135G.サブライスピリッツ ラーニング

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 近年の観測結果によると、広大な宇宙において時間の流れは一定ではないらしい。

 それは、ブラックホールのような超重力圏における一般相対性理論上での時間の減速、という意味ではない。宙域によって時間の経過に差があるという話だ。


 ただ聖エヴァンジェイル学園に関しては、そのような宇宙の現象とは無関係に、時が止まったままになっている。

 まるで宇宙から切り離されたように、平穏な日々をループさせる小さな世界。

 ここはきっと、最後の・・・その瞬間まで変ることはないのだろう、と。


 現実を知る数少ない者は、そんな憐憫や諦観ともつかない感情を抱えていたのだが、


「ねぇ……アレ・・なにかしら?」


「まぁ、エイムですわね。また外のヒトでしょうか?」


「騎乗部の方ではありませんの? ムーさんが先日そんなことを――――」


 生活棟のガーデンテラスで、お茶をしていたお嬢様たちが空を見上げていた。

 作り物の街の上空を、6体のヒト型シルエットが飛行している。

 その姿に、少し前の誘拐未遂事件を想起する女子生徒も。

 だがそれは外部から入ってきた物ではなく、学園の課外活動部、騎乗部と創作部が作り上げたエイムであった。


 女性の自立を促さない、本来ならエイムのような物も持ち込みなどさせなかった、孤立した宇宙の学園。

 それが、ある少女達により少しずつ変えられているとは。

 遠く離れた宇宙にいる運営母体の者たちは、そんな事を想像すらしないのだ。


               ◇


 ノーマ・流域ライン、アクエリアス星系。

 スコラ・コロニー、聖エヴァンジェイル学園。


 学園裏手の森の中に、一見してレンガ造りらしき・・・建物があった。

 表面がすすけ古ぼけた、三角屋根の倉庫である。

 実際には、レンガのような表面素材も汚れも、単なるデザインであったが。

 出来てまだ3~4日だ。

 誰の趣味なのだろうか。


 軽く風を巻き上げながら倉庫の前に下りてくるのは、全高15メートル前後のヒト型機動兵器、6機だった。

 随所で角の取れた滑らかな装甲を纏う、スタンダードな中量級機。

 頭部の正面が大型のセンサーアレイになっており、下部両サイドにサブセンサーを備えるという情報能力を強化した単眼モノアイ娘こだわりの仕様。

 威圧感の無い、大人し目な医療用機械のような印象のエイム、であった。

 本来ならば、だ。


 現在は設計初期の形状から変更が加えられており、肩から大きく張り出す取って付けたようなアーマーと一体型のマニューバブースター、肘と膝の関節駆動系アクチュエイターを強化する為の増設ユニット、大型化した背面ブースターユニットや各所ブースターノズル、と大分物々しさが増している。


