68G.キンダーガーデンの兼業ヴァルキュリア

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 ターミナス恒星系を脱出する折。

 キングダム船団の名を冠する旗船キングダムは、メナス自律兵器群の攻撃により撃沈判定寸前の損傷を負う事になった。

 軍やどこかの公的組織、または大企業なら、確実に廃船処分とするところだ。

 しかし、ノマドという集団・・にはそんな資金力など無い。

 ましてやキングダムはゴンドア型という銀河でも有数の大型船だ。

 簡単に捨ててしまうワケにもいかない。


 よって、キングダムは他の船に曳航されながら修理を続けている。今のところ居住区画と機関部、船橋ブリッジ周りといった重要区画バイタルパートが応急修理されたのみだ。

 一部の乗員はキングダムに戻ったものの、大半は未だクレイモア級フォルテッツァに仮住まいしていた。


 特に子供にとって、どちらが安全かは言うまでも無い。


              ◇


 キングダム船団には、子供を預かる施設が複数存在する。元は旗船キングダムにひとつ、そしてリスク分散の観点から別の船にも同様の施設が設けられていた。

 子供を預かる理由もまた、複数ある。多忙故の肉親の不在、または死亡。ひとり旅の最中、早すぎる独立、故郷にいられなくなったという実にノマドらしい事情まで。

 そういった子供をまとめて面倒見るというのが、施設の目的となる。


 大破した旗船キングダムの児童施設は、仮旗艦のフォルテッツァ内に移されていた。

 後部ブロック中央ガレリア・ハブから艦内トラムに乗って、約5分。

 セーフハウスエリア-03D駅。

 そこから、殺伐として同じ作りが繰り返される鋼色の通路を歩いて行った先。

 柔軟性のある樹脂とセラミックを暖色で整えたひとつの区画に、子供が通い、あるいは子供を預かる施設があった。


「キャーーーー!!」

「当てろー!」

「スゲーぜんぜん当たらない!」

「やー!!」


 そこで吹き荒れる無邪気な暴力。

 幼いが故に残酷な子供たちは、相手を害する意味を一顧だにせず気が向くまま享楽のまま、手にしたオモチャをひとりの少女に投げ付けていた。


 投げ付けられている赤毛の少女は10割回避していたが。


「っと、お、よっ…………ハッ! おお?」


 軽く身体を傾けて、片足を引き、上体を捻り、少し右に動き、クルリと身を翻して無数の飛来物を回避する。

 顔面に飛んできたカラーボールをセンチ単位まで引き付けギリギリでわすという無駄に高い技量も発揮し、投擲攻撃を掠らせもしない。

 子供たちは大興奮だ。

 どれだけオモチャを投げようとも、まるでテクノロジーに因らない魔法か何かの如く鮮やかにのがれてしまうのだから。

 おかげで投げてはいけない物まで赤毛の方に飛んで来る始末。

 しかも、そういった壊れ物は赤毛の少女がサラッとキャッチし、ジャグリングのように両手の間で弄び始めるのだからさぁ大変。

 子供の興奮は加速するばかりである。


「だからってオレにアイツと同じスペックを求めんじゃねぇえええええ!!」


 そして、同じように遊んでほしい子供に無茶振りされる、インドア系ツリ目オペレーター少女の悲鳴。こちらは飛来するオモチャのドローンから逃げ回っていた。

 しかし仮にもウェイブネットレイダーが無人機相手にやられっぱなしでは沽券に関わる。

 ガキどもが本職プロの力を思い知れ! と大人気無く眼帯型個人端末インフォギアから通信波シグナルを辿りコントロールを奪おうとしたならば、その発信元が同じ船に乗るパンナコッタの双子だと判明。物理的に逆襲に出た。


「ぅおのれらぁあああああ!!」

「ギャーバレたー!!?」

「逃げろー!!」

「わー!!」

「こわいー!!」


 ツリ目の鬼と化したオペ子がドタバタと室内を走り回り、子供たちがはしゃぎながら駆け回る。パンナコッタの双子含む。

 ちなみに同じくインドア系エンジニアの少女は早々に子供に泣かされ、メカニックの姐御に保護を求めていた。


「フフフ……皆さんに子供たちと遊んでもらえて助かります。あの子達もあんなに喜んじゃって」


「フィスは後が心配だがな…………」


「ユイリちゃんは適当なところで止めてあげないと、子供たちの方が大変な事になるんじゃないかしら?」


 他方、元気の良い子供たち――――――1名脱落――――――を微笑ましく(?)見守っている3人のお姉さん。

 パンナコッタ船長のマリーンに、同船のメカニックであるダナ。

 それに、この施設に勤めるケアント(保母)の、サンドラ=コムドスカだ。

 

