47G.コールアラーム スリーパー
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パンナコッタⅡとキングダム船団から同行した他3隻による小船団は、短距離ワープを繰り返しハイスペリオン星系外縁から11番10番惑星の脇を通過。
警戒の厳しい第8惑星宙域も突破し、最初の目的地である衛星『ベルオル』のある第7惑星宙域を目前としていた。
同じ頃、ターミナス星系の惑星テールターミナス軌道上で待機中のキングダム船団は、避難の為に乗り込もうとする大量の住民で大混雑となっていた。
移動用の
1,000万隻のメナス艦隊が星系に押し寄せようというこの時、90億もの住民全てが逃げ出せるような数の宇宙船は存在しない。
その為に、本来は星系と関係ないキングダム船団が、ターミナス星系艦隊により半ば強制的に留め置かれているのである。
とはいえ、住民の避難に協力するのはキングダム船団としても構わない。星から離れて宇宙で暮らすノマドが、人助けの精神まで忘れたら生きてはいけないだろう。単なる人道的問題ではなく、今度は自分達が見捨てられる立場になるのだ。
問題は、超大型クラスの輸送船であるキングダムを含んだところで、船団の230隻ばかりでは1,000万人も乗せられないという事だろう。
「ターミナスの脱出は1割も終わっていない。今ターミナス側も全方面に救援を要請しているが、ユートピア船団にも住民の脱出に協力してほしい」
そのキングダム船団、本船である巨大輸送船キングダムの船長室では、船団長が外部と通信中だった。
通信先は、比較的近い位置を航行中だったノマド『ユートピア』船団である。
国家に属さない宇宙船の集まりであるノマドは、キングダム船団の他にも多く存在する。
やむを得ず故郷を追われて新天地を求める者達『イミグラント』。
好奇心と探究心の塊『エクスプローラー』。
ひたすら自由を謳歌する混沌と退廃の船団『ローグ』。
逃げて逃げて逃げまくる臆病者の巣と呼ばれる『ハンチバック』。
救世主の降臨と銀河の救済を謳う教団『ザルバトール』。
他にも上げれば切が無い。船が2隻以上集まって放浪に出れば、ソレはもうノマドだと言える。その性質上、海賊のようにイリーガルな存在と混同されがちだが。
『キングダム』は小から中規模の
その規模に比して人数はそれほどでもなくヒトの出入りも激しいが、所有する船の大きさや居住性など、環境において他の船団とは比べるべくもない物が揃っている。
それも当然で、ある意味において切羽詰って宇宙に出た他のノマドと違い、ユートピア船団というのは実に余裕のある人々が形成した宇宙の
『悪いなディラン、本船団を危険に晒すワケにはいかないのでね。要請には応じられないな』
その理想郷の管理人、金髪を後ろに撫で付けた船団長は、全くすまなそうに答えた。
ディラン=ボルゾイ船団長としても、予想していた答えではある。恐らく、既に同様の救援要請もターミナス行政府から出ていただろう。
「…………そちらは今ターミナスの端だろう? ショーを見物に来て人命救助をする余裕は無いと言う事か?」
『スポンサーの意向だ、私としても強く断れないんだよ』
薄ら笑いで言うユートピアの船団長に、ディランの怒りゲージが溜まるがどうにか堪える。
船団長などという面倒なポジションに就いて、何度も同じような事があったではないか、と自分に言い聞かせ。
ユートピア船団は主に連邦圏の特権階級層、ハイソサエティーズが
多くの場合国家の圧制から逃れる為に発生する船団を、どうしてそんな人種が結成するのか。
その理由は、ハイソサエティーズもまた自由を求めているという事だ。
ただ、その自由というのは他のノマドとは大きく異なっているかも知れない。
ノマドに明確な定義はないが、ユートピア船団はノマドではないと言う者もいる。
少なくとも、ユートピアの船団長はターミナス滅亡を見物に来たのを否定はしなかった。
終いには、船団内の美観を避難民によって汚されるのをスポンサーは好まない、とまで言い放つ。
つまり、理想郷とは彼らだけの為のもの、という事だ。
『船が必要ならキミの上司に要請したらどうかね? いや、共和国の為に動くような義理はないだろうな。
ではノマドの精神に則り、キングダム船団単独でがんばりたまえよ』
