169G.アップセットディレイド ベーシックスペシフィケーション

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 天の川銀河、ペルシス流域ライン、ジオーネ星系グループ

 第15惑星ジオーネG15M:I軌道上プラットホーム。


 ジオーネ星系外縁プラットホームを仕切る、港湾労働組合。

 その組合長の子供のひとり、末息子で現場主任のガルシアンは、エイムオペレーターの仕事に身が入っていなかった。

 運命の相手を見つけた為である。


「はー……もうめっちゃくちゃだな……。よくコレで機能してるなぁ。どこが気密区画かそうじゃないかとか分からんだろ、コレ」


 プラットホーム内の港湾区、荷揚げ場。

 そこは、つぎはぎ金属の床や天井、大小雑多なコンテナの積み上がる空間だった。

 その内部を、無数の作業員とヒト型重機、ヒト型作業機が無秩序に動き回っている。

 活気に溢れ、同時に極めて混沌とした場所だ。

 広大な容積があるのだが、物が多過ぎる上に常に流動しているので狭苦しくさえ感じた。

 赤毛の少女、村瀬唯理むらせゆいりは所用により、そんな所を訪れている。


「ハハハ、必要に応じて即席の密閉工事をするような事も日常茶飯事ですからね。

 逆に、中へ大荷物を通す為に内壁をブチ抜いたりして計算外の区画まで気密が失われる事もありますが、まぁここの住民は慣れたものですよ」


 隣で案内しているのは、中肉中背で爽やかな笑みの若い男。

 ガルシアンだ。

 元々一家の中でも長女と同じく二枚目に生まれたザーバー家の末っ子。

 異性にはそれなりにモテているし、可愛いどころとは何人も付き合った事があった。


 だが、つい最近船団を率いてやってきた赤毛の美少女は、過去に付き合ったどんな女性とも違っていたのだ。


「慣れてないと全く身動きできないなぁ、ここは……。

 それに保守システムの自動生成マップも無いんですよね? 保安上の理由で??」


「ええまぁ、単にズボラなだけかもしれませんね。何せ真空宙に近いエリアはしょっちゅう改造されるんで。ハハハお恥ずかしい」


 フッと、その赤毛娘に美貌を向けられ、ガルシアンは髪をかき上げバツが悪そうに苦笑する。

 実際、自分の実家が主導してやっている事とはいえ、大雑把な現場仕事を見られるのは恥ずかしかった。

 長女のキャシーは普段から『事故の元になるしその辺を是正しろ』とは言っていたのだが。

 とはいえ現場の意見としては、いつから存在するかすら分からないプラットホームには立ち入りすらできない区画も多数あり、都度やり方を考えるしかないのだ、と監督の兄(ドミニク)も言っていた。


