリンクは維持してアクティブ走査は全て停止して!』

『アクティブセンサーカット! …………戦術データリンクに異常! 異常な値が出ています! ジャミングです!!』

『侵入迎撃プロトコル展開中! データリンク速度低下!!』


「パッシブに限定して通信制限をかける旨全艦隊に通達。状況には各艦で対応させよ」


 次に、サーヴィランスをはじめ全艦のセンサーが滅茶苦茶な情報を表示し出した。半数まで減らしたはずのメナス群が突如、10倍の数に膨れ上がる。

 無論、ワープでもしてこない限りそれほどの数が湧いて出るはずもない。センサーを誤魔化す欺瞞情報であるのは簡単な推測だ。

 どれだけ事前走査スキャンしても発見できなかったオリュンポスを、センサーから隠していたのも同様と考えられる。


「こっちのマレブランスは電子戦機か……」


 ギリギリと歯を鳴らし、赤毛の顔も苦り切っていた。


 能動的走査アクティブスキャンがニセ情報を差し込まれ役に立たなくなった為、定石セオリーに基づき受動的走査パッシブスキャンに限っての戦況把握センシングとなる。

 これだけでもリアルタイムでの情報精度は著しく低下。攻防共に艦隊の能力は大きく下がる事に。メナス群と殴り合いをしている最中には、致命的だ。

 しかも艦隊連携を取る情報同期データリンクに、暗号通信プロトコルにまで妨害を受けていた。これにより戦術的艦隊運動も鈍くなる。


 戦闘中の電子妨害ECM対電子妨害ECCMといった電子戦闘は当たり前に行われており、これの備えは当然ながら万全に行われてきた。

 電子戦機のマレブランスは、これを一気に貫通してきた事になる。


「チッ……限界だな」


 チンピラみたいな表情で、赤毛の美少女は舌打ちした。


 ここまでの流れを全て狙ってやったのなら、メナスは大した戦術家である。

 戦力の温存と集中、序盤からの揺さぶり、制限時間を切るような衛星落下の工作、惑星防衛兵器の隠匿と利用、マレブランスを伏兵に使い、トドメは頭抜けて高度な電子戦能力。

 圧倒的多数による蹂躙、というメナスの基本戦法におもねらない、随時に効果的な人類艦隊への急所を狙う攻撃。

 心理的、戦術的に艦隊はガタガタだ。メナスは王手チェックをかけに来ている。


「ブリッジの切り離し準備。アイランドの離脱と同時に『ベルセルク』発動。全艦隊後退機動。殿しんがりは予定通り本艦、イージス級、ハルバード級が担当する。グラディウス、ファルシオン、ナグルファルは友軍の救援。後方艦隊へ撤退支援を要請。以降スカイフォールに指揮を任せる。

 ……あっちが頑張ってるのに、こっちが先に崩れるとはね」


「損害は大きくなりましたが、星系のメナスの規模は測れました。もはやメナスが未知の脅威でなくなったのは、大きいかと」


「連邦軍は再起不能だろうな……。次は何年後になるやらだ、まったく」


 今回のサンクチュアリ解放戦、準備を大分焦ったのは事実である。

 だがそれも、時間の経過が状況の改善を意味しない故の強行であった。

 連邦は時を追うごとに衰退し分断を続け、銀河の文明圏全域が引き摺られる事により、星系国家の規模によっては体制の維持すら難しくなっている。


 逆に、今回の件でサンクチュアリに巣食うメナスは数を増す可能性が高い。


 再度戦力を集めるのも、非常に難しいだろう。

 唯理の面目も丸潰れで、次の解放作戦を主導するのは10年は先になると思われる。

 それでも、今回はもはや勝負をかける機会も無く、損害を押さえる為に撤退する他なかった。


『星系外縁部に重力異常感知! ワープアウト反応!!』


 かと思えば、ノンストップな戦況でまたオペレーターが報告して来る。

 オペ娘さんが悪いワケではないが、いい加減にしてほしいというのが赤毛の敗戦の将の本音だった。


「後方艦隊の方!?」


『いえ、星系基準点200度方面。後方艦隊とは距離があります!』


『ECM環境強くデータ解析は困難です! 質量から艦隊規模のワープアウトと推定!!』


「星系外からの増援でしょうか……?」


「いまさら関係ないね……! 正面の迎撃は本艦をぶつけてやればいい。ヘリオスは新手を警戒! 他は撤退を開始! ブラッディ・トループはマレブランスの迎撃に集中させろ!

 あとわたしの機体はいつでも出られるな!?」


 メナスの応援と思われる戦力が星系の外にワープしてきたが、逃げ支度をしている赤毛の司令には、それほど重要ではない話。

 戦争において、撤退時は最も危険な瞬間だ。無防備に背中を向けて撃たれ放題になるワケにもいかないのである。

 よって唯理は負け戦の中でも忙しい。この瞬間にもメナスからは荷電粒子弾や広域掃射の過電粒子流が艦隊に叩き込まれている。

 唯理自身も、最後はマレブランスの抑えに自ら出るつもりだった。


『不明艦隊のIFF確認しました! 皇国宇宙軍近衛艦隊第1艦隊、及び旗艦「ヴァイシュラ門」!!』


「はあ!?」


 だというのに、本当に戦場というのは予想もしないことが猛スピードで起こるモノだなぁと。

 分かり切っていたことを再認識する赤毛の元軍属である。


「この盤面で皇国ですか……。彼らの介入はあらゆるケースで想定外、しかも皇国本星系を離れるはずのない、『近衛艦隊』とは」


「近衛は『央州』の外には絶対に出ないはずでしょ? こんなところにこのタイミングで何しに来た??」


『星系外縁部にワープアウトと思われる新たな重力異常!』


「今度はなんだ!?」


 自国領域に引き籠って出て来ないはずの皇国艦隊の出現は、フロストの言う通り全くもって想定外。死ぬほど忙しい状況だが、そちらに気を取られて唯理も思わず目を丸くする。

 更に、畳みかけるように新たな反応が出たという報告が。

 今度はメナスか、それとも皇国の別動隊かと、キャパ限界近い赤毛がヒートアップしていた。


『艦隊規模の質量を確認!』

『IFFシグナル確認しました! 共和国所属PFO「キングダム」船団! 旗艦「フォルテッツァ」です!!』


 そして唯理は、この作戦開始以来はじめて青くなった。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・エイコーン陣形

 艦隊正面にやや先鋭する円筒形の陣形。エイコーンとはドングリの意味。

 全方位に対して艦隊の戦力を均等に配置した陣形となる。

 対して、正面火力は限定的といえる防御主体時の体制。


・アグレッサー

 軍事演習において想定敵の役割を担う部隊の呼称。

 戦闘技術はもとより、自軍、または他国軍の最新兵器と技術に精通しなければならないという性質上、最優秀のオペレーターが配置されるのが普通。

 



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