167G.ボディーヒート ブラストファーネス

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 天の川銀河、ノーマ流域ライン、オクタヴィアス星系グループ

 静止衛星軌道、避難船団、強襲揚陸艦『アルケドアティス』。


 予定通りオクタヴィアス星系にて、聖エヴァンジェイル学園の生徒と複数組の家族が再会できた。

 だが、大半の家族は船団を離れるのではなく、そのまま避難船団へと合流するのを選ぶ。

 それら生徒の家族もまた住んでいた星系を脱出しており、アルケドアティスのいる避難船団の方が安全だ、という判断をした為だ。


 これは、生徒の家族に限った話ではない。

 宇宙船とその乗員、または身体ひとつで乗り込んできた家族世帯などで船団内人口は増え続けており、赤毛の少女はデスクワークで難しい顔をしている。

 この状況は恐らく長引くが、単なる宇宙船の集団として動くには、安全面などをはじめとして既に限界が見えていた。

 いつ大事故が起こってもおかしくない。


 舷窓の外では、無数の宇宙船がせわしなく行き来している。

 出口の見えない状況に、口をへの字にした赤毛がうなり声を漏らしていた。


                ◇


 天の川銀河の人類文明圏は、極めて不安定な情勢下にある。

 銀河の半分を支配する先進三大国ビッグ3、その中でも最大の勢力を誇るシルバロウ・エスペラント惑星国家連邦の中枢が、メナスという人類の敵により攻め落とされた為だ。

 これにより連邦は機能不全に陥り、三大国ビッグ3の他の勢力、共和国と皇国にも影響が及んでいた。


 村瀬唯理むらせゆいりは『村雨ユリ』と名を変え、閉鎖的なお嬢様校『聖エヴァンジェイル学園』に潜伏中だった。

 しかし、連邦が事実上崩壊したことにより、学園の生徒を親元に避難させる必要が生じる。

 学園のあるコロニーはその性質上、他の星系とのアクセスが非常に悪い位置にあった。

 しかも、連邦の崩壊により各惑星国家も閉鎖状態に入り、定期航路などの安全な交通網がほぼ機能を停止してしまう。


 もって唯理は、三大国ビッグ3に狙われ身を隠す原因となった超高性能宇宙戦闘艦群、その一隻である強襲揚陸艦『アルケドアティス』を主力に、学園のあるコロニー自体を動かし銀河の航海に出る事となった。