 それはともかく赤毛の美少女である。

 目を見張る魅惑の容貌、環境EVRスーツで際立つ肉感的な肢体。特に主張の物凄い胸と尻。

 プラットホームに住む女性は多く、無重力内を泳ぐ作業員の姿などなんら珍しくはない。

 だが、赤毛の少女が同じことをやると、とても美しく洗練されて見えた。特に慣性により遅れて揺れる略。


 ガルシアンは、ひとりの少女にここまで入れ込んだのは初めての経験である。


「これだけゴタついていれば船もパクリやすい、と思われたか……。

 セキュリティシステムは当然動いていたんだろうけど、カナン、警備は?」


「……ふたり落とされて・・・・・・・・いたよ。経歴だけの素人じゃなさそうだね。病人ではあるようだが」


 赤毛の巨乳には、組合のお坊ちゃん以外にも同行者がいた。

 PFCスカーフェイスの副官、目付きの鋭い痩身のおばちゃん、カナンだ。

 ジャック・フロストの腹心だが、最近は唯理に付けられることが多くなっている。


 目の前に投影された画面には、厳しい顔付きの初老の男の姿があった。

 宇宙船を盗難しようとして捕まった人物であるらしい。

 表示ステータスによると、病気療養につきプラットホームの医療施設にて入院中とあった。

 最新の画像を見る限り、多少やつれた姿ではあるが、その顔から覇気は失せていない。体格もガッシリしたままだ。

 元軍人であり、メナス禍にある別星系から避難してきたという。

 とはいえ、納得して逃げ来たかは少々疑問だ。


「ウチで拘束してもよかったんだけど、まぁこのプラットホームを仕切っている港湾労働組合の面子もあるからねぇ。だから引き渡してきたが。

 来たばかりで警備に穴があったとはいえ、なかなかやるようだよ、このジイさん。大丈夫かね、ここの連中で」


「こっちも大半は艦隊に加わったばかりの素人だから、あんまりヨソ様のことは言えんね。 

 で、商材の船の警備は、メーカーの方でやってるんだっけ?」


「ああ、お抱えの護衛部隊も連れて来てるってさ」


 赤毛と怖いおばさんが荷揚げ場に来たのは、造船メーカーの持ってきた宇宙船を検分する為だった。

 新たに結成する艦隊には、相当数の戦闘艦を新たに入れる事になっている。何せ現在は民生用の船ばかりだ。

 そこで複数社から条件に合う艦艇を出させ、採用する船を選ぼう、とこのような予定を立てていた。


 肝心な宇宙船、シンプルな箱型軽巡洋艦は今まさに乗り逃げされるところだったが。


「ウチの商品がー!!?」


 渡船橋ボールディングブリッジ前でメーカーの営業が悲鳴を上げている。

 駆け付けようとして間に合わなかったらしく、倒れてすがるように手を伸ばす姿は恋人に捨てられそうな男の如し。

 艦内補助動力炉リアクターの放射能漏れ、という警報で総員が避難したものの、何かおかしいと思った時には後の祭りだったという。


 飛び去る宇宙船の周囲では、ブースターの噴射炎が飛び回っていた。

 造船メーカーの警護部隊と何者かのエイムが交戦中だ。


「いったいどうなってんだいここの警備はぁ!?」


「あのエイム……動きがいいな」


 一度ならず二度までも。繰り返される失態に、担当外とはいえカナンおばさんブチ切れ。

 赤毛の方は、単騎で警護部隊を翻弄するエイムに感心していた。


 だが、唯理にも全く無関係な事態でもなく、能天気に観戦気分でもいられない。


「使える戦闘用エイムはありませんか、ガルシアン主任。ちょっと応援に行こうと思うのですが」


「は? エイム、ですか? 戦闘用の??」


「お嬢!? アレならウチの連中をもう送ってるよ。アンタが出るとボスが心配するだろうが!」


「でもアレ生半可な腕じゃないよ? 騎兵隊かわたしじゃないと制圧は難しいと思うがね」


 戦えるエイムはないか、と問われ、つい目線を荷揚げ場の一画へ向けてしまう組合長の末っ子。

 すぐさまそちらへ歩き出す赤毛を追いながら、お目付役のおばさんが制止をかける。

 乗り逃げされそうな軽巡洋艦へは、既に追撃部隊を出しているとか。


 その部隊、スカーフェイスの実働部隊の腕前はよく知っているが、窃盗犯の一味と思しきエイムの方が手練てだれだろう、というのが赤毛の見立て。

 ちょっとビックリするほどである。


 荷揚げ場の片隅、作業用の舟や重機が置かれている中に、薄汚れたシートを被る大きなヒト型のシルエットがあった。

 床にくくり付けられたロープを解くきシートを引っ剥がすと、出てきたのは予想通りのエイムの姿。


