91G.ノーブレーキガールズロケット
.
円錐台のブースターノズルが一層激しく燃焼すると、吐き出された
恒星の光も遠い、星系の果の宙域に瞬く、流れ星のような複数の輝き。
そのヒト型機動兵器が一気に
しかし、
「うん、悪くないなッ……と!」
そんな独り言を
軽減し切れない慣性重量が身体に圧し掛かってくるが、お構い無しに加速度を
センサーとカメラのみで構成された頭部タレットが動き、進行方向の宇宙空間を
分厚い滑らかな装甲を纏う太目のエイムは、やや蛇行しながら訓練エリアを示すガイドマーカーの脇を突破していった。
(やっぱりプロミネンスとは比べられないかな。限界性能近いとブースターの出力差が機動に出る)
コクピットのインバース・キネマティクスアームを手足で動かし、機体を微細に制御する赤毛のオペレーター。
その性能を
元がジャンクパーツや廃棄予定部品である事を考えれば、十分な性能と言えるだろう。
設計してくれたエンジニアの少女や、組み上げてくれたメカニックのお姉さん方に感謝だ。
「まったく……お前らには上等過ぎる機体だ! 何をやっているノロマどもぉ!? 30Gも出てないぞタフなところを見せてみろ!!」
そんな感謝と共に優しい笑みを浮かべていた赤毛娘が、一転して牙を剥き出す猛獣と化していた。
怒鳴り付ける先は、猛スピードで追い抜かれて行く小隊規模のヒト型機動兵器集団だ。
機種慣熟訓練中の、ローグ大隊の一部である。
赤毛の少女、
ヒト型重機械の操縦自体は、それほど問題無い。操作方法自体が長い歴史の中で簡便化されているし、ネザーインターフェイスを用いて機体と同調すれば大半は思考だけで操作できる。
だが、当然ながら赤毛の大隊長が要求しているのは、その程度の技術ではない。
必要とされるのは、飽くまでも実戦に耐えるエイムコントロール。
特に、唯理は機体とオペレーターに限界領域でのパフォーマンスを求めていた。
『冗談じゃねー正気じゃないぞあのアマ!? このポンコツの中でスクラップになれってか!!?』
『あの女のGCSだけ性能違うんじゃねーか?』
『さもなきゃイカレてるかだ!』
一方で、ローグ大隊のチンピラ兵士たちは悲鳴を上げていたが。
唯理が必須としているのは、重力加速度50G付近での
それも戦闘機動となれば、常に一定方向からの負荷とはならない。
オペレーターは目まぐるしく変化する慣性重量に耐えて、エイムを操り敵機と戦わねばならないのだ。
普通のエイム乗りが上限とする機体の加速度は、約25G程度だ。この値だと、コクピット内の慣性重量は2G以内に抑えられる。つまり、日常の運動で感じる重力とほぼ変わらない。
これ以上となると、当然身体には日常で感じ得ない負荷がかかる事となる。
体力と気力の消耗は大きくなり、エイムコントロールは困難となり、安定して思考できず、事によっては肉体にも物理的なダメージを負いかねない。
そこまでする必要があるのか、というのが常識的なエイムオペレーターの感覚であった。
正体不明の自律兵器群『メナス』との戦闘を想定しているのだから、必要もなにもない、というのが赤毛の少女の意見だったが。
『腹とケツに力を入れて機体をねじ伏せろ
『ギャァアア! 危ねぇ!!』
『殺す気かクソアマぁ!?』
一機だけ軌道が
電磁加速された砲弾が、ローグ大隊の機体のすぐ後ろを突き抜けていった。
牧羊犬に追い立てられる羊のように、尻を叩かれ
慣熟訓練は、特定コースの障害物を回避し射撃目標を破壊するというタイムアタックレースだったが、これに急遽
『攻撃時にいちいち立ち止まるな! 一体何の為に高性能なアクセラレーターとイルミネーターの支援を受けている!?』
『ちょ!? おま! ホントに当たってるホントに当たってるぞバカ野郎!!!!』
訓練用の射撃目標の攻撃範囲内に入り、アサルトライフルを構え制動をかけたところで、ローグ大隊のエイムが撃たれる。
単発なのでエネルギーシールドを貫通する程ではないが、それでも直撃を受けたチンピラ兵士は悲鳴を上げた。
『軌道偏向くらいで減速するな! 軌道予測に頼り切ると急なアクシデントに対応出来ない! 再加速までのラグも単調なマニューバーも実戦では付け入る隙でしかないぞ! 死にたくなければ動き続けろ!!』
『ギャー!?』
『グエー!!』
直前で仮想の障害物が表示され、思わず減速したエイムは背後から体当たりを喰らい吹っ飛ばされる。
そのままローグのエイム同士で接触し、エネルギーシールドが干渉しビリヤードのように弾け飛んだ。
『どれだけ優秀なシステムのサポートがあっても所詮扱うのは貴様らの脳みそだ! 合理的に頭を使い、高速機動に耐える肉体を持つオペレーターなら、エイムも相応の性能を発揮する!
