125G.バッドガールズロック プレリュード
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自分の将来を悲観する、明るい金髪のスレンダー女子、クラウディア・ヴォービスは息が詰まると
そこは、美しく整えられた乙女の花園、聖エヴァンジェイル学園の影の部分。
学園全体で見られる時代がかった装飾の成されていない、金属の足場や地の素材が剥き出しとなっている、バックステージとでも言うべき場所だった。
その更に奥に位置する、薄暗い倉庫。
学園で学ぶ良家の子女が来るような所ではない。
だがそこには、クラウディアにとって縋らずにはいられない、希望の偶像が存在しているのである。
そんな少女の希望、倉庫に放置されていたヒト型機動兵器は、胸部コクピット周りから無秩序にパーツを取り外されていた。
「――――んなぁ!!?」
いつかこのエイムで宇宙に出る。
そんな妄想をしていたクラウディアは、無残な有様となった自分の希望を見て裏返った声を上げていた。
そして、
「……おっかしーなぁ、ジェネレーターは生きてるんだから、メインフレームが立ち上がらないとおかしい……」
コクピットの中に潜り込み、なにやら唸りながら次々と部品を機外へと放り出す下手人を確認するや、
「ギャー!? 貴様ー!!」
お嬢様らしからぬ奇声を上げて、クラウディアは突撃して行った。
◇
赤毛の偽装お嬢様、
ここに、乗ってきた宇宙船を密かに駐機しているのだ。
外の警備部隊の目を盗み、コロニーのセキュリティーを誤魔化して侵入するのは、意外なことにそれほど難しくはなかった。
誰も使うことがない、恐らくコロニー建造後からほとんど利用されていないであろう静まり返った格納庫。
そこに横たわるのは、無骨極まる強襲揚陸艦だ。
艦の両舷を覆う、短く分厚い剣のような増設装甲。
艦首に備えた楔形の衝角、重装甲に埋まるように配置された上部艦橋構造体に、艦尾を覆い尽したブースターエンジンを内蔵する中央艦体。
フランシスカ級『アルケドアティス』全長770メートル。
100億隻の宇宙艦隊、フォースフレーム・フリートが一隻である。
そして赤毛の放蕩娘は艦内格納庫にて、交流と直流の雷鳴的ロックミュージック爆音の中、作業中であった。
学園では完璧にお嬢様を演じ切った唯理だが、なにせ元が性格的に可愛げ皆無な軍用少女、本音としては窮屈で仕方がない。
いずれ慣れるとは思っているが、少なくとも今は上品な制服を脱ぎ捨てパンツとブラにスタッフジャンパーのみなラフ過ぎる格好になり、工具片手にバイクなど弄っているのだ。
(やっぱりモーターが熱でタレる……。設計図通りのはずなんだけど)
外枠に固定された凶悪なフォルムの4輪バイクが、そのタイヤを高速回転させていた。
あられもない姿の赤毛娘は、肩を落とした残念顔をしていた。自分の能力にガッカリである。
現在整備中の4輪バイクは、エイミーらに作ってもらったコンバットヴィークル『ザンザス』のコピー品だ。流石に逃げる時に持ち出すような余裕はなかった。
しかし設計図のデータは
理屈ではそういう事になっていた。
それで解決するなら、天才エンジニアは必要ない、という話なのだろうが。
実際に作られたコピーバイクは、性能も安定性もオリジナルには数段及ばないという出来。
なまじ全自動で工程を行える分、唯理には何が悪いのかサッパリ分からなかった。
「やれやれ思いやられる……」(これでエイムも整備しないといけないのは、しんどいな)
バイクの電源を落とし、低くなる駆動音を聞きながら赤毛の少女が見上げる先。
そこには、整備ステーションに収まるヒト型機動兵器の姿があった。
エイミーと、フィス、ダナ、パンナコッタの技術陣が心血注ぎ作り上げてくれたフルカスタム機。
都度整備をしてきたものの、この1年間の戦闘で大分粗が目立ってきていた。
整備ステーションの通常メンテナンスだけでも、一般的な軍用機を圧倒する性能を維持する化け物であったが。
現在の唯理の行動は、目的に向けた明確なワンステップである。
でも、パンナコッタの皆とキングダム船団が懐かしい。
これがホームシックと呼ばれる症状であるのを受け入れるのには、多少時間を要した。
自分がそんなに脆いメンタルの人間だとは思わなかったのだ。
これも、パンナコッタと船団に戻る為の最短ルート、最も確実な道。
そう自分に言い聞かせる赤毛だが、またあの学園でお嬢様のフリをする生活になるのかと思うと、無駄な時間という思いが拭えずうんざりした。
◇
赤毛の新入生、村雨ユリが学生寮の自室に戻ると、ルームメイトがベッドの上で膝を抱えていた。
思いのほか帰宅が遅くなったので、朝方部屋にいなかった理由をどう説明しようかと思っていたのだが、想定外の展開である。
とはいえ、ルームメイトことクラウディア嬢も、この平和な学園に通うお嬢様。
何を悩んでいるか知らないが、その内容も相応に能天気なモノではないのだろうか、と。