 一見してカーキ色の作業機然とした外装、だが四肢の関節駆動系アクチィエイターや基礎フレームの厚さは明らかに戦闘型として組まれている。

 複数の光学レンズが目のように配置されている頭部センサータレット。装甲は最低限で、肩や関節部のみ。

 背面に装備する、排気口ノズルが上下左右と後ろに向いた推力固定型ブースター。これは換装機能無しの据付型だ。


 軍用として生産されながら、発注が取れず業務用の作業機として改装された不遇の機体。

 リフレキシブアームド・タイプX、である。


「よさそうですね。使える武器は?」


 止めてもダメそう、と額を抑えるカナン。上司の上司なのでタチが悪い。

 それに、困惑のまま話が進み、何も言えずにただ付いて来るしかないガルシアン。

 コクピットに飛び付く唯理は、狭く雑多な荷揚げ場内で難なくエイムを飛ばし、格納庫扉から宇宙空間へと滑り出た。


                ◇


 造船メーカーの用意した警護部隊のエイム6機、その母艦を兼ねる同メーカー製の駆逐艦2隻。

 しかし今は、駆逐艦はブースターを破壊され、艦橋ブリッジまで脅かされた為に退避。

 警護のエイムは半数が中破し、身動きが取れなくなっていた。


『敵は一機なのか? 並みのエイム乗りったって1対6で抑え切れなかったのか』

『敵機は博物館級のロートル。でも並みの動きじゃないよ。舐めてかかれない』

『あんな水準性能以下のエイムでよくやる。船の方は』

『動きはない。だがECMにも反応無し。リモートじゃない』

『船から警戒を外さず護衛のエイムを排除する。ミュアーは援護、アハト、メッツァー、続け』


 カナンの指示を受け、スカーフェイス実働部隊も事態収拾に動いていた。

 鎧騎士のような鈍色の外装をまとうエイム、ベイメンの6機が編隊を組み、盗難された軽巡洋艦を追撃中。

 事件発生からそう時間も経っておらず、間も無く交戦圏内に入る。

 盗難された船に付いているエイムも反応し、急速反転して真正面から突っ込んできた。


 スカーフェイスも歴戦の兵士たちである。

 真っ向勝負を挑まれたのも一度や二度ではなく、数で優位に立つとも油断せず一斉に散開。

 交差射撃の位置を取ると、敵機をバラバラにする勢いでレーザーを発振した。


 これに相手は、限りなく直進に近い螺旋軌道で構わず突撃する。


『これまた・・カミカゼってヤツ!?』

『引き撃ちで落とせ! 取り付かれる前に狙い撃てる! 他の機はフォロー!!』


 25G245m/s2を超える加速度に秒速30万メートルというレーザー兵器を装備するエイムの戦闘において、密着状態での交戦などという状況は基本的に想定されない。

 しかし、何度か交差距離クロスレンジでの戦闘を経験しているスカーフェイスは、迷わずこれに対応しようとしていた。


 ところが、十分な戦闘経験を持つエイム乗り達の対応力を、敵のエイムは上回ってくる。


 狙われたのは、ベイメンの女性オペレーター、ミドルの黒髪も凛々しい美人、メッツァーの機体エイムだ。

 被弾お構いなしで距離を詰めて来る敵機は、それでも40G392m/s2超えの高加速度と芯をとらえさせない最小の回避機動で、撃墜を免れている。

 鎧騎士のエイムは脚部ブースターを吹かし、飛び退くように全速後退。

 だが、6方向から赤い光線に外装を焼かれながらも、窃盗犯のエイムはメッツァー機に正面から激突した。


「なぁッ……くッ!? なにコイツ……!!?」

『離れろメッツァー!!』


 エネルギーシールドが接触し一瞬だけ反発する、直後、エイムの重量と慣性質量によりシールドが消える。

 激しく揺さぶられるコクピット内だが、更に強い慣性に振り回されるのをメッツァーは感じた。

 敵機に腕を取られ、振り回されていた為だ。


 隊長機、ランツから警告が飛ぶが、相手の腕を払うことができない。

 しかも敵のエイムは、メッツァー機と密着した状態で激しく回転しながらレーザーで応射してきた。

 これでは味方ごと撃っても直撃できるか怪しく、逆にスカーフェイスの部隊は乱射されるレーザーから逃げるほかない。


『クソッ……あんな撃ち方で! メッツァー、どうにか脱出しろ!!』

『やってる! ッ……! アクチュエイターをつっかえ棒みたいに固められてる!? パワーが乗らない!!』

『ヤバいランツこいつ……! お嬢と同じ人種タイプだ!!』

『ええいクソッ!最近はこんなヤツ・・・・・ばっかりか!』


