144G.インディヴィジュアル プロフェッショナリズム

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 天の川銀河、ノーマ流域ライン、アルベンピルスク星系グループ

 第6惑星『ソライア501』静止衛星軌道。

 騎乗競技会会場。


 眼下に惑星を望む会場の中央、傘の上下に尖塔を建てたような巨大構造体。

 観覧席となるこの構造物を中心として、各競技フィールドでは最終競技となる模擬戦がはじまっていた。


 球体型ボディーに装甲付きのマニュピレーターを生やした機体エイムが、手足を持つ戦闘機のような機体エイムのチームと高速で正面衝突。

 馬上槍勝負にも似た一合の結果、双方が派手に四方八方へ飛び散っていた。


「おぉおおおお!!」

「スゴイ! バラバラになったー!」


 高加速度から減速無しの接触と拡散、運動エネルギーの見せる迫力の光景に、観客は完全にのめり込んでいる。

 本来はエイムの操縦技術を競うのが競技会の主旨なのだが、このような激しいぶつかり合いもまた、来場客のお目当てであった。


『正面からクラッシュー! 「スペースボーラー」と「ギャラクシーエッジ」さーどちらが先に連携を立て直すか!!』

『まるでグラップリングメテオのようですね。観戦中の皆さま競技をお間違えのないようお願いします』


 解説のお姉さん、大きいミドリの方は勿論、小さいピンクの語り口調も熱を帯びているように聞こえる。


 球体ボディのマニュピレーター4基全てにレーザーを装備し、手数と火制範囲で押して来る『スペースボーラー』。

 前方投影面積を絞り、かつシールドも狭い範囲に絞り込んだ防御重視の上で回避性能も高い『ギャラクシーエッジ』。

 最初の激突から散開した後は火力と回避力の勝負となったが、双方潰し合いの末に球体エイムが一機のみ撃墜判定を免れ、最終的にスペースボーラー側が勝利となっていた。

 なお攻撃に際しては、レーザーは測距に用いる程度の低出力に固定、と厳格に競技ルールで決められており、その他の攻撃もホログラム映像による演出となっている。


 一試合あたりの模擬戦に、そう時間は取られない。

 全チーム総当り、団体戦にエントリーする120チームがそれぞれ119戦するという長丁場だが、早ければ数十秒、長くても10分で大半の試合は終了した。

 会場となる宙域、4つに区切られたフィールドで同時並行して進行しており、既に143試合が消化されている。


 その試合数、絶え間ない攻防、勝ち点を競う激しいレースに、観客の興奮は留まるところを知らなかった。

 アルベンピルスク行政府による公営ギャンブルまで行われているのだから、尚更だ。

 売り上げの50%は公共事業や福祉に活用されます(行政府広報談)。


『聖エヴァンジェイル学園騎乗部チームは2回目の模擬戦! 初戦はチーム「キャビンライフル」相手に快勝でした!

 次の対戦相手「パーフェクトマンマシン」はランク上位のチームとなりますが、これに勝利し10ポイント追加なるか! ここからの模擬戦を占う一戦になるでしょう!』


『「パーフェクトマンマシン」は文字通りネザーインターフェイスを用いたエイムとの同期を突き詰めたチームとなりますね。

 その高過ぎる情報連携能力は本競技会だけで既に二度、無人機スクワイヤ使用を疑う訴えを起こされ運営部からの査察対象となっておりますが、当然ながらレギュレーションに反する行為は何も確認されていません』


『はい反則的に強いチームというある意味非常に名誉ある称号を得ているワケですねー!

 可憐な見た目に合わないハードなオペレーションを持ち味とする聖エヴァンジェイル学園騎乗部チーム、どう戦うか!

