90G.ボディーデザイン デザイアプラン

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 天の川銀河、ノーマ・流域ライン

 ジャンスターシェーフ国民主権主義擁護共和国、中央星系『フロンティア』。

 本星『プロスペクティヴァ』、共和国首都『グローリーラダー』。


 ユルド・コンクエスト本社最上階。


 100人でも同時に入れそうな広い浴槽は、黄金の液体で満たされていた。

 しかし、そこに身を浸すのは、ただひとり。

 豊満なカラダを持て余しているような、妖艶な美貌を持つ妙齢の女性だ。


「実効制圧を試みた場合、最低でも50個艦隊が壊滅……中央本星の陥落リスク有り、共和国全体のVCV値は30%以下まで低下、外交戦略に半永久的なダメージの恐れ、大衆抑制値を下回り共和国の解体も視野に……酷い予測ね」


「仰る通りかとは思いますが、メナスの艦隊と戦える性能を考えれば、妥当な予測かと。戦略部考査一課の予測では、更に大きな損害が出るというシナリオも…………」


「当然でしょう。単純な観測結果があるのだから、この被害予測はむしろ楽観的過ぎると言えるわね。

 私が言っているのは、まさにその現実の方なのよ。単位戦力比で連邦を上回るまでになった共和国が、この体たらくだなんて。

 単なる愚痴だから、戦略部の仕事自体には文句は無いわ」


 空中投影された報告書は、絶望的な内容だった。

 しかし、それを眺める全裸の美女からは、特に悲壮感や焦燥感はうかがえない。

 黄金の液体をすくうと肩や腕にかけ、他人事のように報告書を評価している。

 浴槽の縁にはスーツ姿の男がいたが、こちらに対しても恥じらいなどを見せる様子が無かった。


 また、親しげな笑みをたたえるスーツの男、ギルダン=ウェルウスも全裸の相手に配慮したりもしない。

 ただ自然体で、報告を続けていた。


「連邦が送り込んだPFCの潜入工作も阻止されています。流石にノマドであっても、今は艦橋周りの防備も改善しているでしょう。中途半端に手を出してくれたものです。我々ならもっと大規模に、周到に、徹底的に、そして確実にやりました」


「例のPFC、『スカーフェイス』ね。今時分珍しい歩兵戦力での直接制圧を得意とする、どこの専属にもならない『傭兵部隊』。それをノマドが撃退したのは、少し意外だったかしら。