 ここではじめて、ランツ達は敵機がどういう相手かに気付く事となった。

 兵士として敵を倒す、に留まらず、敵対する者を喰い殺すような凶暴極まる戦いをするモンスター。

 一方で垣間見えるのは、膨大な戦闘経験に裏打ちされた戦術とオペレーターとしての技術。

 エースとはまた異なる、単騎で盤面をくつがえしかねないルール無用の異分子である。


 そんな存在に比べれば、ランツ達スカーフェイスの部隊さえ、多少腕が良いという程度の戦闘集団になるが、


『ランツ、こっちは私が抑える。お前達は船を止めろ』


 なんの因果か現在のスカーフェイスは、同じ人種タイプの赤毛の猛獣に率いられていたのだ。


                ◇


 長時間の連続噴射に向かないブースターに悲鳴を上げさせ、半分作業機のようなエイムが戦闘宙域に突入してくる。

 足裏ブースターの出力が安定せず機体が勝手に回転するが、唯理はそれを修正せず、なるように任せていた。

 その回転から、振り回すようなレーザーの回避運動に繋げる作業機モドキ。


 激突しそうな軌道に、メッツァーを捕らえていたエイムが飛び退いていった。

 両機の間を超高速で突っ切っていく赤毛の作業機。メッツァー機はこのタイミングを逃さず離脱。

 間髪入れずに追撃に入ろうとするランツだったが、その時には赤毛も敵機も遠くなっていた。


 唯理は高速で蛇行しながら、時折機体をスピンさせ追撃してくるエイムへ発砲。

 武装は港湾労働者組合の備品である短連射ショートバーストライフルだ。威嚇ないし護身用である。

 短砲身に改造しており、射撃精度はほぼ捨てていた。


 散弾のようにバラける射線から、43G421.4m/s2に迫る加速で逃れるエイム。

 作業機故の限界か、赤毛の乗る機体では追い付けない。


はーやーい。流石骨董品とはいえ軍用の長期シリーズ。

 ロゼ、ブースターのリミッタ外して。踏み込んでから吐き出すまでこのエイム、もたつく・・・・


『それ借りもんじゃねぇのぉ……? 知らんぞーあたし。

 推進器制御、ブースターコントロールにアクセス。てか四肢制御のアンチフィードバックとジェネレーターアウトプットのリミッタもオフでいいんだろ? ユイリの場合』


「いいね。流石ロゼは気が利くなー大好きー♪」


『おまえの「大好き」はおねぇどものリップサービスよりアレだな……。

言うまでもないんだろうけど、リミッタ無いからパワー上げ過ぎたら壊れるからなー』


 通信で聞こえる、柿色メガネの少女の呆れた声。次いで、コクピット内に伝わるエイムの駆動音が変化する。

 遠隔操作リモートでエイムに設定された制限リミッターを解除した為だ。

 全周モニターに赤い警告表示がいくつも現れるが、機嫌良く鼻を鳴らしている赤毛は気にも留めない。


 大抵の機械には自滅を防ぐ為に出力制限リミッターもうけられているが、非軍用のシステムはそれが特に顕著となる。

 同時にリミッターは性能スペックをも抑制してしたが、これも解除により全性能を十全にフルスペックを発揮することができた。

 当然ながら機体にかかる負荷は自壊をいとわないレベルとなるが、そのリスクを負って許される限りの性能を求めるのはプロのエイム乗りなら当然のことである。

 騎兵隊のお嬢様たちにさえ、機体の限界は身体で覚えろ、と赤毛が厳しく叩き込んでいた。


 ダダンッ! とペダルを左右乱暴に踏み鳴らすと、爆発するマニューバブースターが作業エイムの軌道を高速で切り返させる。

 瞬間移動と見紛みまご戦闘機動マニューバに併せた射撃は、作業エイムが同時に何機も存在しているかのような錯覚さえ与えていた。


 これに対し船泥棒のエイムは、余裕にも見える長距離移動からの軌道偏向で全弾を回避。

 切り返しの瞬間のみ最大加速をかけるという、少し前に他のエイムを盾にするような立ち回りをした者とは思えないテクニックだった。


「ふーん、こっちをはかる……か。でも簡単には見せてあげない」


 赤毛の微笑に、かすかな凶暴性が滲み出る。相手がただの窃盗犯などではない、実戦慣れした手練てだれであると確信したからだ。

 カーキ色の作業エイムが最大加速の48.5G475.3m/s2で全速前進。貧弱な背面のメインブースターが振動しながら炎を吹き出し、機体を乱暴に叩き出していく。


 距離を詰めるカーキ色に、窃盗犯のエイムは横へ動きながら引き撃ち気味に応射。照準補正システムとは異なる手動照準の特徴クセうかがえるが、その上でかなり近いところに当ててくる。