 それは、一応の完成を見た聖エヴァンジェイル学園騎乗部専用エイム。


 SEVR-AM01『メイヴ』である。


「飛行の方も、重力制御にブースターと特に問題ありませんね。次回はコンバットマニューバを試してみましょう」


「前よりは大分マシになりはしましたけど、これでもまだいいとこ2線級ってところですわよ? 過去の競技会の記録を見る限り、性能面では分が悪そうですけど…………。

 まぁ私には関係ありませんわね」


 エイムの足が地面を踏み締めると、胸部のコクピットハッチが跳ね上がり、オペレーターの少女が中から出てくる。

 赤毛娘の村雨ユリむらせゆいりと、ドリルツインテのエリザベートだ。

 どちらも、騎乗部用にあつらえた専用環境EVRスーツを着用している。

 赤毛とドリル、そして騎乗部一同は、出来上がったエイムの試運転をしている最中だった。


 最初に試作された機体はほぼエイムの体を成していなかったが、今はどうにか最低限の性能は有している。

 無論、高性能なエイムを乗り継いできたエリザベートには、満足できるモノではない。

 ジェネレーターのエネルギー効率、四肢の操作追従性と反応速度、ブースターの加速性能、制御システムの完成度と、これらのいずれもが標準的な軍用エイムに及んでいない。

 それでも、苦労して作り上げた専用機だ。


「ユリさーん! エイムの実物じゃ模擬戦やらないのー!?」


「まだ馴らしの段階ですから、いきなり模擬戦は危ないですよ。実機の模擬戦は機体の限界性能テストをしてから。

 それまでは他の競技の練習とシミュレーターですね」


「うー! 早くこのエイムで思いっきり動いてみたい! なんか感じるGがシミュレーターとは違うよねー! ですよねー!!」


 続けて降りてくるエイム、コクピットから勢いよく顔を出すのは、ミドルヘアが外跳ねしている元気少女のナイトメアだった。

 テンション上がってお嬢様の化けの皮が剥がれてきている。

 その本性は、既に誰でも知っているのだが。


 格納庫内に作ったモニターブースから、創作部の面々がゾロゾロ出てきた。

 まぶしそうに自作の機体を見上げているのは、単に外が明るいからだけではあるまい。

 脳裏に蘇るのは、締め切りを前にした作家のような地獄の追い込み風景だ。


 とはいえ、騎乗部専用エイム『メイヴ』は未だ調整段階である。限界領域での機動もテストし、どのあたりでリミッタをかけるかというデータも揃えなければならない。

 その辺の苦労は引き続き創作部に任せるとして、騎乗部の部員も仮想VR訓練で習得しなければならない事が多々あった。


 ノーマ・流域ラインにおける騎乗競技会の開催日まで、あとひと月ほど。

 実機エイムが形になり、シミュレーター上で再現すべき数値も確定した。

 石長サキという新入部員を加え、補欠リザーブを含めた部員も団体戦に参加できる人数となっている。

 後はひたすら、技量を高めるのみとなった。


 アクシデントが起こらなければ、だ。


               ◇


 コース飛行。騎乗競技の種目のひとつ。

 既定のコースを短時間で踏破するのを目的とする。

 実際の競技場では空中にチェックポイントとなる虹色の輪が投影され、エイムでそれを通り抜けることになっていた。

 シミュレーションにおいては、赤毛、ドリル、王子、無口なメーラー少女は、概ね問題無し。

 跳ね返り娘は、無闇に速度を出してチェックポイントを通過し損ね、あるいはコースアウトして失格になるケースが多数。

 スレンダー部長は丁寧にチェックポイントを通過するのだが、慎重になるあまり手前で減速するなどしてタイムが伸びない。

 健全体型の茶髪少女、サキのエイムオペレーションは一言でいうと直線的であり、操縦がぎこちなく結局タイム的にも遅くなっていた。


 編隊飛行。騎乗競技の種目のひとつ。

 定められた編隊をエイム複数機で形成し、これを何種類組み替えられるか、何回組み替えられるか、または動きが美しく統制されているか、といった点が評価される。

 こちらで問題となるのは、じゃじゃ馬娘のナイトメア、ただひとりだった。

 どうも安定した機動が苦手らしく、編隊を作る際も、作ってからもフラ付くのである。