 どちらかと言うと、寄せ集めの自由船団に過ぎない『キングダム』船団の自衛能力の高さの方が目に付くわね」


 若さを保つ薬液を十分に作用させると、妙齢の美女はその浴槽から上がって来る。

 金のコロイドを含む液体は肌に貼り付かず、全てが水玉となりその肢体から転がり落ちて行った。

 まるで10代の生娘のような肌を取り戻した美女だが、それでも裸身を隠そうとする様子は無い。


 やはり、男の方も相手の姿に情欲を見せる事も無いのだが。


「では予定通り、計画は今後も『ドラゴンハント』の方を優位に?」


「そうね。大真面目に例の戦闘艦の拿捕を考案した『ドラゴンキラー』の方も面白くはあったわ。でも基盤ファウンデーションである共和国と引き換えでは意味が無いの。

 浸透工作は進んでいるのね?」


「はい、進行状況はレポートの通りに…………。既にいくつか重要ポストへの接触を行っています。面白いカードも見付けてありますので、切り崩しも効果的なモノになるかと」


「『札』、ね……。やり方は貴方に任せましょう。せいぜい身を滅ぼさない程度にやりなさい。

 船とその秘密を手に入れる事が出来れば、貴方は他のフリートマネージャーから頭ひとつ抜ける事になる……。その若さで、次の取締役入りは確実。

 ただし、他社や連邦に先んじられた場合は、その賠償額は共和国建国以来最大の数字を記録するかもしれないわね」


 笑えない冗談を口にしながら、全裸の美女はメイドからローブを受け取りプールサイドを歩いていく。

 壁一面の窓の外には、どこまでも広がる都市の夜景を見下ろす事が出来た。

 その中に、この場から見上げるような超高層建築物は、数えるほどしか存在しない。


 スーツの男は一礼して専用プールを出ると、人当たりの良さそうな笑みを消していた。

 ギルダン=ウェルスは、キングダム船団の抱える超高性能宇宙船と関連する情報の全てを手に入れるよう業務命令を受けている。

 成功すれば、共和国という身分階層社会ヒエラルキーの中でのし上がり、失敗すれば転落し二度と這い上がれない。

 それが、共和国というモノだ。成功を掴む為なら、全てを失うリスクを負うのが当然、とされる国家である。


 今の地位まで上り詰めたギルダン=ウェルスも、今更失敗を恐れたりしない。破滅と隣り合わせの賭けに出るなど、いつもの事だ

 どんな手を使ってでも出世する覚悟が無ければ、支配企業ビッグブラザーの幹部社員になどなれないのだから。


(それにしても、大きな土産を持って帰ってくれたものです、彼女も。共和国を出たと聞いた時は、せっかくの仕込が無駄になったかと思いましたが。幸か不幸か妹の方も底々優秀でしたし。

 姉妹仲は微妙だったと言いますが、蓋を開けてみなければ実際のところは分からないものですよ)