 唯理は暴れる機体に任せてランダムな体勢から射撃を継続。

 横合いを突き抜けながら機体を滑らせ、ドリフトするように弧を描き、標的を内側に巻き込む形で火力を集中させた。


 このひとり包囲射撃のような攻撃に、窃盗犯エイムは射線を引き付けつつギリギリのところで増速して逃げ切って見せる。

 しかもきっちり撃ち返してくる。


 そのどちらもが、超高加速度Hi-G域で戦闘していた。


「クソッ! どうしてこんなバケモノがふたりも同時に出てくるんだ!?」


『ランツ、今はウチのボスのボスよ。バケモノ呼ばわりはマズイ』


『ランツ! ムリにお嬢を追わなくていい! いざという時にフォローできる位置をキープしな!』


『それだって追い付くだけで精一杯ですよぉ!!』


 少年のように小柄な隊長、ランツが口悪く毒づく。

 スカーフェイスが赤毛の傘下に入った直後の模擬戦では手も足も出ずだった。

 そんな赤毛のモンスターにボスの殿下がご執心とあって、腹心達も何も言えないのだが。


 超高速で跳ね回る2機に必死に喰らいつくスカーフェイス。

 その後方からは、別の作業機も死に物狂いで付いて来ていた。

 赤毛の搭乗するエイムに似たカーキ色の外装。

 港湾労働組合のガルシアンが乗る機体である。


「な――――なんであんな動きが、できるんだ!? 元軍用ったってデチューンの放出品みたいなもんなのに……!!?」


 唯理が飛び出した後を追って来たのだが、早々に振り切られてようやく追い付いたところ。

 赤毛の美少女を案じての事だったが、今は目の前の現実にうろたえているばかりだ。

 ひとつの船団の長という立場の少女だとは聞いていたが、あの可憐さでこれほど激しいエイム戦を展開できるとは想像もできないだろう。


 半分作業機が発砲しながら敵機に直進。窃盗犯の機体も正面から突っ込んで来る。

 赤毛の方はシールドにかすらせながらも紙一重でかわし、相手の方はシールドが落ち装甲を削られながらのチキンレースだ。

 しかし正面衝突などする事なく、すれ違った直後に両機は反転。

 自身の加速度による減速荷重に耐え、敵機より0.001秒でも早く立て直すという勝負となり、


 窃盗犯のエイムの方が、スコンッ……とブースターの噴射を途切れさせていた。


「んん?」


 妙なタイミングでの減速停止に、唯理は咄嗟にサイドスラスト。異常事態に一応距離を取って警戒する。

 窃盗犯のエイムは、減速をやめたと思ったら軌道を上方向に捻じ曲げ、左右のブースターを吹かしフラ付きながら姿勢制御。

 動きがぎこちなくなったところから、自動制御に移ったと察することができた。

 赤毛やスカーフェイスからのセンサー走査スキャンに反応して回避運動を続けているが、今なら撃墜は容易に見える。


「ランツ、敵機を抑える。援護して」


『司令、それはランツのチームにやらせます。そろそろお戻りを……』


 なんだかよく分からんが拘束しない理由もなく、味方に指示を出そうとした赤毛の艦隊司令。

 そこへ傷面のマネージャーからやんわりとしたお叱りが入り、唯理は急いでプラットホームへ戻る事にした。

 窃盗犯のエイムは、武器を押収された上で両腕マニュピレーターを押さえられアルケドアティスへと持っていかれる。

 無論、中のオペレーターも一緒にだ。


「やっぱり同じヒトなのかねぇ……?」


 並走し、連行されているエイムをコクピットから眺める赤毛娘。

 抵抗する素振りは一切なく、それどころかオペレーターの意識があるのかも怪しい。

 タイミングから見て先日起こった同様の窃盗未遂と同じ犯人だろうが、今回はエイムに乗られて大変な騒ぎとなってしまった。

 既に状況は落ち着いたが、今もプラットホームからはエイムが何機も飛び立ち、宇宙船が忙しなく動き回っている。


 ただの窃盗犯にしては、エイム乗りとしての腕は極上。

 搭乗機は、ちょっと懐かしい機体の系譜。

 乗り手は万全ではない状態のはずだが、いったい何がの老体を突き動かしていたのやら。


 これが万全だったらちょっと危なかったな、と無理をさせ過ぎて限界一歩手前の作業エイムを見て唯理は思うものである。

 でも怒られそうなので傷面のマネージャーには黙っていよう。


 そしてこの後に事件の詳細を知らされるのだが、それにより思わぬ方向から新艦隊設立を加速させる事となった。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・アンチフィードバック

 エイムの四肢運動に本体が引き摺られないよう過剰な速度での動きを抑制するリミッターの一種。

 機体制御を安定させる効果があるが、四肢の運動に制限をかけることになる為、軍用のエイムでは最低限のレベルに抑えられるか、または最初からアンチフィードバック機能が備わっていない。

 四肢運動による慣性と重心の移動を完全に制御できるオペレーターなら不必要な機能。


・リップサービス

 会話相手の多幸感を煽る発言。

 特にサービス業では必要な技能となり、リピーター客を増やす営業行為として理学的なテクニックを用いる場合もある。

 人間は無意識に言葉の裏を探る為に意図しないリップサービスの方が有効に働くケースが多々ある。





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