そんなことを思い、目が死んでいるルームメイトに何があったのか聞いてみると、
「なんというか……生きる希望を見失ってしまったの」
などと、平坦な声で仰る。
クラウディアの様子に、思ったよりも深刻な事態か、と密かに身構える赤毛。
その後詳細を聞いてみると、唯理もエイム乗りとしては多少気になる内容であった。
クラウディアと初めて出会ったその時、その場にあったエイム。
それをある女子生徒が、
ハイライトの消えた目をしたルームメイトを促し、赤毛の少女はどんな状態になっているのかを直接見に行く事とする。
どうせ卒業資格を取るまでは、たいしてやる事もない。
◇
スコラ・コロニー、聖エヴァンジェイル学園。
ファウンデーションエリア、倉庫。
長めの黒髪がちょっと跳ねている、顔の真ん中に大きな単眼が納まっている女子生徒。
アルマ・ジョルジュはモノアイ人の少女である。
そして今は、ゴミを見るような、と形容すべきお嬢様としてあってはならない目付きのクラウディアと、穏やかな笑みが妙に迫力のある赤毛の少女に挟まれていた。
大きな瞳に涙がたまっている。
この三者の出会いは、誰にとっても想定外であった。
クラウディアからすると、まさかまた居やがるとは、というのが正直な感想である。
初対面のユリには、特に思うところなどはないが。
「アルマさん……何故またこちらに? 学園の備品を一通り破壊して満足されたのでは?」
本性のやさぐれ具合が表に出てしまっているクラウディア。常になくトゲトゲしい。
心の拠り所のような物が興味本位に脅かされれば、こうもなるだろう。
とはいえ、別にそのエイムはクラウディアの所有物というワケでもないので、文句を言う筋合いでもないのだが。
「そ、その……やっぱり壊したままというのは良くないと思いまして、直さなきゃと……ご、ごめんなさいー!」
ほぼ初対面にして極めて塩対応なクラウディアに、ついに決壊する単眼女子のアルマ。目が大きいので放水量も相応。
とりあえずここは自分が『良い警官』役をする場面であろうと思い、赤毛の少女はハンカチを取り出すと、単眼少女の涙を拭きにいく。
必然的に『悪い警官』役を振られて、クラウディアはバツが悪そうな顔をしていた。
「あの、アルマさん、でよろしいでしょうか? 美しい花を興味本位に手折ってしまうのもヒトのサガなのでしょうが、その花を元に戻せるのですか?」
「え……あの、それはー……え、エイムの制御フレームには必ず
その通りにすれば、元に戻せるはず、なんですけど……」
小首を傾げて言う噂の美少女新入生に、単目を泳がせて言葉を濁すモノアイ少女。
確かにアルマという女子の言う通り、エイム内には自機の構造を詳細に記したログデータがある。
これにより、例え本拠地や母船の整備ステーションでなくとも、エイムは最適かつ効率的な整備を受けることが可能となっていた。
ところが、これに関して問題がふたつ。
ひとつは、エイムが保管されている当倉庫には、専用の整備ステーションが設置されていなかったこと。
もうひとつは、仮に元通りに組み直したとしても、元々動かないエイムだったので、直ったかどうか分からないということだ。
そもそも、起動しようとしても出来なかったので故障を疑い、コクピット周りの部品をバラしたのだと単眼の少女は言う。
挙句、素人考えで各システム毎の単独起動チェックをやろうとして、分解したはいいが元のパーツの接合や端子の接続がよく分からなくなるという。
それで、結局エイムが起動しない理由は、不明。
実際のところ自分が壊したのか壊してないのかすら分かっておらず、何を以って『直す』とも言えないところだった。
元から壊れていたのかどうかも分からないのだから、極端な話外に出した部品を中に押し込むだけでも良い気はするのだが。
「いっそ正常に稼働するよう直してしまっても良いかもしれませんね」
これは残念な
かと思いきや、クラウディアにもアルマにも思いもよらないことを言い出すのが赤毛のお嬢様だ。
当然、そんなことができるのか、またそんなことをしていいのか、という疑問になる。
「『直す』って……ユリさんはそういった経験があるんですか? それに、いまさらですけど動かしてしまうのも学園やシスターに咎められてしまう気が」
かく言うクラウディアであるが、実際にエイムが『稼動する』と聞くと、内心ではワクワクしてしまっていた。
なおユリは『稼動するように直す』とは言っているが、実際に動かすとは言っていない。
いざ必要になったら、いつでも動かせる状態にする気ではいるが。
「こういうのは……校則的にはどうなのでしょう?」
「学園の中の物をみだりに傷つけてはならない、とはありますね……」
「このエイムは、学園の管理内にある物なのでしょうか? 確か元々はコロニー警備部隊の装備品でしたわよね?」
「ええと……当初は学園が用意して警備部隊に支給する予定の物が、警備部隊が自分で予算を取り装備を選定したので宙に浮いたエイム、というのが顛末のようですね」