 だが、生徒を家族の元へ届ける計画は遅々として進まず、逆にアルケドアティスの庇護を求めて同行する船とヒトは増え続ける。


 そんな混迷の旅の最中さなかで、唯理は奇縁のある私的艦体組織PFC『スカーフェイス』を惑星上から拾い上げることになった。

 メナスの大艦隊に追われながらも救助活動を終えた唯理は、安全の為に別行動を取らせていた避難船団と合流。

 生徒の親族の滞在が確認されている、オクタヴィアス星系へ到着していた。


                ◇


 母船団と合流し、目的地へ着いてからも赤毛の船団責任者は忙しかった。

 避難の為の一時的な船団とはいえ、ヒトが増えれば問題も比例して増えて来る。

 しかも、オクタヴィアス星系は艦隊の規模も小さく、混乱の中で統制を欠きまるで頼りにならなかった。

 アルケドアティス欲しさに余計なちょっかいをかけて来ない点だけがマシな部分である。


 そして唯理はというと、船団の重役たちと調整に次ぐ調整だ。

 船団は共同体である。料金を払って旅を楽しむ『お客様』でもない限り、船団内で負うべき役割というモノがあった。

 新規に加わる船が、船団内でどのようなポジションを担当するのか。

 自警隊ヴィジランテ要員、避難先の受け入れ船、資材備蓄、医療、工作、娯楽。

 烏合の衆なりに力を合わせる、最低限の体制作り。

 その意思決定に、旗艦フラグシップたる強襲揚陸艦『アルケドアティス』艦長の赤毛娘が関わるのは、当然の話ではあった。


「そろそろ暫定的な集団なんて言っていられないかもなぁ……。

 と言っても、普通の自由船団ノマドなんか作ったら身動き取れなくなるし」


「だからPFO? でもユイリそれ連邦と張り合う為じゃなったっけ? まだ必要なんか??」


 巨大な卵のような外殻のコロニー改装宇宙船、『エヴァンジェイル』。

 上部ブロックの全域に広がる古風な街並みの中を、赤毛の少女と柿色髪のメガネ娘は、クルマ型のヴィークルで移動中だった。

 かつては無人の張りぼてだった市街地だが、今では通りを行く人々の姿や路上を走る車両の存在を確認できる。

 学園の体裁を整えるただの背景セットが、生活環境として実際に機能していた。

 他の宇宙船に住む乗員の、憩いの場にもなっている。


「その連邦があの有様なんだ。安全保障の為の実働部隊とそれを運用する組織は必要だろうよ。

 ただ現状、既に守らなければならない一般人を抱えているのがなぁ……。こっちの防備に手一杯で他に何もできないのが若干詰んでる」


「詰んでるのは全人類って感じだけどなー……。こんな時にウチの船まで受け入れてもらってすんませんねー」


「メモリーママや姉さん達が目の届く位置にいる方がわたしも安心だから、それは構わないよ……。

 お仕事に関しても……まぁ、大人として節度を持つ分にはいいんじゃない?」


「前から思ってたけど……ユイリっておねぇどもには甘いよな」


「せやろか?」


 半眼になるロゼッタとトボける唯理だったが、そんな会話をしている間にクルマを乗せた貨物エレベーターが下層ブロックに到着。

 オレンジの照明の下、トンネルのような搬入用通路を走ると格納庫区画に出る。

 通路に面した気圧調整室エアロック脇の窓から内部を見ると、ちょうどそこへ見覚えのある古めかしい中型船が駐機するところだった。


 約100メートルの前後に長い中央船体と、左右に並行して繋がれた船体。中央船体に外付けされた3発の小型エンジンナセル。

 船首に船橋ブリッジがある貨客船で、仕事用に居住性を強化している船である。

 娼船『プリアポス』。

 大人の性的サービスを提供する船であり、ロゼッタの実家、唯理が一時身を寄せていた船でもあった。


『いたー! いたッ! いたッ! いたッ! いたッ! ユイリいぁあああ!!!』


「お、おおぅ…………」


「はじまった……はじまったぞ…………」


 窓の向こうにいる赤毛娘を目敏めざとく見つけた女性が、宇宙船を飛び出すなりダッシュしてきた。

 昇降機リフトを待つ暇も惜しんで梯子ハシゴを這い上がると、作業用通路キャットウォークを駆け抜け気圧調整室エアロック内に突撃。

 与圧ボタンをバンバン叩いてシステムを急かすと、扉が開くと同時にヘルメットを投げ捨て唯理へ飛び付いた。


「あー! これこの抱き心地よ! このいくらでもギューッとしていられるフワフワムチムチな肉付きとしっとりプリプリな弾力! いたかったぜユイリぃ!」


「ドロシー姉さんは変わらないようで……。

 臨時の船団でも一応船団規則パブリックオーダーはあるんで、わたし以外にこういうのはやめてね」


「なに!? つまりユイリならエロいことし放題ヤッター!!!!」


「オーダーに引っかかるって言ってんだろバカおねぇ」


 満面の笑みで赤毛娘を抱え込むように抱き着くのは、ややタレ目気味で長い髪が灰色から緑翠にグラデーションしているお姉さん。

 プリアポスのサービス嬢、ドロシーである。

 明るく無邪気な女性だが、赤毛娘並みの長身とスタイル。ややポッチャリ系。


 やりたい放題お尻を揉まれている唯理なのだが、爆乳に半分埋まるその顔は諦観の至りだった。

 キングダム船団を離れ凶暴な野良犬と化していた頃、どれだけ突き放してもジャレ付いてきたこのお姉さんに、赤毛はもう何も言えなくなっているのだ。

 認め難いが、メンタル的にも大分救われていると思われる。


「わーロゼだー。久しぶりー。ちょっとはおっぱい大きくなった?」

「ロゼだ……ユイリもいる……嬉しい……嬉しい……!」

「やーんロゼもユイリも今日もカワイー♡ 久しぶりに可愛がってあげたーい」

「ふえーやっと会えたよー……」


 末っ子の柿色メガネ少女が乾き切った目を向けていた背後、気圧調整室エアロックからは次々に他の女性も出て来ていた。

 真っ青な濃い髪色のおっとり美女、ストロベリーブロンドにケモミミのマッスル姉さん、濃緑姫カットの妖艶な美少女、小柄だがスタイルの際立つ涙目ツーテールの美少女、といったよく知る家族たち。


