188G.ヴィジブルマイン ステップオンショーダウン
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天の川銀河、ノーマ・
サンクチュアリ星系中央域、第5惑星オルテルム衛星軌道。
センチネル艦隊旗艦サーヴィランス
艦橋正面や艦長席のホログラム画面には、謎の宇宙船と共に現れたエイム3機とメナス群の戦闘が映し出されていた。
10万もの
艦橋内は多くの者が、一時的に戦場を忘れ声も出なかった。
メナスは末端のトルーパー型ですら、人類の戦闘艦と機動兵器の戦闘群を殲滅しかねない脅威だ。
それを逆に、僅か3機で蹴散らすとは。理解できない状況である。
「これ…………もしかして『波動』か?」
片眉を上げる赤毛の艦隊司令、
「サイトスキャフォードのマレブランスは『オメガ1』と
『了解しました』
「マレブランスはニュークの三機が交戦に入るようです。あちらはひとまず静観してよろしいかと」
ざわつく艦橋の中でも流されず冷静に、戦闘指揮を継続する副官の鏡、ジャック・フロスト。赤毛の上官の
副官から進言を受けた唯理はというと、すぐには返事が出来ない状況だった。
衛星を直下の惑星に落として人類側の動揺を誘うマレブランスを抑えてくれる、と能天気に考えることはできないだろう。
尋常ではない攻撃能力を持つ3機のエイムは味方と断定できず、また強く心に引っ掛かる何かも感じる。
口から『波動』という単語は零れ出たものの、自身それが何だったかよく思い出せないという事もあった。
「…………ニューク1から3、ニューク1Cから3Cまでへの呼びかけは続けろ。こっちにまで火の粉が飛ばないか警戒しておけ。
今の彼我戦力差どうなってる!?」
『メナス群撃沈数が約800万! こちら側の損害は90万隻以上が中破判定! 50万隻が大破以上の判定です!!』
どうにも分からないことが多かったが、結局は戦闘に勝利しなくては何も始まらず、今はフロストの言う通りサイトスキャフォード衛星宙域の戦闘は脇に置くとする。
赤毛の司令は
「そろそろこっちもしんどくなってきたな」
「損失割合では有利に推移していますが、まだ流れは判りませんか。マレブランスの動きによっては、一気に崩れる恐れも否定できません」
「だからさっきは私が出ようと思ったんだけど……まぁいいやそれは。
各前衛艦隊は予備戦力を使い体勢を立て直せ! 制圧火力は絶対に薄くするな! 迎撃及び直掩との連携を厳に!!」
考えてもイレギュラーな事態の裏など知り様もないので、赤毛の艦隊司令は確実にこなせる処理を優先して指示。
今は、
とはいえ損害も確実に増え続けていた。
どうにか戦線を維持しているが、一瞬も気が抜けないギリギリの盤面が続いている。
マレブランスの出現から正体不明のエイム3機がぶつかっている経緯は意味不明だが、ここで戦局を決定付けたいところだった。
『え……? お、オルテルム地表面に高熱源反応!』
「今度はなんじゃい!?」
だというのに、
一瞬、艦隊司令としての品性を忘れる赤毛である。
『地表面にレーザー砲らしき物体を確認!これは――――!?』
『地表方向からキネティック弾の飛来を確認しました! 約15000! レフトフリートとの接触まで240秒!!』
『連邦艦隊のエイムを確認! 地表側から急速接近! 数5000から増加中!
更に、想定外の方向から攻撃が来る、という警告が次々に上がった。
出所は全て、艦隊の真下にある連邦中央本星『オルテルム』の内部からだ。
「イージスクラス及びシールド艦は全てエネルギーシールド展開! パーティクルジャマー展張! 下方に向けられる火器は全て迎撃に使え! 遊撃ユニットも全て出して前衛の穴を塞げ!!」
「『オリュンポス』……メナス側が利用する可能性はありましたが、地上で運用するとは」
疑問を差し挟む前に、艦隊司令が最速で命令を発する。指揮官の最も大事なお仕事だ。
司令が忙しいので、その内心はフロストが代弁した。
『オリュンポス』星系防衛システム群。
オルテルムを外敵から守る、8基の人工衛星兵器による最終防衛ライン。
中央星系陥落以降その動向は不明とされていたが、メナスに乗っ取られて障害となる可能性は、作戦立案段階で十分に考慮されていた。
しかし、惑星に落とされた可能性含めどれだけ探しても見つからなかったので、警戒対象から省いていたのだ。
「それがどうして思いっきり近場の地表面にあるのかな!?」
「作戦開始までオルテルムは監視対象でした。あの巨大な物体が監視を潜り抜けて移動したとは考え辛い……。
となると、メナスの星系侵攻の時点で落とされて、今まで隠されていたと考えるべきでしょう」
「オルテルムを後方から来るメナスの盾にしようと思ったら、我々は誘い込まれた…………んなワケないなぁ!?
