102G.マルチローディング ノーマルフェイズ

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 惑星の軌道上から、大小様々な宇宙船がブースター炎を吹き離脱していく。

 ノマド『キングダム』船団の830隻は、一時的に難民船団に非戦闘員を移して移動を開始した。

 まず最初に目指すところは、共和国中央『フロンティア』星系外縁で静かに漂う超大規模構造体、ワープゲートである。


 通称ワープゲート、正式名称『スクワッシュプレーン・エンフィシス・ストラクチャ』。

 その形状は、大雑把にはトーラスドーナツ型。

 構成は基本的に、無数の重力制御システムと、それらを動かす動力源ジェネレーターだ。

 数万光年に及ぶ距離を無いに等しく押し潰す、直径約5,000キロという人口天体の如き威容を誇る巨大交通インフラである。


 円環の外側、等間隔に並ぶ円柱と、ウロコのように無限に連なる銅色の冷却機。

 ゲート自体が有人施設でもある為、突き出した桟橋バースや格納庫を兼ねる船渠ドックの存在も見て取れる。

 そして周囲には、例によって共和国の大艦隊が陣を成していた。

 共和国本星系へ直通の玄関口。

 先日まで機能停止していたワープゲートだが、今回のキングダム船団の遠征に際して一時的に稼動しているのだ。


 そんな中、全長10キロメートルという銀河で例を見ない宇宙戦闘艦、『フォルテッツァ』を中心とした船団はワープゲートの正面に集結していた。


「『フラミンゴウッド2nd』配置スタンバイ」

「『コールドキーライター』スタンバイ」

「『ジェットストリーム-J』スタンバイ」

「『アイアンコットン』配置スタンバイ」

「『ファントムキャット』スタンバイ――――――――」


 フォルテッツァの艦隊指令艦橋ゼネラルコントロールでは、大勢のオペレーターが船団の船の配置を行っている。

 第一のチェックポイントを前に、船団全体があわただしくなっていた。

 各船で機関部員が主機関ジェネレーターの状況を監視し、火器管制オペレーターがレーダー監視員と周辺宙域を警戒し、自警団ヴィジランテのエイム乗りたちが急な出撃に備える。