 その変わらないかしましさに顔をしかめるロゼッタだったが、口角が緩みそうになっているのをこらえているだけだったりする。

 単なる照れ隠しだ。


「ほらドロシー、ユイリをお放しよ。話ができないよ」


「やー、せっかく会えたんだからこれから一緒にお風呂入るー。

 んーユイリの匂いー。ちょっと汗のニオイがするのも好きなんだけどー……。

 ロゼあんた教育係でしょ。ちゃんとやってたんでしょうね?」


「うるせーこいつがヒトの言うこと聞くと思うか」


「ドロシー」


 いずれ劣らぬ美女軍団を押し退けて現れるのは、単眼鏡モノクル型の情報機器インフォギアを着けている、濡れたような黒髪の美女。

 プリアポスの主人にしてサービス嬢の取りまとめ役、メモリー・エイトだった。

 普段は古風なデザインの薄着なので、全身を覆う環境EVRスーツに違和感がある。


「メモリーママ、無事に到着できてよかった」


「ああ……まぁちょっと際どい場面もあったがねぇ。ま、鈍足の船なりに飛ばしたね。

 こっちはまた大所帯になったもんだけど、せっかく女学生になったのにユイリはここでも用心棒やってんのかい?

 しかもわたしの母校までこんなにしちゃってさぁ」


 メモリー・エイトは聖エヴァンジェイル学園の出身だった。

 少し前までの、形ばかり整えた空虚な学園と停滞したコロニー内の空気をよく知っている。

 それが今や、星系中央本星の首都もかくやという賑わいとなっており、コロニー内外の活気は以前と比較にならなかった。

 かつての静けさを懐かしむ卒業生OGに対しては、赤毛としても多少申し訳ない気がしなくもない。


「母校の近くじゃお仕事も・・・・やり辛いとは思うんですが、できればしばらく船団に同行してもらえると助かります。

 連邦はあの有様。共和国も皇国も星系を封鎖状態。銀河のライフラインは完全に動脈硬化を起こしていますし、こうなれば安全な場所なんか無いでしょう。

 なるべくお仕事も出来るようにしますから」


「そりゃぁね。どうせ今は商売どころじゃないけど。ここでお客を取れれば言うこともないがねぇ」


 精神安定剤入りのパイプを吹かしながら、少し考え込む妙齢美女。

 かと言って、特に赤毛の勧めに異論など無いのだ。


 赤毛娘は娼船の仕事に理解がある。大半の星系国家で禁止されているクセに、このサービス業の需要は絶対に無くならない。

 事実上のトップの後押しがあり、利用客の数も見込めるなら、船団の中で営業するのも難しくないと思われた。


 問題があるとしたら、やはり学園が近いという点だろうか。

 何せ、淑女の園のすぐそば。教育的にもよろしくない。

 ここで大人の性的サービス業務を行うとなると、当然ながら一部関係者から物凄い反対が出そう。


「それじゃ……偉い方に挨拶に行くとしようか! 多分物凄い大騒ぎになるだろうけど、まぁアイツも大人になったろうし昔より落ち着いているだろ」


「そういえば学園長、メモリーママが来ると聞いて物凄い顔をしていましたけど、結局どういうお知り合いだったんです?」


 娼船の女主人は、ニンマリと楽しそうだった。

 反発が予想されているというのに、それを楽しみにしているようでさえある。


               ◇


 そして、教育棟の学園長室にて。

 再会相手となる聖エヴァンジェイル学園長、シスター・エレノワは、相手メモリーの姿を見るなり低く腰を落とした身構えるシュートスタイルで出迎えていた。

 あそこからのタックルはなかなかだったなぁ、と赤毛は思い返す。


