143G.アプタイザー アップライジング
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天の川銀河、ノーマ
第6惑星『ソライア501』静止衛星軌道。
騎乗競技会会場、第4競技フィールド。
真空の闇の中で、テンポよくカラフルな光が弾けていた。
観覧席の空中に投影されるスコアボードでは、猛烈な勢いでポイントが加算され続けているのが見える。
これまで競技を行ってきたチームとは全く違う、圧倒的な速度と手際で生み出される爆光の連鎖。
その競技フィールドの
「左300にターゲット3つ!!」
『ターゲット300マーク23、24、25ダウン』
『オーバー33マーク29、30にヒット、ダウン!』
『RD005マーク33、34、35、はいドーン!!』
「ナイトメアさん落としたか落としてないかをハッキリとー!!」
『180のターゲット40から45ダウン、イヤらしい配置とタイミングですわね』
進行方向正面、先頭を行く天才外ハネ娘の
障害物の
ここに来て、天才のパフォーマンスは最高潮に達している。
とはいえそれも、今まで積み重ねた特訓により意図的に――――ほぼ無意識に――――自分が撃つべきターゲットを選別できている故でもあった。
無理に全てのターゲットを狙わずとも、すぐ後ろの仲間に任せれば落としてくれると分かっているのだ。
自分は優先度の高いターゲットに集中すればいい、と知っている。
スレンダーな金髪部長などは、ナイトメアが本当にその辺を分かっているのか、いまいち不安だったが。
しかし実際に、外ハネによる射撃の
意図的に後続に流されたターゲットは、フォロー役である学園の王子様、エルルーンが確実に撃ち抜いている。
離れたところに唐突に出るようなタチの悪いターゲットは、長距離専門の無口なメーラーマークスマン、フローズンが処理していた。
進行方向の後ろに出る高難易度ターゲットは、ドリルツインテのエリザベートが地味に叩いている。
クラウディア部長もターゲットを効率よく落すコース取りの指揮に忙しかった。
ランダムに動く
先頭のエイムが背面飛びするように障害物を超えていくと、螺旋を描いて回りながら赤い光線を真空中へと乱れ撃つ。
それに続く5機も同様。滑らかな機動にして、荒々しく、臨機応変。それでいて、進撃の勢いを全く緩めない。
観覧席の観客は大興奮だ。
カメラドローンが全速力で追いかけるが、お嬢様方の動きに付いて行けず、次々と追い抜かれて背中を追うことしかできない。
そんなスピード感満点のライブ映像に、観客は熱狂していた。
『こーれはスゴイ! 聖エヴァンジェイル学園騎乗部の超ハイスピードラン! 前競技コース飛行と編隊飛行でその実力は明らかでしたが、もう今大会初出場という認識は宇宙の果てにでも投げ捨てた方がいいでしょう!!』
『こちらでは最高45Gの加速度を計測していますが、大会運営のマシンチェックでは通常の重力制御機が用いられているのを確認しております。
つまりコクピット内のオペレーターは、5Gから6Gの中でエイムをコントロールしていることになるのですが……』
『今ごろ
『表現と倫理規制に引っ掛かる発言をした変態は放っておきましょう。タイムライン2サイクルのペナルティまたは10万バルの罰金となる恐れがありますので会場の皆さんもご注意ください』
会場全体に配信されているライブストリーミングの解説もテンションが高い。
一部発言が惑星国家における抑圧への挑戦になっているが、それがむしろ解説役の人気になっていたりした。
当然ながら、それも解説の対象となる少女たちの実力と華があればこその話である。
「何あれ……マニューバラインとか滅茶苦茶なんですけど。理性の欠片も無いオペレーションじゃありません?」
「動けるのがひとりかふたりだけで、後はもうそこにいるだけになってるな。連携がまるで出来ていないし。数合わせかなー、アレは」
「ダメですね。あれでは模擬戦でもたいした成績は出せないでしょう。気にする必要もなさそうです」
観覧席となっているホールの一画、誰もが空中投影される中継画面を見ている中、黒い制服の少女らもつまらなそうにそれを眺めていた。
聖エヴァンジェイル学園の競技内容に対し、その評価は辛い。
完全に制御された戦場、未来予知に等しい予測から組み上げられる精緻な作戦、それらに完璧に沿った行動計画と、それを可能とする訓練こそが、黒い制服のチーム、『ラーキングオブシディアン』の言うエイムオペレーションだ。
その原則に照らせば、今現在競技を行っているエイムの動きは、雑で乱暴で出たとこ勝負な見苦しい物としか言えなかった。