「ゲートの準備はどうなっている。スケジュールに遅延は」


「現在までに30分ほどの遅れが見られますー。ゲートコントロール側の不手際のようでー」


「施設の再起動はもっと前から始まっていたはずですが。ここにきて、という事らしいですわね」


「やれやれ前途多難だ。早くも帰りが心配になってきたな」


 中央にある大ホログラムディスプレイに表示される無数の情報。

 若白髪の船団長は、指令官席から憮然とした表情でそれを見ていた。

 止むを得ない事とはいえ、共和国側に退路という命綱を握られているのだ。

 まだ本番前だというのに、既に不安が尽きなかった。

 もし締め出しなどやらかした日には、普通に自力で戻ってから共和国に一発喰らわせてやるだけだが。


「…………監視の連中に動きは。ヤツら付いて来ているか」


「『アギーズ・ロンオン』以下4艦、ゲートコントロールの誘導で移動中です。定時報告では問題の報告ありません」


「そうか……。チッ、流石にビッグブラザーの船じゃトラブルは期待できんな」


「一応心の中だけに留めておいてくださいねー船団長」


 不安要素といえばもうひとつ、と。若白髪の苦労人が座席に据え付けのディスプレイに目を落とす。

 そこに固定で映し出されているのは、共和国本星からキングダム船団を追走している5隻の小艦隊だ。

 マイスヤキ級高速戦艦『アギーズ・ロンオン』全長910メートルが率いる、高速巡洋艦2隻とクルーザー2隻。

 共和国政府から派遣された、観戦艦隊である。

 要は、船団の任務を監視する為の艦隊だった。


 観戦、監視、なんという名目であろうが、それだけが目的でないというのは、誰でも予想できる事だ。

 何を企んでいるか分かったものではない連中を側に張り付かせておくのは、好ましい事ではない。

 特に、戦場へ向かう時などは。


 船団長は露骨にそれを口にし、苦笑の副官に形ばかりたしなめられていた。

 本音を言えば、艦橋ブリッジクルーの皆同じ気持ちであろう。

 共和国政府からの依頼である以上、その任務をモニターしておきたいという要請を完全に拒否も出来なかったのだが。


 そして派遣された小艦隊も、船団側が警戒していると察した上で、裏の目的を持って行動してる。

 主力戦艦ゴッドハンドを簡略化したようなマイスヤキ級高速戦艦の格納庫では、栗毛をポニーテールにした気の強そうな少女と、専用のヒト型機動兵器が静かに待機していた。


               ◇


 船団がワープゲートを用いた超長距離スクワッシュドライブに備える中、赤毛の少女、村瀬唯理むらせゆいり母船パンナコッタⅡの自室で寝ていた。

 皆が忙しく働いている中サボっているワケではない。任務の前に身体を休めておくのも、パイロットオペレーターの大事な仕事だ。

 唯理が機動部隊を率いて出撃するのは、デリジェント星系の本星『ヴァーチェル』宙域か、それより前にメナスと遭遇してからとなる。


 ローグ大隊は、ヴァーチェルへの強襲降下の肝となる戦力だ。

 それまでは、多少の問題・・が起こっても船団が火力で強制排除するという事になっていた。

 故に、赤毛娘はお休み中というワケである。

 それに、キングダム船団のデリジェント星系強襲作戦が決まってから忙しかった。

 今すぐ戦闘になっても唯理としては問題無いが、それでも少しくらいは身体を休めておこうと、こういう話だ。


 だというのに、その眠りを妨げるよこしまな双子が足音を殺して忍び寄る。


「ぅむ…………?」


 カラダに違和感を感じると、熟睡していた赤毛娘も流石に目を覚ました。

 何やら、お尻の上に圧迫感。

 唯理はうつ伏せになって寝ていた。つまりお尻は上を向いていたのだが、気が付くと小柄な双子の片割れが、その尻を枕に寝そべっているという。

 ちなみに唯理は、上は木綿のような柔らかい布地のシャツに、下はシンプルな薄いグレーのパンツのみという格好だった。自室ではいつもこんな感じだ。


「ふぉおおお……! このピロー、フワフワなのに中身がプリプリとして気持ちよ過ぎる!? しかもなんかエッチないい匂いするし…………」

「えぇえええ!? お、おねーちゃんわたしも! わたしもそこで・・・寝てみたい!!」


「…………匂いがどうとかやめてもらえるかな」


 いちおう寝る前にシャワーは浴びているが、位置的に匂いとか微妙なのでやめて欲しい。

 まぶたが半分落ちた状態で、弱々しくうめく半裸の赤毛。

 どうやらまた部屋のセキュリティーが破られたようだ。手口は分かっている。誰かのクリアランスをコピーしたのだろう。

 所詮どれほど高度なテクノロジーでも、使うのは人間なんだなぁ、と。

 寝ボケながら、唯理はボンヤリと思うものである。