最後まで小馬鹿にするような表情を変えず、ユートピアの船団長は通信を切った。
ディラン船団長の徒労感が凄い。骨折り損になるのも怒りが湧くのも全て想定済みだったとはいえ、我慢した分酷く損をした気分である。
しかし、貴重な時間をギャンブルに使うにしても、最もリターンの多い目を狙って外したのだから、ここは素直に諦める事とした。
(さて……後はマリーン達に期待するだけか。例の遺跡艦を持ってきたら、詰め込めるだけ避難民を詰め込み即脱出。それから――――――――)
自身に合うよう調整された飲み物のボトルを呷り、椅子から天井を眺めてディラン=ボルゾイは考える。
ユートピア船団の船団長は、その実連邦から派遣された正規の軍人、それも情報機関に属する者だ。
そして、ディランの本当の立場を知る人物でもある。
その船団長は言った。船が必要なら上司にでも相談しろ、と。
既に連絡は取ったのだ。
そこで、命令された。
つまり、長年潜伏していた今の地位を放棄してでも、そちらを優先しろという事だ。
その後に予想される事態を考え、ディラン船団長の精神的疲労は更に増した。
◇
第8惑星宙域からのワープアウト直後だが、高速貨物船パンナコッタⅡの中は継続して忙しかった。
225万キロ先にある第7惑星『フィルアモス』は、ハイスペリオン星系の中心だ。無論、
フィルアモスは星系における政治経済の中心であり、ここを制圧する事の優位性は極めて大きい。
その為、第7惑星宙域は
そんなところに飛び込んだので、当然最大級に警戒される。
どこもかしこも敵対勢力だと信じて疑わず、停船命令や警告と同時にレーザーが飛んで来る有様だ。
そして、ここまでは極力交戦を避けて来たパンナコッタⅡと他3隻。
だが、作戦上この第7惑星宙域ではそうもいかない。
『オレ達は第7惑星の引力圏に沿って軌道上に進入、パンナコッタは急減速に入るけど、バウンサーやトゥーフィンガーズ、アレンベルトは敵を引き付けつつランデブーポイントに先行する。この船の減速には付いて来れねーからな。
パンナコッタは大気を減速に使って重力制御は船内の保護に全振り。時速200万キロ手前辺りまで下がったら衛星「ベルオル」にルートを変更する。ここまでだいたい30分を予定な。
とーぜんだけど、そこらじゅうに戦闘艦がいるから死ぬほどヤバくなるぜ』
通信ウィンドウに映るオペ娘のフィスが、侵入コースやスケジュール表を交えて作戦を説明する。
ヒト型機動兵器に乗り込んでいる赤毛の少女や他のオペレーターにも、戦闘の衝撃や音が船体を通して伝わっていた。
時速は未だに500万キロ台を保っている。相殺しきれない慣性が船首方向へかかっていた。
赤や青のレーザー、灼熱色のビームで進路上の艦隊を蹴散らした小船団は、予定通り第7惑星の引力圏に突入。星を回る軌道に入る。
深く惑星側に切り込むパンナコッタの一方、バウンサーなど他3隻はギリギリまでパンナコッタへ支援攻撃を行い、多くの艦隊を引き付けつつ宙域から離脱。
星系の内側、恒星ハイスペリオン方面へと飛んだ。
『無事に合流できる事を願います、マリーン船長。率直に言って自殺に近い状況ですが、貴女の手腕とその船の性能に期待します』
『早く来ないと例のお宝、あたしらがいただいちまうからねー!!』
「こっちは逃げられるから、あなた達も必ず『フリットタイド』まで辿り着いて。それとリード船長、残念だけど『鍵』がないと船は動かないから先走らないように」
『チッ…………』
船外映像の中で、バウンサーと他2隻が無数の攻撃に曝されながら速度を上げていく。
仲間の船の無事を祈りたいマリーン船長だが、他人事のように構えてもいられない。
何せ、自分たちも休む間もない連戦に次ぐ連戦の真っ只中。
ある程度が囮の3隻に喰い付いたとはいえ、今も数万隻という宙域防衛艦隊5~6個分、星系艦隊の約半分の数の艦艇に捕捉され続けているのだから。
今までは4隻に散っていた攻撃が、今はパンナコッタⅡに集中していた。
「こんだけいるとECM役にたたねぇな。いっそスッキリするわ」
「あれだけ数がいると光学だけでも十分そうね。電子戦闘はECCMだけに集中して。メナスの動きはどうかしら?」
「分かんねー。ここまでスキャナーに引っ掛からないから、ステルスモードでジッとしてんじゃね?