学園の施設を破壊してはならない、という校則は、わざわざ単眼少女が調べずとも分かりきった事ではある。
では問題のエイム、これは学園の所有物なのかというと、クラウディア
要するに、警備の人間に使わせようと思って引渡し手続きまで終わらせたのに、相手方のお気に召さなかったので持っていかずに置いていかれた、と。
それも大分時間が経っているらしく、既に警備を委託した
クラウディアは、その経緯を以前調べたことがあったのだ。
故に、実は『学園の備品』ではないというのも分かっていたのだが。
そこは腹立たしかったので。
そしてこれらの状況から至る結論は、こっそり弄る分には問題なさそう。
「でも、ここでは整備ステーションを持ち込むのも難しいでしょうし、基本的に手作業になりますね。
ロゼッタさん、使えそうな道具の所在とマニュアルを検索してくださいますか。…………まさか、ちょっとした保険ですよ」
赤毛の女子は、早速どこかしらに通信を入れ必要な物の調達に動いていた。
スレンダー少女と単眼娘の返事を待たず、倉庫を出て学園中心部とは反対側の、更に奥へと歩いて行く。途中にいたセキュリティドローンやセンサーもサラッと黙らせた。
ほどなくして、村雨ユリは別の倉庫から拝借してきたゴツイ工具類を持って現れる。
肩に背負っている作業用パワーマニュピレーターと可憐な赤毛のお嬢様の対比が凄かった。
「まずは外部電源を確保しましょうか。次にジェネレーターと制御フレームのような主要機能から動作確認を。コネクタのチェックはそれからですね」
制服の上着を脱いでエイムに向かうユリを、呆然と見送るほかないクラウディアとアルマ。
しかし、エイム自体はふたり共に興味の対象であったので、とりあえず手伝いに向かった。
◇
連邦圏、フォートリブル星系。
星系外縁宙域。
共和国政府が正式に認めるまでもなく、正体不明の自律兵器群『メナス』の勢力は実在の脅威として、星系国家の主要惑星へと到達しつつあるのだ。
フォートリブル星系は、連邦の防衛戦略における重要拠点であった。
だが、本星系艦隊を応援に出したにもかかわらず、総力戦の末に陥落という結末を迎えた。
『――――カイメンベースは放棄! カイメンベースは放棄! 指揮命令機能は旗艦「エルピデス」に移管されます! 指揮命令機能はエルピデスに移管されます!!』
『エルピデス艦長のスットネン特佐である。これよりフォートリブル星系艦隊及び中央軍艦隊の指揮は私が執る。
重防225艦隊は後衛ラインに集結、砲撃陣形にて残存艦隊の撤退を支援せよ。30分後に「ラッドピーパー」及び「ナスカレア」は本艦隊へのメナス群の進路上にて自爆させる。全艦隊は直ちに避退』
『ナスカレアのメインフレームにアクセス、リアクターのオーバードライブ開始! 臨界まで30分!』
『ラッドピーパーオンライン出来ません! アンコントロール!!』
『こちら第114艦隊旗艦アールセラーズ! メナス14群に半包囲され孤立しています! 応援要請!!』
『第28艦隊よりエルピデスへ救援要請! 救援要請! 旗艦ダルマーニ轟沈! 指揮を空母アンシントンが引き継ぐ!!』
100万隻を数えた大艦隊は、今は数を減らしながらも艦隊陣形を維持し、メナスに対して統制射撃を続けている。
緑の星を背景に、最新鋭宇宙戦闘艦の壁がレーザーを発振し、豪雨と化した赤い光線がメナスの大群に直撃していた。
しかし、戦艦型、艦載機型メナスは人類の艦隊を圧倒しており、削り合いでも人類艦隊の方が劣勢となっている。
星系が放棄されるという大混乱の中で、軍民を問わず全ての宇宙船が惑星から逃げ出していた。
全銀河規模での難民の大移動は、遂に全ての人類にとって他人事ではなくなりつつある。
連邦艦隊の要のひとつ、フォートリブル星系の人々は、自分が住処を追われるなど想像もしなかっただろう。
稼働率1割と揶揄されていた連邦軍も、急速な再編成と共にその銀河最大規模を誇る艦隊を戦線に投入しはじめている。
皇国軍は
そして共和国は、唯一メナスに対抗し得る戦力であるノマド『キングダム』船団への依存を強めていた。
同
赤毛の少女に逃げられたことで、いよいよ手放すワケにはいかなくなったのだ。
共和国圏での存在感を強くしていくキングダム船団に、共和国内部の政治体制も揺らいでいた。
天の川銀河、その全域に戦火が拡大し、惑星国家や
それでも、多くの者は自分の足元が脅かされているのに気付きもせず、薄氷のような平和の中で
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・良い警官、悪い警官
尋問手法の一つ。
ふたりで情報を聞き出す対象にあたり、悪い警官役とされる人物が厳しく責め立て、良い警官役とされる人物が優しく接し警戒を解かせ情報を聞き出し易くする方法。
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