「まさか……まさかここでこうして顔を合わせることになるとは思いませんでしたよ、メアリ。

 最初に言っておきますが、今の学園で昔のようなことは許しませんからね!!!!」


「おやおやおやウェブネット越しじゃ立派な学園長様やってたのに、こうやって会うとあの頃と大差ないわねぇ、エレナは。

 困るんだよねぇ、アンタの『ダメ』とか『イヤ』は逆の事があるし。分かり辛いったら。

 でもまぁアンタ、ベッドじゃ拒んだことは一度もなかったっけか」


「キエー!」


 薄笑いで言う気怠げ美人のセリフに、発狂した叫びを上げるシスター学園長。

 赤毛の見立て通り見事なタックルから相手の腕に飛び付いたかと思うと、フトモモで頭を挟み込み自身の体重移動で遠心力に巻き込み地面に落下、昔のようにルームメイトを地べたに振り落とした。

 完璧なヘッドシザース・ホイップコルパタだ、と感心する唯理である。


「アレは若さ故に少し血迷っただけです! アナタと同じ部屋になったのがわたしの生徒生活最大の不幸でした! そうでなければ誰があんな…………!

 ですがわたしの目の黒いうちはああいった行為は二度と許しません!

 村雨さんの進言があればこそアナタの船が合流するのも認めましたが、今後はわたしやあまつさえ生徒にあんな破廉恥極まりない真似はさせませんからね! 例えそういうお仕事でもです!!」


 割と危険な角度から頭を床に叩き付けられており、赤毛は娼船の女主人の容態が心配だった。シスター学園長のセリフを聞いているのかも疑問だ。ピクリとも動かない。


 メアリ、ことメモリー・エイト。

 エレナ、ことシスター・エレノワ。

 ふたりは生徒として学園で生活していた過去があり、同室のルームメイトであった。

 メモリーが赤毛を学園にねじ込めた理由が、これである。

 とはいえ、唯理もふたりが更に深い仲であったことは知らなかったが。

 詳細を尋ねると自分も学園長のルチャ・リブレの餌食になりそうなのでやめておこうと思う。


「村雨さんも…………。私の過去の過ちを無かったことにしようとは思いませんが、今の話は他言無用です。いいですね?」


「イエスマム」


 一見して慈愛の微笑、その裏にある刺し違える覚悟を感じ、赤毛も無条件で敬礼していた。

 プリアポスの合流は受け入れられるようなので、シスター方面のフォローはメモリーに任せようと思う。


 この後に起こることはある程度赤毛にも想像できていたが、大した問題じゃないのでその時に対応しよう、と思い放置した。


               ◇


「避難してきた立場で同じ境遇のヒトたちに迷惑をかけるのなんなの!?」


 と、学園のガーデンテラスでいきどおるのは、スレンダーなスタイルも美しい金髪少女。

 騎乗部部長にしてコロニーシップ『エヴァンジェイル』防衛部隊長のクラウディアである。


 同じテーブルには外ハネ元気娘のナイトメアや、片目隠れ無言少女のフローズン、茶髪イノシシ娘の石長サキと、ブルメタ忍者の忍野レンもいた。

 周囲では、DSoVのメイド部隊が給仕している。


「なんなら派手に壊しても構いませんよ。船団艦橋ブリッジが認めます。

 武装レベルや技術的に見ても、騎乗部の皆なら殺さずに制圧できるでしょうが。

 手に余るなら殺しても治安維持活動でいいわけは立ちます」


 赤毛のお嬢さまはというと、カップを傾けながら至って澄まして処刑の許可を与えていらした。


 新たに船団に加わる者の中には、空間や資源リソース、機材などを独占する為に徒党を組み支配力を得ようとする者達が、必ず現れる。もはや人間の本質サガだ。旧ローグ船団などが、その最たるモノだろう。