 サンドラは村瀬唯理むらせゆいりのエイムチームへ新たに加わるオペレーターでもあった。


 長いストレートの金髪に、優しさに満ちた端麗な顔立ち。中肉中背だが胸はご立派。年齢はマリーン船長らとフィス達の間にあたるという。大学生相当だろうか。

 子供たち皆に好かれ、本人もまた本物の子供好き。託児施設のケアントをやっているのは、仕事と報酬だけが理由ではないと言う。

 ではそんな女性が、何ゆえ荒事最前線のようなエイム乗りという人種になろうというのか。


 実はサンドラという女性、虫も殺しそうにない顔をしているが、元は某惑星国家の士官学校出だったりする。

 しかし、故国と軍の白い物も黒と言わせる無条件の絶対服従な体制が肌に合わなかったという事で、配属後間も無く除隊。超保守的社会特有の、「ドロップアウト組は社会不適合者である」というレッテル張りにも辟易し、宇宙に出てノマドに加わった。


 ケアントになったのは、元軍人なら子供相手でも忍耐強く世話ができるのでは? という、それほど深く考えない知人の勧めがあったからだ。

 なんと言っても子供の世話は手間がかかり、これに付き合える我慢強い大人は多くない。国の方はあっさり見限ったが、そこは忍耐の問題ではなく信条の違い故である。


 当時、ある船でブリッジオペレーターを務めていたサンドラだが、報酬はともかく優遇措置が悪くなかったので、勧められるままケアントとなった。

 ところがこれが、やってみたら天職だった、と。

 そこで終われば良い話だったが、生憎と現実は皮肉と底意地の悪さに満ちていた。


 サンドラが最初に入ったのは、キングダム船団ではなく別の船団ノマドだ。

 託児施設のケアントになったのもその時だが、運悪くメナスの一団に遭遇した事で、船団は壊滅状態となってしまう。

 控えめに言って、宇宙で船を損なうというのは地獄絵図になるのと同義だ。同時に、常に想定されて然るべき事態でもある。

 どうにか子供が犠牲になる事は防げたものの、船団は集団を維持できなくなり解散。子供たちも親がある子は一緒に方々へ散って行くか、そうでなければどこかしらに引き取られて・・・・・・いった。後者に関しては、あまり良い将来は期待できないだろう。