 フォーメーションの組み換えも、一番間違える回数が多いのはナイトメアだった。


 障害回避射撃。騎乗競技の種目のひとつ。

 会場に多数配置された障害物を回避しながら、同じく配置されたターゲットを攻撃してポイントを獲得する

 ここでも、ユリ、エリザベート、エルルーンはこれといって問題無し。

 無口少女のフローズンは、障害物の回避を頑張りながらも、射撃に秀でたところを見せている。

 クラウディア部長は、全てが要練習というレベルだ。機動、状況把握、判断、攻撃精度、どれも低い。

 茶髪のムチッと少女、サキは障害物に体当たりするわ攻撃目標を見失うわと、部長とは違う方向で課題が多数だった。


 そして、この種目においてナイトメアは水を得た魚だった。

 動きは洗練されているとは言えないが、機動力と攻撃精度において非凡なモノを見せている。

 その戦績は、軽く危機感を覚えたドリル少女がシミュレーションをリトライしたほどだ。


 最後の競技種目となる、模擬戦。

 文字通り、エイムを用いての戦闘で勝敗を競う種目だ。

 実際の試合では実弾は用いず、シミュレーションで被弾の成否と被ダメージを判定される事となる。

 ただし、実物のエイムで試合をする以上は激突などの事故が起こる可能性は高く、またオペレーターにも大きな負担がかかった。

 騎乗競技の花形である。


               ◇


「ぐふぅ……」


 お嬢様を続ける余力も無く、床に倒れるほっそり部長。

 しかし赤毛は健闘を讃えたい。


 エイムの完成とほぼ同時に、騎乗部の部室には全感覚バーチャルシミュレーションシステムが運び込まれていた。

 人間の五体をリテンションワイヤーで操り人形のように吊り下げる、高性能VRシステム『オムニ』のフルスペックタイプである。

 これで思考の中だけでなく、実際に身体を動かしてのシミュレーターが利用可能となるワケだ。

 そんなVR訓練で、クラウディアはサキと模擬戦を行い完敗した、と。こういう流れだった。


 頑張った、とは唯理も思うのである。

 だが、ルームメイトの技量の低さを考慮しても、ムチッと気味な茶髪娘は少しばかり相手が悪かった。

 石長サキという少女、実戦経験はなさそうだが、妙な具合にエイムの扱いに慣れているのだ。

 完全な素人ではないようだが、かと言って戦闘技術が高いワケでもない。

 基本的にどの競技の練習を見ても、とにかく真っ直ぐ突っ込むイノシシ、といった様子だった。


「典型的な『カミカゼエイム』ですわね。何も考えずとにかく突撃する、皇国の新米オペレーターはあんな感じですわ。

 女性のエイム乗り……は、皇国では珍しいんでしょうけど」


「ああ……アレが」


 タオルで汗を拭いながら、ドリル少女が赤毛に言う。跳ね馬少女と一戦交えてオムニの筐体きょうたいから離れたところだ。

 豊富な実戦経験を持ち、唯理にも一発喰らわして見せたエリザベートを本気にさせる、素人のナイトメア。

 この時点で天才という評価を確定させる跳ね少女だが、それはともかく。


 唯理も以前から度々聞いた覚えのある名称だ。

 カンルゥ・ウィジド皇王元首国、銀河先進ビッグ3オブ三大国ギャラクシーの一角。

 通称、皇国。

 その皇国軍に属するエイムは、超高加速で敵に接近戦を仕掛けるという戦術を取る事から、『カミカゼエイム』と渾名アダなされている。

 限界領域Hi-Gでの高機動を日常的に繰り返す赤毛なので、よく比較されていた。

 でも自分はあんなに考えなしじゃないもん、とも思うが。


 なお、皇国は他二大国に比べて支配領域は小さいが、徹底した防衛体制を敷いており、侵攻を受けてもほぼ返り討ちにしている。

 その基本原則から国軍として遠征を行うことは滅多になく、必然的にカミカゼエイムが実際に目撃される機会も少ない。

 更に、皇国では男女の身分差が法にも明文化されており、女性はける職業や社会的役割も大きく制限されている。

 ましてや、軍もエイム乗りも完全な男社会。

 女性がカミカゼ戦術を用いるのは、奇跡に近かった。


「でも、アレ・・じゃ速度の持ち腐れですね。皇国軍のオペレーターが皆ああ・・ではないのでしょうが」