「ま、所詮はお嬢様の手習いってところですかね。加速力がちょっとおかしいですけど、とりあえずスピード重視ってところかな。ねぇマルレーン?」
ひっつめ髪の女子も半笑いで言うが、会話相手から期待していた返事が聞こえてこない。
隣を見ると、中性的で高身長な茶褐色肌の少女、『マルレーン』と呼ばれたリーダーの表情は真剣そのものだった。
話を振ったひっつめ髪以外に、その事に気が付く者はいない。
「おいおいおいどうなってんだよ
「オペレーションは学校機関のお嬢様がやってるって……。なんだこれ、表示が更新されてないのか?」
「ハハハ、すっごいケンカ腰のマニューバ。アレ教えたヤツは戦争やり過ぎて頭がAIみたいになってるね絶対」
そして他にも、聖エヴァンジェイル学園騎乗部の競技を見て、感心したような声を上げている者たちがいる。
筋肉隆々でもみ上げの濃い大男に、対照的に非常に小柄な黒髪ツインテの少女、それに大男と同じくらいに大柄で体格のよい女性、など。
競技会参加者のような素人臭さが無く、かといって一般人とも違う。
「使えるもんならウチに入れたいもんだなぁオイ。使えるエイム乗りはすぐ死んじまうからよ」
たまたま寄航した
◇
騎乗競技種目、障害回避射撃において聖エヴァンジェイル学園騎乗部は非常に高い成績を残した。
団体順位においても、45位から22位へジャンプアップしている。
「…………十分通用するのね、わたしたち」
ディスプレイ
それなりに実績を上げたのは事実だが、それ故にちょっと調子に乗り気分を出しているデキる女ムーヴである。
「あと22位、じゃなくて21位? 次の模擬戦で21回勝てばいいの??」
「ナイトメアさん、もう完全に一位になるつもりになってますね…………」
「総合成績なので他のチームが追い上げて来るかも知れませんけど、少なくとも上位チームとの模擬戦に勝利してチーム撃破数で勝れば一位にはなりますね」
そんな浸っている部長はひとまず放っておき、ホログラムのスコアボードを見上げる騎乗部員たち。
天真爛漫な外ハネ少女、ナイトメアはもはや優勝しか見えていない様子。10位入賞の目標とかもう忘れた。
茶髪のイノシシ娘、
赤毛のマネージャーにして補欠選手、
全力で
聖エヴァンジェイル学園専用宇宙船『ディアーラピス』。
エイム共々戻った騎乗部、それに創作部の女子たちは、明日からの模擬戦対策のミーティング中だ。
夕食を摂りながらだが、そのメニューはプレーンオムレツのチーズクリームソースがけをメインに、ホタテカルパッチョサラダ、サーモンやエビや生ハムのカナッペ、キノコの醤油ソテー、冷製スープパスタ、と本気で食べさせるがっつりな内容。
当然ながら、作ったのは甲斐甲斐しく給仕して回っている赤毛のジャーマネである。女の子を太らせる天敵だ。デザートも喰らわせてやるから覚悟しとけ。
「上位陣はやはり強いですね。正直騎乗部の皆さんも驚くほど強いと思いましたけど、上位チームは何というか……安定した印象です」
技術系少女、ゲーミングロボ娘の中のヒト、ドルチェ・ガッパーニがメカボディの肩に座りキノコ食べながらそんなことを言う。
クール系女子は諦めたようだ。
「チームとしての錬度、かな? やはりその点、このチームには錬成が足りていないように思えるよ。ユリくんが個人のスキルを重視したのは分かるけどね」
目を伏せる姿も麗しい王子さま(♀)、エルルーンはパスタを手繰っていた。
自分の技量、赤毛の先生が課したトレーニング、それを思いながらも、なお上位チームの実力は高く感じられる。
「ランキングで負けているというだけではなくて? 実際そんな実力で負けそうな相手なんかいるんです?」
「ウォーリアーチェインズ、ストレングスクラフター、ラーキングオブシディアン、ライトニングウィナー、バイナリーウォーフェアー、血判エンブレム…………あとシーウィングピープル。
特に模擬戦で拮抗しそうなのは、このあたりでしょうか。
正直、個々の実力でそう劣っているとは思いません。
ですがエルルーン会長の言う通り、模擬戦というルール内ではわたし達よりポイントの取り方に長けているでしょうね」
深刻な様子の騎乗部側に対し、創作部側では柿色眼鏡少女ロゼッタをはじめとして、その辺の気持ちが今一共有できていない様子。
そこで赤毛娘がテーブル中央に画面を投影し、対戦で苦労しそうなチームの映像をピックアップする。
メンバーそれぞれの長所を活かしている、と言えば聞こえは良いが、半分ほど連携を捨てている騎乗部チームと上位チームでは、機動の美しさがまるで違った。
30分前まで『優勝』の二文字がチラついていた部長も、無言のままスン……と消沈してオムレツを切り取っている。