この流れはメナスにも想定外だったはず。こっちの悪い方に振れたんだべらんめぇドチクショウが!!」
余裕を使い切った赤毛だが、最後の方は小声で言うくらいの分別は残していた。無論、傷面の副官は聞こえないフリを続けた。
戦場では運を当てにしない。最悪の状況を想定して作戦を立てる。だが不確定要素を排除できないのもまた事実だ。
想定外の状況においては、それまでに積み重ねてきた全てが、その者の対応能力を決める。
『アルファ01群が軌道変更します! 第6惑星の軌道上に再突入!!』
そして、対応力を試されるのは唯理だけではなかった。
オルテルムを取り巻くメナス群の
人類側の艦隊が股間を蹴り上げられているこの好機を逃してヨソに行こうというのなら、心当たりはひとつしかない。
「後方艦隊に警告! 迎撃態勢を取らせろ! メナスがそっちに行くぞ!!」
「後方艦隊は実質的に戦力となるのが『アトランティス』のみですが?」
「こっちから戦力を回したら連邦艦隊の方が崩れかねない……。
100万程度あっちは自力でどうにかする! ハルベルヘルドにこっちはこのまま攻撃を続けると念押せ! ベルセルクはいつでも使えるようにしておけ!!」
ここまでメナスが搦手で来るとは思わなかったので、赤毛はとっくにブチギレだ。
一方で、冷静な武人としての頭は、優先事項を違えず指揮を執り続ける。
フロストが言うように、星系外で待機させている後方艦隊の主力は、環境播種防衛艦ヴィーンゴールヴ級『アトランティス』ただ一隻だった。
艦長を任せて来た
それに、こんな状況が来るやも、と予想して備えもさせて来た。学園の騎乗部を立ち上げたのも、この時の為と言ってよい。
だが感情は別。
助けに行きたいから身体ふたつにならんかな、と。
なったらなったでふたつじゃ足らんか。
この鉄火場で、唯理は本気でそんな冗談のような願いを抱えずにはいられなかった。
◇
本作戦、サンクチュアリ
追い討ちに、敵集団が後方艦隊に向かっているというサーヴィランスの艦隊本部からの通告を受け、すぐにそれどころではなくなる。
非常事態警報発令だ。
「全艦戦闘配置! 全艦に防御陣形を取らせろ!!」
「ヒーティングは何をしていた!?