 避難船団もまた例外ではなく、時に作業機エイムまで持ち出し不平等な特権を主張する者が頻繁に出現していた。


 後から来て船団内で好き勝手やる馬鹿と、船団の安全や騎乗部の仲間の命のどちらを優先するか。

 考えるまでもない。

 本物のお嬢さま方には思い切った決断が難しいのも分かるが、責任は取るので気にせずお仕事に邁進してほしい赤毛娘だった。


 割り切りの良過ぎる親友に、怒っていたクラウディアも困った顔になっていたが。

 常に有言実行の少女なので、本気で言っていると思う。


「そうは言うけど、問題起こすヒトやエイムを片っ端から潰してたら血の海になってしまうわよ」


「問題は数の多さでしょ……。大した事はできない手合いばかりではあるけど。められてるわね」


『エクスプローラの船団のヒトがバックドア仕掛けたりセキュリティに穴を開けるのが困っちゃいます』


「あの船団マジでいっぺん絞めんとな……」


 問題を起こす愚者の質より 量が問題という、ムスッとした茶髪。

 おっとりとした様子で電子メッセージを表示する無口の片目隠れ。

 赤毛はボソッと、本性を出してつぶやいていた。


「ユリ、この状況ってまだまだ続く? コロニー内だけって言っても、もう完全に手が回らないんですけど」


「増員自体はしているんだけどね……。守らなければならない範囲の拡大に追い付かない上に、基本的に素人の方ばかりなもので」


 増え続けるヒトに対して防衛要員も随時集めてはいるが、質、量、共にかんばしくなく。

 学園だけに人員を回せないのを、その辺の責任者でもある赤毛としても申し訳なく思う。

 当初はコロニー内に対する示威行為に近い騎乗部の警備活動だったが、今やすっかり本物の治安部隊となってしまった。しかも赤毛が鍛えたのでゴリゴリの実戦派。


 私的艦隊組織PFC『ブラッディトループ』の揉み上げリーダー、ブレイズに戦闘要員の抽出と査定を任せているが、それを管理運用するのは専門外だ、と本人からも言われている。