 お尻を枕にするメイド服の少女を脇に転がすと、赤毛娘はもう起床する事とした。予定時間より、少し早い程度だ。

 それに、このふたりの前でこれ以上寝コケるなど自殺行為である。どんな目に遭わされる事やら。


 薄手の環境EVRスーツに袖を通したところで、唯理はメイド服の双子、リリスとリリアが何とも言えない表情で自分を見ているのに気付いた。

 普段ならエロオヤジのようなお囃子はやしのひとつも飛んでくるのだが。

 こんな神妙な顔の双子は見た事がない。


「ねぇお嬢様…………このお仕事が終わって帰ってきたら、また一緒にイチゴのタルト作ってくれる?」

「中がヨーグルトのヤツ」


 それは、期待しても、期待していない口調でもなかった。

 ただ尋ねる。唯理の意思を。今から最も危険な鉄火場に乗り込もうとする、同じ船に乗る赤毛の少女から。


 言いたい事は分かったが、唯理にしてみれば何の問題も無い約束である。


「いいよ、なら一度本物のイチゴを使ったタルトを作ってみようか。オートメーション工場の野菜が収穫できる頃合いだし、サンプルの試食って事で」


「合成じゃない本物のイチゴってこと!? うわスッゴイ贅沢!!」

「やったー職権乱用だー!!」


 押さえていたのだろうか、双子のメイドが感情を爆発させていた。

 お尻の谷間に顔をうずめていた時と同じテンションである。

 そして職権乱用の件に関しては、唯理は何も言えない。


 確かに、今回の作戦では前例が無いほど激しい戦闘が想定される。船団に犠牲者も出るだろう。

 だがそんな事、生きていく上では当然なのだ。

 テクノロジー同様、この摂理はきっと人間が生きていく上で永久に変りはしない。

 人間が自由意志を持ち、自らの生存を求めていく限り。

 自由船団ノマドというのは、惑星政府やその住民などより、その辺が分かっている節がある。

 そうでなければ、安全な惑星国家を離れて未知の宇宙に出ようなどとは思うまい。


 つまり、自らが生きていく時間を戦いで作るなど、当然の事。

 そんな事でいちいち死んでいたら命が幾つあっても足りないだろう。

 その上で、生きて帰るのも当たり前の事だと唯理は考える。

 そして、次の生きる為の戦いへ備える為に。



 村瀬唯理は遙か昔から、それを繰り返してきたのだから。



「約束だからね、ユイリッ! 帰ったら合成じゃないイチゴのタルト!!」

「どエロ過ぎなハダカエプロンで作ってもらうからねー、ユイリー!」


「へぇ? え!? ちょッ――――――――!?」


 リリスとリリアはいつも通りの明るさを振り撒きながら、唯理の部屋から飛び出していった。

 去り際にサラッととんでもない約束まで捻じ込まれた気がするが、もはや訂正させるいとまも無く。

 ふたりはパンナコッタのお手伝い係。特定の部署には所属しておらず、戦闘の最中は待機している事しか出来ない。

 ただ恐らく、船団と船の仲間の無事を願っているのだろう。


 双子の少女が言う「お嬢様」や「ご主人様」というのは、娼船にいた頃の客に対する呼び名だったらしい。

 いつぞやマリーン船長からそんな話を聞いた。


「……まぁ、受け入れられた、って事か?」


 メイド服の双子を呼び止めようとした姿勢ポーズのまま、手の平を空中に彷徨さまよわせる赤毛の少女。ハダカエプロン確定の模様。

 せめてパンツくらい穿かせてもらえないものか、多分ダメだろうなぁ、と思いながら、唯理は格納庫へ歩いていった。


 船団全体へアナウンスが行われたのが、それから数分後の事。

 ワープゲート内に超広域の圧縮空間回廊が形成され、キングダム船団は一斉にその内部へと前進していく。

 次々と数万光年の長さに引き伸ばされていく、830隻もの宇宙船の姿。

 到着地点の宙域から、デリジェント星系までは宇宙のスケールでほんの僅かの距離だった。


               ◇


 銀河に渦巻く星の大河、その中段から外縁近くの星系まで数万光年を一気に貫く、ワープゲート。

 そのシステムは、単に超大型のスクワッシュドライブシステムさえ存在していれば良い、というワケではない。


 この時代における「ワープ」とは、所謂いわゆるテレポーテーションや空間跳躍といった2点間の距離を無視するような代物ではなかった。

 超高重力による空間歪曲を利用して、2点間の距離を文字通り潰すのが基本原理だ。

 つまり、始点と終点の間に障害物があれば、それに進行を妨げられてしまうという事になる。

 よって、圧縮回廊は進路ルート上がクリアなのを確認後に形成されるのだが、この無数に惑星やデブリが漂う天の川銀河でそんな航路を見つけ出すのは、当然ながら至難の業だった。