 赤毛の少女はアウタージャケットを脱ぐと、数分前までドリルツインテが使っていたオムニへ入る。

 本当はルームメイトを鍛えようかと思ったのだが、力尽きたままなので、先にイノシシ武者と手合わせすることにしたのだ。

 なにせ、同じ機動力を活かして戦闘するタイプ。

 そんな自爆特攻のような戦い方では、見ていられないものがあった。


「石長さん、今度は私とおねがいします。お疲れならまた次の機会でもよろしいですが」


『……構いませんよ。村雨さんは先日もエイムで暴漢を取り押さえていらっしゃいましたね。お手柔らかに』


 次の対戦申し込みに、素っ気無く応じる茶髪の少女。

 騎乗部の活動に参加してはいるが、やはり周囲とは距離を取っており、真意は不明だ。


 腰や胸の下、膝や肘にワイヤー付きのベルトを締め、足と手にも輪になっているベルトを通す赤毛の少女。

 最後にヘッドアップディスプレイHUD・グラスを着け、情報機器インフォギアからオムニに同期リンクし全感覚を投入する。


 他の者から見て、村雨ユリはワイヤーに吊り下げられ、エイムに搭乗している状態と同じ姿勢になっていた。

 仮想VR空間の中でも、唯理はエイムのコクピットの中にいる。

 ネザーズにより精神で直接繋がるシミュレーションは、主観的に現実と変らない、ということになっていた。


「では、模擬戦と同じルールでよろしいですか? 試合時間は15分。直撃判定で4ポイント先取。場外は相手にポイント。これをー……何本やりましょう?」


『何本でも構わないわよ? 私ももっとエイムには慣れておきたいし』


 仮想の宇宙空間は、時間経過も一時停止中。

 通信相手のイノシシ少女も姿は見えない。


 騎乗部では基本的なエイム操縦を学びながら、過去の映像から競技会への対策も立てている。

 仮想空間に構築されているのは、例年の騎乗競技に会場として利用される、惑星軌道上の廃棄コロニーとその周辺宙域だった。

 傘の上下に尖塔がそびえるようなコロニー構造体は、元々その惑星にあった物ではなく、どこからか引っ張ってきたモノらしい。

 競技会のハイライト、模擬戦ではこの巨大構造物を中心に、選手が遮蔽物に使ったり物陰に隠れたりと応用と工夫を凝らすのも、見どころのひとつだとか。

 時には大会運営側が演出・・を加えることもあるとかで、競技会自体がショービジネスとなっている側面もあった。


「ランコさん、はじめてください」


『承知しましたー。トラップ無し、自動オブジェクト無し、サプライボックス無し、機体条件はどちらもノーマル、以上の条件でシミュレーション、ラン開始します』


 オペレーターを務めるおかっぱゲーマーが演算を再開させると、仮想VR空間も動き出す。

 すると、すぐさま赤毛娘の前方からまっすぐ突き進んで来る光が見えた。

 石長サキの搭乗する、藤色のメイヴが背負うブースター炎だ。

 なお、ユリのメイヴは深紅となっているが、どちらもシミュレーター上の色分けというだけである。


 皇国軍のエイム乗りは、25G以上の高加速で敵機へ肉薄する強襲戦術を得意とするという。

 数に劣る皇国が他二大国と張り合えるのは、このような肉体への負荷をかえりみない、恐れ知らずな戦い方にるところが大きかった。


「でも、それはどうでしょう?」


 赤毛の少女はコクピットのアームを引くと、エイムを斜め後ろに下がらせつつ、腕部のレーザーを短連射モードで発振。

 胸部ブースターを吹かす深紅のエイムは、高速で相手の進路上から離れると同時に、安定した引き撃ちを見せていた。


「くッ……んぬ!」


 シールドの上から滅多打ちにされる茶髪イノシシは、35G343m/s2での加速状態から強引に軌道偏向。

 深紅のメイヴを側面に見ながら腕部レーザーで応射するが、ネズミ花火のように縦回転する赤毛には全て回避される。


 そうして、最接近した後は減速し切れず遠ざかってしまうので、サキのエイムは背後から撃たれ放題で逃げ回るハメになっていた。


(あの加速力は大したものだけど、丸見えの正面から突っ込んできて回避機動もなおざり・・・・じゃ生き残れまいなぁ。

 本場の皇国軍はもう少し戦術的に動くんだろうけど)