 生き馬の目を抜く競争社会を勝ち抜く者なら、奥の手のひとつやふたつは常に用意しておくものだ。そこは、ギルダンも例外ではない。

 加えて、今回は運が味方した。以前手に入れて一度は意味を失ったフダが、ここに来て最大の効果を発揮する位置に来たのだ。

 それを使い、自分たちを上から眺める支配者気取りの連中さえ引き摺り下ろしてやろう、と。


 そんな野望さえ、あのハダカの女性には見透かされている事だろうが、それくらいは当然の事だとも思っていた。


「話をするのが楽しみだわ……本当よ? 貴女は特に素敵だったもの。そこは彼も同意見でしょうけど」


 そして、プライベートプールのガラス越しに、ここにはいない誰かへ指を這わせる全裸にローブの女。

 共和国は、キングダム船団の持つ超高性能戦艦について多くの情報を収集していた。

 その過程で、当然ながら誰がどのように関わっているかも調べが付いている。


 人物リストの中で見つけたのは、以前躍起やっきになって引き抜きをかけた事もある、ある女性の名前だ。

 かつて、共和国の支配企業ビッグブラザーのひとつ『カンパニー』で最優秀のフリートマネージャーともわれた幹部社員。

 図らずとも、当時からの部下であるギルダン=ウェルスと取り合いのような形になってしまった相手であった。


「昔からメインストリームには必ず乗っていた貴女だもの。カンパニーを辞めたのも、その為かしら?」


 時系列的にはありえないが、機を見るに敏な相手の事を思い、そんな想像をして笑みを深めるローブの裸女。


「貴女と、貴女の可愛い妹、それに『千年王国のミレニアム艦隊フリート』……。次の千年を、私達で支配するのも楽しそうね」


 その人物が超高性能戦艦の側にいるなら、必ず真実に近いポジションに着けている。

 共和国の支配企業、ユルド・コンクエストグループ会長のウォン=シラーは、そう確信しているのだった。


               ◇


 真っ白に燃える大型の恒星を中心として、約400の惑星と150の準惑星、300の自然衛星、無数の小惑星と人工の構造体が、それぞれの公転軌道を描いて回る星系。

 キングダム船団と難民船団、それに共和国遠征艦隊は48時間の減速を経て、共和国の中央星系『フロンティア』の外縁に接触していた。


 約60万隻もの宇宙船が、旗艦フラグシップなど主だった船を要に、船列を形成する。

 キングダム船団側。船列のど真ん中に堂々と鎮座するのは、全長10キロという桁外れに大きな剣の如き戦闘旗艦、クレイモア級『フォルテッツァ』だ。

 そのすぐ後ろに付くのは、全長50キロと更に大きい、分厚い楔か斧の刀身のような形状の環境播種防衛艦、ヴィーンゴールヴ級『アルプス』。

 この2隻の周囲に、一般の船が等間隔で寄り集まっている。

 船列の頂点には、長大なシールド発生ブレードを備えたイージス級『アレンベルト』、全長5キロ。

 左翼側には、艦体そのものが開放型の砲身で形成されているかのような砲撃支援艦、ハルバード級『バウンサー』、全長1キロ。

 自由に飛び回っているのは、切り込むように先鋭化した形状の強襲突撃艦、ジャベリン級『トゥーフィンガーズ』、全長400メートル。

 そのほか、汎用主力艦グラディウス級や適応可変型主力艦ファルシオン級、汎用高機動艦バーゼラルド級といった、これら規格外の超高性能艦が船団を守っていた。


 ターミナス星系の避難民をここまで連れてきたキングダム船団だが、これで晴れてお役御免、というワケにもいかなかった。

 共和国政府側は、難民受け入れにはまだ時間がかかるという。

 それはキングダム船団の足を止める方便だったが、一方で共和国側の事情でもあった。


 そもそも、中央政府だからといって本星系に難民を受け入れなければならない決まりも無いのだ。

 メナス禍は銀河中で起こっており、その被害者全てを受け入れていたら、星系がアッという間に難民で溢れてしまうだろう。

 故に、「メナスによる脅威など存在しない」という真実・・を、共和国政府は閣議決定したのである。

 政府の決定こそが現実であり、そして存在しない問題に政府として対処する必要も無し、という理屈だ。

 つまり、共和国本星には難民を受け入れるわれなど無いのだが、今回に限っては政府と支配企業ビッグブラザーの都合というモノがあった。

 ターミナスの避難民も仕方なく受け入れるが、メナスによる被害であった事は、全員に口止め・・・しなければならない。


 本星系はいわゆる最上級市民の住む超一等地だ。