「今すぐ艦隊を呼び戻せ! 撤退するのだ!!」
すぐさまパニックになる連邦艦隊士官が、口々に勝手な命令を出していた。
もっとも、艦隊司令部内のオペレーターは、誰の命令を最優先するべきかを明確に理解していたが。
後方の司令部に残されたのが、前線の旗艦ハルベルヘルドに送られなかった人材、という事もあった。
「作戦艦隊は動かん。向この戦線が崩壊すればサンクチュアリを奪還する機会は二度と来ないだろう。
敵は少数だ。当初の予定通りこちらで対応する」
「し、『少数』とは仰いますが閣下……! こちら側に来るメナス艦隊は100万近く! 星系艦隊の10倍の規模です! 戦力比で見ればそれ以上の――――!!」
「アトランティスはどうか」
『全火器起動、攻撃態勢です! 戦術データリンクの要請確認しました! エマー4発令!!』
『センチネル艦隊は戦闘配置へ移行中。戦闘ユニットは順次グリーンシグナル送信』
『エイム部隊が防衛ラインに上がります!』
うろたえる初老の高級士官のセリフを、白髪のゴルディア人中将は無視。流石の貫禄。
現実を直視し必要な手段を講じられない者が、連邦軍宇宙艦隊という銀河で最も巨大な軍事組織で将官の地位に至れるはずもないのだ。
センチネル艦隊、そして後方艦隊の要となる全長50キロメートルの超巨大戦闘艦アトランティスが動き出しているのを確認すると、この後方連邦艦隊の部隊指揮官として命令を下す。
「我らが揺れればオルテルムの艦隊にも動揺が伝播する。好機だ、メナスは戦力を分散させた。こちらで100万を駆逐し作戦艦隊を援護する」
冷静沈着、僅かにも感情の動きを見せずに、毅然として構える司令。
実際のところ、それなりに焦りはあったりする。
だが、本人の言う通り連邦中央の奪還の為、それに連邦艦隊を総崩れにさせない為、ここは強気を見せるしかないと考えていた。
◇
サンクチュアリ星系外縁で待機中のセンチネル艦隊アトランティスと連邦艦隊は、メナスの接近を受けて総力戦の構えに入る。
学園都市船『エヴァンジェイル』もまた、出し惜しみ無しで防衛戦力を総動員しようとしていた。
動揺も大きかったが。
『メナスはこっちにまで来ないんじゃなかったのか!?』
『可能性の話です。最初から、後方で待機している船団にもメナスの攻撃はあり得る、と想定されていたでしょう。
『急げ急げ急げ! 競技会じゃない実戦だぞ!!』
『ま、まま、まさかホントにメナスとやり合えとか言わないよな!?』
どれだけ事前の想定の内とはいえ、相手は人類の仇敵『メナス』である。
それと戦闘になると知れば、兵士でもない一般人が浮足立つのは当然の事ではあった。
それでも、センチネル艦隊の存在意義、それにここまで同行してきた事の意味を、後方艦隊の一般船員たちも理解している。
後方の護衛に付いていた少数の軍艦の艦載機、
最前線のオルテルム側とは異なり、軍用として統一されてはいない多種多様なエイムが防衛線を展開する。
その中には、巨大なタマゴ型コロニー船内、聖エヴァンジェイル学園の女子生徒による警備部隊、『騎兵隊』も含まれていた。
◇
圧倒的多数のメナス群が搦め手に終始し、数に劣る人類艦隊がそれに振り回されながら大火力で徹底抗戦するという、前代未聞なサンクチュアリ
そのメナスの一手、主衛星『サイトスキャフォード』落しの戦場では、これまた尋常ではない戦闘が展開されていた。
いかなる
それが、メナス
それだけでも想像を絶する戦闘力であるが、交戦するメナスの中には単機で星系ひとつを壊滅させ得る最上位存在、『マレブランス』までもが含まれていた。
白い
脚部に備えた可動式ブースターが袴にも見える。
その後ろに背負ってた得物は、既に抜き放っていた。
「ぼちぼち死んでおけやぁあああ!」
オペレーターの激しい気性に似合わず、エイムの構えは堂に入ったモノだった。
脇に構え、瞬きする間で水平に打ち放つ銀の一閃。
それは、
刀身長7メートル30センチ。鈍く白む、反りの小さな片刃の剣。
平たい胸部のメナス
どこかの赤毛が使っているような、時代錯誤の
しかしそれは、ありとあらゆる存在に抗う事さえ許さない傲慢な意思そのものを形にした刃である。
切断され、死に絶えること以外を認めない。
それが、『12天使』と呼ばれるひとり、『シュレッド』の持つ世界を侵す権能、
またこれを拒絶できるのも、同じ
「うざったい! その頭おかしくなる音やめろ!!」
天の川銀河の全知生体の脅威、メナス。
メナスの頂点に立つ12個体、マレブランス。
マレブランスの一体、『カルコブリーナ』。
それは、生物的機械とでも言うべきメナスに共通する特徴を備えた、女らしいシルエットのメナスだった。