 100キロ先で大回りして向きを変える藤色メイヴに、なんとも言えない気分になる赤毛。

 サキという少女の勢い任せな感が、不安しか抱かせなかった。

 実際にカミカゼ戦術を用いる皇国軍は、考えがあってカミカゼしていると思われるが。

 また、こんな雑な突進に対応できない騎乗部の部長の方も、もう少し鍛えねばなるまいとユリ様は思うものである。


「ですが、慣性Gや身体への荷重を恐れないのはいい事ですね。ひとつ競わせていただきましょうか」


 再び突撃してくる藤色エイムのサキだったが、今度は深紅のエイムも真っ向から突っ込んでいった。

 明らかな衝突コース。しかも、ユリの方は40Gを超えてくる高加速度。


「ちょっと本気!?」


 接触まで5秒。コクピット内に鳴り響く衝突警報コリジョンアラート

 まさかこんな乱暴な勝負を仕掛けられるとは思わず、イノシシ少女もギョッとさせられる。

 咄嗟に肩のマニューバブースターを吹かし進行方向を変えるが、ほぼ同じタイミングで深紅のエイムも鋭角に軌道を変え、向きを合わせてきた。


「ッ~~~~!!?」


 既に目の前。思考アクセラレーターに引き延ばされた時間の中でも回避できない。

 頭の中が真っ白になるサキだったが、次の瞬間には深紅のメイヴがディスプレイから消えていた。

 そうして、何が起こったのか、相手はどこに行ったのか、と思った直後に、エネルギーシールドが過負荷でダウン。

 次いで、直撃判定3連続で敗北。

 シミュレーション終了となり、状況に付いて行けないサキは呆気に取られていた。


 心臓を爆動させながら試合のログを見てみると、一瞬で背後に回られて集中攻撃を受けたらしい。

 だが問題は、そこに至る赤毛のメイヴの瞬間最大加速度が、50Gを超えていたこと。


 シミュレーターではオペレーターにかかる荷重も擬似的に再現されたモノでしかないが、それに耐えてエイムを駆るのは楽なことではないはず。

 見よう見真似でしかないとはいえ、自分のカミカゼマニューバをあっさり超えてくる赤毛のお嬢様の高機動に、サキは心底驚かされたていた。


『いかがでしょう石長さん。少し休憩しますか? それとも一旦切り上げましょうか』


 しかし、勝者の余裕を滲ませる(サキ主観)赤毛様の通信に、ちょっぴりビキィ! となるやんごとなき・・・・・・イノシシ娘。

 負けた悔しさで当初の目的もポーンと忘れた。


「こんなにあっさり終わっちゃ悪いでしょう!? 次よ次!!」


『結構です。では同じ条件でランコさんお願いします』


『えーとハンデとかは必要ありません?』


 リベンジに燃えるイノシシ。おかっぱネコ目少女の気遣いは、半ギレの笑顔で却下された。


 続いての模擬戦では、逃げる深紅のメイヴを藤色のメイヴが追いかける展開に。

 ブースターを吹かしっ放しで早々にオーバーヒートするサキに対し、ユリの方は緩急を付けブースターを温存しつつ完璧にかわしてみせる。

 射撃の応酬でも、サキは深紅のメイヴを捉え切れないまま逆に被弾。

 突撃戦法も全く不発なまま、4回の直撃を受けてラウンドを終了した。


 実際のところ、勢いだけの突撃などクラウディアくらいにしか効かないのである。

 シミュレーターを苦手とする赤毛であっても、全く問題としない。


 3回目は逆に赤毛メイヴから強襲戦法を喰らい、何も出来ずまたたきする間にサキは敗北。

 4回目はユリの電子ダミーに引っかかり、突っ込んだ先で背後から撃たれて何も出来ず沈んだ。


「ぐッ……! ゆ、ユリさんは見かけによらず激しいのがお好きなのですね。実物のエイムでも、あんな無茶な動きをされるおつもりで?」


「実は私、シミュレーションで再現された荷重ではいまいち慣性を感じられなくて。

 現実のエイムの方が機動を体感できる分振り回しやすいですね」


「ありますわよね。そのあたりはどれだけ安全設定をイジっても改善……改善? まぁ、あまり変りませんし」


 最終的に10回ボコされ、イノシシ娘は赤毛のマタギに怨念の混じる笑みを向けていた。

 対照的にほがらかなお嬢スマイルの赤毛が憎たらしい。

 しかも、赤毛娘とドリル少女は、仮想VRシミュレーターでは調子が出ないとかのたまう。

 負け惜しみならともかく、隔絶した実力差を見せられてはハッタリとも言えなかった。


「いったい学園に来る前は何をしていらしたのかしらね、おふたりとも」