 管理職よりも現場の人間だ、と言われれば、同類の赤毛としても何も言えなかった。

 むしろその手の仕事を回されている節もあり、唯理は少々ブレイズが恨めしい。


 今のところ、PFC単位など少数グループを個別に動かし、事態に対応している状態だ。

 任務の重複や防衛範囲に穴が開くなど無駄も出ており、指揮命令系統の一元化が必要だと分かってはいた。


 それが出来そうな人員も、最近見付けたが。


「かいちょーの『お兄さん』? だっけ。家族のヒト? と会うのって嬉しいの??」


 ナイトメアがクッキーをサクサクいわせながら小首を傾げて言う。

 妙な言い回しに、クラウディアも同じような顔をしていたが。


 何かと言うと、少し前にある惑星上から救出した傭兵部隊、PFC『スカーフェイス』のリーダーである、ジャック・フロストのことである。


 母船も失い、当面は船団に同行する事となった傷面の謎の男であるが、思わぬ形で背景が明るみに出る。

 アルケドアティスの格納庫で今後の事を軽く話していた折、たまたまエイムで着艦していた学園の王子様(♀)エルルーンがジャック・フロストに飛び付いたのだ。


 何事かとビックリしていた赤毛だが、話を聞いてみると、なんとふたりは兄妹の間柄だったとか。

 感極まり泣いて抱き着く王子様に普段の超然としたモノはなく、傷面の兄もただ妹を抱き留めるだけだった。


 そこだけ見たら感動的な兄妹の対面だったな、と後になって唯理は思う。


「スカーフェイスとエル会長の兄君を中心に船団を再編成できれば……ヴィジランテを組織化して学園の状況も多少マシになる、かも?」


「信用できるのですか? エルルーン会長の兄とはいえ、元は連邦の…………」


「仕事に忠実な人間は、その部分だけでも信頼できますね」


 基本的にイノシシ娘の陰に控えるだけのブルメタ忍者だが、危険かと思えば口を出す。

 皇国に仕える者として、特に連邦関係者に対しては神経質にならざるを得ない。


 だが先の惑星の顛末を見ても、その辺は問題ないだろう、と赤毛は考えている。

 法よりも暴力が支配する世界で生きる者は、信義を認められなけばケモノと同じだ。

 それを知る者ならば、約束と筋を何より重んじる自分に忠し、決してそれを曲げることはない。

 敵に回ればこの上なく手強い相手となるが、それも尊敬に値する敵というだけの話だ。


 何にしても、船団を統制し切れない現状では贅沢も言っていられず、貴重な人材の利用をどうにか考えるだけだった。


               ◇


 避難船団を取り巻く混乱はいまだに続き、終わりが見えない。

 連邦は立ち直る気配がまったく無く、ウェイブネット上ではメナスによる被害の拡大ばかりが取り沙汰されている。

 惑星や星系から脱出する難民は増加を続けており、人々は安全な場所を求めて逃げ惑っていた。

 連邦という超巨大国家の中心部さえ崩壊した現在、そんな場所は多くない。

 強襲揚陸艦アルケドアティスの庇護を求める者が殺到するのは、当然の流れであった。


 避難船団と赤毛の側としては、22万隻を超える船の数に、完全にキャパシティオーバーとなっていたが。

 どれほど強力な戦闘艦でも、限度というモノがあるのだ。


 そもそもアルケドアティス、フランシスカ級強襲揚陸艦は文字通り突撃専用艦艇だ。他の艦種のような大口径レーザー主砲も搭載していない。

 広域の防衛に向いた船ではなかった。

 今は単純な性能差でどうにかしている状況だが、防衛なら防衛に向いた運用と、船団が邪魔をしないような連携が必要となる。

 そういった事を可能とする人材と体制が必要だった。


 今の守るべきモノに手足を縛られるような状況を打開しなければ、赤毛の少女は次の段階へ進めない。


「ひとりで考え事かな? ユリくんは」


 アルケドアティス艦上部構造体、後部観測室。

 雑多に身を寄せ合う無数の宇宙船が、横に広い舷窓から見える薄暗い部屋だった。惑星の放つ淡い光と、足元のみ照らすフラットライトだけが光源だ。

 そこから外を眺めていた赤毛に声をかけたのが、ドアから顔を覗かせる学園の王子様会長、イケメン女子のエルルーンである。


「大したことは別に……。ああ、いや学園への入学希望者も増えてるので、会長と無関係ということもありませんね。

 どうも防衛のことばかり頭が行ってしまって。

 家を離れて放浪の旅に出るヒトたちの事を、ちょっと考えてしまっただけです」


 どの宇宙船にも、船内に身を寄せる避難民がいる。

 安全な場所を求めて、とはいえ、住み慣れた場所を離れるのがうれしい者など滅多にいない。住めば都、など結果論だ。

 転戦に次ぐ転戦、旅に慣れている自分とは違うだろう。と思う赤毛だったが、自身とて不意に望郷の念にかられることは、なくもなかった。

 ある宇宙船と起源惑星にある古い屋敷だが、後者の方はよく思い出せない。


「故郷か……。フフ……遠ざけられた先で、原因になったお兄さまと巡り会えるなんて。なんとも皮肉な話だね」


「フロスト――――あ、いえ、お兄様が、ですか?」


 王子様が赤毛の話に相槌を打つと、不意に『故郷』という言葉に触れる。

 学園に来た生徒にはある意味禁句の単語であり、唯理は少し返す言葉に迷った。

 だがその刹那、エルルーンの目が妙な光を灯したように見えたのは気のせいか。


「ああ、色々あってね……。

 お兄さまには国に戻っていただきたかったけど、父はそれを許さず逆に私が学園に送られる事になったよ。

 まぁそれでお兄さまと逢えたのだから、何がどうなるか分からないものだね。

 ユリくんにも感謝している。お兄さまを助けてくれて」


 多くの女子が黄色い悲鳴を上げる、凛々しい微笑を向ける王子様。

 何か事情がありそうだとは思う赤毛だが、どこか取り繕うような印象も受けたので、そこへ踏み込む事はしなかった。


「救助は航宙法の通常手順でもありますから、お気になさらず。

 エル会長がお兄様と合流できたのは、よかったと思います」



「そうだね、お兄さまがキミに殺されなくて幸いだった」



 そこで、赤毛娘が背中を向けた瞬間を狙い、電光石火の速度で白刃が突き込まれた。

 これに唯理は、振り返りざまパンッ! と両手を合わせる、合掌真剣白刃取り。

 鋭い切っ先が豊かな胸の膨らみを突いていたが、それ以上刺さるような事もなかった。


 涼しげな笑みから一転、牙を剥き出し壮絶な凶貌となるエルルーン。

 止められてなお、グググ……と銀の短剣を握り締める力を緩めない。普段から腰に帯びていた一振りだ。


 一方の唯理は、止めはしたものの目を丸くしてそれなりにビックリしている。

 心臓狙い、伸び上がるような振りの殺意120パーセントな一撃だった。


「あの会長……わたし何か会長に殺されるようなことしましたっけ?

