175G.エピックの緞帳上げるデスティニーホイールギア

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 天の川銀河、ペルシス流域ライン、ジオーネ星系グループ

 第15惑星ジオーネG15M:I軌道上プラットホーム近傍宙域。


「あーはははは! 大慌てじゃんかあの船! 休む暇とか与えるなよどんどん撃てぇ!!!」


 テンペスタ親衛艦隊の中央に位置する、腹が大きく膨らんだ戦闘艦。

 旗艦『カイザーテンペスター』艦橋ブリッジ

 他の艦橋要員ブリッジクルーが冷静に仕事を続けている中、ひとり騒がしいのは痩せっぽっちのふた山ヘア、テンペスタ国主のヨーンである。


 正面モニターには、四方八方から集中砲火を受ける重装甲艦の姿が映っていた。

 テンペスタ国親衛隊艦隊と、プラットホームに避難していた無数の船に紛れ込んでいた正体不明の艦隊。

 全方向から一方的に攻撃を受け、棒立ちなまま対処し切れず右往左往しているように見える。


「降伏勧告でもしてやるかぁ!? 船を穴だらけされたくなければ無条件で降伏しろってなぁ! その後であのオンナの見ている前で船を粉々にしてやろうか! どんな情けないツラするかなぁヒヒヒヒヒ!!!」


 既に勝利を確信し、その後の妄想に浸る国主。

 だが、無言のまま答えない単眼巨漢の親衛隊総長、フランシス・キューミロウ・サンダーランドは、全く楽観はしていなかった。

 センチネル艦隊の旗艦アルケドアティスは、1300隻の攻撃を受け続けながら、未だにエネルギーシールドさえ破れていないのである。

 現在の宇宙船とは隔絶した、恐るべき性能は依然健在だ。しかも、応射でさえ手加減されている節があった。


 それに、親衛隊はただレーザー砲を撃ち続けているだけだ。

 アルケドアティスを追い詰めているのは、どういうワケか横から襲い掛かってきた所属不明の艦隊である。

 共通の敵を前にたまたま共闘しているような状況だったが、味方だなどと判断する材料はひとつもなかった。


「よく働くじゃないかあの連中は! よし、うまくあの船とオンナを抑えるることが出来たらテンペスタの正規軍に加えてやろうじゃないか!

 軍の裏切者と入れ替えて地下都市の警備をやらせてやれば、喜んでボクの為に働くだろうよ!!」


 にもかかわらず、国主は根拠なく味方だと信じて疑わなかったが。

 いまさらこの国主がどうなろうと、親衛隊長にはどうでもいいことだ。

 不安なのは、ただひとつ。

 自分が死ぬのは、愚かな国主に仕え続けていた責任を取るだけのことである。

 しかし、部下まで皆殺しの目に遭わせるワケにはいかないだろう。


 フランシス・キューミロウ・サンダーランドには、重装甲艦と赤毛の司令が今にも咆哮を上げんと地に伏せているようにしか見えず、


『司令、プラットホーム内の人員が全て退避完了。船外・・に残っている者は、ゼロです』


「了解した。アティ、クレイモアの全システムを起動。敵性艦とヒト型機動兵器に一斉射。でもは外せよ」


『マスターコマンダーの命令を確認。メインフレーム起動、航法管制、火器管制FCS射撃指揮装置イルミネーター、主機メタロジカルフィードバックジェネレーター及びネザーコントロールシステム、艦内制御、通常モードへ移行。戦闘モードへ移行。