 選ばれた者だけが住める、安全で豊かで穏やかな自分の住処に、地方星系から難民など受け入れたいとは誰も思わなかった。


 共和国が時間稼ぎをしている、というのは船団長と旗艦艦橋ブリッジサイドも分かっていたが、時間が必要なのは船団側も同じだった。

 キングダム船団も難民を引き渡したその後・・・を、考えなければならない時期に来ていたのだ。

 既に、キングダム船団への移籍を希望する元ターミナス星系住民と宇宙船も相当数出て来ている。

 これらの正式な受け入れ作業もしなければならず、艦橋と船団事務局は大量の仕事に謀殺されていた。

 更に共和国対応もしなければならず、ディラン船団長も若白髪が老け白髪になりそうである。


               ◇


 そんな情勢の中、村瀬唯理むらせゆいりはローグ船団のチンピラどもを兵士として促成栽培中だった。

 ローグ船団の実質的支配権を握ってから、約300時間。

 赤毛の鬼軍曹は、暇潰しに他人に迷惑をかける事しかしないようなゴミを一手に集め、全員の所属を新設した私的艦隊組織PFC『ローグ大隊カンパニー』に変更。

 船団専属の防衛部隊とするべく、実戦に耐え得るよう必要最低限の事を物理的に身体へ叩き込み、軍組織としての編成を進めている。


 一方で、主な武闘派をごっそり無くしたローグ船団は、急速に環境を改善させつつあった。

 親船団となるキングダムによる指導介入を阻む者も、今となっては存在しない。

 噛み付く野良犬がまとめて捕獲されれば、後は比較的まともな乗員しか残らないのだ。

 余剰人員は適正と本人の希望を元に各部署へ割り振られ、老朽化が著しく整備による費用対効果が低い船は解体処分し、ローグ船団はされるがままに合理化していた。


「あー死ぬー…………洒落んなんねぇよあのメスミュータント。何の意味があるんだあの拷問。疲労の限界まで運動させるとか嫌がらせにしても悪質過ぎんだろ」


「この間のイベントとか完全にバカの晒しもんだったしな……クソが。あのクソアマぜってーマワしてペットに落してやるぜ」


「やるならテメーひとりでやれよ? 俺は死にたくねぇ」


 旗艦フォルテッツァ後部中央、ガレリア・ハブ。

 艦の中心である様々な施設が集中する区画エリアに、21世紀のファミリーレストランを模した店舗があった。

 座席数600席の『パンナコッタ2号店』である。

 なお、デリカレーションが大好評につき、他の船内に3号店、4号店と増殖中。スタッフ指導で赤毛のチーフがまた地味に忙しかった。


 そのファミレスの一画で、グッタリしながら管を巻く粗野な野郎ども。

 通常訓練後で死にそうになっている、ローグ船団の新兵FNGたちである。

 起床から基礎体力訓練、栄養価の高い朝食、殴り合いに近い格闘訓練、エネルギー量の大きな昼食、オムニを用いた実戦訓練、軍隊における一般常識の座学、時間厳守の夕食、徹底した清潔を強いるスチーム浴、そして夜遊びや夜更かしなど問題外の就寝、翌日振り出しに戻る、と。

 ここ暫くこんな生活を続けていたが、ようやく与えられた休日が、この日であった。


 自分たちが利用していた儀式を逆に利用され主導権を奪われるまで、ローグ船団は怠惰で無法な楽園であった。

 それが、今や監獄の囚人である。

 一応、キングダムやローグ船団に残りたくなければ離脱するのも自由と言われているが、かと言ってひとりで宇宙をさすらうような根性も無い。

 結果として、船団に残り死にそうになるか、船団を出て死ぬか、あるいは旗艦艦橋ブリッジと事務局の生活指導要領を受け入れ真面目に生きるか。

 いずれにせよ、以前のような勝手気侭きままな生活が出来るような選択肢は存在しなかった。


「このまま俺らクソ軍人みたいな事やらされんのか? 冗談じゃねーよ船団の為に死ぬとかやってられっかよ」


「あの隊長殿・・・は本気だろ……。シミュレーターの訓練とか、ありゃ完全に実戦を念頭に置いてやがる。

 エイムをどう調達する気かは知らねーが、俺らをコクピットに詰めて宇宙に放り出す気なのは間違いねーな」


「あークソッ、配置換え(申請)出してみっか? 報酬リワードも今よりはマシだろ」


「今からじゃ大したジョブにマッチングしないだろうがな。カーゴの兵隊とどっちがマシかってーと、まだ命張る兵隊の方がカッコつく――――――」


「お待たせしましたー、こちらシンメロンのローストでーす、フグの唐揚げでーす、塩ブタジャガです、クリスパのテンプラです、ゴールドラガー5つとこちらブラックラガーになりまーす、ご注文以上でよろしいですかー?」


