ドドナ
ケプラー22bは水に恵まれし惑星だ。巨大淡水湖のビワ湖も、まるで定規で引いたかのように間延びした水平線がうんざりと続き、その雄大さを物語る。夕日がキラキラ反射する水面に目を凝らすと、船の航行も本当にまれで、手付かずの自然が広がる風光明媚な場所なんだ。言い換えると、まだまだ未開の地なんじゃないのかな。
湖西側はヒエイ山から吹き下ろしてくる風が凄まじく、あまり人口が多いとは言えない。狩猟対象のケプラーシャンハイガニがいるポイントは特に水が澄んだ場所で、いわゆる辺境の無人地域だ。辺境なだけに得体の知れない凶暴な
初日からゴールドマン教授と離ればなれになったのも、カルキノスハント中にいきなりケプラーシャンハイガニの近縁種のケプラーモクズガニが現れたからだ。こちらは大きさも凶暴さもケタ違いで、教授は猟銃を撃ったが、見事に弾き返されて逆襲された。横ばいで軽快に歩く緑色の軽戦車は、ハサミを振りかざし威嚇のポーズをとる。
教授はボクをかばってカルキノスの気を引くために奇妙な踊りを披露した後、なるべくボクから遠ざけるため一目散に走り出したのだ。相棒のスシローは細身の中学生ぐらいしか入れないような岩の割れ目を見付けてきてボクを押し込むと、教授の救助に向かった。
父の形見の狙撃用ライフルH&K G3SG/1を肌身離さず持っていたが震えが止まらないいいいいい……。
やがて人の気配がして思わず銃を構えたが、戻ってきたのはスシローただ一人だった。
「スシロー! ゴールドマン教授は?」
「分からない、周囲が奇岩地帯なので見晴らしが悪いんだ。教授が逃げて行った先を、しばらく探してはみたんだけど……この辺の地理は詳しくないし、二次遭難しそうになったので引き返してきたよ」
ボクは腕組みをして考えた。そのうち顔が真っ赤になる。あるアイデアが浮かんだのだが、純情可憐な女子中学生が思いついた事にしては恥ずかしすぎる。思春期のお年頃なので、とても口に出して言えそうにない。だが、うかうかしていると教授がケプラーモクズガニに食べられて、文字通り湖の藻屑となり果てかねない。ここは勇気を出して一発奮起だ。
「スシロー……ちょっと相談があるんだ」
「何、なに? ブリュッケちゃん? お腹でも痛くなってきたのかい?」
スシローはマジメ君だが、そこそこ美形な顔をしている。オオカミのような精悍な瞳で見つめられると、ますます恥ずかしくなってきて、耳まで真っ赤になってしまう。
「違うんだ、あの、その……」
「……?」
ボクは後ろ向きになると、ハンティングベストの4つのボタンを全て外して脱いだ。
「ブリュッケちゃん?」
意を決してサファリシャツのボタンも上から順番に外して脱ぐ。
「ど、ど、どうしたんだい? 僕はお医者さんじゃないから診ても分からないよ!」
「スシロー、違うんだ。ボクのでいいかどうか分からないけど、ゴメン! 見て!」
ボクは勇気を振り絞って最後のアンダーシャツをたくし上げ、フリル付きの白いブラをスシローに見せつけた。おへその辺りがキュンとなる。
「うわあ!」
スシローは確かに見た。ボクの胸元を。そしてゴロゴロと地面に転がると、苦しそうに頭を抱えた。
「ヴォオ……オォ!」
地に伏した顔の表情や変化は見えなかったが、確かに両手に黒い毛が生え始めた。丸めた背中の尻側にできたズボンとシャツの隙間から尻尾のようなフサフサとした毛玉が現れるが、やがて成長せず萎んでゆくのが分かったのだ。
「止めて! 止めてよブリュッケちゃん」
相談もせず、不意打ちのような格好になったのを後悔した。
「スシロー! 本当にごめんなさい」
「僕は不用意にオオカミの姿に戻りたくないんだ。今はヒューマノイド形態で、いかに人間らしく生きていくか修行中の身と思ってくれ」
「……スシローにオオカミの姿になってもらって、嗅覚でゴールドマン教授を見つけ出して欲しかったんだ」
「それは僕も考えたさ! でもオオカミになると性格も元に戻って、ブリュッケちゃんにセクハラしちゃうかもしれないよ」
あさっての方向を向いて、ボクはスシローに聞こえないような小声で言った。
「いいさ、ちょっとくらいならね」
「
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