 クレイモアクラス50,313番艦、起動します。全システム正常グリーン

 アルケドアティスの敵味方識別IFF情報に同期データリンク

 全目標捕捉ターゲットマーク、照準補正マイナス80ポイント。攻撃スタンバイ』


「撃っていい」


 ジオーネG15M:I軌道上プラットホームが内側から大爆発を起こした。

 仕掛けられた爆発物によるもの、ではない。青く輝く特殊光学兵器による砲撃である。

 次にそのレーザー砲は、周辺宙域を取り囲むテンペスタの親衛隊艦隊と不明勢力の艦隊へ向けられた。


 爆炎とデブリにけぶる内側から、とんでもない数の光線が放たれる。

 その一斉射だけで、ほぼ全ての戦闘艦艇とヒト型機動兵器が薙ぎ払われ、親衛隊と不明勢力の艦隊は大混乱に陥っていた。


『後退だ! 後退! 後退! 全速後退! リバースブースター最大!!』

『右舷ブロック消滅!』

『どこがやられた!? 右舷のどこだ!!?』

『だから右舷です! 右舷全て! 本艦は右舷全てを喪失!!』

『リーンスキーナーが回頭中! 近過ぎる! 衝突警報出せ!!』

『何をやっているんだ! ぶつかる! アップトリム! 急速上昇!!』

『後方にシャイタンクロス! 減速しろぶつかるぞ!!』

『オドイーターが進路上に侵入! 進路が重なります! 急減速! リバース! リバース!!』

『逃げろ逃げろ! 次はやられるぞぉ!!』

『なんだ今の砲撃!? 星系艦隊でも隠れてたのか!!?』

『エンジン消滅! ジェネレーターまで消えてる!? 本艦は自走不能だ!!』


 巨大な艦体の各所に敷き詰められた、膨大な数の搭載兵器。

 装甲下内蔵アレイ群、1メートル口径レーザー副砲630セル

 装甲下内蔵アレイ群、3.5メートル口径レーザー主砲110セル

 通常砲塔型、9.9メートル口径特装砲8門。

 その他、C.I.W.Sシーウスレールガン迎撃システム、VLSミサイル垂直発射システム。

 これらによる全方位射撃。


 純粋な戦闘艦の大火力は、強襲揚陸艦とは比較にならない。

 センサーが封じられていても全く問題にならない、桁外れの攻撃能力だ。

 ECM環境下によりろくに狙えないので、逆に直撃させないようにするのも難しくなっていたのが敵の不幸である。


 シールドを吹き飛ばされた船は、いずれもが大損害を被り中破から大破の状態だった。

 指揮命令系統と統制も一緒に吹き飛ばされ、慌てて逃げ出そうとし船同士で激突している。

 プラットホームと僅か7艦を包囲していると思いきや、実際には1300艦を逆に押し潰すような砲撃圏の只中にいると知れば、当然の反応だ。


 そして、プラットホームの残骸を押し退け、その超大型戦闘艦が姿を現した。

 全長10キロ、固定型シールド発生ブレードを艦体の縁に沿って上下左右と斜めに広げており、全幅は1.3キロになる。

 艦本体は縦に長く、全高500メートル。扁平な艦首の下部には、左右を装甲に挟まれた特大の砲口のようなモノが覗いていた。

 艦後方のブロックには、出鱈目に巨大なエンジンノズルと独立した艦橋構造体アイランドを備えている。

 キングダム船団旗艦の『フォルテッツァ』とはまた異なる意匠だ。


 ダークホワイトの、翼を携えた長砲身ライフルが如き船。

 戦闘旗艦クレイモアクラス、50,313番艦。


 100億隻のフォースフレーム艦隊フリートにあって十万隻しか存在しない、艦隊を率いる船。

 かつて人類存亡の危機に最前線で戦い、傷つき倒れた後に長い時を経てとしての存在に生まれ変わった、歴戦の戦艦である。


「……なんだアレ? チートだろうが」


 一射でボロボロになった旗艦の中で、ふた山ヘアも崩れた国主が呆然としていた。

 単眼巨漢の親衛隊長は、運命の時が来たのを理解し目を伏せていた。


 唯理がジオーネ星系に来たのは、本来はこの船を回収する為だった。

 まさか違法改造プラットホームの中心材に使われているとは思わず、一時はそれも断念したのだが。

 こういう時勢なのでこっそりクレイモアに火を入れ待機状態にしておいたが、結果としてこういう事になったのは、赤毛娘としても非常に遺憾である。


「ったくアレだけ悩んだのは全部無駄か…………。

 クレイモア前進! フロストは全ての敵性艦に再度警告。次は銀河最強の戦艦が無差別攻撃をお見舞いしてやる」


『了解しました司令』


 刺々しい外装の敵エイムを雑に蹴飛ばし、唯理のエイムSプロミネンスMk.53改がアサルトライフルを前方へ向け振り下ろす。

 それに応えるようにして、すぐ横を雄大に進んでいく超大型宇宙戦艦。

 戦場の王の行進に、刃を向けようという者は皆無だった。


 他方、


「そういう事だったのね……。いずれ船を引っ張り出すとは思ったけど、最初からここにあったと……」


 遠巻きに巨大戦艦とそれを伴うエイムを眺め、自分の存在を隠し陰に潜んでやり過ごそうという者たちがいた。