 不景気な顔で愚痴り合うチンピラども。

 そこに割って入った空気を読まない明るい声に、全員が胡乱な顔付きになる。

 誰かと思えば、それは注文した料理を持ってきたウェイトレスの女性であった。

 実は、ファミレス初体験なローグの野郎ども。

 そこが単に万人向けレーションを出す店ではなく、高級店のように人間が手ずから配膳を行う店である、と聞いたのを思い出す。

 実際にそういうサービスを受けてみると、なるほど悪い気分ではない。

 それに、ウェイトレスも清楚な明るい女で、ローグ船団にはいないタイプ。

 料理そっちのけで、チンピラどもの本性が刺激された。


「なぁねえちゃん、アンタは・・・・いくらだよ? ここはそういうサービスは売ってないのかぁ??」


「よーよーよーリアルなボディーコネクトやった事あるか? スゲェぞナマの生き物の感じがよぉ。病み付きになる事請け合いだって」


「俺のプラグはフリーサイズだぜぇ。お試しで接続してみるかぁ? ヒャハハハハハハ!!」


 人間、性根というのはそうそう変わるモノではない。三つ子の魂百までということわざは、時代を超えて不滅のモノであった。

 スタッフ教育の賜物か、営業スマイルを引きらせながらも、『ごゆっくりどうぞー』というテンプレートの科白セリフを残し席を離れようとしたウェイトレス。

 ところが、金髪モヒカンの筋張った腕が、ウェイトレスのミニスカートを鷲掴みにする。

 やめてほしい、と口で言ったところで素直に聞くチンピラでもなく。

 店内をモニターしていたフロアチーフは、すぐに用心棒担当を対応に向かわせようとした。

 ところが、


「お客様? よろしければ私がお話を伺いましょうか?」


 その前に、近くにいた別のウェイトレスが助けの手を差し伸べてくる。


 落ち着いた響きの良い声色。

 メリハリの付いたスタイルに、可愛らしいウェイトレスの制服が良く映え、颯爽さっそうとした歩みが来店客の目を惹きつける。

 顔立ちは目が覚めるように美しく、その表情は乙女を殺すほどに涼しげで凛々しい。

 絡まれていたウェイトレスも、自分を庇う赤毛のウェイトレスに頬を染めていた。


 そして、チンピラたちは真顔で無言になっていた。

 浮遊機雷の起爆スイッチが入ったのに気付いても、既に手遅れだったという状況が最も近いだろうか。

 何故この女がこんなところに、という気持ちでいっぱいである。

 何故も何も、2号店は唯理の縄張りのようなモノだったが。


「行儀よく飲む分にはプライベートに口出ししないが、私の部下になった以上、軍規を乱し船団におけるローグ大隊の信頼を損なうような行為は許さん。

 とりあえず今回は特別に・・・、EVAスーツ着用での艦外ランニングで許してやる。

 だが次はないぞ。理解したか? 新兵ども」


「サー、イエッサー!」

「サー、イエッサー!!」

「サー、イエッサー!!!」


 それまさに、パブロフの何とか。

 1,000人近いチンピラのゴロツキを腕っ節だけで押さえているのは、伊達ではないのだ。

 冷たい微笑に滲む赤毛の大隊長の迫力に、条件反射的に直立不動となるローグの新兵たち。


 その後の食事風景は、まるでお通夜のようだったという。


               ◇


 ローグの不良兵士をヘコませた後、赤毛のウェイトレスは元の店員スマイルでフロアの仕事に戻っていた。

 多少の騒ぎがあっても、食事デリカレーションの美味しさや面白さで、店内も間も無く日常風景を取り戻している。

 パンナコッタ2号店は、この日も盛況だった。ただでさえ忙しい赤毛娘に救援要請が来るほどに。


 ほとんどの利用客は各席のインターフェイスで注文オーダーを行うが、中には直接ウェイトレスに注文オーダーする者もいた。

 見慣れない料理レーションばかりなので、具体的な説明を求める客も常に一定数いるのだ。

 その為、ウェイトレス業務中の唯理も、呼び出しコールのあったテーブル席へ御用聞きに向かう。


「その……正直なにを食べていいかよく分からないんだけど」


「オーダーアドバイザーにステータスの参照を許可すれば、その時点の最適なレーションがお勧めに出ますよ。ガイダンスを使っても、お好みの傾向から今のお勧めが出ます」


「えーと……あ、『アンニンドーフ』?」


「杏仁豆腐ですね。半固形の柔らかいデザートで、甘みが柔らかく冷たくて美味しい食べ物レーションになります」


 何せこの時代の食事といえば、個々人向けに栄養素が調整されるペースト状のフードレーションが基本だ。

 話題のデリカレーションを食べに来ても、豊富なメニュー内容を前にして、途方に暮れる利用客も多い。


 当然、そういった状況も事前に想定されており、店内の自動注文オーダーシステムには支援サポート機能も実装されていた。

 身体の状況ステータスから必要とされる最適の栄養素を特定し、最もそれに近い料理を提示する『オーダーアドバイザー』。潜在的嗜好を質疑応答を通して導き出す『オーダーガイダンス』がそうだ。