 歴史ある名門校、その裏の顔。

 ワケあり少女の隔離先、という現実を改めて思い出す石長サキである。自身も同じ身の上だが。

 よって、やぶ蛇になるので詮索も無しだった。


               ◇


 深夜である。

 寮の私室、ベッド上で愛らしい華奢な少女がうなされていた。

 騎乗部での特訓がよほどこたえたらしい、部長のクラウディアだ。


 将来はエイム乗りとして自立を志すクラウディアであったが、残念な事その技量は騎乗部で一番下だった。

 実戦経験者である赤毛やドリルと比較にならないのは当然だが、競技会の他の参加者のレベルにも全く届いていないのは大分マズい。


 現在の聖エヴァンジェイル学園騎乗部の部員は、7名。団体競技の参加人数が6名なので、ひとり補欠となる。

 この補欠枠、実は自分にするつもりの唯理だった。一応お尋ね者の身であるし、いまさら素人相手に無双してどうしようというのか。

 人数的に参加せざるを得ないとなれば、騎乗部の存続に関わる程度に戦績を残そうと思ったが、今となってはその必要もなさそう。

 だがそうすると、訓練相手に雇ったドリルから苦情が出そうなので、その辺は相談しながら必要に応じて補欠枠を使い回そうと考えていた。


 そのようなワケで、部長でもあるクラウディアはどうしたって競技会には参加しなくてはならない。

 そして参加する以上は成績を出すつもりでのぞまねばならず、地獄の特訓を継続する事となっていた。

 本人が頑張るのでつい赤毛も力が入ってしまったが、泣く前にやめておけばよかった、と反省するものである。

 相手が砂糖菓子より脆いお嬢様であるのを失念していた。


 フォローではないが、明日にでも唯理はルームメイトのご機嫌を取るつもりだ。要はスイーツなのだが。

 そこで、必要な物を自分の船に取りに行く為に、こうしてクラウディアが熟睡するタイミングを計っていたのだ。

 セキュリティーの固い学生寮を抜け出すのも、慣れたもの。

 いつものようにセンサーをだまくらかした赤毛の不良生徒は、学園の敷地を出ると、近くにある空っぽの家に侵入。

 停めておいた4輪バイクに跨ると、モーターの回転数を上げ、無音のまま車体を前に押し出した。


               ◇


 4輪バイク、ザンザス・コピーが風切り音を立て無人の街を突っ切っていく。

 スピードで言えばエイムとは比べようもなかったが、唯理はこの時間が好きだった。

 何も知らない少女達をたばかり、世間知らずのお嬢様を演じるのは、そこそこ肩が凝る日常である。

 クラウディアやナイトメアと騎乗部で遊ぶのは楽しいが、それはそれで「自分はいったい何をやっているんだろう」と思うことがあるのだ。


 銀河の情勢は日に日にキナ臭さを増し、共和国圏ではキングダム船団が対メナス戦で矢面に立つ機会も増えていると聞く。

 戻れるものなら、早く戻りたかった。



 などと考えながらバイクを走らせていると、唯理と情報機器インフォギアのセンサー、両方に反応が。


 

「うん?」(わたしと同じ夜の散歩……なワケないな)


 何かが赤毛のバイクに後方から急接近している。

 例によってコロニー内のセンサーからは電子妨害ECMで身を隠しているので、学園側に見つかったとは考え辛い。

 心当りはひとつあったが、それを確認したいとも思わないので、唯理はバイクを加速させた。

 膝を擦らんばかりに車体を傾け、高速で十字路を折れると、すぐさま切り返し再度直進。

 大通りからひとつ隣の通りに入り、モーターの出力を上げ時速250キロにまで増速する。

 これで相手が自分を見失うといいなぁ、と思ったのだが、遺憾なことにしっかり同じ十字路で曲がり、追尾を続けてきた。

 狙いが赤毛であるのが確定である。


(結構いい切れしてる。それに比べてこっちはもう熱ダレしてきてるしッ)


 車体後部の光学センサーで後ろを見てみると、ヒトのシルエットがぐんぐん距離を詰めて来ていた。

 一方で唯理の手製バイクは、モーターのオーバーヒートで速度が上がらなくなってきている。

 自身の不甲斐なさはともかく、一体誰が何故どうしてどうやって追いかけてきているのか、と思っていたならば、


 真後ろにいたはずの追跡者が100メートル近い距離を一瞬で潰し、左側にある建物の壁面に着地・・した。


(ブースター? を装備したEVAスーツか)