学園で見た資料でも映像はあったが、エイムオペレーションを身に付けるとまたリアリティが違った
濃厚クリームソースと淡白なタマゴオムレツの組み合わせ美味しい。
「優勝にはこだわらず実力を発揮して欲しいところですが、一応……。
模擬戦は団体競技でエントリーしている チームの総当り戦となりますね。障害回避射撃で
自分より上位チームに勝つと10ポイントとなり、下位チームに勝つと1ポイント取得です。
言うまでもなく最高得点したチームの優勝となるワケですが、上位チームは当然のこと、下位チームにも全勝するのは難しいでしょう。
連戦になりますから、オペレーターの体力と機体の損耗も考慮しなくてはなりません。
戦略としては、どこで勝ちに行きどこを温存するか。勝率の低いチームとの対戦は捨てて、下位チームを確実に狩っていくという作戦も考えられますが……」
淡々と最終競技の概要をおさらいしていく赤毛の少女。
そんな逃げ腰の作戦ゆるさねぇ、という副音声が聞こえるのは、クラウディアだけなのか。
しかし、上位チームは本当に動きがヤバいので、下位チームでポイント稼ぎして逃げ切るのもいいなぁ、とヘタれてしまうチキン部長である。
「あ、あのメイヴの調整はどうされるんですか? 対戦チームごとに都度調整を変えるなら、今のうちにセッティングの予測値を出しておかなきゃと思うんですけど…………」
「そうですねぇ……わたしとしては全て汎用セッティングでいいと思うのですけれど、上位チームに対してのみ、そのあたりを変えていってもいいかもしれませんね。そこはオペレーターの方の判断次第です」
『ところでユリさん、明日のパーティーはどうすればいいでしょう? 出席することで何かメリットやデメリットはありますか??』
「いけませんよ皆さん……。エイムの競技に出るだけでも十分です。学園外で余計なことに関わるのは看過できません」
「他の参加者もいらっしゃるはずですから、ヒトと成りを見る、という偵察の意味はあるかと思いますが…………」
飽くまでも可愛い
競技会運営主催によるパーティーへの参加の是非が気になる片目隠れメーラー、フローズン。
女子生徒たちの動向に目を光らせるシスター・ヨハンナ。
そういった事を話し合いながら、ディナーミーティングは賑やかに進んで行く。
その姿は、それなりに一端のエイム乗りチームであった。
◇
3競技種目を終え、実質的なメインイベントとなる、模擬戦。
来場客の中には、ここからの競技を見たいが為に来る者も多い。
競技会運営、そしてアルペンビルスク星系政府が商売っ気を出してくるのも、ここからである。
競技会場中層の一般観覧スペースでは、来場客が自由に参加できるイベントブースが開かれていた。
騎乗競技4種目の体験シミュレーター、各チームの設計したエイムの小型模型展示、プロモーションビデオのように編集された競技ダイジェスト映像の配信、
関連商品の販売も行われており、盛況だ。
そして上層階の関係者以外立ち入り禁止のフロアでは、競技参加者とチームの人間が参加出来るパーティーが開催されていた。
開催地であるアルベンピルスク星系政府の要人や、エイム製造を行う企業の社員、ハイソサエティーズ、といった賓客も招かれている。
騎乗競技会というのも、長い歴史がありそれなりに権威のあるイベントだ。
だからこそ隔離施設のような学園から女子生徒たちも出られたワケだが。
「あ、デリカレーションがありますよ」
「ほぉ……ユリさんの趣味かと思いましたが、こういうの増えているんですね」
パーティーにはビュッフェ形式のように、チーズケーキやムースといったスイーツ、ソースサンドやバーガー類の軽食、シャンパンやソフトドリンクといった飲み物が供されている。
21世紀では珍しくもないが、食文化が絶滅していたこの時代では、非常に特殊な光景だった。
それ以前には、感覚高揚成分のウェハースチップなどが置かれていたらしいが。
これも、共和国から広まってきた食の
興味深そうに見ている紫肌の長身女子やおかっぱ猫目の少女の一方、ドリルツインテは赤毛の反応を横目で見ていた。
当然、唯理は知らんぷりしていた。
パーティー会場での主役は、競技出場者のエイムオペレーター達だ。
優秀なチーム、高性能なエイムを用意して来たチームには、行政府や企業から声がかかっていた。
仮に実戦レベルでなくとも、性能的にユニークなエイムは投資対象になり得る。
そういう点では、聖エヴァンジェイル学園の
製造技術的に特筆するべきところがなく、また赤毛の監督が特徴の無い全局面対応の汎用機を望んだ為だ。