星系軍だか離反部隊だかの艦隊250が0度方向に割り込む。後方170度と200度に共和国艦隊――――――がいるけど皇国艦隊がこいつらに発砲始めたわ。
重力下方向から領空パトロールらしい高度迎撃機群50接近中。本船直上から右45度にどこかのPFO艦隊……ってもうメチャクチャだなコレ!?」
『レポート、シールドジェネレーター過負荷、出力67%。スペシャルオート設定による無差別飽和攻撃を推奨します』
出力任せに
そして第8惑星宙域と同様、睨み合っていた各方面の艦隊が不審船に触発されてそこら中で交戦をはじめる。
そこで潰し合ってくれれば良いのだが、生憎とパンナコッタを放っておいてくれるワケもない。
いくら高性能な船とはいえ、攻撃を受け続けてジェネレーターの出力も限界が見えて来た。
そうなる前に全艦撃沈すべきだ、と勧めてくる船の管制
今までどおり防御性能と武装への攻撃で無力化に努めるのだ。
「何とか逃げ切るとしましょうか。スノーちゃん、ウェーブライドでブレーキをかけながら回避機動。
フィスちゃん、上層大気をブレーキに使って『ベルオル』まで最速で着けるスケジュールを出してちょうだい」
「『スケジュール』ったってスノーが船を振り回したらルートも何も……とりあえず位置と方向だけナビゲートするぜ」
「ベルオルの防空エリアに入ったら迎撃システムのお出迎えね。エイムチームもいつでも発進できるようにしておいて」
マリーン船長の言葉に、渋い顔で何かを諦めるオペ娘。
対象的に、
剣のように鋭く白い船が、船首を持ち上げつつ一気に惑星へと降下する。
地表からの高度100キロメートルに入ると、非常に薄い大気が時速300万キロオーバーの船体とシールドにより圧縮されて赤熱を始めた。
現在、パンナコッタⅡの重力制御は船内重力の維持に集中している。
その為、軌道変更と姿勢制御はマニューバブースターによる反動推進を用いており、船体の上下左右あらゆる箇所の
大気の抵抗を利用し、パンナコッタⅡは急激にその速度を落す。
必然的に攻撃も受けやすくなり、全方位から赤い光が白い船体を薙ぎ掃いに来るが、
その直前に、フッと船首の向きを変えるパンナコッタⅡは、そのまま滑るようにして90度違う方向へと走り出した。
うねる様な奇妙な動きに、追撃していた艦隊の軍人たちが面食らう。光学センサーによる予測照準機能も、想定に無い相手の機動を追尾しきれていなかった。
あちこちのブースターを吹かし、右に左に船体を振り、垂直に傾くわ跳ねるわと、もはや宇宙船の動きをしていない。
パンナコッタⅡと小さな操舵手は、さながら大海原を征くパワーボートの如く大気圏上層を駆け回っていた。
初代パンナコッタの頃から、スノーがこんな動きをするたびに船内は大変な事になるのだが。
『ちょっとこれ大丈夫なの!? 慣性補正効いていないんじゃ!!?』
『おいヤバそうならもう出してくれ! 自分で飛んで行った方がまだマシだ!!』
『うるせーぞまだ66万6,000キロ残ってら落とされたくなかったら大人しくしてやがれー!!』
出番を待つしかない格納庫のエイム乗り達は、激しく揺れる船に負けず劣らず自身も激しく動揺していた。どう考えたって普通の揺れ方ではない。
そんな桃色髪の女や作業員風のオッサンに、オペ娘は通信で怒鳴り返していた。忙しいのだ。
一見してデタラメに大気圏をぶっ飛ぶパンナコッタⅡだが、フィスのナビゲートにより順調に減速を続け目的地にも近づいていた。
スノーによる高機動で、艦隊からの攻撃もギリギリのところで回避し続けている。
ここでフィスは惑星上にダミーの通信を送り、パンナコッタの狙いが首都への直接降下であるように見せかけた。
これを自力で傍受したと思い込んだ星系艦隊と高高度迎撃部隊が進路を塞ぎに来るが、途端にスノーは真逆へと舵を切る。
灰と砂色のモザイク模様の惑星に船尾を向け、パンナコッタⅡは静止衛星軌道を外れる進路を取った。