だがオペレーターがガラクタならエイムもそれ以上にはならない! 全て貴様ら次第だ!!』
後方からアサルトライフルを乱射する赤毛の大隊長。本当に撃墜されるのではないか、と恐慌をきたしたローグのチンピラ兵が、訓練そっちのけで逃げ出し始めた。
しかし、言われ放題やられ放題で我慢できるような忍耐強いチンピラだけでもなく、
「あのメスガキャ調子に乗りやがって! ボーンズ援護しろ! ローガン機体ごとぶつけるぞ! みんな付いて来い!!」
『やめろグース! コントロール権取られて終わりだ!!』
「そんな暇やらねーよ!!」
エイムの一機が脚部を踏ん張りブースターを吹かすと、バック転するように反転。
進路を180度変え、後方から追い立てて来る赤毛娘の機体へ突撃をかける。
「うごぉおお! クッソガァアああ!!」
チンピラのリーダー格、ローガンの静止も聞かず、これに続くエイムが更に複数。
数で圧倒する勢いで、大隊長のエイムへ一斉に襲い掛かる。
語る価値も無いほど、ローグ側は一方的にボコされたが。
『今の加速は悪くなかった。だがコントロール権を強制的に奪うほどのものでもない。
今ので大分タイムに遅れが出たぞ! どんケツの分隊は24時間連続哨戒任務の刑だ! スーツの中にデカイのを産み落としたくなければガッツ入れてブースター燃やせポンコツども!!』
『い、イエッサー!』
『イエッサー!!』
『イエッッサァアアアアア!!』
『チクショウいつか殺してやる!!』
手も足も出ず、エイムの尻を蹴飛ばされ訓練に戻される負け犬集団。
些細な反抗も、赤毛の大隊長の腕を見せ付けられるだけの結果となり、以降エイムオペレーションにおいても唯理に逆らう者はいなくなっていた。
また、チンピラ方もチンピラなりに、ザコ扱いされたままではいられなかったという意地もあるようである。
なお、訓練後に赤毛娘は実弾を使ってローグのチンピラを追い立てた件で保護者達にガッツリ怒られた。
◇
ノマド『キングダム』船団が共和国の中央星系『フロンティア』の外縁で停止し、約96時間。
船団側と共和国政府の話し合いは、未だに続いていた。
キングダム船団側としては、ターミナス星系から護衛してきた10億人にも上る難民船団を早々に引き渡したい。
更に言えば、働きに応じた報酬として共和国からの保護も得たいところであるが、ヘタにそれを表に出せば足元を見られるのが必至だ。
実際、共和国側は自国の難民の引取りにすら、難色を示していた。
そもそも何故難民などが生まれるのか、共和国側はその理由を理解しなかったし、またどんな証拠や客観的事実があってもそれを認めようとはしなかった。
しかし一方で、ターミナスの難民を『任意の移住希望者』と位置づけ、これを
移住希望者は全員受け入れるから、キングダム船団は共和国に帰属し最後まで面倒を見ろと。
「その場合、キングダム船団の一般船員は中央本星系に移住いただけます。戦闘艦は共和国の主要PFCへ再配備される事となりますが、当面クルーにはそのまま乗艦いただいて構いません」
「理解に苦しむ。こちらは銀河航宙法条約の精神に則った人道的救助活動を行っているに過ぎない。難民の事は共和国国民同士の問題であり、我々キングダム船団が負うべき責任など何ひとつ無いはずだ。
それがどうして船団を共和国に再編成される話になる?」
「ボルゾイ船団長……先ほどから『難民』と仰いますが、現在の共和国圏に加盟するあらゆる星系で難民認定された住民は存在しません。それが
その上で、我々は現実的な解決策を提示しております。
それに、我々は決してキングダム船団にクレイモア級やヴィーンゴールヴ級といった船の
キングダム船団とは、未来志向の付き合いをしていきたいと考えているのです」
「どうやら根本的な思い違いをしていらっしゃるようだな、ミスターウェルス。クレイモア級『フォルテッツァ』及びヴィーンゴールヴ級『アルプス』は本船団が独自に入手した船だ。これらは共和国と何ら関係が無い。
そもそも貴方はどのような立場で我々と会談をもたれているのか。ユルド・コンクエスト本社の方が、何故共和国中央政府の代理を?」
「僭越ながら、弊社ユルド・コンクエストの共和国派遣艦隊の責任者として、引き続き共和国政府より委託を受けキングダム船団との交渉を任されております。
それに、クレイモア級をはじめとする26隻の特殊仕様宇宙船は、元々我が共和国の研究プロジェクトの対象物であると理解しておりますが?」
「ほう、それは知らなかった。では44社のうちどこに返却すれば良いのか教えていただきたい。こちらから全社に打診してよろしいか?