 ワープゲートとはそんな針先の穴に設置される施設だが、同時に障害物の無い進路を維持する事も含めての、銀河レベルの超巨大交通インフラなのだ。


 終点となるワープゲートにも、共和国中央星系側と同様に大艦隊が待機している。

 始点と終点、そして双方の艦隊により、ワープゲートとそのシステムは維持されていた。

 ゲートその物の構造は、どちらもほぼ変りない。銀河外縁のゲート側は、周辺に工業生産コロニーが多く見られるのが違いといえば違いだろうか。

 終点側のワープゲートも、一応はある星系の重力圏内に属している。

 だが、本星系ほど厚い支援が受けられるワケでもなく、ある程度は単独で運用できるよう備えるのは当然の話だろう。


 それから、ゲートを用いない通常のワープにより、キングダム船団は目的地となるデリジェント星系へ到達。

 同時に船団長は、船団全体にエマー4を発令。臨戦態勢を取らせる。

 星系全体は、既にメナスの支配域だ。いつ戦闘になってもおかしくない。

 各船の格納庫内でも、ヒト型機動兵器と搭乗するオペレーターが戦闘待機状態になっていた。


 そんな緊迫感もこの上なく高まった状況だが、普段より10倍鋭さを増す赤毛の少女の横顔を見て、


「んんッ……!? またいつも以上にすっごい美人……ッ!!」


 エンジニアのエイミーが仕事しながら悶えていたりするが。


               ◇


 そうして、緊張感みなぎる時間を過ごした後、起こるべき事が起こる。

 デリジェント星系本星『ヴァーチェル』宙域。

 そこを目前にして、周辺に潜んでいたメナスがキングダム船団に反応したのだ。

 衛星『フロイング』や惑星内部から、母船型や小型の個体が高速で宇宙へと上昇してくる。


 とはいえ、一応予定通り。

 むしろ、本星の手前まで何事もなく来れたのは、旗艦艦橋としては幸運と捉える事ができた。


「全船団に迎撃を指示しろ! ここからは時間との勝負になるぞ! 全船は防衛に集中! ローグ大隊が戻るまで生き残るのが俺たちの仕事だ! 徹底しろ!!」


「フォルテッツァコントロールより『フラミンゴウッド』――――」

「――――『コールドキーライター』へ迎撃を開始してください」

「『バウンサー』は別命あるまで待機――――」


 若白髪の船団長の指示により、旗艦『フォルテッツァ』の艦隊指令艦橋ゼネラルコントロールは一気に騒がしくなった。

 ここから出る命令により、830隻は連携した戦闘行動を開始する。


 そして、


「さーてと……R001よりローグへ、全機発進。各小隊は作戦スケジュールに従いデリジェント本星へ降下。作戦エリアであるCCC社研究施設を確保しろ。

 要するに訓練通りにやれ、アドリブは要らん。目的地まで行け。敵は潰せ。それだけだ。

 理解したかローグども!」


『サーイエッサーッ!』

『サーイエッサー!!』

『サーイエッサー!!!』


 装甲に覆われた船外活動EVAスーツを装備し、赤毛の少女も自らのエイムへ乗り込んでいた。

 母船『ローグ』と旗艦『フォルテッツァ』で待機していたローグ大隊の兵士達も同様だ。


 通信で命令が下ると、ダークグリーンのヒト型機動兵器『ボムフロッグ』の群れが格納庫から真空中へと飛び出していく。

 それらは小隊単位、40機ごとに固まり、編隊を形成して飛んでいた。取るに足らない事だが、これも一応の進歩である。


「パンナコッタコントロール、フィス、わたしも出る。ラビットファイアはフォルテッツァ手前で合流。マリーン船長、こっちはよろしく……」


『了解ー、格納庫内減圧クリア。進路問題無し。カーゴドア開くぞ』


『いってらっしゃいユイリちゃん。早く帰ってらっしゃいね』


 灰白色と青のヒト型機動兵器、無骨な装甲を纏う高性能な機体エイム

 赤毛の少女が搭乗するスーパープロミネンスMk.53改は、重々しい足音を響かせ格納庫扉の前に立つ。

 重厚な扉が開くと、ちょうど船団がメナス群に対する迎撃戦闘を開始するところだった。

 無数の赤い光線、屈折する青い光線が全天を貫き、その彼方で数限りない爆光を生み出していく。


 フと、唯理は懐かしいような気持ちに襲われていた。

 ただ生き残る為、その為に戦う。全能力をその為だけに費やす、この世で最もシンプルな領域。

 日々積み上げてきた全ては、今この時の為に。

 ならば、やはりここが自分の居場所なのだろう、と。


『――――どうしたユイリ!? なんかトラブったか!!?』


「……いや、なんでもない。R001発進。さっさと仕事を片付けてくるとしようかね」


 オペ娘の通信で我に返った赤毛娘は、不意に湧いた自分の考えを、頭を振って追い出していた。

 多分それは、良くない事だ。まるで他人事のように、気持ちは分かるのだが。


 しかし、唯理は自分が戻らなければならないと、知っている・・・・・

 だから、科白セリフの後半に、自分にも言い聞かせる意味で付け加えていた。


 40G後半の加速度で飛び出すエイムは、全長10キロにもなる巨大戦闘艦の真下で、即応展開部隊ラビットファイアの5機と合流。

 その背中を船団に任せ、異形の自律兵器が無数に上がってくる惑星へと殴り込んでいく。

 ローグ大隊のボムフロッグは、既に大気圏へ突入しながらメナスとの交戦を開始していた。


 村瀬唯理と灰白色の機体エイムも、断熱圧縮で燃える大気を纏いながら、惑星を背にしたメナスへ向けレールガンを発砲する。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・オートメーション工場

 野菜や果物の全自動生産工場。栽培、収穫の全工程を機械システムにより管理する。21世紀にも同様のシステムが存在する。

 4,500年台では栄養素の合成が出来る為に、本来なら全自動とはいえ野菜類そのモノを栽培する必要が無い。

 高価な天然の青果類の調達コストを下げる為に、村瀬唯理が復活させた。

 当然ながら21世紀に比べ生産効率は桁違いとなるが、需要数も桁違いなので依然として高価。

 なお、試食以外では公正に流通に乗せる。


・娼船

 性風俗サービスを提供する宇宙船の通称。大多数の惑星国家では風俗業がほぼ完全に禁止されている為、需要側と供給側が共に宇宙に出なければならなくなった。

 通常、惑星国家の法はその星系内のみでの適用となる為、娼船は星系のギリギリ外などで営業を行う。

 サービス内容は多岐に渡り、21世紀の性風俗業で行われるリアル・ボディコネクトに類するサービス形態の他、仮想現実VR空間内でのボディコネクトや、人工知能AIによる非実在の人物によるサービスの提供もある。

 これらは全て一般的な惑星国家においては違法行為となる。

 



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