 恨みを買う生き方をしている自覚はあるのですが、会長に関しては覚えがありません」


「ユリくん……キミはいい友人だったが、お兄さまの腕を奪ったのがいけないのだよ!」


「は……あったなそういや」


「死ねぇ!!!!」


 会長の恨み骨髄なセリフに、思わず気の抜けた感想を漏らしてしまう赤毛。

 狂える王子様には火に油だった模様。


 何の事かといえば、フロスト率いるスカーフェイスがキングダム船団を襲った折の話である。

 この旗艦フォルテッツァ占拠未遂事件にて、赤毛は傷面の男の右腕をレールガンで吹き飛ばしていた。

 会長はスカーフェイスの面々とも顔見知りのようなので、兄以外でも誰かしらから聞いたのだろう。


 手脚が飛ぶくらい赤毛娘の業界では日常茶飯事なので特に気にしていなかったが、カタギの方の世界では、確かに大事おおごとだったかも。

 あるいは、「腕なら問題なく付いてたからいいじゃないか」とか言ったら更に怒り狂うだろうなぁと。

 全体重をかけて殺しに来る王子様に何と言ったものかと困り果てる赤毛だったが、


「やめなさい、エル!」


「お兄さま!?」


 後部観測室に傷面の男が入って来ると、妹は短剣を唯理ごと放り出し、そちらの方に駆けて行ってしまった。

 鬼女か夜叉のようだった顔付きは一瞬で涙を浮かべたはかなげな美少女のモノへと変貌し、背景には花が咲き乱れているようにさえ見える。

 学園でも見せた事のないエルルーンの乙女の姿だった。

 スピードで鳴らした赤毛が置き去りにされる急展開である。


 なお、唯理は元々フロストと待ち合わせしていたので、ここに来たのは全く不思議ではなかった。


「申し訳ございませんお兄さま! ですが、お兄さまが受けた痛みを思うとわたくし、どうしても無念でならなかったのです……!!」


「エル……戦いの中ではお互い納得尽くのことだ。互いにやるべき事をやっているだけのこと。そこに禍根など抱いてはいられないのだよ」


 首に手を回し甘えるように抱き着く妹王子様。

 渋面しぶメンの兄は、それを優しく抱き止め諭すように言う。


 フロストは、やはり赤毛と同じ戦場畑だった。

 戦いも敵も単なる障害に過ぎず、それ自体に個人的な感情は入り込まないという共通認識があった。

 妹は恐らく聞いちゃいなかったが。


「それに彼女は艦隊を率い我々の指揮官となる方だ。死なれては困る」


 そして、敬愛する兄の上官になると聞き、抱き着いたまま首だけ振り向くエルルーンは、怨霊のような顔を赤毛に向けていた。

 億戦錬磨の唯理ではあるが、ちょっとビクッとした。


 こうして、熟練の傭兵部隊、スカーフェイスとボスのジャック・フロストを加え、膨張を続ける臨時の避難船団は本格的な再編成をはじめる。

 それは、天の川銀河を救う最強の艦隊創設の契機ともなった。


 それとは全く関係ないが、赤毛の艦隊司令はこの後ちょくちょく妹の王子様に命を狙われるようになる。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ルチャリブレ

 起源惑星における古代の超人、プロレスラーの用いる技術体系のひとつ。

 特に機動力と空中殺法に優れた戦術を用いる。

 子供を守る聖職者の格闘術として、現代まで連綿とその精神と共に受け継がれている。


・真剣白刃取り

 起源惑星で発展した徒手格闘術における多くの分野で相伝されてきた対刃防御技術。

 刃を持った相手に対する最も有名な技でもあるが、実戦で使われた記録は皆無に等しい。

 これは対応に失敗した際の死亡リスクが大き過ぎる為だが、記録に残らないだけで村瀬唯理のような実戦畑の武人には、必要となれば随時用いる基本的な技術でしかないという面もある。






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