 それらを利用した結果、導き出された料理は偶然にも唯理の好物でもあった。


 赤毛のウェイトレスが席を離れて間も無く、別のウェイトレスが注文の品を持って、お客である少女のテーブルにやってくる。

 テーブルの上に置かれたのは、円錐台の形をした白い物体だ。

 その皿を揺すると、白い物体がプルプルと震えて面白い。円錐台の上にポツンと置かれた赤いモノが、色鮮やかなアクセントになっている。

 お洒落なオブジェにも見え、食べるのが勿体無くも思えた。


「あ……なんだろコレ…………?」


 それでも、参考映像にならさじを入れ、すくって口に入れてみると、今までに感じた事のない新鮮な感覚に襲われる。

 人類が5つの味覚を退化させて久しかったが、それでも生物の本能は、甘みを感じる機能をすぐさま復元させていた。

 冷たく、サッパリして喉越しも良い食べ物レーションに、栗毛をポニーテールにした少女は感じ入っている。


(なるほど、これが食べ物に対しての『美味しい』という事かぁ。これはスゴイなぁ……。本社がなんでレーションなんかに注目するのかと思ったけど、これは放っておかないわ)


 栗毛のポニテ少女は、任務を帯びて『フォルテッツァ』に潜入していた。

 潜入と言っても非合法にではない。キングダム船団の旗艦艦橋ブリッジと共和国政府の間で認められた、正規の乗艦パスを用いてだ。

 同様の乗艦パスで『フォルテッツァ』や『アルプス』に乗り込んだ共和国のエージェントは、他にも大勢いる。正確には、共和国の支配企業の、エージェントだが。

 その目的は当然、規格外の超高性能艦や、それに搭乗する人員の情報収集である。


 栗毛ポニテのエージェントは、いずれはどの船も共和国が手中に収めるのだろうと思っていた。

 どれほどの武力を持っていようとも、たかがいちノマド・・・・・銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーの一角である共和国と五分に渡り合うなど不可能である。

 共和国とは、銀河規模に巨大な欲望装置だ。

 44社の支配企業ビッグブラザーが望めば、その国家の内に孕むあらゆる資源と技術を一点に集約し、最終的には必ず目的を達成する。

 連邦と張り合っているのも、この状態が共和国にとって理想的であるからに過ぎなかった。


(でも、このショップは残して欲しいなぁ。いや、本社ならもっと大々的に展開するのかな? あのヒトこういうの好きだし。グラダーで食べられるなら、それはそれで嬉しいかもね。

 もっと色々なレーション食べてみたいし。制服もカワイイ……そういえばあの店員の、すんごい美人だったな。ビックリした。あのヒトが見たらさらわれかねない)