それでも、オペレーターからメカニックまで可憐な少女たちばかりなので注目はされるが。
「あれだけ骨太なオペレーションを、これほどお若い女性がこなしているとは。卒業後はどのような道に進まれるか考えはありますか? ショワグローグのパブリックオペレーターになりませんか?」
「ふえ!?」
ある惑星政府の高官から、いきなりスカウトのような話をされるクラウディア部長。
エイム乗りとして自立するのが目標だったとはいえ、急なことでビックリする。
自分にそれほどの実力があるとも思わず、ほとんど社交辞令のようなものだとは思っても、それにどう応えていいか分からなかった。
「聖エヴァンジェイル学園というと……ノブレス系のレジェティメイトカレッジなのですね。
今はエイムオペレーションを学べるとは、時代というヤツでしょうかねぇ」
「ち、違うんです学園の方針などという事ではなくてですね! 課外活動部で生徒の自主性が尊重された結果というかですね!!」
あるハイソサエティーズの老紳士が関心したように言うと、慌てるシスターがこれを否定。
聖エヴァンジェイル学園は、模範的淑女を育成するという教育方針を伝統的に継承している。
そんな物理的にブッ飛んでいる小娘どもが一般的生徒と思われるのは、シスターヨハンナ的に責任問題だった。
「あれ? ユリさんはどちらへ??」
「ヒトが多くて気分でも悪くなりましたか。女の子が弱っている姿は愛らしいですよねクヒヒ」
「彼女はそんなか弱くはないと思いますけど……。多分キアさんはもう少し自分を隠した方がよろしくてよ?」
単眼娘が赤毛の少女不在に気が付き、大きな瞳をパチクリさせて周囲を見回していた。
いつの間にか村雨ユリが姿を消している。
なにぶん線の細いお嬢様が(主に創作部に)多いので、人混みに酔うような繊細さを持ち合わせていても不思議ではない。
そんなことを期待する倫理観に問題のある保健委員に対し、ドリルツインテのエリザベートはボソっと否定的な意見を述べていたが。
この時、
騎乗競技の地方大会などに大したハイソサエティーズは来ない、と考えていたが、少し想定が甘かったようだ。
なお、お嬢様モードで頭に付けているカチューシャ型デバイスは、センサーの顔認証を偽装する為の物だったりする。
「ナイトメアさーん」
「おお! ベルちゃーん!!」
パーティーでは競技チーム同士の交流も発生していた。本来はこれが主旨だ。
外ハネ天才娘ナイトメアと無邪気に触れ合いに来るのは、カマロシティハイムーバーのリーダー、ベル・リネットだ。
化粧っ気の薄い黒髪も地味な技術系お姉さんである。
ナイトメアとはエイムの展示会の折に仲良くなっていた。
「わたし達『ナリーア』って星系でテストオペレーターに呼ばれたよー! エイムの性能に全く頼らないオペレーションが向いているんだって。どういう意味なんだろうねー」
「ほえー……ほ、褒められて、る? のかな??」
『エイムの性能も評価されてよいと思いますけど』
いまいち手放しで喜べないと、斜めになって平坦な笑みになるメカマン系のベルお姉さん。
真似するように身体ごと
カマロシティのエイムは見た目こそ貧相(失礼)なものの、基本性の高さは少し見れば分かる事なのだが。と、通信のショートメッセージで言うのは、片目隠れ娘フローズンである。
スレンダー部長が気が付くと、騎乗部の面々はあちこちに散っていた。
物流企業の営業のヒトに話しかけられ手洗いを理由に逃げた為に、今のクラウディアはひとりだ。
何やら貫禄のある老人を前に愛想笑いが引き
「もしかして……やはり、レディースクールの騎乗部チーム……。
あなたはオペレーターの……そう、クラウディア・ヴォービスさん?」
「はい?」
さてどこの
また地方行政府のお役人か企業の社員か、と思い振り返ったところ、そこにいたのは揃いの制服を身に着けた同じ年頃の少女たち。
連邦軍付属学校のチーム、ラーキングオブシディアンの面々であった。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・マークスマン
軍組織における選抜射撃手の意味。特に射撃に優れ長距離射程の攻撃を担当するポジション。
・ウェハースチップ
経口摂取する薬剤の一種。薄く唾液で即溶ける組成の為、口腔粘膜から吸収する薬用成分に向いている形態。
TPOに合わせた感情制御に薬剤を用いるのは珍しくなく、パーティーや会議の際にチップの形で提供されることは多い。
基本的に無味無臭であり、基本的に嗜好性を求める物ではない。
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