 それから暫く後に、サンドラは乗っていた船ごとキングダム船団に移籍。そのまま託児施設のケアントとなるが、運が悪い事に先日二度目の悪夢に遭遇したというワケだ。


 あるいは今後、こういう事は運など関係無いほど増えていくのかもしれない、とも思う。


「それで、ブリッジからの要請を受けたという事か」


「はい、預かった子供たちを守るつもりでも、いざ船を落とされたらひとりのケアントに出来る事なんて全くありませんでしたし…………。

 それなら、今度はわたしにしか出来ない方法で子供たちを守りたいと」


 エイムオペレーターとしてスカウトされた経緯をサンドラから訊き、メカニックの姐御が相槌を打っていた。

 散々遠回りして来て、結局は兵士に戻ってしまったと保母さんは自嘲気味に言う。

 サンドラがキングダムの上層部ブリッジに目を付けられたのは、そのユニークな経歴故だ。

 シミュレーターによるエイムの戦績こそ「並」という判定だが、何せ正規の訓練を受け軍事的ないし準軍事的な手順メソッドを知る人材は非常に貴重である。


 託児施設での戦闘は、中長距離ミドル~ロングの指し合いから交差距離クロスレンジでの乱打戦に移っていた。

 何かというと、ソフトバトンを振り回した多数の子供相手に赤毛の少女が防戦一方。

 と見せかけて、全ての攻撃を受け流して見せるという子供相手に達人の技量全開な有様である。


「えいや」

「やー!」

「せいッ」

「にゃー!?」

「ほーらくらえー」

「やーん!」

「あはははは!!」


 飛び跳ねながら体当たりしてきた男の子は、そのバトンを白刃取りされて重心を崩され、でんぐり返しするように床に転がされた。

 グルグル回りながら目を回してアタックしてきた女の子は、同じくバトンを受け止められ赤毛娘の回転に巻き込まれ床をコロコロ転がされた。

 不利を察して逃げた敏い子は、機動力で圧倒され背後からとっ捕まりメチャクチャくすぐられる。

 もはや数の差は逆転され、子供らは大喜びで蹂躙されるのみだった。基本的に何が相手でもスタイルが変わらない赤毛である。

 無論、子供に怪我などさせない柔の極みであった。


 ひとりが気紛れに唯理へボールを投げ付けたのが切っ掛けで、この様な事態に。

 だがそのおかげで、サンドラは自分の隊長がどういう人物か窺う事が出来た気がする。

 誰にも言っていないが、この根っからの保母さんが兵士として復帰するのを決めたのは、他でもない上官がこの赤毛娘になるからだ。

 高速貨物船パンナコッタのエイムオペレーター、村瀬唯理ムラセユイリの交戦記録は圧巻の一言。

 『脅威を踏み潰す者メナススレイヤー』、『死へ引き込む重力井戸デッドマンズウェル』、『破滅の屈光ルインディフレクター』、『怒りの反応炉レイジリアクター』、『争乱の旗手メイヘムオペレーター』、その他多くのふたつ名で囁かれるエイム乗りの少女。

 ドミネイターと呼称される所属不明の艦隊、連邦軍の特殊艦隊、そしてメナス自律兵器群の大艦隊、これら圧倒的な敵勢力に対し、赤毛のオペレーターは常に先頭に立ち戦ってきた。どれほど絶望的な状況にあってもだ。

 軍にいたのはほんの一瞬でしかないサンドラだが、この少女のような存在は、幾度となく古参兵である訓練教官のお伽噺に聞いている。

 筋金入りの現場主義者、前線付き熟練兵、生来の先任指揮官、生粋の戦場生物、


 今ではほぼ存在しない、本物の兵士リアルソルジャー


 自国の軍には馴染めなかったサンドラだが、兵士の理想たる存在が如何なるモノかという話には共感できた。

 言うなればそれは、人類が人類を守る為に作られた、防衛機能と指揮管制機能に部隊運用機能を纏めてシステム化した、総合パッケージ。

 そんな偶像が、意外な姿を借りて目の前にいる。

 子供たちのいる場所を守る上で、この隊長の下で戦う以上の戦場は存在しない。

 元軍人の保母さんは、そのように考えるのだ。


「はーいイタズラっ子ゲットー」


「キャー捕まったー!!」

「助けてサラせんせー!!」


 中身ガチソルジャーの赤毛娘が、少しはにかんだ笑みで両腕にチビッ子を抱えていた。そのままクルクルと人力メリー・ゴー・ラウンド。

 それを見て保母さんはほっこり和む。ついでにエンジニア嬢らパンナコッタ勢も和む。フィス? ヤツは死んだよ。


 少し他人に遠慮がちのように見えるが、優しさも兼ね備えた隊長のようで良かったと思う。

 船団の状況は、依然として良くはない。

 26隻の超高性能艦を抱え、30万隻まで膨らんだ大船団ではあるが、この先の見通しは不透明だ。

 宇宙は自由であるが、同時に安全ではない。

 また戦闘状況に遭うと考えて動くのは当然だった。


「この子達がせめて自分の生き方を決められるまでは、守ってあげられるといいんですけど…………」


「本来は船団を挙げて守るべきですけどね、大事な次世代なんだから。でも今は体制を整えている最中だし、当面はわたし達だけで対処します」


 大喜びの子供をキャッチアンドリリースしながら、赤毛娘は保母さんの科白セリフに応える。

 そこには、悲壮感も強い意気込みなども無い。ただ出来る事をするだけといった様子。

 しかし、それは諦観や逃避ではない。目的を達するに足る手段は選ばない、という意味である。

 サンドラも同意見だった。


「まず何から始めればいいですか? ユイリ隊長」


「ヒトと装備が揃ったら基本的な連携と戦術の訓練をしてチーム内での認識を統一しないと。

 サンドラさんには副隊長と2班の隊長をお願いするつもりです。分隊本部のやり方を知っている元軍人なら適当だ」


「了解しました」


 新たなエイムチームは基本的に唯理直属の護衛部隊となるが、その隊長が我先に突撃するので、実質的には早期展開し敵勢力に第一撃を加える即応迎撃部隊になると思われた。

 3機1班を前衛後衛の2班揃える分隊編成。隊長は村瀬唯理、そしてサンドラが副隊長として後方から補佐を行なう事になる。


 保母さん兼副隊長となるサンドラは、自分が何をするべきかは分かっていた。

 この若過ぎる隊長が動き易い状態を作る事。

 それが、この船団と子供たちを守る最善手なのだから。


 なお、前述の通り唯理の部隊は6人体制を予定しているが、最後の一人とは間も無く、そして意外な形で遭遇をする事になる。









【ヒストリカル・アーカイヴ】


・魔法

 科学万能と言える時代でも残り続ける概念。

 個人情報端末インフォギアなら飛翔体の軌道計算もリアルタイムで可能だが、それを自身の回避能力に反映できるかは別問題。




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