 栗毛のエージェントは、自分の仕事をするだけだ。

 何らキングダム船団に思い入れはなく、個人的には共和国が問題の船を手に入れようが入れまいが、別にどちらでも構わない。

 ただこのレストランは惜しいなぁ、と思いながら、そこを出て次の仕事先へと向かう。

 個人的にも、そして社命的にも、栗毛のポニテ少女は他のエージェントには出来ない仕事をする必要があった。


               ◇


 高速貨物船『パンナコッタ2nd』。

 二号店への応援ヘルプを終えた赤毛の少女は、母船に戻り一休みの最中だった。

 最近は常に忙しいが、今日もそれなりに疲れた。ローグの新兵たちには休みを与えたが、責任者である唯理は休んでいるワケにもいかないのだから。


「まぁ技術と戦術しか教えてないしなぁ……。規律も上滑りじゃ、品性なんか育ちようもないか…………」


 唯理は紳士を育てているつもりはないし、そんなやり方も知らない。

 ただ、規格化された兵士の集団は、高度な戦闘兵器として機能する事を理解しているだけだ。

 そして、倫理や道徳、社会通念を知らずとも、とりあえず兵士として軍規を身に付ければ、暴走や非合理的な行動を取る事もない。


 と思ったのだが、先のファミレスの件を見る限り、まだその段階ですらないようである。

 また、今すぐにでも戦闘部隊として形にする必要がある以上、軍規も後回しにせざるを得ないのが現状だった。


「なんつーか、アレだ…………ローグの連中の事で根を詰め過ぎじゃねーか? ユイリには悪いけど、演習までに組織だった作戦行動が出来るようになるとは思えねーぞ」


 呆れたように、溜息をいて言うオペ娘のフィス。

 なるべく赤毛娘を直視しないようにしているが、どうしても目が行ってしまう。


 キングダム船団は共和国の端に接触したこの時期に、船団全体での軍事演習を計画していた。

 これは、共和国に対する示威行為であるのと同時に、膨れ上がった船団の戦力を把握し速やかな防衛行動を取る事が出来るように、という必要性の高い計画だった。

 そして、船団直掩の戦力としてローグ大隊も演習への参加を予定している。

 どれほど戦闘艦が強力であっても、ヒト型機動兵器を欠いては防衛力に不安を残すのだから。


 しかし、ローグ大隊は結成して間もない戦闘集団だ。明らかに急ぎ過ぎである。

 これを演習に出したところで、まともな作戦行動が取れなければ逆に共和国にあなどられる事ともなりかねない。

 おまけに、ローグには規律ある作戦能力以外にも、ある物質的要素が決定的に欠けていた。


「えと……本体と部品を集めるだけ集めて、とりあえず100機分くらいは確保したよ? でもジェネレーターもコンデンサも性能は全部バラバラだし、組んだエイムもそれぞれ全く違う機体になると思う……。ある程度アジャストは出来ると思うけどー……」


 メガネのエンジニアお嬢様、エイミーも露骨に視線を向けないようにしていたが、やはり赤毛娘から目が離せない。


 湯煙の中には、何万行という機械のデータリストが投影されていた。

 同一製品がほとんどなく、ひとつの分類の中でも見事に全て別物だ。

 戦闘部隊としてローグ大隊に足りない重要な装備、ヒト型機動兵器『エイム』の部品群である。


「今は数が揃えられるだけありがたいよ。性能が均一化出来ないなら、機体の特性を見て個人の能力に合う機体を充てるしかないね。

 出来れば全ての機体で加速力50G以上を確保して、既存のオプションは全て使えるだけのアクチュエータトルクとジェネレーター出力が欲しいな。ダメならダメで、性能ごとにポジションで振り分けるけど」


 当たり前の話であるが、ローグ大隊は新設直後の何の実績も無い部隊であり、その中身はチンピラに毛が生えたような愚連隊だ。

 予算はかなり低く見積もられ、とてもじゃないが千機もエイムを揃えられるような額ではない。

 その代わりではないが、船団からは余剰部品や使用されてない機体、廃棄予定のエイムなど考え得る限りの在庫を自由に使っていいと言われている。

 運用上は全ての機体が同一性能であるのが望ましいが、唯理としてもこの際贅沢は言わなかった。

 

「んじゃー……ジェネレーターのアウトプットを基準に必要スペックで部品のグループ分けて、と。微妙なところは、新規でパーツ作って補うしかねぇんじゃね?

 パーツアッセンブリをパラメータの逆算で出してみた。こんなもんでどうよ? エイミー」


「装甲とか外装は改造して合わせるより、全部新設計の方が時間が節約できるかもね……。

 出力はジェネレーター単体じゃなくて、機体トータルで考えた方がいいかも。武装のオプションはほぼ固定になるけど、性能差はだいぶ狭まるよ?