 注目の一戦! みなさん注目のチームでしょう!!』


 そんなハイテンションとローテンション入り混じる解説をBGMに、騎乗部のメイヴ6機が観覧席の目の前を高速で通り過ぎていく。

 窓に張り付き手を振る子供に、先頭を行く外ハネ天才オペレーター、ナイトメアも手を振って応えていた。

 緊張感など微塵も持たない外ハネ少女は、個人戦績でも上位に入り、ちょっとした有名人だった。


               ◇


 馬術競技から移り変わり、連綿とその競技精神を受け継いできた騎乗競技。

 そんな紳士的な来歴に対し、競技会の今現在の風景は、参加チーム同士の過酷な喰らい合いの様相を呈してた。

 ヒト型機動兵器を扱うという、その本質。

 総合成績の得点比率が最も大きいというのも、競技会の本音を言外に語っているである。


『クラウディアさん、飛ばし過ぎです。あなたが追撃に加わるような場面ではありませんでしたよ?』


「うッ…………ごめんなさい」


 15チームとの模擬戦を消化し、聖エヴァンジェイル学園騎乗部のエイムが格納庫に戻ってきた。

 戦績は13勝2敗。いずれも上位のチーム相手に落としている。

 連携に難、個人の技量頼り、何より経験に浅く、オペレーターの実力にもむらがある、という弱点を見事に突かれた負け試合であり、順当な結果とは言えた。


 それとは別に、部長のクラウディアが少々暴走気味でもあった。


 コクピット内から見える格納庫の映像。エイムのすぐ前にいる赤毛の少女は、ヘルメット内で眉をひそめている。

 外から顔は見えないはずだが、スレンダーな金髪娘は目を合わせられなかった。

 焦っている、という自覚はクラウディアにもある。

 自分の判断で、堅持すべきポジションから外れることもある。


『ラーキングオブシディアンとの件ですか?』


 それでも、クラウディアは自分が添え物でも足手まといでもないことを証明したかったのだ。


               ◇


 前日の、競技参加者を集めたパーティーでのことである。

 政府関係者や企業の人間からの常にない持ち上げられぶりに耐えられなくなり、お手洗いに逃げたヘタれ部長。

 そうして、ほとぼり冷めた頃にパーティー会場へ戻ってくると、そこで参加チームの中でも屈指の実力を持つ『ラーキングオブシディアン』のオペレーターと出喰わす事となった。


「やはり、レディースクールの騎乗部チーム……。

 あなたはオペレーターの……そう、クラウディア・ヴォービスさん?」


「はい?」


 呼びかけられ首をかしげるクラウディアだが、当然ながらその黒い制服のチームを知っている。

 競技会の優勝候補チームであるし、先のエイム展示会で見かけた折には、あまり良い印象を持てなかった相手だ。

 そんなチームに、よりによって自分ひとりの時に相対するハメになるとは。

 肝の細い部長は、トイレに行って孤立した事を真剣に後悔した。誰か助けに来て。


「ら、ラーキングオブシディアン、の皆さん」


「聖エヴァンジェイル学園の騎乗部。軍学校のような学内カリキュラムではない生徒個人の活動で、アレほどのマニューバを自分のモノにするとは。非常に驚かされています。

 高度な訓練をしているのがうかがえる」


「あ、と……それは、そうかもです、恐れ入ります」


 どうやら、リーダーと思しき中性的な褐色肌の女子に褒められている、らしい。

 だが、それを素直に受け入れられないのは、クラウディアの先入観によるモノなのか。

 部長は挙動不審になキョドっていた。


「あなた方とは模擬戦前に是非話をしてみたかった。模擬戦の前でなければ、我々と当たる前に無駄な消耗をしてほしくない、とは言えないですからね」


「そうなんですか? え??」


 ラーキングオブディアンが自分たちに興味を持った、ということはクラウディアにも分かったのだが、『無駄な消耗』とはいったい何のことか。

 なんとなく、いい意味の気はしない。


「模擬戦は伝統的に、参加チームによる総当たり戦となっている。参加者が増えたことで、近年は長丁場になっているらしい。

 よって、オペレーターとエイムの消耗を考慮するのも、模擬戦における重要な戦略となりました。

 だが、あなた方は一戦一戦に全力で当たっているように見える。あれだけのHi-Gマニューバを繰り返しては体力が持たないでしょう。

 ペース配分を無視した無謀な戦略にも思えますが?」


 ラーキングオブシディアンのリーダーのセリフは、決して咎めたり責めたりするような口調ではなかった。

 しかし、チキン少女なりに、少しばかりクラウディアの気にさわる。


「……本騎乗部のトレーニングは一流のオペレーターの指導によるモノですから、わたくしは心配しておりません」


「ププッ……あーんなマニューバを教える指導教官って、どんなヒトなんですかぁ?

