アドメテ


 私の噂は一瞬にして学校中の全学年に広まり、授業に行く先々で女学生達の心を鷲掴みにし、瞬く間に虜にした。

 3年B組はいつの間にかタカラヅカ・B組と呼ばれ、初日にしてファンクラブが結成されるやいなや、職員室にまで私の姿を一目見ようと人だかりができるほどだ。どこを歩いても携帯端末で撮影され、注意してもその場面を動画で盗撮される有様で、思わず閉口してしまう。噂によると私の写真がブロマイドとして1枚数百円で闇取引されているらしく、ベストショットになると、信じられないほどのプレミア価格になると聞く。


 やれやれ全く、最初の一日からこれでは先が思いやられる。嬉しい反面、本当にくたびれてしまうなぁ。教室や廊下、所かまわず私の一挙手一投足に女学生達からキャーキャーと歓声が上がるし、この分だと落ち着いて授業もできないではないか。

 参ったな……私は男装を趣味としているが、それは子供の頃から男兄弟の中で男らしく育ったというだけで、恋愛対象はいたってノーマルだしな。つまりバリバリの男好きで、上はゴールドマン教授クラスの爺から下は声変わり前のショタまで幅広く愛する事ができるが、女の子の場合はどうも萌えない。これはもう趣味嗜好だから、どうしようもないのだ。

 確かに美少女は大好きなんだが、それは美しい花を愛でるのと同じ感覚なので、キスしたり、それ以上の事をやってやろうなどとは一切思わないのである。


 ようやく低学年の女学生らの囲みから脱出できたと思ったら、今度は我がクラスのアマクリンが私の姿を見付けるなり、猛烈なアタックを仕掛けてくる。


「微分積分を教えて下さい、先生!」


「私は社会科の教師だ」


「じゃあ、恋の方程式を解いてみて下さい」


「……? どっかで聞いた事があるような台詞だな」


「先生の事を見ているだけで私……胸が、胸が苦しいんです……」


 アマクリンは、私の右手を両手でさりげなく掴むと、ギュッと自分の左胸に押し当てた。シャツの上からでも少し固めの感覚が伝わり、パット入りブラジャーである事が分かってしまったのである。

 思わず『私の勝ちだな!』と口を滑らしそうになったが、すんでの所で飲み込んだ。そんな事を言えば、アマクリンがショックで登校拒否になるかもしれない。

 よく見ると彼女の顔は雪のように真っ白で、小さなホクロが点々と逆に目立つくらいだ。あまり外を出歩かないのかなぁ。前髪から透けて見える目はパッチリと潤んでおり、中々可愛い子なんじゃなかろうか。


「や――! 先生、ちょっと恥ずかしい……人前で何をするんですか……」


「お前こそ、何をするんじゃ!!」


 その時、背後から急に大声がして、心臓がポップコーンのように飛び跳ねた。


「コラー! アマクリン! ペットを学校に連れてきちゃダメじゃないの」


 振り返ると、そこにはクラス委員長のローレンスが腕組みしながら眼鏡を光らせていた。髪も腕も脚も長くスタイル抜群だな。委員長によるとアマクリンは、ビワ湖に住むアーケロンという巨大湖亀の赤ちゃんを飼っており、時々自宅から連れ出しては学校の女子トイレの流しをベビーベッド代わりにしているという。エサは生魚の切り身だそうな。


「イイじゃないの~、メアリーは皆から可愛がられているんだし」


「メアリー?! 私の名前じゃないか!」


「今日をもちまして正式に亀吉から改名しました」


「勝手に命名するんじゃない、いや先生の名前を付けるな」


 ローレンスの方はというと、呆れて物が言えない状態だぞ、こりゃあ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る