第7惑星フィルアモスの稜線を越えると、46万キロ先に見えるのは3つの衛星のひとつ、『ベルオル』だ。
速度200万キロ台から減速を続けるパンナコッタⅡへ、ここまでに他の勢力との戦闘から抜け出し150万キロまで加速してきた連邦艦隊1,000隻が襲い掛かる。
しかしここで、想定外の事態が発生。
「っつぁ!? ちょっと待て進行右100度3,500からメナス接近! こいつらどこから出てきた接近距離まで120秒50Gで加速中!!」
いったいどこに潜んでいるのかと思われていたメナス自律兵器群が、別の衛星に落ちた艦艇の残骸から飛び出してきたのだ。
狙ったように悪いタイミングで、死ぬほど忙しいオペ娘が悲鳴を上げる。
想定外だったのは連邦艦隊も同様らしく、メナスが出た以上
後退しつつ応戦するのだが、駆逐艦も巡洋艦も掃海艇も強襲揚陸艦も、メナスにやられ次々火を噴いていた。
直掩に出ていたエイムなどは、ろくな迎撃体制も取れず憐れな事になってしまった。
大慌てで軌道上の防衛に回る星系艦隊、この機に乗じてその星系艦隊を回避し惑星へ侵攻しようとする反政府艦隊、いちかばちか短距離ワープで逃げる
大混乱となる第7惑星宙域だが、パンナコッタも傍観などしていられない。
間も無く衛星ベルオルの防空エリアに入るが、その前にメナスが攻撃してくる公算が高かった。
当然、赤毛のエイムオペレーターが迎撃に出るが。
「エイミー、リミッタ外して。メナス相手にスピード制限は辛い」
『うー…………』
全力でお出迎え宣言の赤毛に、通信ウィンドウに映るメガネ嬢は如何ともし難い不満顔だった。
メナスという正体不明詳細不明の自律兵器は、無人機と同様に易々と人体の耐G限界を超えて来る上、
唯理としても有人機相手と違って手加減が出来ず、そこはエイミーも理解するしかないとは分かっているが。
『ユイリちゃん、メナス相手に出し惜しみは出来ないと思うけど無理はしないで。こんなところで消耗しちゃダメだからね?』
「作戦は覚えてますよ。ベルオルの防空システムとメナスに挟まれると死ぬほど面倒な事になりますし、その前に排除します」
『ホントに分かってるかなこの娘……』
マリーン船長もエイミー同様、唯理がクレッシェン星系の時のように身体を酷使するのを心配していた。
人類がメナスに対抗するには、それくらいの覚悟が必要だと思っている。
もっとも、唯理の方は少々認識が異なるが。
『嘘だろ……この数で本気でメナスとやり合おうってのか? ムリだって!!』
『アハハ…………今回は流石に死んだかもね』
至って平静な赤毛の一方、共有通信で泣いたり諦めたり無言でテンパっている様子のエイムオペレーター一同。
宇宙を旅するノマドである以上、メナスと遭遇した事は皆無でもない。
が、並の宇宙船やエイム乗りでは少数の小型メナス相手でも全滅しかねないので、大抵の場合は大量の火砲を並べて撃ちまくるか、さもなくば逃げるかの2択となる。
第7惑星宙域全体に散って行った中、パンナコッタⅡを追って来たのは
海賊――――――含むドミネイター――――――や
「隊長機より各機……メナスは私が相手するから、今まで通り船に張り付いてろ。余裕があれば援護して」
唯理としても、エイム乗り達の今の技量でメナスと戦えとは言えやしない。恐らく照準に捕捉も出来ず落とされるだろう。
よって、せいぜい死なないように身を守るよう指示するしかないのだが、今回の件が片付いてまだ部下を率いる身であるならば、もう少しどうにかしたいと思っていた。
その前にベルオルでゲストを回収し艦隊を入手してハイスペリオン星系から脱出しターミナス星系で要救助者を拾わなければならないが。
やってる事は21世紀から大して変わってないにしても、無駄に宇宙規模でハードルが高いと思う。
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