「今回は退きましょう。私も少し焦り過ぎました。それに、彼女のことを少し侮ってもいた」


 プラットホームの無数の宇宙船に混じり潜んでいた所属不明の艦隊勢力。それを指揮しながらも、距離を置き宇宙の暗闇に同化している、複数の宇宙船隊。

 水上艦と同様に上下が明確な形状をしており、艦首は片刃の剣のように鋭く歪曲している。

 ぬめる紫のツヤを帯びる、黒い艦体。

 三大国ビッグ3に膝を屈せず、しかし正面からは事を構えず、銀河外縁のダークゾーンを縄張りとする非合法組織。


 ブラックスター海賊艦隊である。


「貴女は彼女の下に戻りなさい。帰ってきてもらうのは、もう少し後になりますね。

 今後、彼女は本格的にあの船を集結させるでしょう。銀河に住む全ての人々の為、にね…………。

 その時には、働いてもらいますよ、エリィ」


「はい、お母様」


 アトラーズ・流域ラインの女帝、と呼ばれる母の命令に、縦ロール海賊少女のエリザベートは抑揚なく応えていた。


                ◇


 全長10キロもの超高性能戦闘艦、クレイモア級。

 全長770メートルの強襲揚陸艦、フランシスカ級アルケドアティス。

 実質的にこの2艦の攻撃により、テンペスタ親衛隊艦隊は完全に降伏した。

 正体不明の艦隊は、クレイモア級の一斉射の直後、脇目も振らず逃げ出している。

 引き際の良さといい最後までして・・やられた思いの赤毛だったが、追撃する気は起きなかった。

 そんな暇なかった為だ。


 まずは、プラットホームが消滅した件についてである。


「まぁどうせこのご時世じゃ、こんな辺鄙な星系のプラットホームなんて長くはもたなかっただろうがねぇ。建物自体がいい加減限界だったし。

 早晩メナスか、よく分からんデカいエイムか海賊かにやられてたんじゃないかね。ま良い機会じゃないのかな?

 さてこれからどうしたもんか」


「そういう事なら組合長、艦隊旗艦のデッキチーフをやっていただけませんか。

 なにせ大きな船ですし、艦隊規模相応に外との出入りも多くなりますから、現場を取り仕切る経験者が必要になります」


 知る人ぞ知る穴場的ジオーネ星系外縁プラットホームは、不慮の事故により営業を終了してしまった。

 元々、星系の統治機構が消滅し、管轄もよく分からないまま運営されていた違法改造プラットホーム。

 先は見えていたとはいえ、それでもここで生活してた住民も利用していた人々もいたのだ。

 問答無用で攻撃してきたのはテンペスタの親衛隊と所属不明の艦隊とはいえ、赤毛の艦隊司令も半分くらいは責任があると思っていた。


 そこで、港湾労働者組合の組合員は、そのままクレイモア級の乗員として採用する運びになった。

 どうせプラットホームは消滅したし、当然ながら再建の予定なんか無い。いつまたメナスか何かに襲われないとも限らないが、自力で防衛する戦力も無い。

 それよりは、知らなかったとはいえプラットホームの一部だった宇宙船に住み込む方が、まだ感情的に受け入れやすいという話であった。

 組合長である気の良いグラサンハゲおやじ、デイブ・ザーバーをはじめ、組合員には今までの業務に近い仕事をしてもらう事になる。

 一応、唯理はクレイモア級をプラットホームの代わりにするかと提案したのだが、自分たちは作業員で船乗りではないとお断りされた。


 また、当時プラットホームを利用していた宇宙船とその乗員の大半は、当面はセンチネル艦隊に同行するようである。

 こちらも、別にジオーネ星系が最終目的地であったというワケでもない。安全な場所を求めて移動している間に、立ち寄ったに過ぎなかった。

 プラットホーム消滅という事で、赤毛の司令は艦隊の船をいくつか開放しており、環境はむしろ良くなるものと思われる。


 テンペスタ星系の親衛隊艦隊は、国主の強制送還に伴い解散という結論に至った。

 決定したのは、親衛隊総長の単眼巨漢、フランシス・キューミロウ・サンダーランドである。

 当然ワガママ国主は立場も弁えずに激昂するのだが、祖父、父の代から一族総出で義理は果たし終えた、と言い切る総長の判断は変わらなかった。

 テンペスタ新政府に引き渡された国主がどうなるかは、宇宙に揺蕩たゆたう偶然性の神と星系の住民のみぞ知る、というところ。

 親衛隊解散にあたっては隊員から多少の反対意見も上がったが、そういう少数の者は国主とテンペスタまで同行するという事だ。


 その他、親衛隊解散に反対はしないが、故郷であるテンペスタには戻るという者も。

 あるいは、テンペスタも親衛隊も忘れて、自分なりに新天地を探すという者もいた。


 そして、親衛隊総長以下10万人ほどが、センチネル艦隊に参加する意思を示した。

 潤沢な予算をかけて訓練を繰り返し、選抜されたエリート集団。

 総長に付いて行くという隊員は、センチネル艦隊の教導部隊として素人を艦隊の兵士に育て上げる役割を期待されている。


「本艦隊はこれよりマークホーン星系へ向かい訓練、演習、補給、装備更新を行う!