あまりノマドだと舐めてほしくないものだな。そんな事実は無いと言っている。
こちらはいい加減、共和国との交渉は全くの無意味だ、と判断しても良いのだが?」
キングダム船団の船団長、ディラン=ボルゾイと、ユルド・コンクエスト社のフリートマネージャー、ギルダン=ウェルス。
互いに、正論、本音、建前を剥き出しに舌戦を繰り広げるが、どちらも全く引く気配も無く。
妥協点を見出せないまま、話し合いは長引いてた。
こと商談と取引に関しては素人のノマドより共和国の方が圧倒的に有利なはずだったが、船団長にはアドバイザーとして元共和国企業所属のグルー=ブラウニング社長が付いているのも大きかった。
◇
キングダム船団旗艦クレイモア級『フォルテッツァ』格納庫。
製造区画を隣接させた内部格納庫には、物々しい
どっしりとした分厚い装甲を纏い、大型のロケットブースターユニットを背負う、頭部がセンサーの集合となっている機体。
その外観こそ統一されているが、装甲の間から垣間見える基礎フレーム部分はどの機体も異なっている。
中身は全機ほぼ異なっているので、『ロケットマン』シリーズとも言うべき
「正直、てんでバラバラなパーツを使ってここまで機体が揃えられるとは思ってなかった。スゴイねウチの技術陣」
整備ステーションとそこで組み上げられる最中の機体を眺め、素直な感心を口にする唯理。
エイムとしての規格が一致するとはいえ、製造元も仕様も異なるパーツを次々接続してひとつの形にしていくというのは、大したモノだと思う。
「…………納得できない」
担当エンジニアのエイミー嬢は、機体と性能データを前に渋い顔だったが。
「『納得できない』も何も、元は戦闘用ですらないエイムの部品じゃ限界がある、って話してただろう。共通のエクステリアフレームを設計して、そこに部品を詰め込むアイディアは良かったと思うぞ?」
「部品を半分補助に使ったけど、これで予定性能にまで持って行ってくれたでしょ? この短期間で。スゴイよ」
整備ステーションの操作パネルを弄っているメカニックの姐御は、呆れたような顔で言う。似たような会話もこれで何度目か。
これでも本気で感心しているのだ。
集めた材料はチグハグ、性能は微妙、要求水準は高く時間も無い。
そこで、パーツ間の性能差を埋め、補助的な機能も持たせた外部装甲を
拡張性の高さを確保した事で、
結果として、通常のエイムなら100機組めたところが半数程度になっていたが、赤毛の少女はこのやり方が気に入った。
高い性能を求めれば切がなく、エンジニアとして妥協が出来ないのも理解できる。
しかし、限られた期間と資源で最高の結果を出してくれたのは、一緒に仕事をしていた唯理もダナも知っているのだ。
「でも、アビオニクスは専用の制御システム入れた方が良かったかも。FCSとか含めた総合システムにしたの不安……」
「必要な処理能力は確保しただろう。それにフィスが専用にオペレーションシステム組んだしな」
『なんじゃいオレの仕事に文句あっか』
「中古のありものの演算素子使ってるんだし、そもそもそんな余裕無いのでは……?」
「それに出来れば『オーバーラップ・エクステリア』も、もっと試作とテストして改良したかった……。多分マルチジェネレーターのバイパスコントロール、最適化出来てないと思うの」
「とりえずエイムとして形にするのを優先したし、データ集まったら今後アップデートするってみんなで話したじゃない」
『てかそれもプログラムの範疇だろうが。必要になったらさっさとモジュール組んでやるわい』
「マニューバ・スタビライザーがパーツによる差異を吸収し切れてないのも不安……。ユイリ、機動が加速中に不安定になったでしょ?」
「そりゃ多少は機動がブレたけど、それもシミュレーションの段階で分かっていた事だし……。今の時点でこれ以上の性能向上は現実的でもないって…………」
設計を見直し、眼鏡のエンジニアお嬢様は難しい顔をしていた。粗削りなのも最初から分かっていた事なのだが
それを
唯理もそのつもりだったのだが、うっかり素直にエイミーの懸念を肯定してしまったので、
ヤバいミスった、と思う迂闊な赤毛娘だが、時既に遅く。