 連鎖して弾けるデブリみたいな動きでしたよ??」


「正直、ただ飛び回っているだけって感じよねー。アレを訓練してやっているかと思うと…………クスクスクス」


 ツンと澄まして言うお嬢様モードのクラウディア・ヴォービス。

 それの何が面白かったのか、他の黒い制服の少女があざけるように笑っていた。

 ここまで来れば、相手の舐め腐った態度というのも、ハッキリしたというところである。


「確かに、私たちのチームはシステマティックな連携能力には欠けているかもしれませんね。練習に割く時間もなかったので。

 ですが、デブリスイーパーにも十分対応出来ましたし、実戦証明済みだと思いますよ」


「デブリ掃除が、実戦? うっそカワイー」

「お嬢様の感性ではそうなのよ。奉仕活動、みたいな?」


 騎乗部は実戦レベルだ、という自負のあるクラウディアだったが、それを口にしたところで黒制服たちは本気にはしなかった。

 この騎乗競技会に来る前に遭遇した流星群、その排除にどれだけ怖い思いをしながら成し遂げたことか。

 それを言ってやりたいところだが、また小馬鹿にされそうなので黙っていた。


「母艦や艦隊の脅威となるデブリを排除するのもエイムオペレーターの仕事だ。

 シミュレーションとは違う、現実に高速で飛来するデブリを相手にするのだから、実戦を経験していると言っても過言ではないだろう」


 そんな忍び笑いを漏らしている黒制服を黙らせたのは、リーダーである褐色肌の中性的女子である。

 クラウディアを擁護するようなセリフが予想外だったのか、ラーキングオブシディアンのオペレーター達は少しばかり驚いたような顔をしていた。


「部下が失礼を……。あなた方が実戦的なスキルを身に付けているというなら、なおさら対戦を楽しみにしたいものです。

 ですが、やはり惜しい。オペレーター個人が優秀でも、チームで動かなければ、それはオペレーションとは言えない。

 チームで動く側に勝てないのは明白だ」


 他の黒制服と違い、リーダーには分別がある模様。

 と思ったのも束の間、やはり騎乗部は下に見られているようで、チキンハート部長と言えども黙っていられなかった。


「細かいセットプレイはできなくても、各ポジションに専念すれば連携は取れます。ご心配には及びません」


「単なる集団で動くのと、組織として動くのは違う。あなた方のチームは能力ある個人が突出し過ぎるあまり、戦力として貢献していない者も見られた。

 多少能力に劣るとしても、チームとしてなら戦力にもなるが、それをしていない。逆に、相手の付け入る隙になるだけだろう。

 ユニットの性能を活かせない指揮者を持つのはオペレーターの不幸だ」


 外面の良いお嬢様モードで『余計な御世話だ』と裏に含ませるクラウディア。

 それでも、黒制服のリーダーは遠慮も迷いもなく持論をぶつけてくる。

 あまりにも確信的なその物言いは嘲笑よりもよほど辛く、ウチの赤毛の地獄のトレーニングは銀河最強だぞ舐めんな、と言ってやりたい騎乗部部長も言い返せないまま涙目だったが、