 諸君らも知っているように、我らの旗艦は非常に強力な戦闘艦である。

 だが事を成すのはあくまでもヒト、であり、協力無比な戦闘艦という道具を十全に活かせるかも諸君ら次第だというのを覚えておいてほしい。ヒトの乗ってない船なんてどれだけ高性能でも脆いからな。

 なお、我らがセンチネル艦隊の新たな旗艦は、以降『サーヴィランス』と呼称するものである。以上」


 艦隊内通信インカムで次の予定を伝えた赤毛の司令は、新たな艦橋ブリッジの中でクルリと振り返った。


 傷面の元傭兵部隊隊長であり、某王国の王家の血筋でもある艦隊管理責任者フリートマネージャー


 全身筋肉の大男で黒い剛毛と揉み上げがセクシーポイント、戦場職人アルチザンの機動部隊長。


 そして、教導部隊隊長にして今後ある役職に就くのが内定している単眼の巨漢。

 

 艦長席の左右には、センチネル艦隊を支える三本柱の揃い踏みだ。


「はじめるぞ」


 前髪を掴むようにしてかき上げ、およそ可憐な少女がしていい表情ではない、ギリッと凶暴な笑みを見せる赤毛の艦隊司令、ユーリ・ダーククラウドこと村瀬唯理。


「願ってもない事です、司令」


 いつも通りな様子だが、どこか満足そうなジャック・フロスト。


「面白くなってきやがった。なぁ!?」


 組んだ腕の中で大胸筋がパンプアップし、揉み上げの髪も逆立つ、ブラッド・ブレイズ。


「ご恩には必ず報います、司令。どうか艦隊の為、存分に我らの力をお使いください」


 小さく顔を伏せ、おごそかに言い最大限の敬意を示す、フランシス・キューミロウ・サンダーランドである。


 ここから、新たな叙事詩がはじまった。

 かつて地球から旅立ち人類を導いた船団、銀河の文明圏に高度な技術をもたらした高性能戦闘艦群、銀河の外からの侵攻に対して眠りから目覚めた剣の艦隊。

 これら銀河の人類史につづられてきた伝説、その最新エピソード。

 ある赤毛の少女の狂気に全銀河が追い立てられ、文明初期のような戦いの時代へ突入する一節である。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


C.I.W.Sシーウス

 近接防衛火器システムの略称。接近する脅威目標を先制して破壊することを目的とする防御兵器。

 21世紀の戦闘艦艇にも存在し、7連装回転砲身の20ミリ機関砲などが用いられている。


・VLS

 垂直発射システムの略称。ミサイル自体が軌道偏向能力を保持する為、砲塔などを必要とせず単に垂直に発射する機能を持った発射機となる。防御、隠蔽性を重視し、主に装甲下に格納される。

 21世紀の戦闘艦艇にも存在し、通常は単基ではなく数基から数十基を連ねて同時多数のミサイルを発射するなどの運用がなされる。


・デッキチーフ

 格納庫や艦載兵器の駐機エリアを取り仕切る責任者。

 スペースの限られる宇宙船内の積載物を把握する、戦闘艦の重要な部分を担う裏方でもある。

 地味ではあるが、艦長直属となる為に臨時で代理も務める事になり、地位は高い。


・偶然性の神

 極めて高度なセンサーやシミュレーターが存在する現在にあってもなお見通せない未来があるのを肌身で感じた人々が、それを擬神化して言い表したモノ。

 特定の宗教や神を指すものではなく、慣用句に近い単語。


・サーヴィランス

 本来は監視者を意味する単語。村瀬唯理の創設する艦隊組織の旗艦名として採用される。

 旗艦である為当然戦闘を主目的とするが、裏の目的は銀河の人類の監視であり、この名称とした。


・パンプアップ

 筋肉を動かした際に血液量が増えることで一時的に筋肉が太くなった状態。

 慣れた者は意図的に血流をコントロールし筋肉を膨らませて見せる。

 逆に赤毛の女子高生はボタンを飛ばさないよう血流を抑えていたが度々油断してうっかり飛ばしている。




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