「うぅ~~~~! やっぱりインテリアに合わせて再設計する! 唯理専用にも調整するー!!」
「いやだからそれじゃ他のパーツに対応できないってそれも話しただろうエイミー。50機分も個別設計してられるか」
「それにエイミー、専用機ってわたしもう用意してもらってるよ!? プロミネンス!」
『共通エクステリアフレームだけで十分要求仕様満たせただろ。言われたもん作ったって言い切ってあと知らん顔していた頃のお前はどこに行ったんだよ』
エンジニアとして微妙な物を作った事以上に、一番役に立ちたい娘の為に完璧を期せなかったのがエイミーには我慢ならなかった模様。
組み上げた個々のパーツを最適な状態に改造する、と本末転倒な事を言い出したエンジニアのお嬢様を、ダナと唯理とオペ娘のフィスは再び
「おいユイリ! お前エイミー連れてどっか遊びに行け!」
「なんですと!? え? そ、それはいいんですけど、どこへ?」
「知るもんかどこだっていい……! と言うかエイミーはユイリと一緒なら別にどこでもいい」
腰に付けた専用拡張デバイス、『イオスタム』と『レリクイット』をワニ口のように展開するエイミー、本気モード。
その中から何本ものケーブルをウネウネさせ整備ステーションを乗っ取ろうとしたところで、ダナが唯理を刺客として放っていた。
「え、エイミー? 前にちょっと話したアルプスの海洋エリアで乗れるミニサブ、アレ乗りに行こうか?」
遊びに、と急に言われても、この時代で目を覚ましてから今の今までノンストップハードワークだったので見当も付かぬ。
と思う唯理だが、本人なりに考えてエイミーを誘ってみる。
そして、本人と一緒にピタリと動きを止める、能力拡張デバイスから伸びた触手的ケーブル。
振り返るエンジニアのお嬢様は、唐突なデートのお誘いに目をパチクリさせておいでだった。
◇
その後のエイミーは忙しく、すぐさま唯理といっしょにヴィーンゴールヴ級『アルプス』へ向かおうと、した。
だが、何を思い出したか一旦
乙女には色々準備があるという事なのだろう。
「やれやれだな……確かに前のエイミーはどこへ行ったやらだ。
フィス、訓練データからオペレーションシステムと、マニューバ・スタビライザの修正が出来ないか? 少し主任エンジニアを安心させてやらないとな」
『…………ん? あー、そうなー』
「どうした?」
パタパタと忙しなく去っていく少女ふたりの背を見送り、メカニックのお姉さんは組み上げ中の機体の仕上げにかかる。
ついでに出来る範囲での改良点も埋めておこうと考えたが、どういうワケか通信相手のオペ娘からの反応が鈍い。
その理由を考えるダナの感想としては、こっちの方もエイミーに負けず劣らず重症だな、と。
そうして、可愛い妹分達をどうしたものか少々悩んだ末、最終的に三人纏めて遊びに行かせたダナお姉さんである。
なお、残りの
その
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・GCS
グラヴィティコントロールシステムの略称。この時代の基幹技術のひとつ。
パネルなどの形状をした空間流動素子と制御システムである演算装置、これにジェネレーターやリアクターなどエネルギー供給元を加えたのが、基本的なシステム構成となる。
・コントロール権
宇宙船やヒト型機動兵器などを制御する優先権限。実際に搭乗しているオペレーターではなく、指揮命令系統の上位者が遠隔操作で制御を行う場合もある。
軍などある程度の規模と厳格性を持つ組織では、有事に備えて上官が権限を握るのは常識とされる。
軍規や雇用契約上コントロール権限を差し出すよう求められる場合もあるが、オペレーターにしてみれば生殺与奪権限を握られるに等しい為、これを拒否したり
・ミニサブ
ふたり乗りの物から10人程度が搭乗できる物まで複数用意されている。
恋人たちの最新デートスポットであり、大人気につき予約が取れない。
潜水中の性的交友行為は危険ですのでご遠慮ください。
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