 追跡者は火花を散らして壁を蹴ると、強引に赤毛娘のバイク前方に飛び下りる。

 直前に噴射音のようなモノを捉えた事から、超加速したのは何かしらの推進装置だと予測できた。

 路面を走る追跡者は、ホイール付きのブーツのような物を履いているらしく、スピードスケートに似た動きで地面を滑っている。

 黒い装甲の船外活動EVAスーツを装着しており、顔も全く見えなかった。


 唯理は相手の気配からそれが誰か分かったが。


「ふシッ!」


 黒い装甲スーツの追跡者が、振り返るような動作で後ろ手に何かを投擲。

 唯理は車体を思い切り傾け、即切り返し蛇行。飛来した物体を回避した。

 それを見ていた追跡者は、すぐさま目先を変えバイクの進路上に同じ物を投げ付ける。

 路面に突き刺さった鋭利な物体からは、四方にワイヤーが飛び出していた。

 足止め、と察した瞬間、唯理はバイクにフルブレーキ。

 後輪が浮き上がる勢いを使い、重力制御で空中へと跳ね上がる。


「ちィッ!? ただのアンティークじゃなかったか……!!」


 頭上を飛び越えるヴィークルを見上げ、EVAスーツ内でくぐもる忌々しげな女の声。

 追跡者はスーツのブースターを吹かし飛び上がると、次々建物の上に飛び移りながら標的を猛追する。


 しかし、赤毛娘の4輪ヴィークルは追跡者と入れ替わるようにして高度を落し、路面にタッチダウンした。

 追跡者側に遠距離攻撃の手段オプションがあるとなれば、狙い撃ちにされる空中にいつまでも留まりはしまい。

 空っぽの建物の陰に入るヴィークルを追い、黒い装甲スーツの女は建物の屋根から空中へと飛び出す。

 そこから投擲武器、クナイを投げ付け赤毛の少女を縛り付けようとするが、


(――――いない!?)


 ヴィークルには誰も乗っておらず、投げる直前の姿勢で固まってしまった。

 路面を擦って着地する追跡者は、想定外の事態でも思考を止めず、速やかに次の行動へ。

 ヴィークルを降りて逃げたのなら、まだ遠くには行っていないはず。


 そう考え情報機器インフォギアで現在位置を探り出そうとしたものの、肝心な赤毛は追跡者の真後ろで、脚を大胆に上げるジャンピングかかと落しの体勢に入っていた。


               ◇


 その翌日のことである。


 朝のシャワーを浴びた後、例によって全裸のような格好で出てきた赤毛のカラダに真新しい傷を見つけて、ルームメイトが仰天させられていた。

 そして、エイム乗りなら死なない傷くらい無視して当然、というユリのセリフに、クラウディアが青くなっていた。

 お嬢様によっては一生怪我なんかしないのだ。


 同じ頃、茶髪イノシシガールの石長サキが、自室の前でお目付け役のメタルブルー少女がボロ雑巾状態で捨てられているのを発見。

 本人から話を聞き、事態の深刻さに絶句していた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・思考アクセラレーター

 エイムなどの制御システムに搭載されるオペレーターの補助機能。

 オペレーターがネザーインターフェイスを用いシステムと同期する事で、エイムの演算フレームがその思考能力を一部肩代わりする。

 これによりオペレーターは、毎秒490メートルという高加速度Hi-G領域でも状況を認識する速度を得られる。


・クナイ

 ナイフに似た両刃の武器。近接、投擲、共に使えるよう、重心が刃の側に寄っている。携帯に適するよう主に手の平サイズ。

 起源惑星の一部で諜報活動に従事する工作員が用いていた。

 現在でも皇国の諜報員、ニンジャエスピオナージが携行しているとの噂である。


・踵落し(かかとおとし)

 21世紀の偉大なる格闘家、青い目のサムライのスピリッツを継承する必殺技。

 技の出だしから弧を描いて振り下ろされる足技は、さながら日本刀の袈裟切りの如き斬れ味。




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