「騎乗部はまだまだ発展途上のオペレーターチームですから。個人の能力も連携能力も、これから桁違いに伸びていきますよ。

 ですが今は・・未熟と言われても仕方ありませんね。

 力及ばず、指導教官として恥ずかしい限りです」


 唐突に背後から肩を叩かれ、驚くクラウディアが背後へ振り返った。

 いつの間にそこにいたのか、しとやかな笑みを浮かべているのは、パーティー中に姿を消していた赤毛の少女である。


「ユリさん……!?」


「どれほど高度な連携を取れたとしても、兵士単体の打撃力に乏しくては意味がありません。

 それに私は、騎乗競技レベル・・・・・・・の小器用なオペレーターを育てているつもりなどございませんからね。

 メナスを・・・・撃墜できるオペレーターなら、単機でもこの競技会の参戦チームを圧倒できますよ」


 その完璧なお嬢様の笑みが、うっすらと不敵なモノに変っていた。

 そして、遠回しに「アマチュアレベル」と言われたラーキングオブシディアンの生徒達の目付きも変る。


「メナスをエイムで撃墜なんて無理に決まっているじゃない……何言ってるの? そんなの主力艦隊でも一部のトップオペレーターだけでしょ??」

「ていうか……そんなオペレーターを作るとか出切るワケないし。お嬢様モノを知らなさ過ぎ」

「そもそも同じ生徒なのにこの変な自信はなんなの? ワケ分からないんですけど」


 謎の赤毛が語るセリフを「絵空事」とおとしめたいが、相手のよく分からない迫力と気配に、そんな語調も弱々しかった。

 それに、リーダーのマルグレーテ・レーンも赤毛をあなどる気が起きず、妙な警戒感をかき立てられている。


「いずれにせよ、対戦すれば実力の程はハッキリしますね。それでは、ごきげんよう。

 失礼しましょう、クラウディアさん」


「は……はい」


 優雅に腰を折って一礼すると、背を向けて去っていく赤毛の淑女。華奢で愛らしい金髪の少女も、足早にそれに付いていく。

 ラーキングオブシディアンの面々は、いずれもが当初の見下ろすような余裕をどこかに落としていた。


               ◇


 格納庫内の与圧が終わり呼吸可能な一気圧で満たされると、内部の照明も赤みがかった色から白色の物へと変わる。

 整備の為にトコトコ歩いて来る創作部の面々と、率いられて来るヒト型作業機ワーカーボットの集団。

 クラウディアもコクピットから出て赤毛のルームメイトと顔を合わせていた。


「わたしは騎乗競技会の後を見据えて欲しいと思っていましたが、それは競技会を重んじるクラウディアさんの気持ちを無視するものだったかもしれませんね」


「……わたしは、ユリさんは最高のトレーニングを用意してくれていると思っています。確かに最初は、この娘ほんとに分かってやっているのかな、ってくらいにキツかったですけど。

 でも、エイムオペレーションをはじめたばかりのわたし達がここまで戦えるのは、その成果があればこそですもの」


 唯理の特訓は、どこまでも実戦仕様だ。メナスの脅威が銀河全域に及ぼうという時代に、少しでも生き残る可能性を得る為の力だ。

 だが、撃墜ではなくポイントの取得に重きを置く競技会においては、無駄が多く戦術も最適のモノではないのもまた事実。

 そのことを申し訳なさそうな微笑で言う赤毛の少女だが、クラウディアはそれを否定した。


「個人の能力を重視して自分のポジションに徹すれば勝てる。わたし達が死ぬ気で覚えたマニューバとシューティングは誰にも負けない。

 それを競技会…………あのヒト達に証明したいの」


 模擬戦の直後、超高機動Hi-Gでの交戦により疲労し汗も浮いているが、騎乗部の部長はフラ付いたりせず二本の脚でエイムの前に立っている。

 まだ少女らしく華奢な身体付きだが、体力とスタミナ、それに身体能力フィジカルも以前とはまるで違っていた。

 エイム乗りへの憧れは、もはや単なる漠然とした妄想や想像ではない。


 既にクラウディアはエイム乗りとして、戦いに行く面構えになっていた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・グラップリングメテオ

 ヒト型機動兵器を用いたスポーツ。宇宙空間のフィールドコート内でボールを奪い合いゴールへ押し込む、21世紀のアメリカンフットボールに似た競技。

 全銀河的に人気がある。




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