生身の曲線を模した
両腕部は長い刃と短い刃によるハサミに似た構造になっており、背には左右4対、大きさの異なるうろこ状の安定翼が突き出ていた。
そして顔はというと、左右対称な幾何学模様の溝が走るのみとなっている。
無表情な面にも、ある種の蟲にも見える模様は、そこから発する光を忙しなく明滅させていた。
それと同期するように、空気の無い真空宙を、伝わるはずの無い音が伝わってくる。
マレブランス、カルコブリーナの、
白いマットなエイムの斬撃は、カルコブリーナの腕のハサミには止められてしまった。
あらゆる対象を切断するルールを無効化する、数少ない例外。
そんな相性最悪の相手と出くわす事になり、元々短気な12天使のひとり、シュレッドもキレ気味だ。
他方、同行してきた他二名は順調に戦闘を継続中である。
雪崩を打って来る
その落下していたはずの衛星は、今は逆に本星オルテルムからは遠ざかりつつあった。
衛星を押していた推進力、数万のメナスが壊滅した為だ。
加えて、巨腕のエイムが下から押し上げていた為である。
「シルちゃん重いー! もっと上向きに引っ張り上げてー」
『こちらは雑兵の掃除もやっているのですが? そもそもレングスのエフェクトは抑える事はできても押し返すのには向いてないのでしょうが……。まぁいいです、やります』
円周約5000キロメートルの衛星に対して、全長15メートル弱のエイムなど豆粒以下だった。
そのようなスケール差を完全に無視して、巨腕のエイムは衛星の落下を力尽くで喰い止めている。
巨腕エイムをメナス端末機が襲うが、エイムの方は全身に装備する小型レールガンタレットを発砲。
小口径の弾体であるにもかかわらず、触れたメナスを木っ端微塵に粉砕する。
また同時に、剣を両腕に持つ軽装エイムが不可視の
更に、仲間を手伝い衛星を本星とは逆側に引き上げるという、桁外れの
とはいえ、
『シュレッド、軌道に戻す前にカルコブリーナが妨害に入れば衛星は再度落下をはじめます。大丈夫なのでしょうね?』
『うるせぇな今やってる!!』
刀持ちの白いエイムと斬り結ぶ赤紫のマレブランス。
一撃必殺の一太刀は、カルコブリーナだけには通じていなかった。
シュレッドと呼ばれる鉛色の髪の女は、自らの技だけで最上位の敵と戦う。
一方でカルコブリーナは
天使3人の優位は長くはもたない。それは当人たちも分かっているのだ。
それでも、半分はマレブランスへの恨みの為、もう半分は自らの存在意義の為、人知を超えた戦場で戦い続ける。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・本部(艦隊本部)
全艦隊の作戦指揮を執り全体に命令を下す最高機関。
基本的にどれほど小さな戦闘集団にも存在し、通常はその集団の最上位者と補佐である幕僚から成る。
サンクチュアリ解放作戦艦隊の場合、センチネル艦隊旗艦サーヴィランスの艦隊司令と
本作戦中、連邦艦隊司令部は指揮権を持たない。
・
人類を攻撃する異形の自律兵器群メナスの一種。
細身の胴体に長い手足、背面に長砲身の荷電粒子砲を装備する。
ほぼ真四角の頭部センサーも特徴。
砲撃に特化する機種だが、単独狙撃、前線の支援、敵陣への侵攻と、活動領域を選ばない。
・
人類を攻撃する異形の自律兵器群メナスの一種。
節くれ荒削りなままの分厚い金属板を重ね合わせたような装甲を全体に纏う。
前傾気味の姿勢で、前腕部だけが長く鋭くなった近接特化の機種。
全体的に分厚いが、関節部などはスマートになっており運動性は高い。
口腔内部に荷電粒子砲、指の先端に斥力制御機構を内蔵している。
・
人類を攻撃する異形の自律兵器群メナスの一種。
太ましい胸部と肩回りに対して、胴、腕部、脚部は節足動物のように細い形状。軽量高機動機。
肘部分から湾曲する鋭利なビームコーティング式ブレードを伸ばしており、振るわれれば防御はほぼ不可能。他、掌部に小口径荷電粒子砲を内蔵。
頭部は中央にメインセンサー、その上下にスリット型センサーアレイを備えており、近距離でのセンサー精度が高い。
・
人類を攻撃する異形の自律兵器群メナスの一種。
多数の金属板材をヒト型に曲げて組み合わせたような形状の機体。内部の
メナスにあって攻撃性は低く、また単独で活発に動くような性質も無い為、その構造などと併せて他のメナスの防壁となるべく簡易に製造された機種であると推測される。
常に強力なエネルギーシールドを発生させており、エイムが近付くと
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