 ど、どう? ユイリ」


専門職プロフェッショナル特殊部隊スペシャルフォースなんかじゃないし、今はあまりオペレーターに差異を付けたくないんだけど……、いっそ今から兵科分けるかな? いやそれ以前に最低限の歩兵能力すら怪しいからなぁ連中…………」


 リストと画像を何度も組み換え、アレやコレやと話し合う乙女たち。

 そんな唯理、フィス、エイミーが現在いるのは、パンナコッタ2nd内にある大浴場バスルームだった。

 お湯に半身だけ浸かり、あるいは浴槽の縁に座って、あられもない格好の少女たちが無骨なヒト型兵器の設計に耽溺している。

 赤毛など一糸纏わぬ肢体を身動みじろぎさせる度に、大きく張り出した柔らかい部分がたゆんたゆん揺れていた。

 理系少女ふたりは、凝視しないようにするのが大変だ。理性と本能が喧嘩している。


 ちょっと一緒にお風呂に入りながらエイムの事を話していたら、いつの間にか本格的な設計の話に。

 人生に罠はどこに潜んでいるか分からないモノであった。


「整備性の事もあるし、ほぼ同じ構成で組めそうな機体から形にして、それを見て他の機体の構成も考えようか。

 そしてあっつい! お風呂で話し合う事じゃなかったね。茹で上がるよ」


「気持ちいいけど……自分たちがユイリの料理みたいになっちゃうねー」


「ハイドロバス悪くねーんだけど、ちょいちょい危険を感じるんだよなぁ、コレ……………………」


 気が付けば無視出来ない熱がカラダの内に籠っており、赤毛の少女が気だるげに浴槽から出ようとする。

 同じく、大分脳がオーバーヒートしているエイミーも、フラフラしながら唯理に付いてお湯から出ようとしていたが、


「あッ――――――――!?」

「ひゃフッ!? なに!!?」


 案の定足をもつれさせると、倒れそうになったところで赤毛娘の絞まった腰に抱き付き難を逃れた。

 ムニッとムチムチした弾力のあるどこかに、エイミーの顔が半分埋まる。

 いったい何がどうなった? と、やや混乱するエンジニアの少女が顔を放すと、目の前には中腰で固まっている赤毛娘のお尻があり、


「…………はぶァッッ!!?」

「エイミー!?」

「おわぁあああ!? ちょ! おま!!? ユージン! 緊急事態!!」


 全てを丸ごと余すところなく至近距離から見てしまい、脳にトドメ刺されて鼻血噴いて水中に没した。

 直後に救出されたものの、割と洒落にならない出血量だったとは船医ユージンのコメントである。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・VCV値、価値創出力value creation vitality

 共和国圏で用いられる経済指標。国内総生産GDPのようなもの。金額そのモノではなく、それを作り出す力が対象。


・フリートマネージャー

 主に共和国圏の企業における役職。複数の艦隊を抱えるような超巨大企業に、この役職を持った幹部社員が存在する。

 数万から十数万隻の艦隊を複数個統括し、その権力は小規模な惑星国家の代表にも匹敵している。

 取締役会の下位。


・親船団

 複数の自由船団が合流した場合に主導権を持つ船団。

 基本的に自由船団ノマドの間に優劣は無いが、パワーバランスや他船団への依存の度合いによっては特定の船団が運営を一手に引き受ける場合もある。


・カーゴの兵隊

 格納庫や倉庫で働く労働者を揶揄する言葉。この時代の危険汚いキツイそして給料低いという大変なお仕事。


・艦外ランニング

 宇宙船の上を船外活動EVAスーツを着てランニングするという、ある意味罰ゲーム。

 エネルギーシールド展開中ならばデブリが飛んでくる事は無いが、宇宙空間が危険である事に変わりも無い。

 一応、耐真空宙訓練という側面もある。


・グラダー

 共和国本星首都、グローリーラダーの略称。




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